アタシたちのラブチャレンジ号
笛吹ヒサコ
アタシたちのラブチャレンジ号
キッカケは、夕方のローカル番組だった。
「なー、ユキ」
キッチンにいるアタシに、テレビの前のユーキが声をかけてきた。
「東山動物園って、東山動植物園って言うんだ。オレ、初めて知った」
アタシのカレーをよそう手が、一瞬止まった。
東山動植物園は、イケメンゴリラの登場以来、何かと話題になっている。確かに、よく町中で耳にするのは、『東山動植物園』ではなく『東山動物園』。
しかし――
「たわけぇ! アンタ、それでも名古屋人(≠名古屋市民)か!」
「えー、だって、オレ、遠足とかで2、3回くらいしか行ったことないし」
「むー」
よくある話。
アタシは、週末に母がお弁当を作って、家族でよく遊びに行っていた。それも、小学生までの話だ。
そういえば、小学5年生の遠足のグループ行動で脳内マップが完成されてたアタシは、『ズー博士』ってしばらく変なあだ名で呼ばれることもあったなぁ。
カレーライスを2皿運ぶと、イジっていたスマホを置いて手を合わせた。
「「いただきます」」
作った時間の10分の1の時間で、ユーキはスプーンを置いた。
「ごちそうさまでした。やっぱ、豚だよな、カレーは」
アタシはユーキの子どもみたいな明るい笑顔が大好きだ。
「来月の同棲1周年記念デート、東山動物園もとい、東山動植物園にしね? 入園料大人500円だってさ」
早速ググったらしく、スマホで公式サイトの入園料の部分を見せつけてくる。
うん、知ってた。
一ヶ月後。
今年の台風ラッシュも一段落した、9月の終わりの木曜日。
アタシたちは東山動植物園を訪れた。
「えーっと、この曲、なんだっけ?」
「お馬の親子」
「そんな曲あったけ? まいっか」
正門前の交差点のメロディは独特で、鳥のさえずりでも、通りゃんせでもなく、お馬の親子。
動物園の前だから、お馬の親子なんだろうか?
「ユーキ、そっちじゃない」
「いや、でかでかと『ようこそ 東山動植物園』って書いてあるじゃん」
「あれは正門。ユーキ、まずはシャバーニって言ってたじゃん。ゴリラ舎は、もう少し行った北園門から入ったほうが、絶対近いから」
「あ、そうなん」
「そうなの」
どうやら、アタシの脳内マップはいまだに有効らしい。
東山動植物園は総面積約60ヘクタール。動物園だけでも約32ヘクタール。
ピンと来ないかもしれないけど、東京の上野動物園が約14ヘクタール、北海道の旭山動物園が約15ヘクタール。
入園料大人500円、中学生以下は無料だけど、一日では遊びきれないくらい、充実した動植物園なのだ。
イケメンゴリラのシャバーニを目当てで行くなら、北園門から入ったほうが効率いい。
10年と2、3年ぶりの東山動植物園は、あいかわらずだった。多少、新しい売店や、改築新築された建物はあるけれど、懐かしかった。
「イケメンだ」
想像していたよりも、100倍シャバーニはイケメンだった。
正直、あまり期待していなかったし、ゴリラの中からシャバーニを特定する自信もなかったのに、これは反則ではないか。
「やべぇげー、オレ、惚れるわ」
「惚れるな。あ、胸叩いてるぅ」
後で知ったんだけど、ゴリラが胸をポコポコ叩くのは、ドラミングというらしい。
意外と、音がよくて、ユーキと笑ってしまった。
脳内マップだけでなく、紙の園内マップ片手に、どこ行こうかゴリラ舎の前で相談するのがまた楽しかった。
まだ午前10時過ぎ、時間はあるようだけど、植物園を含めて回るには、全部は無理だ。
「合掌造りの家なんてあるんだなぁ」
「そこ行くなら、モノレールのらないと厳しいかも。アタシはコアラ見たいし」
「うーん」
「とりあえず、移動しようか」
スカイタワーの展望台で、名古屋駅を探し。
薄暗い自然動物館で、ユーキのヘビ嫌いを発見して。
植物園の温室の近くのベンチでお弁当食べて。
帰ったら、ヘトヘトになっているだろうなと、頭のすみで他人事のように考えながら、本園にやって来た。
「なー、ボート乗らない?」
「は?」
「え? 何その嫌そうな顔」
「いや、嫌だし、つか、あのジンクス知らないの?」
「ジンクス?」
あの有名なジンクスを知らんとは、どうしてくれよう。
カップルで東山のボートに乗ると別れる。
「ユキ、それ信じてるの?」
「信じてるっていうか、縁起悪いじゃない」
とか言いながらも、アタシたちの足は自然とボート乗り場に向かっていた。
家族で遊びに来た時は、足こぎボートでお父さんが頑張ってくれてたっけ。
が、ボート乗り場には、ピンクのボートから目が離せなくなった。
『噂のボート? 「僕たちは別れません」』
思いっきり、ジンクス意識してるよね?
わー、なんかユーキの目が輝いてる。
それが、アタシたちとラブチャレンジ号の出会いだった。
記念撮影もできて、乗船もできる。
「なぁ、なぁ、これ、乗らずに俺たち帰れないよなぁ?」
「帰れるでしょ」
「いいや無理! 別れませんって書いてるじゃん。乗ったら別れないって験担ぎじゃん」
「……」
そうきたか。
確かに、アタシも少しだけ乗りたいと思った。
「たわけっ、騒がないでよ。目立つじゃん」
「で、で、ラブチャレンジする?」
「しかたない」
はっきり言おう。
ユーキはボートを漕ぐのが下手だった。
かっこいいところを見せられずに、しょげかえるユーキ。
まったく、ユーキらしくてしかたない。
「再来年もその次も……ボートは1時間だけだけど、アタシたちのラブチャレンジは、ずっと続くんだからね」
「ユキ」
「な、なに、感動してるのよ」
「うん、感動してる。愛してる」
こうして、アタシたちとラブチャレンジ号の1時間は終わって、せめてとコアラ舎を、付き合ったばかりの頃のように手を繋いで訪れた。
あいかわらず、コアラはお眠だったようだ。
ちなみに、翌年、アタシたちはラブチャレンジ号に乗らなかった。
理由は簡単、アタシが妊娠中だったから。
クリスマスイヴにプロポーズ、年明けて入籍。式はまだ挙げてない。
アタシたちのラブチャレンジ号は、次のステージにちゃんと進んでる。
アタシたちのラブチャレンジ号 笛吹ヒサコ @rosemary_h
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