【エッセイ】シン・コイワ

バンブー

ダイヤが乱され、汚名をつけられた駅

 とある休日の昼下がり。

 電車に揺られながら私はポメラを開き、ふと昔のことを思い出した。



 自殺の名所と言われたJR新小岩駅。


 2011年に多くの自殺者を出したとインターネットで話題となった駅だ。

 ネット上では、成田エクスプレスの通過地点であり、凄い速さで通り過ぎるが故に、飛び込めば楽に死ねるのだと言われていたり、何かに取り付かれているのではという書き込みなどもある。

 中には、跳ねられた衝撃で自殺者が駅内の売店に突っ込み、負傷者を出したというのが一番有名だと思う。テレビでも取り上げられていた。


 私は当時、それが許せなかった。


 電車を止められたのもある。しかし、それが一番の原因ではない。自分の住んでいる所で、自殺しようと考える者達がいることが許せなかったのだ。地元愛みたいなものだろう。

 新小岩の人身事故の全てが自殺だとは思わない。駅のホームに囲いは無い為、特急はいつもスレスレで通り過ぎていく。不幸の重なった事故もあったかもしれない。だが、確実に死のうという意志があった者達もいたのは事実だと私は今でも思っている。


 新小岩の駅周辺は、意外と栄えている方だと思う。バスロータリーにゲームセンターは2つ、ハンバーガー屋さんも思い出す限り3件、カーネルさんのお店もドーナツ屋さんもあった。ホテルもあるしネットカフェもある。居酒屋も喫茶店もレストランもラーメン屋だって何件もある。スーパーも3件ほどあった気がする。

 学生の時に嬉しかったのは本屋が5件位あり、ゲームソフトを売っているお店が3件あった。エッチなDVDが売ってる所もある。

 カラオケ店なんて3件ハシゴ出来たのだ。


 何であんな小さな駅周辺に、こんなにもお店が密集していたのか、今でも正直理解に苦しむ。

 あんなにお店はいらないだろうと、


 それでも、私は自分の最寄りの駅が気に入っていたんだと思う。

 家族に会いたくない時は、ネットカフェで引きこもり、仕事が辛くなったらハンバーガー屋さんに入り浸り、小説を書きたくなったらドーナツとアイスミルクを飲みながらバスロータリーを眺めながら書いていた。

 元日の夜中。仕事帰りの駐輪場で白い息を吐きながら自転車の鍵を開け、酒に酔ったカップルを横目にマフラーを巻き直して寒空の中を走った情景は何故だか今でも鮮明に覚えている。

 そう言えば、夜になるとケバブが売っている。よく夕飯代わりに500円を払って食べながら帰った。

 受験勉強の時は近くのレストランで頭を抱え。

 バイトの先輩と一緒に、行列の出来るラーメン屋さんに並んで「万人受けの味だったな……」と、いっちょ前なことを言っていたし、一時期カレー屋さんにもはまっていたな。

 同じコンビニに通いすぎて、おばちゃんに顔を覚えられてしまった。

 ……今思い直すと、私は食べてばっかりだ。書いてるだけで太ってしまいそうなので、これくらいにしておこうか。



 そんなこんなで、私は黄色い線の入った総武線の各駅停車から久しぶりに新小岩へと降りてみた。

 いろいろと工事中みたいで、使えなくなった階段も快速線のホームの中に見られる。

 ホームは吹き抜けになっており、屋根は青く透明な板が張られ、地面が青白くなっている。電球の色で言うなら昼光色というやつだろう。さらにホームには非常停止ボタンや、警備員も配置されている。

 改札口や階段付近には、大きなテレビが備え付けられており、動物の親子が寄り添う画像や壮大な山々の風景が写し出されている。

 これは自殺防止ように付けられた物で、人を冷静にさせ、思いとどまらせる効果があるらしい。


 随分変わったのかと言われれば、そうでもない。吹き抜けのままだからバスロータリーの周辺の思い入れのある店々もほとんど現在だった。

 線路を東京方面に沿って目を向ければ、荒川をまたぐ線路橋も見える。

 そう言えば、ネット上で自殺防止の為、柵をもうけた方が良いという書き込みもあったが、どうなのだろうか?

 予算の都合か大人の事情で、新小岩駅に柵は設けられていない。

 つけた方が良いかもしれないが、そうしたら、このホームから見える新小岩がさらに見えずらくなるのだろうか?


 昔の私なら、自分の住んでいる場所でふざけるな、そんなことするなと嘆いていたと思うが、今の私はどっちでも良いと思っている。

 良いことならするべきだと思う。

 だが、誰かが死ぬことで、生きている者達の住む世界は、変わっていくのだなとも思った。

 変わらない場所なんてないのは当然だ。だが、自分の中にあった風景が、少しずつ変わっていくのは、ほんの少し寂しいと感じてしまうかもしれない。


 新小岩は、普通の駅だ。

 何かに特別な物があるかと言ったら無いと言える。普通の駅周辺の街であり、普通の駅だ。

 幽霊なんて見たこともない普通の街だ。

 誰もが持つ、通勤で使う最寄り駅の一つだ。

 そして、私の故郷ふるさとだ。


 そして私の故郷は、普通の駅から自殺の名所となり、今は自殺を止めようとする駅になった。


 新小岩は変わっていったのだ。



 そんなことを考え終えた私はポメラを閉じ、改札口へと向かう為、エスカレーターを降りる。

 これから行き付けだったハンバーガー屋さんに行って、今後の日本の情勢について考えながら、照り焼きバーガーを頬張りたい。

 Suicaをタッチして、私は昼下がりの新小岩南口から出ることにする。

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