紀州ヤンデレ伝説 ~安珍と清姫~

真尋 真浜

紀州ヤンデレ伝説



 和歌山県には有名なヤンデレの話があります。


 安珍・清姫伝説。

 古書を紐解けば、平安時代の『大日本国法華験記』や『今昔物語集』にその説話を見る事が出来るらしい。


 名前は知っている、結末は知っている人でも詳しい話やヤンデレ呼ばわりされる経緯を知らない人は多いのではないでしょうか。

 ではどんな話かをざっと説明してみましょう。


******


 東北から紀州の熊野詣(世界遺産登録で有名になった熊野古道を辿る参詣)に出向いた若い僧侶が居ました。

 彼の名前は安珍、それはそれは美形のお坊様です。


 そんな彼が熊野詣の往路に宿を取っていた時、ひとりの少女が彼にひとめ惚れをしました。

 彼女の名前は清姫、熊野の偉い人の娘さんです。


 この清姫は随分と行動的で、思い立ったが吉日とばかりに安珍へと夜這いをかけます。

 はい、夜這いをかけました。


 女性が向こうからやってきた、人によっては鴨葱あるいは据え膳食わぬはと手を出すかもしれませんが、安珍は僧侶。

 それも交通機関の無い時代に東北から紀州まで歩いてくるほどの人物です。


「絶対にノゥ!」


 とばかりに断るのですが、言葉ひとつで納得する少女なら『惚・即・夜這い』という直結行動に出たりはしないでしょう。

 なので安珍は仕方なくひとつの約束をします。


「きちんと参詣を終えた後でまたここに立ち寄るから、その時に、な?」


 お坊様にとって参詣は大事、これを務めるまではとても女性にょしょうには触れられぬという彼の主張を聞き入れ、清姫は彼が戻ってくるのを待ちます。


 しかし安珍は戻ってきません。


「あーばよ清姫のとっつぁ~ん」


 とばかりに参詣を終えた後、さっさと東北に帰ろうとしたのでした。


******


 それが僧侶として自分を戒めた結果か、単に夜這いしてきた少女が好みじゃなかったのかは分かりませんが、どちらにせよ袖にされた清姫は


「貴様だけは絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛!!」


 と激怒します。

 そして慎みを捨てた行動派らしく、取るものを取らず・履く靴も履かず裸足で駆け出し、東北へと先行する安珍を追走し始めました。


 彼女の怒りと勢いは凄まじく、まだ和歌山県内の道成寺どうじょうじというお寺に続く道の途中で追いついたのです。


 さて、このように常軌を逸した熱心さでつきまとわれた安珍ですが、そもそも敬虔な僧侶が嘘をついてまで関わりを避けた相手がやってきたのです、当然の事ながら嬉しくもなんともありません。


「誰ですかあなたは?」

「人違いじゃないですか?」

「そんな約束、した覚えは全くありませんねえ」


 安珍は嘘八百並べ立て、清姫を煙に巻こうとしますが


「これは嘘をついている僧侶だぜ……!」


 と全く通用しません。


 説法もまやかしも通じない、そう思った立派な若僧の取った行動とは。


「熊野権現法術・金縛りの術!!!」

「グワアアアア! う、動けぬ……!?」


 はい、本当です。

 まるで霊能バトルのような展開ですが本当です。

 ついぞ先参ってきた熊野権現のありがたい霊験あらたかなお力を、安珍はつきまとうヤンデレの動きを封じるのに使いました。

 こうして彼女を金縛り、その隙に逃げようとしたのです。


 が。

 嘘に次ぐ嘘を並べ立てられ、その挙句に霊力を行使してまで彼女を避けようとする安珍に清姫の堪忍袋の緒は切れました。

 ……最初から理性の緒なんて無かったような気もしますが、とりあえず限界は突破したのです。


「ク ソ ソ ン の 事 か ー !!!」


 イメージとしてはだいたいこんな感じですが、清姫の怒りは天を衝き、人の身を超え、脱却脱皮し、巨大な蛇の姿へと変化。

 色んなメディアでも有名な『蛇怪・清姫』爆誕です。


 こうして火を吹く蛇と化した清姫から益々逃げる安珍ですが、道成寺に逃げ込んだ時点で再び追いつかれます。

 逃げ切れぬと思った安珍は道成寺の梵鐘を地に降ろし、その中に隠れたものの蛇となった清姫は鐘に巻き付き、火を吹き続けて中の安珍を焼き殺しました。


 そして愛しい男に裏切られ、その手で男を殺めた彼女も入水し、自らの生を終えたのでした。


 ぶっちゃけ安珍は手を出してもいない女に殺された完全な被害者で復讐劇ですらない、清姫による『ストーカー殺人』と『自殺』がセットなストーリーなわけですが、安珍を焼き殺した所で終わっていると思っている人は多いのではないでしょうか。

 私もでした。


******


 その後、この人外バトルに巻き込まれた道成寺の住職の夢枕に2人が現れ


「迷惑かけついでに供養してくれませんか」


 と頼んできたので供養したところ、2人は神々しい天人の姿に転身。


「なんと、お二人は熊野権現と観世音菩薩の化身であったのか」


 浅ましい2人も法華経の読経によって本来のお姿を取り戻した、なんてすばらしいんだ法華経。


 そんな〆でこの物語は終わります。

 めでたくもあり、めでたくもなし。


******


 このように転生異能バトルにまで発展するヤンデレストーリーですが、事件の最終地となった道成寺は今も現存する実在のお寺です。

 道成寺には安珍を供養する安珍塚があり、また清姫の生誕地には清姫の墓とされる石塔が建てられています。


 世界遺産・熊野古道の一角に並ぶ、怪異めいた伝説の史跡。

 機会があれば皆様もお立ち寄りくださいませ。


******

追記


新作『VRMMOデスゲームが始まるとか聞いてないんですけどぉ!』などもよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887655239

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紀州ヤンデレ伝説 ~安珍と清姫~ 真尋 真浜 @Latipac_F

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ