夢日記

@sabotencocoa

第1話

じっとりとした微細な水蒸気が身体にまとわりついて気持ちが悪い。

今日も天気は変わらず曇っていて辺りを真っ白なモヤが包んでいる。


ここには退屈を紛らわせるような娯楽もなければ、僕には人並みに抱くような夢もない。


だからこそ人とは違う何かをしてみようと思うんだろう。




学校の帰りは皆が通るメインストリートではなく人気のない小さな路地へと僕は消えていく。


何のために作られたのか分からない、あるいは誰かがわざと作ったのかもしれないが道とは言えないような細い通り道を降っていく。


住宅を繋ぐ屋根の上を通ったり、なんで付いているか分からない細かい段差の上を歩き降っていく。


僕は道とは言えないなような質素な地面の上に両の足を着いて歩いているが、途切れ途切れに誰に手入れされたわけでも無い、目に痛いほどの極彩色の花を咲かせる蔦が蔓延っている。


道の脇に花が咲いていると聞くと小奇麗なプロムナードを思い浮かべるかもしれないが、そんなものではなく手入れのされた草花とは違い複雑に絡まった蔦が無造作に置かれたようにそこにある。


その蔦から配色や間隔などを考えられた花壇とは違って色とりどりのカラフルな花が咲き乱れている。


仙人は霞を食べて生きるというがこの植物は霧を食べて生きているのだろう。


華やかな道の片側とは違いもう片側には崖とも言える何もない空間が広がる。

おそらく数百メートルは落ちないと地面は無く、うっかり足を滑らせでもすれば僕は死ぬだろう。


道幅は約50cmで決して広くはないが、それでも平均台の上を歩き続けるよりかはずっと簡単だろう。


僕の場合は身体的な問題よりも精神的な問題の方が深刻的だった。


あの奥底の暗闇をじっと覗き込んでいるとそちら側に引き込まれるような感覚に陥る。


幼いころから僕は、時折、無性に吸い込まれるように崖下へと飛び降りる誘惑に苛まれた。


身体的な問題でうっかり崖下へと転落することよりも精神的な問題で転落することの方がよっぽど現実味がある。


だからその道を降る時は自分の中にある欲望や誘惑を自制することに必死だった。


何十分か歩き続けるとようやく土の上に足を着くことが出来た。

ここは居住地としては下も下。最下層の場所だった。


帰り道の途中に必ず通る家。

他の民家とは距離があり、家の敷地の大部分を占める場所は庭というより資材置き場だった。


オーブエクィプメントと呼ばれるガラクタ。単にオーブとだけ呼ばれることもある。


ハーモニカのような長方形の型枠の表面に青い綺麗な石がはめ込んである。

大昔によく使われた何かの装置だったようだが、大昔過ぎて今の人達はそれが何の装置だったのかをもう忘れてしまっている。


その今では何の役にも立たないガラクタが広い庭の中を辺り一面覆い尽くしている。


この家の主は歳が60か70くらいの白髪の老人で、ずっと家に引きこもってモニターと睨めっこをしているような人物だ。


職業は物理学者だとか地質学者だとか聞いたことがある。

汚れでくもったすりガラスのような窓から家の中を覗くとモニターには一般人にはよく分からない幾何学模様が浮かんでいる。


この人はよく喋るタイプではない。寡黙でずーっと自分の中の仕事をしている。

他の家から離れているとはいえご近所からの評判もあまり良くないようだった。


人付き合いを自ら進んで遠ざけるような人でも僕にとっては数少ない特別な人だった。


今よりももっと幼い小さな子どもだった時にここの庭で遊んだことがある。

皆がガラクタと言うのだから1つくらい持って行ってもいいのだろうと考えたのだ。


山のようにあるオーブの中から特別、綺麗な物を持って行こうとしたら手を掴まれて怒られた。


怒られたことには何の恨みも持っていない。むしろ子どもとはいえ自分が悪かったと思うし。


だけど、その時に約束した「これの代わりになるくらい綺麗なのを探してくるから、見つけられたら交換してください。」という言葉がいつまでも僕の心の中に残り続けている。


一方的だったし、お爺さんは忘れているかもしれないけど…。



休日は1人で地下に潜る。


地下に来ると頭が痛くなったり恐怖心を煽られるという人が多く、ここに入る人はほとんどいない。


もう地上では秋に降り積もる落ち葉を掃除するかのように集められ捨てられたオーブを求めて僕は地下深くへと入っていく。


人からはガラクタと呼ばれ、もう使い道が無くなった物でも僕はアレの輝きが好きだった。


手を動かして様々な角度に変える度に青い光が無数の星のようにキラキラと輝き違った光を見せてくれる様は見ていて飽きない。


今まで入って来なかった深度にまで潜るとポツポツと青白い光が遠目に見えた。


幽霊だとかそういうものではない。


蒼精石という石が暗闇の中で光を放っているのだ。

地上では見かけることのないこの石は地下の暗くて低い温度の場所でしか生育できない。


おそらくオーブにはめ込まれているのはこの石で大昔に取り過ぎてしまった為か光を放つほど大きな結晶は地下深くにまで行かないと出会えない。


今まで入ったことのない区画だったが、こんなに多くの蒼精石があるとは思わなかった。


手のひら大の大きさの結晶は珍しいと言われるの中でそれを超えるような固体もちらほら見かけた。せっかくなので1つ貰って行こう。


地下から這い出て地上に出ると空から光が差した。

地上の最下層から見上げる空は自分の目で直接見ている気がしなく、単眼鏡のような別の何かを通して見ている気がする。


この世界には2種類の天気しかない。


辺り一面を白く覆い尽くす曇り空か街並みの輪郭をはっきりと浮かび上がらせる晴天か。


ただあの、水色を水で薄めて更に引き伸ばしような色の青空を見るとここが空の上なのか地下のなのか分からなくなる。


あの空は本当の青空なのだろうか。


自分に身近な青があまり好きではないから、僕はオーブの青色に心惹かれるのだろう。


取って来た蒼精石を光に透かせながらふと刀鍛冶になろうかなとそう思った。


刀鍛冶になって砥ぎを学べば、この大きな石を自分で削って、磨いて自分だけのオーブ作れないかとそう思ったのだ。


光を通した蒼精石はくぐもった光だが深い青色が広がっていた。

このまま寝っ転がってこの光をいつまでも見ていたいと僕は思った。



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