除夜の鐘が百八つに増えたのは
御剣ひかる
除夜の鐘が百八つに増えたのは
もう三十年以上前の話になるけど、子供の頃に、夏休みなんかの長いお休みには父の生家に帰省してた。
今は
どれだけ不便かって、まずね、子供には恐怖の「ぽっとん便所」よ。水洗じゃないのよ。臭いし虫は寄るしで、トイレに行くのが嫌で仕方なかった。弟なんて落ちかけたことがあるんだよ。
田舎の家らしく部屋がたくさんあるんだけど、廊下に電気はなくて、夜は本当に真っ暗だった。お化け屋敷になんて行かなくても、あの真っ暗な廊下で十分だったわ。
どこかに遊びに行くにしても電車――そこの人達はSLが走ってた名残で汽車って呼ぶんだけどね、電車に乗るために駅に行くのに、まずバスに乗るんだけど、本数が圧倒的に少ないのよ。一時間に一本あるかないかで、それも終バスがなんと二十二時台よ。親に連れられて遊園地に遊びに行っても午後を少し回った頃から帰り支度を始めるんだから子供としたらつまらないわよね。もっとあそびたーい! って弟がギャン泣きしたこともあったよ。
それに、祖父母の家だからテレビ番組だって大人が好んでみるようなものばっかり。子供が「チャンネル権」なんて主張できるもんじゃなかった。
それでも毎回父に着いてってたのは、悪いことばかりじゃなかったから。
まずは、長期の休みにならないと会えないいとこ達と会えること。昼間は近くのお寺で日が暮れるまで駆け回ってた。夜は、いとこが持ってきたボードゲームやったりトランプしたりで楽しかった。
父の生家で面白かったのは、井戸と
庭にある井戸の水くみなんて、みんな我先にって競ってやったわ。縄をつけたバケツを井戸に放り込んで、縄をぐいぐい動かしてバケツにうまく水を入れて引っ張り上げるの。一度にどれだけ水を汲めるか、ってそれだけでゲームになったわ。井戸の水はとっても冷たくて気持ちよかった。
五右衛門風呂は、石の風呂の底に木の板をしいて、いとこみんなで一気に入っちゃった。そうしないとお湯が冷めちゃうからね。
春、夏、冬と父の田舎に行ってたわけだけど、一番楽しみなのは冬だったな。
大みそかは、夜になったら紅白歌合戦をBGMにしていとこ達とわいわいやってた。いつもは早く寝るように言われてたんだけど大みそかだけは夜更かしOKだったのよ。どこの家もそうみたいで、普段は静かな田舎の住宅地に、この夜だけは帰省してきた子供達の声が遅くまでしてた、って祖父が言ってた。
それで、紅白歌合戦が終わる頃から、近所のお寺で除夜の鐘が
ガーン、ゴーン、コーン、って輪唱みたいで面白かった。
わたしたちがまだ小学校低学年の頃は、除夜の鐘は数十回だけだったんだって。煩悩の数って言われてるのに少すぎよね。
でも、わたしたちがお寺に鐘を撞きに行くようになって、百八回鳴るまで帰らなかったから、その年から百八回鳴らすようになったみたい。
いーち、にー、さぁーん、って百八まで声をあげて数えたから、途中でやめるわけにはいかなかったんじゃないかな。
今思うと、お寺さんにはちょっと申し訳ないことしちゃったかもしれないわね。
それから数年後から、父の実家にはなかなか行かなくなった。年齢が上がるにつれてみんな忙しくなっていったからね。
二年前、祖父が亡くなって父がそこに住むことに決めてから、とっても久しぶりに行ったの。家を改築したから荷物運びのお手伝いで。
そうしたら、幹線道路沿いは結構近代化してて、町役場の中にあった図書室は、別の場所に移って図書館になってて、ちっちゃなスーパーはショッピングセンターなんかになっちゃって、昔はなかったおしゃれなケーキ屋さんとかできちゃっててびっくりよ。時代だなぁって思ったのは老人の養護施設が増えたことかな。
家の周りもちょっと近代建築の家が増えてて、それでも昔ながらの家もまだまだ沢山残っていて、そのアンバランスさがなんとも言えないの。
うちも改築はしたけど、庭の井戸はまだ残ってるし、昔のままの部屋もあるのよ。
近所のお寺は幼稚園を始めたみたいで、例の鐘の近くに幼稚園の園者ができてて、これまたびっくりよ。
あ、除夜の鐘ね、やっぱり今も百八つみたいよ。わたし達が行かなくなっても、回数減らしたりはしなかったみたいね。
年越しに一緒に行こうよ。その後に近くの神社で初もうでしよ。
☆ ☆ ☆ ☆
夫の実家に遊びに行く車の中で、義姉は思い出話を終えると、くすくすっと笑った。
夫は運転しながら「そんなこともあったなぁ」って目を細めてる。
今年の秋に結婚したわたしは、年末年始の帰省で初めて夫の実家に泊まる。
結婚前の挨拶も結婚式も、義両親が関西に出てきてくれたから、夫の実家は初めてだ。義姉の話を聞くまではすごく緊張してたけど、なんだか楽しみになってきた。
夫達が百八回に増やした除夜の鐘、うまく撞けるといいな。
(了)
除夜の鐘が百八つに増えたのは 御剣ひかる @miturugihikaru
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