蛍火~約束の湖で~

スティーブンジャック

蛍火~約束の湖で~

 今年も約束の湖へ向かう。彼女が待つ場所へ


 高校二年の夏、僕はついに彼女に告白する決心をした。彼女とは中学校から一緒で、ずっと好きだった。運動会の帰り道、修学旅行のグループ研修、たまたま二人きりになった放課後の教室、何度も告白するチャンスはあった。しかし僕はそのチャンスを幾度となく逃してきた。僕の臆病な心を何度恨んだことだろう。それでも今回は絶対に告白する。きっかけはおとといの昼休みの教室でのことだった。


 

 「拓弥! お前いつ告るんだよ~」


同じクラスの藤田だ、お調子者でふざけた奴だが一番信頼している。何かを相談するときには真剣に話を聞いてくれる。 


「いつだっていいだろ!僕には僕の考えがあるんだ!」


強がってはみるが実際には告白する勇気を持てずにいるだけだ。藤田はそれに気付いている。


「しょうがねーなー、俺がなんとかしてやるよ。 おーい美玖、拓弥が今度の夏祭りいっしょに行きたいって言ってるぞ。」


前言撤回だ。藤田がここまでのアホだとは...


「おい、、、何言ってるんだ馬鹿!やめろ!!」


-祭りとは毎年八月の第一日曜日に神社で行われる蛍火祭りのことだ。蛍火という名前は、神社のすぐ近くにある幻鏡湖に生息する蛍が名前のもとだといわれている-


恥ずかしさで顔が赤くなっているのが分かる。と、思いつつも美玖の方を見てみるが、彼女の顔は誰かが邪魔をして見えない。絶対嫌われた。そう思った。しかし、その日の放課後、体育館で部活をしているときのことだった。バスケのシュート練習をしているとボールがリングにぶつかりもう半面を使っていたバドミントン部のコートに入ってしまった。いつもは体育館を二つに分けるネットがあるが今日は下す機械の故障でボールが向こうへ行ってしまったのだ。ボールを取りに行くとすでに美玖が拾っていた。美玖はバドミントン部のエースだ。


「はい、拓弥君。」


ボールをこっちに返してくれた。僕はありがとうと言いながらも昼休みのことが脳裏によぎり足早にその場を離れようとした。


「待って、拓弥君。 祭り、、、何時に行けばいい?」


夢を見ているのかと思った。でもこれは現実だ。美玖と一緒に祭りに行けるんだ。


「え、じゃあ 夜の七時に神社の鳥居の前で!」

「分かった。じゃあ部活頑張ってね!」

「うん、じゃあまた!」


とまあ、こんな感じで今日に至る。そして今日が祭りの日、こんな告白のチャンスは二度とない。どこで、どんな言葉で思いを伝えればいいのだろう。そんなことを考えていたらもう六時半になっていた。急いで準備して神社へ行こう。


 神社の近くまで来ただけで祭りの賑わいが伝わってくる。祭囃子の音や子供の笑い声、毎年この祭りに来ているが今年は一段と盛り上がっているように思える。鳥居の前に着くと彼女はまだいない。何時間でも待てる気がしていたが彼女は五分後には来た。そこには浴衣姿を着た美玖がいた。中学から美玖を見てきたが、一番綺麗な美玖がそこにはいた。


「ごめん、、、待った?」

「僕もちょうど今来たところ!腹減ったから屋台でも見に行こ!」


 それからの時間はドラマやミュージックビデオで見たことのあるような、美女が祭りを楽しむ姿を間近で見ることが出来た。祭りも終盤に差し掛かり花火が打ち上げられる少し前のこと、僕達は一旦神社を出て幻鏡湖に行くことにした。彼女が蛍火を見たことがないというので見せようと思ったのだ。祭りの日はみんな祭りに夢中で湖には人っ子一人いない。湖に行くとそこには無数の蛍が美しい光とともに飛んでいた。


「綺麗、、、話は聞いたことあったけど、ここまで綺麗だとは思わなかった。ありがとう。拓弥君。」

「いや、俺の方こそ今日はありがとう。あの、おれずっと言おうと思ってたんだけど、美玖のことが好きなんだ。」


今まで何度も言おうとしては諦めてきたその言葉があまりにもすんなり口からでて自分でも驚いた。


「え、うそ、、、私なんかのこと好きなの?」

「うん。ずっと好きだった。何度も何度も言おうと思った。でも、言ったら全部終わっちゃう気がして言えなかったんだ。」

「私もまったく一緒!何回も伝えようと思ってたんだよ。中学の頃からずっと好きで、でも私意気地なしだから...」


それから二人で花火を見た。そしてこれから、毎年祭りに行こうということになった。待ち合わせ場所はここ、幻鏡湖。


 

 あれから一年が経つ。今年も祭りの夜、幻鏡湖へ向かう。あの日から二人の思い出はたくさん増えた。それでも僕たちの一番の思い出の場所はあの湖だ。湖へ向かうと今年も彼女はまだ来ていなかった。蛍はすでに美しく舞っていた。蛍の光が湖面に映り、鈴虫の鳴き声がいつもに増して心に沁みる。彼女が来た。


「ごめん!待った?」

「待った!いい加減遅刻癖直せ!」


と冗談半分で言うと


「来年は絶対遅れないから!」


強気な表情で返してきた。彼女と見る二回目の蛍火は受験勉強で疲れた僕には眩しすぎた。蛍の光に照らされる彼女は今年もとても綺麗で二人だけのこの幸せな時間がずっと続けばいいと思えた。


 

 

 今年も約束の湖へ向かう。今年はあの日以来、生きた心地がしていない。今まで体験したことがないくらい深い悲しみの中で暮らしてきた。重い足取りで湖に着くといつもは遅刻してくる彼女が先に着いていた。


「え、、、なんでいるの。」

「当たり前でしょ。去年約束したんだから。」


彼女は少し笑って言った。


「もう今年であの日から、拓弥君が思いを伝えてくれた日から二年が経つのかぁ...早いなぁ... 拓弥君、こんな私のこと好きになってくれてありがとね。」


彼女は僕の方を見てそう言った。


「いつも遅刻して迷惑ばかりかけてきたけど毎回優しく許してくれて、好きって言ってくれて、ずっとそばにいてくれてありがとう。」


続けて彼女の口から出た言葉を聞いた途端、涙が溢れだした。


「泣かないで、拓弥君。これからはこうして話したりできなくなっちゃうけど、それでも私はちょっと離れたところからずっと見守ってるから。だからお願い。悲しいお別れにしないで。」


僕が初めて彼女に出会った日に彼女が見せたあの屈託のない笑顔が涙でぼやける視界の中にあった。


「今まで本当にありがとう美玖、、、君と出会えて本当に良かった。ずっと二人の日々が続くと思ってたんだ。終わることなんてないと思ってた。あの日、君が交通事故で死んじゃうまで、ずっとそう思ってた。でも、もう終わりなんだね。君と出会えたこと、ずっとそばにいてくれたこと、僕は忘れないよ。幸せな時間をありがとう。さようなら。」


その言葉を伝えた瞬間、僕の心の中にあった暗い靄のようなものが晴れた気がした。さよならも告げずにいなくなった彼女にちゃんと別れの挨拶を告げることが出来た。本当にもう終わりなんだという悲しさもあるが、それでもこうしてちゃんと別れを告げることが出来た。


彼女の手がそっと僕の手に触れるのに気付いた。僕も強く握り返そうとした。すると、そこにいたはずの彼女の姿は消え、代わりに数匹の蛍が微かな光を携え飛んでいた。


湖面には反射する蛍の光と、それに照らされている涙を拭う僕の姿が映っていた。

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