2033年8月28日

「ご当地にならないで」の担当者が、例のマニュアル―災害時に災害について放送せず、通常放送を行う―というマニュアルに違反した日の夜。秋元ひかり社長は、早めに寝袋に入ったが寝付けずにいた。東日本大震災のときから抱いてきた思いの否定。それはとってもショックだった。しかし、あの二人にもそんな思いがあるのだ。だとしたら、担当者たちの行動を否定できない。それに、ある意味マニュアルに沿っていたのだ。あれこそが、「ご当地にならないで」の通常放送だった。そのことを思うと、本当に、社長は

「はははははははは!」

 寝袋から漏れる笑い声に、社長がいる番組制作室の面々は面食らう。そして、秋元は

「はあ、逃げらんないときは、結局逃げられないんだなあ」

 と、つぶやく。社員の誰にも聞こえない小さな声だった。だが、翌日、全社員がその言葉の意味を知った。

 南海トラフ巨大地震が発生してから、一週間が経った。

 8月28日の朝、坂巻龍之介はぎょっとする。青野祐一がスマホ片手に爆笑していたからだ。

「何してるんだ」

「『ワライズ』を観てるんですよ」

「そっか」

 坂巻はくすっと笑う。しかし、それどころではない。番組の準備があるのだ。

「て、俺が来たんだから、作業開始だぞ」

 そう言って青野をたしなめると、青野はおとなしくタスクキルしてついていく。

「しかし、まさかあの議論を放送できる日が、こんなに早く来るなんて」

 と、青野。坂巻は、若干浮ついた声で

「ああ、しかもまるまるだ」

 という。あの議論と言うのは、原発のCMに関する議論である。その議論はもともと、1時間あった。それを、複数の人が同時に話していない時間に絞ると、15分だけとなるという、かなりぐちゃぐちゃな議論である。もはや口論と言えなくもないが、討論番組と同じ現象がバラエティー番組の収録で起こるという特殊な現象に、収録時はときめいたものだ。もっとも、そんな壮絶な議論を好まない視聴者も多いということと、こんな議論を垂れ流すのは番組の趣旨に反するという判断から、聞き取りやすい15分に抑えていた。だが、あんなことがあっては別だ。二人は、番組のすべてを、議論で埋め尽くすと決めた。

 そして、その議論がついに、解禁される時が来た。

 ピッピッピッ、パーン

 午前10時の時報が鳴った。

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こんな状況ですが、普通に放送中です 霧島万 @yorozu_kirisima

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