スカイライナー

三笠るいな

スカイライナー

 「あ!スカイライナ-!」


 授業中に誰かが叫ぶと、男の子達がいっせいに立ち上がり窓の外を眺めた。小学校の脇にある小高い丘の上を京成電鉄の新しい特急が走りぬけて行く。クリ-ム色の車体にエンジのラインが入った新型車両。1974年に鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞した流線型のボディは、今までの垢抜けない京成電車とは思えないほどかっこ良く、当時の鉄道少年たちの憧れの的になった。

 

「俺と浩行は乗ったことがあるぜ。一緒に成田に行ったんだ。な、ヒロ」

「え?うん、、、」

 カマキリこと鎌田は、スカイライナーに乗った話を皆に自慢して回っていたが、浩行はとてもそんな気分にはなれなかった。それどころか、あの日の冒険旅行を思い出すたびにどんよりと暗い気持ちになってしまうのだった。


 ***


「これからスカイライナーに乗ろうぜ。俺、家から2万円盗んで来たから」

「え?」

「え?じゃないよ。お前も乗りたいって言ってただろう?」

 

 カマキリは、クラスの皆から恐れられている存在であった。怒りっぽくて喧嘩っぱやく、すぐに手を出したり暴れだす不良だったからである。そんな彼が浩行と親しくなったのは、2人が短距離走で学年中1,2を争うほど足が速かったことがきっかけである。浩行の足の速さを認めたカマキリは、何かと彼につきまとうようになっていた。


 土曜日の午前中に4科目の授業がある時代であったが、彼らは校門をくぐらずに京成船橋駅から上野行きの電車に乗った。浩行にとって始めての授業ボイコットであった。ばったりと知り合いに会ったらどうしよう、とビクビクしていたが、カマキリは網棚にあった漫画雑誌などを読んだりしていて余裕がある。しかし、上野駅の地下ホームに停車していたスカイライナーに乗り込むと、とたんにはしゃぎだした。

「おい、見ろよ。冷房がついているから窓が開かないんだ」

「このシート、ふかふかして気持ちいいぞ。背もたれも倒れるし」

「普通の京成電車と違ってトイレがあるはずだ。行ってみようぜ」

 落ち着いてじっと座っている間もなく、スカイライナーはやがて学校が見おろせる丘に差し掛かった。2人は校舎が見える側の窓に移動して自分たちの教室を探した。

「おーい、5年3組の皆!俺たちが見えるか~?」

「窓の近くにいたら先生に見つかったりしないかな?」

「心配するなよ!皆まじめに勉強してるか~?ご苦労さ~ん」

 教室から眺めるだけだった憧れの電車に乗って、今は学校を見おろしている。船橋駅では開かずの踏切が、自分の乗った電車の通過を待っている。そんな立場の逆転が、カマキリをすっかり有頂天にしていた。

「悔しかったら乗ってみろ。や~い!」


 電車は住宅地を縫うように走った後、のどかな田園地帯を抜けて成田駅に着いた。着いたから、といってカマキリはどこを観光するつもりも無かった。電車に乗ることだけが目的で、成田山などのお寺や参道にはまったく興味が無い様子だった。結局、駅前の中華料理屋で昼食を食べて帰ろう、ということになった。

「ヒロはラーメンなんか食うのか?しみったれだなぁ。おじさん、俺はカツカレー。大盛りでね」

 カマキリに電車代は出してもらったけど、食費は自前である。浩行はラーメンだけで腹を膨らませるために汁も残さずに飲んだ。帰りはスカイライナーではなく、一般車両に看板をつけただけの特急で京成船橋まで帰ることにした。国鉄と併走する区間では、黄色い総武線の普通列車が彼らの特急をぐいぐいと抜いていった。

「やっぱ京成ってスカイライナー以外ダメだな。今度は国鉄に乗ろう。L特急の「あやめ」に乗って鹿島神宮に行こうぜ。次はお前が切符を買えよな」

「え?俺が?」

「スカイライナー代は俺が出したんだぞ。何だよ!文句あんのか?」


 ***


 「ねぇ、千円くれる?筆箱が壊れちゃったんで新しいの買いたいんだ」

 浩行は家に帰ると母親にねだった。千円を母親から出してもらえれば、自分の小遣いと足して鹿島神宮行きの切符を買うことができる。母親は、しゃがんで自分の視線を息子の目の高さに合わせてから言った。

「あなた、最近よく鎌田君と遊んでいるでしょう?お母さん、あの子とあんまり遊んで欲しくないの。あの子と遊ぶようになってから、ヒロ君お金のことばかり言うようになったんだもん」

 浩行は思わず目を逸らした。

「あなた、鎌田君に脅されたり苛められてるんじゃないの?」

「ううん、そんなことないよ」

「じゃあ、嫌な事を言われたりしたら、はっきりと断れる?怖いのなら、お母さんが学校に行って先生と相談するけど」

「大丈夫だよ。嫌な事はちゃんと「嫌だ」って言えるから」


 鹿島神宮行きは断ろうと決心はしたものの、浩行はまだカマキリに何も言い出せずにいる。言い出すタイミングを計っているうちに向こうからすごまれたらどうしよう、と怯えている。とはいうものの、この問題は自分で解決しなければならない事を彼はちゃんと自覚しているのだった。

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