女子力大学院3

@SPmodeman

第3話 フードアドバイザー学科博士課程二年、芹沢真梨香

「うーん結局本当の試験会場はどこだろ? このままじゃ遅刻しちゃう」

 佳奈は焦っていた。二度にわたる女子力の襲撃を退けた坪居佳奈だが、相変わらず試験会場は分からずじまい。このままでは試験を受ける事なく不合格になってしまう…。


「失礼…もしかしてあなたも女子力博士認定試験を?」

 そう佳奈に話しかける一人の女性。ゆるふわにセットした髪にゆるふわな着回しコーデ、そしてゆるふわな雰囲気の中に隠された自然な気遣い…。この女子力の高さ、彼女も女子力学院の学生に違いない。


「は、はい…。だけど大学は初めてで試験会場が分からなくて…。」

「やっぱりそうなのね、実は私も試験を受けるの。でも試験開始までまだまだ時間があるわ、今からそんなに緊張してちゃ試験本番前に女子力が尽きちゃうわよ…。そうだ! これから試験に備えて早めのランチに行かない? 私はフードアドバイザー学科博士課程二年、芹沢真梨香。よろしくね。」

 フードアドバイザー学科…。なんだかんだで就職に強いインテリアコーディネーターやネイルサロン学科とは違い、特に何の役にも立たないフードアドバイザー学科は純粋なる女子力を追い求める「女子力虎の穴」である。芹沢真梨香から発せられる女子力も、前回の二人とは比べものにならない。


「本当ですか!? ありがとうございます! 私坪居佳奈っていいます、どうぞよろしく!」

 真梨香の女子力を知ってか知らずかホイホイと付いて行く佳奈。しかし佳奈は気づいていない、真里菜が纏うゆるふわな雰囲気に隠された真の目的を…。




「着いたわ。」

 女子力溢れる街並みを通り真梨香に連れてこられた店は、大学最寄りの駅前にあるイタリアン。一見ただのイタリアンだが、この店には驚くべき秘密が隠されているのだ。


「こ、この店は! そんな、まさかこの店が日本に残っていたなんて…。」

 佳奈が驚くのも無理はない。そう、この店はかつて世間を騒がせたあの店、あまりの店内女子力の高さゆえ、男性のみの入店が許されないあのイタリアンである…!

 過剰なまでの女子力の高さに閉店を余儀なくされたあの店は、我が国の女子力総本山である宗像市に移転していたのだ。常人なら耐えられないような女子力店も、女子力大学の学生にとっては単なるインスタスポットの一つに過ぎない。学生たちはこの店でランチを楽しみ、Ph.J.(ジョシリョク・オブ・フィロソファー)の取得に向けて日々女子力を高めているのだ…。




「いらっしゃいませ!」

 店員の元気かつ女子力の高い挨拶が店内に響く。入店した瞬間、今までの人生で経験したことのない凄まじい女子力が佳奈を襲う…! もしこの空間に男性が入店すれば、それはもう凄まじい事になってしまうだろう。この店が男性のみの入店を受け付けていないのもうなずける。あの奇妙な規定は女性客の為ではなく、無力な一般人を強大な女子力から守るために存在していたのだ…。


「ご注文は何に致しますか?」

「佳奈さんはこの店初めてだよね? 何か食べられないものある? …分かった、私がおすすめを注文してあげる。これとこれとこれと…。」

 真里菜が注文するや否や、次々に料理が運ばれてくる。女子力を追い求める者にとって無駄にしていい時間など一秒もない。料理の提供スピードもまた、女子力大生にとって重要なのだ。


「こ、この料理は!」

 イタリアンサラダ、イタリアンパスタ、パクチーラーメン、イタリアン焼き鳥、イタリアンから揚げ…。ありとあらゆるものがイタリアンとパクチーで女子力が高いのだ。

「デザートも一緒に注文しておいたわ。」

 そう、真に女子力の高い者はデザートも一緒に注文するのだ。男の目が全くない女子会においてのみ許される禁断のオーダー、女子力特区で特異な発達を遂げた女子力ガラパゴスである。


「す、すごい料理、こんなに女子力高い料理見たことない! でもこんなに食べれるかな…?」

 トマト、オリーブオイル、チーズ、パクチー、シナモン…。料理からは女子力成分が豊富に含まれる女子力調味料特有の匂いが立ち上り、否応なく女子力を感じさせる。常人がこの量の女子力食材を摂取すれば、女子力とカロリーの過剰摂取でもう取り返しのつかない事になってしまうだろう…。


「大丈夫大丈夫、おいしいものは別腹だから。」

 真梨香はアイフォンでラテアート自撮りをインスタに上げながらそう言い放つ。そう、別腹である。高い女子力を持つものは別腹を操り、糖や脂を素通りさせて女子力だけを効率よく摂取できるのだ。別腹を自由に操る事が出来なければ、宗像市でやっていくことは到底不可能だろう…。


「別腹かー、そういうもんなのかな? まあいいや、頂きまーす…!! こ、これは…可愛い…!」

 料理を口にした瞬間、凄まじい女子力が佳奈を襲う! 味よりも匂いよりもまず何より可愛いが先に来る。これこそが女子力料理の証なのだ。あれも可愛いこれも可愛い。ありとあらゆる可愛いが佳奈の別腹を満たす。佳奈は今までに感じたことがないほどに女子力の高まりを感じ、気づけば料理を食べ進める手が止まらなくなっていた…。


「(やはりそうか…この娘、ごく自然に別腹を制御している…)佳奈さん、このチキンおいしいわよ。」

「ほんとですか、頂きまー…うっ!」

 真梨香に勧められた香草チキンを食べようとした佳奈は、突然フォークを落としてしまう。


「あら佳奈さん、どうしたの?」

「…真梨香さん、これは一体何の真似ですか…?」

 佳奈が口を付けようとしたチキンに入っていたのは、外から見ても分かるくらい大量の唐辛子…。女子力高い店にはよくロシアンルーレット的に一個だけ辛い奴が入っているメニューがあるが、あくまでも可愛いリアクションが取れる程度に辛さが調節されている。こんなものを食べた日にはガチなリアクションしか取れずに急激な女子力低下は免れないだろう。そのような事態になれば、店内との女子力圧差によってそれはもう悲惨な事になったに違いない。


「…ちっ、私のフードアドバイスに引っかからないとは、やはり只者じゃないわね…。」

「真梨香さん、いったいどうしてこんなことを!?」

「瓜生や藤沢を退けたその女子力、認定試験においてあなたは私の障害になりかねない…。危険な芽は早く潰しておくに限るわ。」


「くっ…そういう事だったとは…でもランチを途中退席するなんて私にはできない…。」

 そう、二人だけとは言え女子会をこの空気で抜ければ確実に女子力が低下し、二度と試験が受けられない身体になってしまうだろう…。佳奈にはランチを食べきるしか道が残されていないのだろうか…。


「ふふっ、私の調味料フェイントを交えたアドバイスにいつまで耐えられるかしら…? 残念だけどあなたはここで脱落よ!」

 アイスを食べながら笑みを浮かべる真梨香。その笑顔には勝利を確信した絶対の余裕が感じられる…。




「それはどうでしょうか?」

「ふふ…何を言って…!! こ、これは!?」

 真梨香が食べていたのはミント鉢植アイス。あのミントの鉢植っぽく見せかけて中身はアイスという女子力の高いあれだ。しかしどうしたことだ、口の中にアイスの甘味も冷たさも全く感じない。

 そう、真梨香が食べたのは本物の土だったのだ…!


「そんな、いつ食べ物をすり替えたというの!? フードアドバイザーの私に油断も隙も無いはず!」

「いいえ、真梨香さんでも隙を見せる瞬間が一度だけあります! 勝負は一瞬、料理を食べ始める前!」

「!!」

 そう、インスタである。料理自撮りを撮影している間だけはどんな女子でも隙だらけになってしまう。女子力が高い真梨香の習性を逆に利用した巧妙なカウンターだ。


「そ、そんな…店内で土を喰ったとなれば私はもうこの街で生きてはいけない…。私の夢はここで終わったというの…。」

 店内を支配する静寂、そしてその静寂の中確かに含まれる嘲笑と軽蔑のまなざし…。芹沢真梨香はこのまま夢破れ田舎に帰ってしまうのか…。


「いいえ、そんな事ありませんよ! よく口の中を確認してください。」

 佳奈にそう言われ、口の中の感触を確かめる真梨香。その刹那、土っぽい土味の中に、ほのかな風味を感じる…。


「ミント…!」

 そう、ミントである。ミントの鉢植えならば当然そのミントも本物だ。ミントに含まれる自然由来の女子力成分が、女子力の消滅をギリギリの所で防いでいたのだ…! ミントのスースー感が真梨香の心を浄化する…。


「…ふん、あなたも相当のお人よしね。もしミントが作り物なら、私に止めを刺す事が出来たのに…。」

「いいえ、私は最初からあなたをつぶすつもりなんてありません。それに…もしミントフェイントがなかったら、あなたほどのフードアドバイザーが私の仕掛けに気づかない筈ありません。」


「気づき…。はっ! ミントは自然、女子力は気づき…。そう、そういう事だったのね…。」

 そう、そういう事だったのだ。女子力はいわゆる気づきの力ともいわれている。ミントの女子力成分は自然由来で女子力とは気づき…。女子力の高い芹沢真梨香もきっと何かに気づいたのだろう。




「わかるー」「わかるー」「わかるー」

 店内には「分かる」の嵐。どうやらほかの客も気づきを得たようだ。さすがは女子力大学大学院、たったこれだけのやりとりを見て気づきを得てしまうとは。女子力大がある限り、日本の女子力も安泰だ。




「ふーん、あの子が坪居佳奈なの。久々に面白い子が入って来たわね…。」

 客の中の一人がそう呟いた。気づきに紛れる謎の思惑…。

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