庭から庭へ
卯月
庭から庭へ――国立天文台三鷹
「やって来ました東京都
ガイドさんのように、
京王線の
「三鷹駅から調布駅行き、武蔵境駅から調布駅行き、
十和ちゃんは天文学をやっている大学院生なので、研究会とかで何度も天文台に行くうちに、身に付いた実践知識だとか。JR側から来る場合は、基本は武蔵境らしい。
「ただ、東京のバスは、路線によって後払いだったり先払いだったりして、たまに来るだけじゃ覚えらんない。もし現金で先払いだったら、乗る前に小銭用意しておかないといけないから、とりあえずICカード最強!」
……すごく実感がこもっている。今まで相当悩まされたのだろう。わたしも、地元のバスは降りるときに払う方式ばかりなので、十和ちゃんに「乗るときに払うかも」と言われてびっくりした。
「ところで十和ちゃん。天文台に連れてきてくれるのは嬉しいけれど、何で『眼鏡屋は夕ぐれのため』持参、なの?」
少し前、十和ちゃんに、佐藤
国立天文台の敷地内は一般公開されていて、見学コースを自由に歩くことができる。正門から入って、守衛さんのところの見学者受付で名前を書き、パンフレットを貰った。十和ちゃんがパンフレットの構内マップを開いて、指差す。
「これ、アインシュタイン塔」
「……え?」
キャンパスの外れに、太陽塔望遠鏡(アインシュタイン塔)という建物がある。
「ここ、太陽の黒点観測してる」
「……ええ?」
守衛所の割と近くの、第一赤道儀室という建物。
「こことここに置いてあるの、ドイツのカール・ツァイス社製の望遠鏡」
「……えええ?」
第一赤道儀室と、大赤道儀室(天文台歴史館)という建物。
慌てて、『眼鏡屋は夕ぐれのため』を開く。「庭から庭へ」という表題の一連に含まれる、いくつかの歌たち。
胸に庭もつ人とゆくきんぽうげきらきらひらく天文台を
指のあとうっそりふかいふるぼけた黒点観測記録用紙に
ゆく春やアインシュタイン塔をなす錆びた小ネジであったよわたし
余生なる未知の時間をすっくりとカール・ツァイスの遠めがねはや
武蔵野のむかしかたかた数を編むひびきはありきひとびとありき
十和ちゃんが言う。
「この辺、武蔵ナントカって駅名とか地名とか多いしね。本にははっきり書いてなかったけど、コレ絶対、三鷹の天文台だって思ったよ」
――じゃ、佐藤弓生さん、ここに来て詠んだんだ!
「すごいすごい! 十和ちゃんすごい!」
「……いや、あたしは何もすごくないんだが」
テンション上がり過ぎのわたしに、十和ちゃんが少し引いている。
「いつも研究会が済んだらすぐ帰っちゃうから、あたしもマトモに観光したことないんだ。で、この際だから、みっちーと一緒に行ってみよっかなーと」
「うわー、ありがとう!」
というわけで、十和ちゃんと二人で天文台構内を見て回った。
第一赤道儀室は、昔、太陽黒点のスケッチ観測をしていたところ。望遠鏡が回転する方式に
アインシュタイン塔は、塔全体が望遠鏡の筒の役割をしている望遠鏡。ドイツのポツダム天体物理観測所のアインシュタイン塔と同じ研究目的で造られたことから、三鷹のこれもアインシュタイン塔と呼ぶようになったらしい。
とにかく他にも見るところがいっぱいあって、たっぷり観光して楽しんだあと、さあ帰ろうと言うタイミングで、十和ちゃんが尋ねた。
「帰りはJRと京王線、どっち側に行く? JR武蔵境だと駅前に文教堂、調布だと真光書店と、調布PARCOの中のリブロがあるよ」
「……十和ちゃんの基準は本屋さん?」
「地元で武田泰淳『ひかりごけ』探してて全然見つからなかったときに、武蔵境でふらりと文教堂に入ったら置いててさ、感動した!」
「前に貸してもらったけれど、あの本、そうだったんだ……」
結局、帰りは行きと違うルートにしてみよう、ということでJR三鷹駅行きのバスに乗ったら、三鷹駅の中にも書店があったので、二人で本を買って帰った。東京は書店が多くてすごい。
庭から庭へ 卯月 @auduki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます