栄光のその先

スティーブンジャック

栄光のその先

 必死だった。ただがむしゃらに、誰にも負けたくないという思いを持ちながら生きていた。高校最後の全国大会で優勝することが出来たのはそんな思いがあったからかもしれない。全国でも屈指の強豪校に入学し、一年目でスタメンの座を得てからというもの、周りからの視線を感じずにいない日はなかった。ルックスにもそれなりに自身があり、クラスでは男女問わずみんなの人気者、部活ではチームのエース、この上ない高校生活を過ごしていた。高二の夏、全国高校サッカーの予選で試合中にケガをしてしまいそれが原因でチームの流れも崩れそのまま負けてしまった。あれが人生で初めて味わった挫折だった。ケガが治るとその挫折の悔しさを胸に全精力をサッカーに注ぎ、厳しい冬の練習を乗り越え、翌年ついに全国大会制覇という大きな夢を叶えた。あれから五年が経とうとしている。あの時の輝きは今の俺にはまるでない。

 大学では高校時代の輝かしい功績を少し口にするだけで周りからは一目置かれる存在になることが出来た。しかしそんな優越感に浸っていられたのは就職活動が始まるまでだった。高校でサッカーしかしてこなかったため勉強が疎かになっていたが、サッカーへの情熱は全国大会で優勝した時から冷めてしまい、スポーツ推薦で入学することだけは嫌で、自分の頭でもなんとか入れる大学に進学した。きっと高校での成績を口にすれば多少偏差値の低い大学でも将来は良い企業に就職することが出来ると思っていた。それは大きな間違いだった。面接でどれだけ過去の成績を言っても内定をもらえることが出来なかった。内定をもらえるのは有力な資格を持つ者や偏差値の高い大学の者ばかりだった。何とか市内の小さな会社に入社することが出来たが、今、職場では失敗ばかりを繰り返している。やっと気づいた。今の自分には何もない。高校時代の名誉など社会人になればただの昔話だ。自分は価値のない人間だということ、高校生の時の自分と今の自分の落差、サッカーへの情熱を勉強に注げばよかったという後悔、それらが俺の胸をひどく締め付けた。

このまま過去に囚われるくらいならもう死んでしまおう。最近そう考えることが多くなった。そんなある日のことだ。一通のメールが高校で同じ部活だった友人から届いた。「後藤が亡くなった」その文面の意味を理解するまでに時間がかかった。後藤は俺が高校時代に弟のようにかわいがっていた後輩だった。サッカーを辞めてからは自分が本当は何の取り柄もない人間だということを知られたくなくて連絡すら取っていなかった。後藤ならきっとうまくやっている。勝手にそう考えていた。しかし現実は残酷なものだった。昨年の冬、末期の癌が見つかったのだという。それが原因で一年近く踏ん張ったものの亡くなっていしまったというのだ。もっと近くにいてあげればよかったという後悔から、せめて最後だけは近くにいようと思い、三日後に行われる葬儀に出席することを決意した。

 葬儀では高校時代のチームメイトや恩師の顧問の先生など知った顔を見ることが出来た。しかし俺は他の者のように現状報告しあえるような状態ではなかった。それほどまでに自分に自信を無くしていた。葬儀が進むにつれて会場は悲しみに包まれていった。まもなく終わりが来るというときの事だ。後藤の妻と思しき人物がマイクをとった。「主人は生前、お世話になった人に感謝を申し上げたいと言い、百人近くに手紙を書いていました。ここでその一部を読ませていただけると幸いです。」後藤からの手紙、俺への手紙はあるのだろうか。そう考えながら読み上げられる手紙の内容に耳を傾けた。一通目は両親への感謝の手紙だった。その内容はとても前向きなものだったが無理に明るく書いていることが伝わってきて一層辛さを助長させ、悲しくなった。二通目は高校時代の恩師への手紙だった。内容は両親へ宛てられた手紙に似ていたが俺には親近感の湧く話だったため涙が出そうになった。そして三通目、次は誰への手紙なのだろう。「次に読みますのは高校時代の部活の先輩に当たる佐々木栄治様に宛てられた手紙です。」俺だ。俺にも手紙を書いていてくれたのか。その内容を聞くのがとても怖かった。今の自分はきっと後藤が想像している俺ではないからだ。「佐々木先輩へ。 先輩、元気ですか?僕はもうダメそうです。先輩は高校の時に僕によく、誰にも負けるなって言ってくれました。僕、先輩達が最後の大会で本当に誰にも負けなかった姿見て、自分も絶対誰にも負けないぞって誓ったんです。でも今回ばかりは勝つことが出来なそうです。ごめんなさい。僕、この前たまたま病室の窓から先輩を見たんです。先輩がスーツを着た中年の男性に必死になって謝っているところ見たんです。先輩のあんな姿初めて見たから複雑な気持ちになりました。先輩のことだからきっとどこかの大手企業で高校の時のようにエースになっていると思っていました。少し残念な気持ちもありました。でも今一番苦しいのはきっと先輩自身ですよね。きっと先輩は今、過去の先輩に対する敗北感のようなものを味わっているのかもしれません。違ったらごめんなさい。でも最後に一つだけ言わせてください。先輩が僕に最後に大会で優勝した後に言ってくれた言葉です。諦めるな。諦めたら絶対に勝つことはできない。諦めずに歯を食いしばって戦い続けろ。そしたら絶対に勝つことが出来る。敗者っていうのは途中で戦いを諦めた人間のことだ。懐かしいですね(笑) 先輩、誰にも、そして何より自分自身に負けないでください。後藤より。」 涙が止まらなかった。一番辛いはずの後藤が俺を気にかけていてくれたこと、後藤が俺が今枯れた花のような人間になっている事実を知っていたこと、そして何より自分が一番大切にしていた考えを思い出させてくれたこと、手紙の内容は簡単に死のうと考えていた自分を百八十度変えさせてくれるものだった。俺は絶対に諦めない。向こうで見ている後藤のためにも、誰にも負けない存在であり続けてやる。過去の自分に打ち勝ってやる。そう決心した。

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