親方! 空から女の子が! ←そいつは落としときゃいいんだよ......

 は?


 いや、何も聞こえなかった。うん、何も聞こえなかったことにしよう。


「――あっはは、俺さっき休んだばっかだったけど、なんかまだ休みたりないような気がするなぁ! よし、ここはいっちょゲームでもするかぁ! 久しぶりにPS2引っ張り出してキンハーFMでもやろうかなぁ!」


 あれすっげぇ面白いよな!

 裏ボスめっさ強いけど!


 セフィロスとか泣きそうになった!


 キンハーやりたいという迸る激情に身を任せ、俺は階段を駆け上が......


「ちょっと待つのだ」


 袖を引っ張られた。


 ......って表現すれば可愛く聞こえるかもしれないが、走ろうとしている俺を強制的に止めるほどの引っ張りである。


 服が破けそう。

 制服が破けそうだぞ!? ブレザーが!


 ついでに、ギラギラとした獲物を見つけたような目付きをしているということも付け加えれば、可愛いなんて単語は思い浮かぶどころか記憶から抹消されることだろう。


 あれ、可愛いってなんだったっけ?


「あ、あー! ついでにスパロボもしよーかなー! この前ブックオフでα買ったんだよなー! 名作って聞いたから前々からやってみようと」


「っ!」


 腕を掴まれた。


 もう可愛いとかじゃない。

 怖いよ。


 俺の腕がメッキメキ言ってるんですが。


『メッキメキ!』


 ほら。腕が擬人化しちゃうくらい痛がってんだろうが!


「......」


 なんだろう。今、下手に何か言うとマズイ気がした。

 膠着状態......という奴である。


 無言のにらみ合いが数秒、あるいは数分、あるいは数時間......あるいは数年続き、というか普通に数秒続き、マーウがゆっくりと口を開いて......


「――ゲームって、なに?」


「そこかよ!」


 ◇ ◇ ◇


 ......その後、マーウとテレビゲームで遊んだのは想像に難くないお話である。


 スマブラとかな。


 もちろんWiiUのな。


 ネット対戦でプレイし続けた俺の実力を見せてやる! ......といいつつ姑息にもロゼッタを使用したぜ。

 マーウはトゥーンリンク。


 まぁ俺も子供じゃないから、大人げない真似はしないように(ロゼッタを使う奴の台詞である)、アイテム全部縛り(全部マーウに)プラス、俺のストックを一、マーウを五っていう中々ハードな設定にしてはあげたんだけどな。


 完全初心者なんだし、これくらいが丁度いいだろうって思ったんだけどさ。


「......うっそ」


「あれ、勝った?」


 負けた。


 完膚なきまでってほどじゃないけど、油断してた。


 アイテムに負けた......


 ボム兵に殺られた――!!


「ちくしょぉ――!? なんでボム兵が降って来るのとチコを射出するタイミングがピッタリ重なんだよおかしいだろぉ――!!」


「コントローラーを投げたら駄目だと思うのだ!?」


 ......ままあることではある。


 時たまにあることではある。


 認めよう。認めるさ。今回は俺の負け。俺はマーウの運に負けた。素直に認めよう。だから次のマリカー8では......


 ◇ ◇ ◇


「は?」


「やった! 勝ったのだ!」


 ぐぞ......


 ぢぐじょお......


 また、負けた......


 なんで最後の最後に俺のとこに青コウラからの赤コウラ三連発、更にボム兵が命中して落ちサンが来てマーウのところにキラー六連発とかになんだよ!


「仕事しろぉ――!! 乱数仕事しろぉ――!!」


 泣いてもいいかな?

 泣いていいよね?


 なんなのこの子。ビギナーズラックっていうの?

 強すぎじゃね?


 もう新たなスキルだよ。それ。


 《傲慢に敗北をビギナーズ謙虚に勝利をラック》と名付けていいね。


 なんかこれ以上ゲームするとマズイ気がする。

 次は完全に運要素がない、PS3のエクバでも持ってきてやろうかと思ったけど、それでもなにかしらの理由で負けそうだからやめとこう。


 バグってマーウを攻撃できなくなる、とかありそうで怖い。

 つーかそんなことになったらゲーム機壊れるじゃん。


 マーウとゲームするとハードが壊れるという危険性を真剣に念願に置く必要があるなんて......


 ......そういや、結構伏せ字とか忘れてるけど、これ大丈夫なのかな。

 大丈夫か。


 大丈夫だよな!


 大丈夫だと思う!


 大丈夫だと信じさせてくれ......!


 と、いうわけで、長々とした茶番劇はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろうか。


 既に字数は二千字近く、時間的にはプラス一時間......つまりもう八時になっているけど。


 八時って。

 晩御飯の支度が間に合うのかこれ!?


 いやいや、それ以前に。


「お前いい加減帰れよ!」


「さっきまで一緒に楽しくゲームやってたのに、その言い方は酷いのだ!?」


「楽しかぁなかったね! むしろ悲しくすらあったな! 悲観に暮れていたところだ!」


 絶望してたよ! 望みが絶たれたよ! 一塁の望みすらも完膚なきまでに絶たきのめされたね!


「でも、私は楽しかったのだぞ!」


「お前の気持ちなんざ知るか! 俺はさっさと晩御飯作んなきゃいけねぇんだ! 出てけ出てけ!」


「いーやーなーのーだー!」


 言って、赤ちゃんみたく寝転がって足をバタバタさせる。


 お前まだ着替えてないからスカート中身丸見えだかんな。

 くまさんパンティー。


 小学生か。


「きょーうーはーこーこーにー泊ーまーるーのーだー!」


「見にくいから伸ばすな」


!」


「詰め過ぎだ!」


「キョウハココニトマルノダ!」


「カタカナ直せよ!」


「いまにちはここにはくまるのだ!」


「何故漢字の読み方を間違えた!?」


「今日はここに泊まるのだもん!」


「もんを付けたからといって、井蝶のようにどうにかなるもんじゃねぇぞ! お前の場合、もんを付ける場所が間違ってるから、尚更可愛くねぇしな!」


「今日はここに泊まるもん!」


「か、可愛い!?」


「お願い......今日はここに泊まらせて、おにいちゃん......」


「可愛いぃ――!?」


 負けた。

 人生という名のゲームに。


 恐るべし、《傲慢に敗北をビギナーズ謙虚に勝利をラック》。


 ......普通に、うるうるした瞳で訴えるマーウに負けただけなんだけどな。

 くそ、可愛いという言葉は忘れたはずだったのに、どうして今になって思い出したんだ......!


 顔だけは無駄に可愛いから、素直になられると俺の良心が傷んで仕方がない......

 しかも、トドメにおにいちゃん。


 負けるだろ、そりゃ。

 俺独りっ子なんだぜ。


 妹に弱くて当然だろ。


「ふ......ちょろいちょろい」


「てめぇやっぱ帰れや!!」


 そのドヤ顔でこっち見んな!

 俺の幻想を返せ!


「よーし、それじゃあちょっと一回帰って着替え取って来るのだー」


 っ!?


「......おう。待ってるぜ!」


 にこにこ。


 バタン。


 ガチャ。


「――くっくっく......あっはっはっは!!」


 ちょろいのはお前の方だぜ、マーウ!


 あっさりと引っ掛かりやがって!


 元よりこうやってお前を閉め出す作戦だったのだよ!


「いやはや愉快愉快! 二階のベランダからお月様を眺めたい気分だぜぇ!」


 曇りだった。


「......さて、晩御飯の支度でもするか」


 すっかり気分が冷めきった俺は、そそくさとベランダを後にしようとして......隣のヒトカゲに気付いた。


 ヒトカゲって言っても、ポケモンじゃない。普通に漢字の人影。


 そして隣って言っても、ほんの数メートル隣ってわけではない。

 隣ってのは、俺の、ではなく、家の、である。


 つまり、もっと分かりやすく言うと......俺は家のベランダで、隣の家のベランダに立つ人影に気付いた......といったところか。


 それが誰なのか、確認するまでもない。


 しかし、俺がそれを認識するまでの僅かな間に......それは、俺の家のベランダ目掛け、飛んで来ていた。

 俺目掛け、跳んで来ていた。


 ......なので、本当の本当に正しく言えば、俺が人影に気付いたのはその人影が飛び上がってからであり......立っているのに気付いたというのは、小説の表現上での嘘偽りでしかなかったということである。


「危ない!」


 脊髄反射、という言葉で片付けてしまってもいい。

 むしろ、そちらの方が俺にとって都合がいいとさえ言えるだろう。


 だが俺がこの時、明らかに『危ない』と叫び、脳で考え、助けるという答えを導きだしたのは紛れもない事実だったと言うことを、ここで敢えて言っておくとしよう。


 咄嗟に腕を広げ、短い放物線を描いて飛来する人影を、バランスを崩しつつも何とかキャッチする。


 というのが、ソフトな言い方。


 ハードモードだと、咄嗟に腕を広げ、短い放物線を描いて飛来する人影を、思いっきりバランスを崩して背中から地面に倒れつつも、どうにか抱き抱えて衝撃吸収する......という感じ。


 超痛い......思いっきり頭打った......ピヨピヨヒヨコと星が見える......


「だ、大丈夫か!?」


 ガバッと起き上がり、本当に心配そうな顔を見せて言った人影......というかマーウに向けて、俺は皮肉げに口を開く。


「お陰さまで」


「なら良かった」


「お陰さまでこの有り様だって言ったんだよ! っつ......」


 頭だけじゃなくて、背骨も痛い。

 起き上がろうとしたらズキズキする......


 しゃーねー。あんまこんなことはしたくなかったんだけど、一人じゃ立ち上がることもできないっぽいし。

 魔法で治してもいいけど、ここベランダだから、誰かの目につく可能性がないわけじゃないからなぁ......


 まぁ俺に怪我させた借りを返すってことで。


「おいマーウ、手を貸し」


「それじゃあお風呂借りるぞー」


「はぁっ!?」


 逃げられた......


「あいつ......」


 どうにか起き上がり、痛みが引くのを待って立ち上がる。


「風呂から出てきたら殴り飛ばしてやろうか」


 と言いつつ、宙へ向けて一発パンチ。

 その拳を見つめながら思う。


 俺、なんであんな奴を助けたんだろ......?


 大嫌いなはずなのに。

 別に、死ぬわけでもないだろうに。


 マーウがちょっと痛い目を見て、俺が『ざまぁないぜ』って笑ってやれば良かっただけだというのに。


 ......あぁ、分からねぇ。

 色々考えてみたけど、やっぱ何も思い付かない。


 本当に何なんだ、あいつは......

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