恐怖の中だからこそ得られる至高! ←できればこの恐怖はいらなかった......

 この話を話し始める前に、最初に断っておきたいことがある。


 まず一つに、俺がマーウとほんの一日、あるいは二日程度の同居を行うにあたって、俺はぜーんぜん、まったく、一ミリたりとも嬉しいなどという感情を持っていないということである。


 なんだかんだ言って最近仲もいいし、ただツンデレやってるだけなんでしょ? って思う奴もいるかもしれないが、それはただの勘違いか記憶違い。

 忘れて貰っては困るぞ。


 俺はマーウのことが大嫌いなのだ。

 それはもちろん、マーウだって俺のことが大嫌いだろう。


 その二人の関係性は絶対的なものであり、崩れることはないということ。


 いつも仲良い風に見えるのは、俺が妥協しているか、俺のツッコミをせずにはいられない体質のせいだ。

 ワイワイ騒ぐのは悪くないかもしれないとはいっても、個人個人で言えば悪いの一言。


 俺とマーウが仲良くするなんて悪いに決まってるだろう。

 ただ、状況がそれを求めているというだけなのだ。


 二人の仲は険悪と言っていい。

 犬猿の仲という奴だ。

 相容れないとさえ言える。


 しかし......誤解されないようにこれも一応言っておこう。


 二人はただ、仲が悪いだけであって、仲良くはしているということ。

 仲が良いのではなくて、仲良くしようとしているということ。


 そして、俺は確かに大嫌いな奴と、ちょっと楽しくワイワイとした毎日を過ごすことが気に入っているのだということを。


 ......ごほん、んで、とっても重要な二つ目。


 同じ屋根の下、年頃の男女二人きりだからといって、俺がまったくお色気要素なんかに期待を抱いていないということだ!


 ◇ ◇ ◇


「――なんて前書きを残しておいたのに、まるでそれがフラグだったかのように簡単に俺の気持ちを裏切ってくれるな、お前は!」


 読者目線で言えば、裏切っていないのかもしれないけれど。


 言いながらも俺は、本日二度目となる背中と地面がくっつく感覚を味わいつつ、視力の神経の全てを全力で俺の上にのっかかっている小柄な少女に向ける。


 艶やかに濡れた金髪。

 触れば折れてしまうのではないかというほど細い、体の節々。

 そのすべすべした体からは、風呂上がりだからか、湯気が俺の視界を妨害するかのように放出されていたかが、むしろそれが、色気を更に増せさせている風にも見える。

 とは言うものの、はだけたバスタオルは実に微妙かつある意味繊細とさえ言える位置でどうにか体をプロテクトしており、俺の眼球では、所謂いわゆる恥ずかしいところという奴を目に焼き付ける、というよりは記憶に焼き付けることは叶わずだった。

 別に残念、だなんて思っちゃいないが。

 思っちゃいないが。


 俺は幼女体質に興味はない。

 敢えて言うなら、どうして井蝶でこのイベントが発生しなかったのだろう......という落胆を覚えるくらいだ。

 もう残念で仕方がない。


 あれ、残念って思っちゃってる? もしかして墓穴掘った?


 いや、気のせいだ。うん。


 ......そして最後に目に入ったのは、視界的な意味では、つり上がったマーウの赤い瞳。

 言わずもがな、人を殺せそうな鋭い目付きの。


 人を殺せそうな目付き、というのは普通、見るだけで......という視線的な意味で使われるものであって、って思うと小説内では一体どれだけの人が死にそうになってんだって、流石にその表現は安易過ぎやしないかと何度もツッコみたくなったという事実があるということを認めるもやぶさかではないが、いやしかし、今回に限ってその表現は、見るだけで、というフレーズさえ排除してしまえば、成る程これは実に正しい表現だ、と誰もが納得するものになるのであるというのもまた事実。


 理由は、物理的に俺の目に入ったマーウの角のせいにある。


 しかも半ばから角を曲げて。


 ミノタウロスみたいな曲がり具合。


 さて、一般的に目というのはどこからどこまで、という定義があるのかどうか俺は知らないのだが、普通みんなは、まぶた辺りも含めて、目......と呼ぶのではないだろうか。

 もしかすると、眉毛すらも、一般的な定義では目の範囲内、ということになるのかもしれない。


 眉毛は目を汗などから保護するために付いているものであり、眉毛なくして目は機能しないと考えると、マックのハッピーセットについてるオモチャのように、二つはセットで一つという考え方ができなくもない。


 だけどそう考えてみたら、まず目から入った情報を脳に伝える神経、そして脳までも目の範囲なのか、などという疑問も生まれてしまい、やはりそれは違うだろうと思うと、眉毛は目の範囲ではないのかもしれない......などとも考えてしまうが、いやしかし。


 少なくとも、まぶたは目の範囲でいいだろう。


 まぁ、俺もこんな状況で焦っていて、よくわからない話を長々と、かつ早口で......ってなると、早かったんだから長々ではないよな、なんて疑問もさておき、そんな状況下で正しい判断ができなくなっているという事実は認めよう。


「......」


 だってさ、俺の目のなか、つまりはまぶたの中、眼球と触れる寸前のところで、角は停止しているんだから。

 言葉通り、人を殺せそうな鋭い目付きだっただろう?

 実際、マーウが少しでも顔を寄せれば、俺は眼球を潰され、そのまま脳すら貫通して死ぬのだから。

 そしてそれをやってのけそうな目付きをしているのだから。


 最初の方を読むと、お色気イベントで読者も万歳って感じだったはずなのに、なんで読んでいくと俺の命が脅かされているというハードな状態になってしまうんだろうか。


 どうしてたった一つのお色気イベントすら、波乱万丈の危機一髪的なのに仕上げようとするのだろうか。


 これが世界の強制力という奴か。恐ろしい。


 いや、俺自身は、お色気イベントなんて全然全く望むべくもなかったけどな。


 ......さて。うーん......


 俺には選択肢が三つある。

 ノベルゲーの分岐だ。


 一、謝る。


 二、逃げる。


 三、この状況にツッコミを入れる。


 逃げる、は難しいか......となると、一番か三番になるが......

 ぐっ、ツッコミニストな俺としては、ここは命をして三番を選択したいところだ。

 しかし、その選択は俺の命が最も危険に晒される選択でも......


 いや、迷うな! 俺が信じた道を突き進むだけだ!


「――てかマーウ! その角、曲がるん」


「それ以上しゃべったらコロス」


 ひぃやぁぁああ――!?!?


 寄ったよ!?

 角が更に!?

 寄った!?

 ちょっと眼球に触れたんですけど!?!?

 冷たかったよぉ!?


 瞬きなんかできねぇよ!?


 ......ごめん、みんな。俺瞬殺だったよ。

 ツッコミニスト、失格だな......


「......」


「はやくべんかいしないとコロス」


「喋るな言うたのはあんたでしょうがぁ!?」


 ツッコミニスト復活!


「しゃべるな」


「自分が言ってることの矛盾に気付いて下さい!」


 と、い、う、か!


 こうしてる間にもバスタオルがはだけて、ドンドンお前自身がピンチに陥っているという事実にも気付いた方がいいと思うぜ!


 読者にとってはチャンスだけど!


 もちろん、俺もそれを見た時点で脳味噌貫通だからピンチなんだけど!


 まぁ片目でしか見れないんだけどね!

 目に焼き付けるといったって、片目にしか焼き付かないし、記憶に焼き付けるといっても、半分分の量しか記憶に焼き付かないんだけどね!


「......バスタオルがはだけるのだ。べんかいはやく」


「自身の裸体を視られるよりも弁解を聞く方が重要なのか!?」


「......」


 やめて......俺の渾身のツッコミに無反応で、かつ鋭い目で俺を見るのやめて......

 俺の心だって、耐久値の設定はそんなに高くないんだぜ?

 分かった。素直に弁解するから......


「えーと、だからさ......風呂上がりでお前がバスタオル巻いたままとことこリビングまで出てきて、俺に見られて恥ずかしがったお前が慌てて、足を滑らせて俺を巻き添えにして転んで......あれ、俺何も悪くなくね?」


 危ない危ない。

 俺無実じゃん。

 雰囲気っつーか、威圧に押されて俺が悪いみたいな気分になってたけど、とんだ濡れ衣だったな。

 気付けて良かったぜ。


「うるさい。ぶっ殺すぞ」


「お前なぁ!」


 濡れ衣だって!

 冤罪だって!


「......」


「......」


 数秒のにらみ合い......互いの意地をかけた戦い。

 プライドの張り合い。


 俺は冤罪を逃れるため。

 マーウは自分のミスを認めないため。


 しょうもない戦いではあったが、大抵の争い事、極端な話、戦争だって、こういう意地の張り合いから始まるものだ。

 ならば、俺とこのマーウの戦いもまた、戦争。


 死闘ですらある。

 言葉のまま、俺の負けは、俺の死を表すのだから......

 クリリンみたく、フリーザ第二形態みたいな角で刺し殺されるのだから。

 まぁ、俺の場合刺されるのは脳味噌だけど。


 生死の決着がつくという意味では、ある意味決闘とも言える。


 あるいは決戦。


 負けるわけにはいかない。


 射殺さんばかりの視線に、負けじと俺も目を鋭くし......また数秒。


「――ちっ。やっぱり私、勇は嫌いなのだ」


 角をいつも通りの捻れた形に変形させながら、マーウは言った。


「そうかい」


「私がうっかりリビングまで出てきてしまったのは、ついいつも通りの感覚でしてしまったことなのだ」


「へいへい」


 角を突き付けられていた方の目を擦りつつ、俺は答える。


 うん、どうやら失明はしていないらしい。

 変なとこで器用な奴だな、こいつ。


 それで。


「......んで、お前はどうしてさっさとそこをどかない?」


 フローリングの上で寝転がってる俺の体の上で、はだけたバスタオル一枚で四つん這いという状況は、俺の精神的にもあまり良くないのだけれど。


「いや、その、これはなんというか、すごく言いづらんだけど」


 恥じらいながら......というよりは、困った風に、マーウは声を出す。


「なんだよ」


「今少しでも動いたらバスタオルがおちる」


「はぁ!?」


 おいおいおい、最初っから段々落ちてきてるバスタオルだとは思っていたが、よくよく見ればそのスピードもかなりのもんになってんじゃねぇか!


 もう色々見えちまってるぞ!


 微妙かつある意味繊細とも言える位置でプロテクトしてたバスタオルさんよ! 役目は終わったのか!?


「早く! 早く隠せよ!」


「でも両腕ついてるし......」


「一瞬でパッってやれば大丈夫だって!」


「でも......」


「このままでもいつか落ちるって! 早くしないと――」


 バサッ。


「あ」


「......こうなる」


 描写は......控えさせてもらおう。

 R指定はつけたくないので。


 まぁただこのままじゃあまりにも小説的にもあれなので、何か、感想みたいなものを言い表すとしたら......そうだな。


 思ったより膨らんでたけど、まだまだだ。今後の成長に、期待。


「あぁ――――!!!!」


 ◇ ◇ ◇


 次の日のこと。


 朝起きて、


「はっ、なんだ、夢だったのか」


 と呟く。


 せめてもの現実逃避。

 夢落ちであって欲しかった。


 まぁ、顔を洗おうと鏡を見た瞬間に、俺の若干腫れている頬が写し出されているのを見てしまったので、ほんの一時の、夢のような夢落ち現実逃避となってしまったわけなのだが。


 マーウには、晩ごはんを食べたあと、空いている部屋を掃除して、布団を地面に敷いて寝てもらった。

 掃除といっても、ちょっと掃除機をかけたくらいの軽いものだが。

 部屋の隅なんかを見ると、中々にほこりがたまっており、とても人に寝させられる場所ではなかったのだが、そこは流石マーウ。


 何も言わず、むしろおおはしゃぎして布団に潜り込み、三秒で寝てやがった。


 時計を見ると、もう朝八時。

 朝ごはんの支度をしなければなるまい。


 朝でも米をよく食べるのが詩矢成家の朝ごはんではあるが(詩矢成家って言っても俺しかいないが)、マーウは見た目的にどうみてもパン派っぽいし、菓子パン好きだし、だからこそ敢えて米にするとしよう。


 何故かって? んなの嫌がらせに決まってんだろ。


 手慣れた手付きで米を炊き、オーソドックスというか、使い古された感もあるご飯のお供、目玉焼き(ベーコン入り)を作り、キャベツときゅうりを刻んで、ミニトマトを添えたところに自家製ドレッシングをかけ、サラダも完成。


 汁物も欲しいかと思ったが、面倒だったので省略。

 どうせ朝ごはん作ってる間に一時間経ってるしな。


 さて、いざマーウを起こしに行こうとしたところで......昨日の晩ごはんの時にされた会話を思い出す。

 急に、というか唐突に。


 理由もなく、ただそこで思い出すのが必然であったかのように、突然と。


 それは俺の疑問でしかなかった。しかしそれは......疑念に変わる。


 ◇ ◇ ◇


「......思ったんだけどさ、マーウ」


 晩ごはんであるシチューをスプーンですくい、フーフーと息を吹いて冷ましつつ、俺は口を開く。


「なんなのだ?」


 どうやらさっきの出来事が響いているらしく、かなり無愛想にマーウは答えた。

 それを気にする俺ではないけれど。


「芽戸たちはさ......あっちの世界に行ったじゃんか。理由は知らないけど。お前が知ってるんなら是非とも教えてもらいたいところだが、そのお前の様子を見るに、事情は知らないっぽいから聞かないけどさ」


「じゃあ何が言いたいのだ?」


 目も合わさず、ガツガツとシチューを食べ続けながら言うマーウ。

 熱くないのか。


「......いやな、俺があっちの世界に行って、こっちに帰って来たときってさ。こう......一年くらい時間が経ってるはずなのに、まったく時間が進んだ様子なく、戻ってこれたんだよな」


「......」


 ピク、とマーウの眉が上がり、動きが停止したが、直ぐ様再起動してスプーンを凄い勢いで動かし始めた。

 だから熱くないのか。


「その時は、あぁラッキー......くらいにしか思ってなかったんだけど、いざこっちでゲートを開いてみるとさ、芽戸とケルベロスの奴、全然帰ってこねぇじゃねぇか。俺と同じなら、ほんの一秒とは言わないまでも、数分数時間も経てば帰ってくるはずなのに」


 そうこう話している間に、マーウはシチューを食べ終わり......ポンポンとお腹を叩きながら言う。


「おいしかった。ごち」


「『そうさま』まで言え。随分うまそうに食ってたのは嬉しいが、熱くなかったのか?」


「熱かった。だけどそれ以上においしかったのだ」


「火傷するぞ......ま、お粗末様でした」


 本来、俺が先ほど話した話題は、この時点で終わったはずだった。

 マーウには相手にされず、俺の疑問は疑問のまま、流れる時の中で消えていく......そんな些細なものだった。


 しかし、マーウは。


「さっきの話だけど」


 と。

 会話を続けたのだ。


 その事実に若干驚きながらも、俺はマーウの言葉に耳を傾ける。


「――そんな時間を操ることなんて、ふつうできないぞ」


 そうだな。

 うん、だから、あれは何かの事故で、運が良かったっていう、ただそれだけ。

 そうなんだろうな。


 そんな他愛ない疑問に対する結論は、付け足すように加えられた次のマーウの言葉で......はっきりとした、疑念に変わる。


「......それこそ、神でもなければ」


「......神」


 そうだ。


 俺は知っている。


 神を。


 自ら、そう名乗る男を。


 俺に最強の力を与えた、あの男を。


 名前のない、神を。

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異世界帰還者な俺は平穏を求めます! 花の人 @hananohito

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