ALL FOR ONE


*****


 彼らは、出会うだろう。


*****


 ――――たとえば、砂漠の戦士達の本拠地オアシスで。


「ほう、それで……お前達は、かの遺跡を探していると?」


 下肢ほどもある刃渡りの曲刀を提げた、褐色巨躯の部族長がじろりと一行を睨む。

 傍らにある占い師の娘は、じっと“勇者達”一行を見つめて返答を待つ。

 しかし、やがて顔を綻ばせる。

 一行に向けてではない。

 館に入ってきた――――よく日に焼けた肌を持つ、若い戦士へ向けて。

 彼は斬り落としたコカトリスの首を二人の仲間とともに引きずりながら、砂まみれの外套を払いもせずにまっすぐに歩いてきた。


「……お帰りなさい。大丈夫?」

「ああ、心配ないよナディヤ。……あれ、お客さんですか? 族長」


 どこか浮世離れして幽玄であった彼女の表情は、その戦士を出迎えるととたんに柔らかく、そして微かに熱っぽく微笑みを浮かべた。

 ――――部族長、ファディールは手短に彼に事情を話す。

 謎の一行の素性と、目的地を。


その戦士の歳は勇者とそう変わらない。

日に焼けた肌と、鍛えられた身のこなし、腰にあるのは砂漠の戦士達の曲刀ではなく、両刃の銀細工の使い込まれた直剣。

しかし共に差しているのは彼らと同じ、装飾短剣ジャンビーヤ

 どこかちぐはぐな身なりは、彼にあった“物語”を感じさせた。


「――――あの呪われた遺跡に行きたいんだな? 俺が案内しよう。俺の名はエミールだ。よろしくな、“勇者”さん達」



*****


 ――――たとえば、不可解な魔力により空中に浮かぶ都市、そこを取り巻く魔軍の空中諸島へと乗り込む手段を探して、宮廷魔術師を頼って。


「各員に告ぐ! ロイ・グランダール提督より訓示あり!」


 西王国の飛行船発着場。

 そこには――――これから向かう“戦場”へ向けて、総数“六隻”もの飛行船が準備を進めていた。

 強化された船殻はオリハルコンに更に付与魔術エンチャントを加えられ、各所に砲座が据え付けられ、艦首には充填した魔力を放射する“主砲”が装備され、宮廷魔術師麾下の魔導士達により、最終調整が進む。

 四人からなる旅の一行は、その迫力に圧されながら、空の彼方の島に潜む魔人の一角を思い――――気を引き締めた。


 やがて、発着場のあちこちに備え付けられた伝声管より、若き船団提督の声が、ややくぐもって聴こえてきた。


 訓示の言葉は、情熱に満ち溢れていた。

 たどたどしくとも、そこには確かに炎が宿る。

 空に浮かぶ“魔の島々”には、凶悪な飛行生物達が群れをなして皆を迎え撃とうと牙を研いでいる事。

 そこには魔王に次ぐ地位を持つ魔人が潜んでいる事。

 謎の手段によって、その隠れ家と思しき都市は魔力の壁により遮断されている事。


 それらの情報は、最初の飛行船、フォーリング・アン号が大破させられながら、奇跡的に持ち帰ってこられたを告げた時――――彼の言葉は詰まる。

 だが、すぐに……語気は、更に増した。


「皆、今日という日を決して忘れるな。今我々にあるのは、六隻の重装飛行船。今日は――――人類史上初の、“空中戦”だ! 決して、負ける訳にはいかない!」


 歓声が湧き起こり、飛行船の外殻までがびりびりと揺れる。

 彼らは、その一声で全てを理解する。

 今日は人類が初めて、蒼天を守るべく空を駆けて戦う日だと。

 後世に連綿と続くであろう翼たちの、その先鋒は己なのだと。


「彼方の地では、かの“雷竜らいりゅう”がこの空を守るべく最後の翼をはためかせた。 雷速の古代竜に続くのは我々、人類だ! ――――重装飛行船団、“プロフェッサー・アンズ・リベンジアン博士の仕返し”一番艦より六番艦。出撃の刻だ!」


 ――――船外から響き渡る歓声を聴きながら、一番艦――――“勇者”の一行を乗せて飛ぶ船、その艦橋には隻眼の操舵士が片方だけの目をつむり、研ぎ澄ませていた。

 いつかの海で舵輪を握っていたあの日の感覚を、蘇らせるべく。


 やがて括目した操舵士は、舵輪に結びつけていた黒い布をほどき、そこに染め抜かれた“ドクロ”を。

 “黒死の海賊旗”を懐かしく見つめ、伸びた髪をまとめるべく折りたたみ結び付け、かつての“首領”の名を呟く。


「……ジャック=エドワード船長。今一度。今一度だけ……私に、力をお与えください」


 ――――そして、船外でつまらなそうに訓示を聞き、叫ぶ技師達を冷ややかに見つめる二人の男達も、また誓う。


「……ケイシー、叶うぜ。“俺達”は、今から……“勇者”と一緒に、魔王と戦えるんだぜ」


 中肉中背の男と、巨躯の男。

 二人の兵士は、鞘に納められたサーベルに向け、ぽつりぽつりと語りかけ、その時を待ち続ける。

 今はもうこの場にいない、“愚弟”とともに。


「いっちょ、やってやろう。……空を飛んでよ、魔物を倒して突っ込んで、“勇者”と一緒に、天上の島のお姫様を助けて――――魔王の仲間を、倒すんだ。完璧だろ? 完璧、だよな……おい、ケイシー」



*****


 ――――たとえば、古の戦士を模した半壊した巨像を抱く港町で。


「…………気ヲツケテ、行ケ」


 “勇者”の一行を下ろした武装船の船長、漆黒の肌を持つ隻腕の巨漢が船旅の疲れをそう労うだろう。

 その眼はどこまでも鋭く、威圧的だが――――決して暴力的ではなく、どこかしらの深い智慧ちえも感じさせた。


「うっひゃ……何スか何スか、あの船尾ケツにブッ刺さった爪!? 何と戦ってきたんスか、ダグマーシュ船長!?」


 軽薄に見える若い船大工は、船体に刻まれたいくつもの傷に驚くはずだ。


「……ボフミール港長、ドコダ。修理、スル」

「ちょ……勘弁してくださいッスよ……これじゃまた、今日も徹夜だ。久々にコンスタンツェちゃんと酒場デートだってのに……」

「酒ナラ、俺ガ後デ差シ入レテヤル」

「そーじゃないんスって……」



*****


 全ての戦いは、つながっていた。

 平原の会戦も、聖剣を守り続ける孤独な戦いも、砂嵐の中の討伐戦も。

海を駆ける暴君の最後の叛逆はんぎゃくも、船大工の木槌の一振りも。

空を駆ける夢を追い求めた小さな子供達の十数年越しの“今”も。


 場所も人も、その動機も、規模でさえが様々だった。

 それぞれがそれぞれの世界の終末を見て、それぞれがそれぞれの世界を守るべく立ち向かったほんの一瞬が、“勇者のいない世界”を、“魔王と勇者の世界”へ変わるまで――――繋ぎとめたのだ。



*****


 ――――運河を聖水に満たされた祝福の大河へ変えた城塞都市で、出会うだろう。


「よくぞ参られた、“勇者”殿。私は、聖堂騎士団副団長にして、当都市の守備隊長、アデルミラ・ヴァスケスである。――――到着して早々で心苦しいのだが、助力を願いたい」


 黄金色の髪をたなびかせる女騎士は、その疲れを、消耗をおくびにも出さずに勇者の一行を出迎える。

 いくばくかの休息の後、彼女と、一人の修道女と、そして――――カーラ、と名乗る少女が語る。


 ――――かつての修道院は、今はアンデッドの巣窟と化している。

 ――――そこに、恐らく今も縛りつけられている……を討伐してほしいと。


 少女は、“僧侶”の法衣の裾を握り締め、真っ直ぐに見上げて、たどたどしく呟いた。


「いん、ちょ……たす、けて……おね、が……」


 彼の地に今も、茫漠としたまま存在し続ける死者の王リッチ

 元の名をアルフレッド・ウォーリスを解放するべく――――翌日、彼らは発った。


 ――――死者の王の黒衣が剥がれ、邪な魔力が全て流れ落ち、本来の姿を取り戻し、“勇者”の一行はつかの間、対話する。

 無垢な霊魂となったその表情はどこまでも晴れやかに澄み渡った笑顔を浮かべていた。

 説教台の上に置かれた、つたなく暖かな向日葵ひまわりの刺繍が施されたハンカチを指差し、“死者の王”の呪縛から解かれた修道院長は、今度こそ――――天の国へと。



*****


 ――――火山の魔城にて、その地を守る“炎の魔人”、かつては四天王と呼ばれていた一人と対峙するとき、力を貸してくれる者があるはずだ。


「ここまで来る胆力は褒めてやろう。……屠られるために自ら来るブタとしてな。貴様らの死体は、灰には変えずにおいてやる。生焼けのままで悶える様をじっくりと拝ませてもらおうか。……忌々しい定命じょうみょうのブタめ」


 最奥、火山の熱気が直に伝わり、外周を溶岩がほりとして流れる火炎地獄の広間にて四人は、ついに対決の時を迎えた。

 傲岸不遜な魔人に臆する事無く、“戦士”は前面に出て盾を構え、炎を打ち鍛えたかの如き波刃の長剣を握るその手に震えはない。

 その獄炎を――――いざ調伏ちょうぷくせんがために。

 刹那、“魔法使い”の片目から炎が噴出して翼の形を成し、口の端からも――――燃える尾羽根が吐き出された。


「だ、大丈夫ですか!? 攻撃……!?」

「いや……ゴメン、大丈夫。ちょっと……ね。“太陽の鳥”が……そろそろ、ブチ切れたいんだってさ」


 炎の噴出は一瞬で止まり、“僧侶”の問いかけに“魔法使い”は力強く答える。

 それを見ていた魔人に向けて――――更に、一言。


「覚悟しなさい。今度こそ。今度こそ……アンタを灰にしてやる。今度は逃がさない、って……あたしの魔法が、言ってんのよ」

「……何を言っている、貴様? 気でも触れたか?」


 そして、“勇者”もまた――――旅路の中で受け取った、この灼熱の空間と、“魔法使い”の連れてきたものとは真逆の“力”を脈動させ……

凍原と化して祖国を守り続けた“冬将軍”からの、贈り物。

 あらゆる魔力を凍てつかせ打ち消す、絶対零度の波動を解放すると……広間を流れる溶岩がたちまちに凍りついてしまった。


「――――さぁ、行くぞ、……“皆”」


 今この場にいるのは、“四騎”だけではない。

 優しき“太陽の鳥”と、その生を凍てつかせ、誇り高く戦い続けた“冬将軍”が――――彼らには、ついていた。



*****


 どれもが、たったの“ひとつ”を懸けた戦いだった。


 猛る巨獣の“一歩”を遅らせるために。

 陥落する砦の中で、“一体”でも多くの魔物を討つために。

 己の生ある限り、“一本”でも多くの矢を放つために。

 降り来たる火球の飛礫を、“一発”でも多く減らすために。


 命と命を繋ぐささやかな手紙を、“一通”でも多く届けるために。

 戦場で命を懸ける男達に、“一食”でも多くの糧を供するために。

 戦場に赴く新兵達が、“一回”でも多くの攻撃を避けられるために。

 海賊の誇りにかけて、“一度”限りの全門斉射を届けるために。


 かつて在った同族が駆けた空を守るため、“一柱”限りの竜はいかずちとなった。

 己の存在を懸けて戦う剛拳の獅子は、魔人の“一角”を墜とした。


 “ひとつ”を、世界へ贈るために。

 “ひとつ”を、魔王から奪うために。


 世界の一秒、一分、一日を懸けて――――“勇者”ならざる者達は、ひたすらに。


 世界の“全て”を――――“ひとり”へ、繋ぐために。



*****


 ――――――これは、勇者と魔王の世界の物語。

 ――――――勇者でも、魔王でもなかった者達のささやかな戦いの物語。

 ――――――小さな“ひとり”達が、“世界”の時を繋いだ物語。


 ――――――ひとりは、全てのために。

 ――――――全ては、“ひとつ”のために。



 ――――――“勇者”ではなかった者達の、ものがたり。










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One For All ~勇者へ繋ぐ世界のどこかで~ ヒダカカケル @sho0760

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