第18話 赤髪の悪魔
「今日はとても良い天気ですね....」
カーズがいつものように門の前でウトウトし始めた。
「相変わらず緊張感のない門番じゃのぅ....」
カーズの前に現れたのは以前この城の魔王であった赤い瞳と赤くて長い髪をした女であった。
「おや?これはお久しぶりですね。」
「全く、お主は本当に門番なのかの....。我がここに何しに来たかわかっておるのか?....まぁ、言わなくてもお前の魔法を使えばわかると思うのじゃが。」
「はい、あなたが何しに来たかわかりますとも。」
カーズが不気味に笑いながら言うと、女は大きなため息をついた。
「初めてこの城に来た時にお主も殺しておけばよかったの....。我の心を見ても動じないとはそんなに今の魔王は強いのか?」
「そうですね....今の魔王様は普通の人間よりも非力で弱々しいですよ。ただ、魔王様はとてもイレギュラーな存在であり、この世界の理の外の人であります。あなたも驚くことでしょう。」
「そうか...お主は我と戦う気は無いと思うが他の魔物達は今の魔王を守るために戦うのであろう?それなのに我を通してもよいのか?」
「愚問ですね、私があなたと戦って勝てるわけありません。戦っても戦わなくともあなたはこの門を通っていく。そもそも私に選択肢なんてありません。」
カーズは道を譲った。
「ただ、あなたがここを通るのであれば門番として助言をしないといけませんね。あなたは....」
「クックック!そんなの言わんでよい!」
女は大きな笑い声でカーズの言葉を遮った。
「我が勝てばこの城は再び我の物になり、負ければ死ぬ、ただそれだけのことじゃ。この世界とはシンプルにこの2択しかないのじゃよ....」
女はゆっくりと歩いて行った。
「.......。この世界では赤髪の悪魔の天敵は緑髪の戦士ってことになっていますが、彼女の魔法は恐らく魔王様には効かないでしょうね........」
カーズは青空を見上げて大きく伸びをした。
「後のことは魔王城の中の皆に任せましょう....」
その頃、ニアとブレッタとマインが中庭の草むしりをしていた。
「なんで私が血を飲んでまで草むしりしなくちゃいけないのよ~!!」
いつもはぐったりとしているマインであったが今日は顔色がよく、ハキハキとした口調で愚痴をこぼしていた。
「だって私とアヤちゃんがお店の手伝いをしている間、全く城のお仕事してなかったでしょ?一応マインだって幹部なんだからたまには仕事しないと!!」
「だってほら!私って吸血鬼よ?なんで吸血鬼がこんないい天気に庭仕事しなくちゃいけないのよ!!オロナだっているじゃない!?」
「オロナは爪を汚したくないって聞かないから仕方なくマインを連れて来たんだよ~...」
ニアはじっとりとした目をしながら呟いた。
「あのオカマはそんな理由で涼しい城内にいるってわけね....全く不公平よ!!」
ブレッタは2人の会話に耳を傾けずに黙々と草をむしっていた。
「草むしりならあの殺戮の女神さんにやらせればいいんじゃないのかしら?あの子なら一瞬でここら辺の草を刈れるわよ!」
「カルテは大けがして元気だけどまだ魔力が回復してないからって部屋で寝ているよ~。」
「ふ~ん...走って転んだりでもしたのかしら......」
すると誰かが中庭に入って来た。
「懐かしいの、この中庭を見るのは5年ぶりじゃな....」
中庭にいた魔物達はその声を聞いて一気に凍り付いた。
「な、なんで...ここに...」
ニアは悪魔の真っ赤な姿を見ると、小刻みに震えながら恐怖していた。
「これはまずいことになったわね....」
マインがゆっくりと戦闘態勢に入った。
「カッカッカ!相変わらずって感じじゃが、我とでも戦うつもりかの?」
女は大きく笑った。
「うっ....うおぉぉぉ!!」
すると、いつもは物静かで温厚なブレッタが大きな大剣を振り上げて女に突進していった。
「魔王様の敵!!」
ブレッタは大きな大剣を女に振り下ろした。
「そういえば...お主とカルテだけが前の魔王が殺された瞬間を見ていたの....」
ブレッタが振り下ろした大剣は女を捉えたと思ったが、大剣の半分から先が消えていた。
「あの男でも我に殺されたのにお主みたいな小物が我に勝てるわけなかろう?」
女がブレッタの腕に触れるとブレッタは地面に倒れ動かなくなった。
「危うくすべての魔力を吸い取るところじゃったの、我がまた魔王になった時にお主らがおらんと困るんじゃ。」
そう言って女はニア達の方を向いた。
「お主らを殺す気は無い。今の魔王だけを殺しに来たんじゃが案内してくれんかの?」
「私達は今の魔王様に仕える魔物だ!お前に魔王様を殺させるわけにはいかない!」
マインは女に反発するように言った。しかし、ニアは自分の震える足を止めることができず、その場で息を荒くして震えていた。
「ほぅ...なら命がけでかかって来るとよい。」
マインは物凄いスピードで女の背後に周り、長く鋭い爪をした手を女の首元に突き刺そうとした。
「(もらった!!)」
マインの爪が女に触れる瞬間、ぐらっとマインの体勢が崩れ、そのまま女の目の前に倒れた。
「あ....力が...ぬけて....いく....」
マインはいつもの顔色に戻り、動けなくなってしまった。
「さてと...あとはお主だけじゃよ?」
「ひっ!」
ニアは女に声をかけられビクッと体を震わせた。
ニアは以前、この女の側近であったためこの女の恐ろしさを誰よりも知っていた。
「そうじゃ、お主の魔法で魔王の所に連れて行くのじゃ。」
「はぁ...はぁ...はぁ....」
ニアの顔色がどんどん悪くなり、次第に息切れが激しくなった。
「どうしたんじゃ?そんなに我が怖いのか?」
女が一歩近づいてきた。
「...く、くらえ!!」
ニアは震える手を前へ差し出し、女を黒い塊で覆った。
「クックック...こんなもの我には効かん....」
黒い塊が弾け飛び、中から女が出て来た。
「あ...っ、うぅ....」
ニアは頭に『死』という言葉が浮かび、同時に絶望を感じた。
「そんなに怯えなくてもよい、我はお主を殺すつもりはない。」
ニアは震える手を精一杯上にあげて指をパチンと鳴らした。
するとニアの周りに黒い塊が集まっていき、黒い塊とともに姿を消した。
「逃げられてしまったの、まあよい。」
女は中庭を出て、ゆっくりと歩き始めた。
将也はアヤとオロナとともに魔王の座を掃除していた。
「全く、私が少しいないだけでこんなにも魔王城は埃っぽくなるものでしょうか....」
アヤは忙しそうに部屋の窓ふきをしている。
「もぅ、雑巾がけって手が荒れそうじゃない....」
器用にオロナは左手だけを使って床の雑巾がけをしていた。
「じゃあ早く終わらせようか。(勉強しなくちゃだし....)」
将也も床を拭いていた。将也が魔王の座をどかすと金属の蓋が姿を現した。
不思議に思い、蓋を開けようとしたがビクとも動かない。
「アヤ、この下には何があるの?」
将也が聞くとアヤは手を止め、金属の蓋を見た。
「その蓋の中には....そうですね、簡単に言いますと魔王城の宝ですかね。かなり危険な物なのでゴル爺の魔法で封印しているのですよ。」
「ふ~ん、宝って言われると気になるな....」
将也はその金属の蓋を雑巾を使って綺麗に拭いた。
「あっ!そういえばゴル爺に貸した参考書まだ返してもらってないや!」
ゴル爺に参考書を貸してから一週間経ったのに、あれからゴル爺の姿を見ていない。
「ゴル爺は魔法の研究始めると時間を気にしない人なのよ。だからもうしばらくは返って来ないと思いなさいよ。はい。魔王様。絞ってくださいな!」
オロナは手が荒れるという理由だけで将也に雑巾絞りを頼んでいた。
「もうそろそろ返してもらわないと結構困るんだよね....」
将也は雑巾を受け取り、入り口のドアの近くに置いてあるバケツの元に行き、雑巾を絞り始めた。
すると静かにドアが開き、赤い髪をした女がゆっくりと入って来て将也と目が合った。
「あっ、初めましてだね。僕は最近魔王になったものだよ。君は凄く綺麗な髪をしているんだね。よろしく。」
将也は女に向けて手を出し、握手を求めた。
「あっ!ごめん、雑巾絞った手だから汚いよね....」
将也が出した手を引っ込めると女は大きな声で笑い出した。
「クックック.....アーハッハッハ!!なんじゃこの弱々しい魔王は!」
笑い声を聞きアヤが女に気が付くと将也の元へ行き、将也を引っ張って女から距離を取った。
「な、なんであなたがこんなところに!魔王様!!彼女が赤髪の悪魔ですよ!!」
「えっ?」
将也は改めて女を見た。
長くて赤い髪や燃えるような緋色の目は印象が強かったが、華奢な体に白い肌は悪魔とは思えないような風貌であった。
「アヤ、久しぶりじゃの...相変わらず真面目って感じじゃ。」
女は不気味に微笑んでいる。
「我はそこの魔王を殺しに来たのだ。アヤ、その男をこっちに渡せ。」
「彼は私達が仕える魔王様です。みすみすあなたに殺されるわけにはいきません。」
アヤは腰の鞘から剣を抜いた。
「そうよ。あなたの好き勝手にはさせないわ。」
そう言ってオロナは立ち上がり、ズボンのポケットから右手を出した。その右手はゴツゴツとした青紫色の大きな手であり、禍々しい雰囲気を感じる。
「ほぅ...アヤは別に怖くないのじゃが、その命を吸い取ると言われている右手は我でも少し怖いのぅ、じゃが.....」
女はしゃがみ込み床を触った。
「オロナ!逃げなさい!!」
「逃げるって....何から逃げるっていうのよ.....」
その瞬間、オロナの足場がフッと消え、オロナは下の階に落ちて行った。
「オ、オロナ!!」
将也はオロナが落ちて行った穴を覗いた。上からでは怪我をしているかわからなかったが、大の字になって伸びていた。
「後はアヤだけじゃの....」
女は立ち上がってアヤの方を向いた。
「いいですか魔王様。彼女に勝てる魔物はこの魔王城にはおりません、私が時間を稼ぎますのでそのうちに逃げてください。彼女に触れられたら死んでしまいますので距離を保つようにしてください。」
ゆっくりと近づいて来る女から距離を取るようにとアヤは言った。
将也が女の後ろにあるドアに走るタイミングを窺っていると、女は振り返り、ドアに近寄った。
「このドアから逃げられたら厄介じゃ...」
女がしゃがみ込むと、ドアの周囲約2メートルの床にぽっかりと穴が開いた。
「カッカッカ!これでもう逃げられまい!」
「っく、ニアが来るまで持ちこたえるしかないですね....」
アヤは剣を構えた。
(しかしこの剣も彼女に触れれば消されてしまう....)
じりじりと距離を詰めてくる女から距離を取りつつ、アヤは時間を稼ぐ方法を考えていた。
「何をしても無駄な抵抗じゃ、ニアはさっき我を見て1人で逃げて行った。もう助けも来ない。クックック....」
アヤは後ろを振り返り将也を見た。
(私1人ならこの部屋を逃げ回ることは可能ですが、魔王様をどうしたらいいのでしょうか....)
女がすぐそこまで迫っている。
「魔王様!私の背中に乗ってください!!」
剣を鞘に納め、アヤは腰を下ろした。
将也は言われるがままにアヤの背中に乗った。
女がすぐ目の前まで来ると、将也を負ぶったアヤは物凄い瞬発力を使い、女から距離を取った。
「ほぅ...さすがに素早いの...」
また女が迫って来る。
(男が女の子に負ぶられるってなんか複雑だな、しかもアヤの背中って思ったより小さいんだな...)
将也はピンチにも関わらずそんなことを考えていた。
それから何回もこの動作を繰り返し行った。アヤは体力を消耗し、酷く息切れしている。
(はぁ..はぁ..、私が動けなくなったら確実に魔王様は殺されてしまう。助けが来るなら早く来て.....)
また女が近づいて来たのでアヤは距離を取るように高速で移動した。
しかし、アヤが床に足を着くと、足場がひび割れ、崩れかかった。
「あっ!」
アヤは瞬時に将也を投げたが、自分の下半身は穴に落ち、上半身だけで自分の体を支えていた。
「クックック!お主に気付かれぬように表面だけを残して床を削っておったのじゃ...」
アヤは穴から這い出た。
「あっ!アヤ危ない!!」
将也の声を聞き、アヤが顔を上げると目の前にはもう赤い瞳を不気味に光らせた女がいた。
「これで終わりじゃ....」
女が手を伸ばして来たので、アヤは反射的に剣を抜き、振り切った。
しかし、剣の半分から先は無くなっており、女の腕には傷一つなかった。
「そんなもの意味ないってことはわかっておるだろ?」
女の手が目の前まで伸びて来た。
(このままじゃやられてしまう!)
アヤは女の手を払うように左手を出したが、手首をがっしりと掴まれた。
「これで終わりじゃ...」
女の手が自分の腕に触れた瞬間、アヤは瞬時に自分の右手を動かした。
高速で剣が動いたと思ったらアヤの左腕の肘から先が無くなっていた。
「んあぁぁぁー!!」
アヤは悲鳴をあげて、その場にうずくまった。
「ほぅ...魔力を吸われないために自ら腕を切り落としたか....お主のような働き者の腕を消すのは心が痛いの...」
女がそう言うと、持っていた左腕の先がサーっと消えていった。
「ア、アヤ!!」
将也はアヤの姿を見て叫んだが、彼女の耳に届いていなかった。
「じゃが、腕を切るとは大したやつじゃの。もし腕じゃなく足だったらどうなったのかの?」
女は不気味な笑みを浮かべ、アヤの右足を掴んだ。
「っく!!」
アヤはもう一度剣を振り下した。
「アーハッハッハ!面白いやつじゃの!!じゃが、左腕と右足の無い駒などいらぬ.....」
女はそっとアヤの頭の上に手を置いた。
「さすがに自分でも首は切れんじゃろ?」
アヤは顔を下げて目を瞑った。
(もう...ここまでね....)
アヤが諦めた瞬間に何かが目の前を通り、女を部屋の壁まで吹き飛ばした。
アヤが目を開けると、緑色の髪をした少女が目の前にいた。
「ふ~っ、間一髪ね。ウイッス!助けに来たよ!!」
「パルメ!」
将也は少し離れたところから彼女の名前を呼んだ。
「ありゃりゃ....もうちょっと早く来てあげれれば良かったよ..」
そう言ってパルメはアヤの肩に手を置いた。
「ぱ、ぱるめ....」
アヤは今にも泣きだしそうな顔をして名前を呼んだ。
「ごめんね、今までよく頑張ったね。」
アヤの体が緑色の光に包まれ、身体の傷がみるみる治っていき、左腕や右足も元通りになった。
「魔王様!アヤちゃん!遅くなってごめんなさい!」
ニアがどこからともなく現れた。
アヤはホッとしてその場に座り込んだ。
「そぅ...ニアがパルメを呼んできてくれたのね。ありがと。」
「最近、赤髪の悪魔が王国周辺にいるって聞いてるからずっと自分のお店で待ってたんだよ~。そしたらさっきニアが来てくれたわけなの。」
パルメはやれやれといった感じで鞘に納まってある大きな剣を肩に担いだ。
「いきなり何なのじゃ....」
女はゆっくりと立ち上がり、パルメを睨みつけた。
「キミが赤髪の悪魔ね、キミの話は聞いてるよ。以前は魔王であったからウチは討伐できなかったけど今はそこの魔王がいるから討伐してもかまわないよね?」
パルメは鞘に収まったままの大きな剣を女に向けた。
「アヤが必死に魔王を守ってくれたからウチが動けるんだよ。もしすでにそこの魔王がやられていたらまたこいつが魔王になって討伐できなくなってたんだから。」
魔物の世界では、魔王を倒した魔物が次の魔王になるという決まりがあるのだ。
「ふん、お主が武神とやらか。我もお主とは一度戦ってみたいと思っていたんじゃよ...」
女はゆっくりと歩いてパルメに近づいてき、腕を前へ伸ばした。
「キミは勘違いをしているよ...だって今からすることは戦いとは言えないから...」
パルメの目が冷たく光り、鞘に収まった大きな剣で女の腕を弾いた。
「んなっ!?」
女の腕は鈍い音がして、変な方向に曲がった。
「これが骨折っていう痛みだよ?キミには初めての体験だよね?」
今度は女の腹に剣が食い込んだ。
女は身体ごと吹っ飛び、吐血していた。
「がはぁ...なんだその剣は...なぜ私の魔法が効かない...」
今度はゆっくりパルメが近づいて行った。
「あれれ~?口調が変わるくらい余裕が無くなっちゃったのかな?まあしょうがないよね。こんなに痛いの初めてでしょ?」
今度はパルメの剣が女の足にめり込んだ。
「ぐはぁ!くっそ...お前の体に触れれさえすれば....」
女は弱々しく呟いた。
「じゃあ触ってみる?」
パルメは女の前に自分の足を出した。
女はそれを見て、必死に手を伸ばし、パルメの足を掴んだ。
「ふふっ、お前は馬鹿だな。これでお前は..........。あれ?」
「あ~ぁ、なるほどね。これがキミの魔法か。確かに魔力を吸い取っているね。」
女は魔力を吸い取っているようだが、パルメの体には何にも変化がない。
(なんだこのとてつもない魔力は、吸っても吸いきれない。まるで広い海の水をコップを使って全部すくおうとしているようだ....)
「ウチの魔法は大量にある魔力を外に流す魔法って感じなんだよね。キミとは逆の魔法だけど魔力の量が違いすぎるんだよ。」
女は手を放し、弱々しく立ち上がった。
「...さすがは武神という所だ。だけど、なんでその剣は鞘から抜かないの?」
「この剣はずっと昔に鞘から抜かないって決めたの。自分に対しての戒めみたいなもの。もし鞘から抜いてたのならキミはもっと楽に死ねたね。だって....」
パルメは大きく剣を振り上げた。
「キミが死ぬまでこれで殴り続けるんだから....」
それからパルメは一方的に女を殴りまくった。
アヤとニアは赤髪の悪魔と緑髪の戦士の戦いを見ていた。戦いと言っても、もはや戦いとは言えないほど圧倒的な力の差で女はあざだらけになっていた。将也はその衝撃的な状況を直視できなかった。
パルメが剣を振るう度に鈍い音と声にならない悲鳴が聞こえ、女はもう虫の息である。
「もうそろそろだね。キミが殺してきた人間達と魔物達が報われる時だよ。」
パルメの問いにも答えられないほど、女はボロボロであった。
「じゃあね....」
冷たい言葉とともに、パルメが大きく剣を振り下した。
「待って!!」
ピタッと止まったパルメの剣先には手を大の字に開いる将也の姿があった。
「何してるの?その悪魔は災厄と言ってもいいくらいの悪いやつなの。人間側にも魔物側にもなんの利もない悪いやつなの。」
パルメが将也を睨んだ。
「魔王様!?」
アヤとニアは将也の行動に驚いていた。
「わかってるよ。この人がどれだけ悪いことをしてきたのものわかっている。でも、女の子が目の前で殺される姿なんて見たくない!僕の友達である君に人を殺してもらいたくもない!!」
将也は女の守るように言った。
「はぁ~?やっぱりアンタはこの世界のことをわかってないみたいね。この女が生きてるだけで世界中の人が不幸になるの。なのにそんな甘ったれた理由でこの女を見逃すわけにはいかないわ。」
「僕だって自分で変なことを言っているのはわかってるんだ!理屈ではわかっていても僕の気持ちが嫌だと言っているんだ!」
将也も負けずに言った。
「魔王様おやめください!パルメの言う通り彼女をここで処分しないと大変なことになります!!」
「嫌だ!!」
アヤも将也を説得しようとしたが将也は聞く耳を持たない。
すると将也の背中から小さな笑い声が聞こえた。
「くっくっく.....どうやら天は我に生きろと言っているようじゃな....」
女は精一杯の力を振り絞り、将也の足首を握った。
「アーハッハッハ!こいつを殺せばその瞬間に我が魔王になる。そうなるともう誰もこの我を殺すことはできない!!」
「あっ!やばい!!」
パルメが一瞬遅れて将也に近づいた。
「魔王様!!」
アヤが叫んだ。
「死ねぇぇぇ!」
女が腕に力を入れた。しかし、将也の体に変化が起きなかった。
「な.....なんで、なんで吸う魔力がないの.....?」
女がその場で震え始めた。
「あんた、魔力もないでどうやって生きてるのさ....?」
「僕は魔法が無い世界から来たんだ。だからここの世界の人とは違うんだよ。」
女はその言葉に絶望して手を離した。もう抵抗する気もないように見える。
「ほら!こいつはすぐに人を殺そうとする悪魔なんだって!だからそこを退きなさい!!」
パルメが強く言うが将也は動こうとしない。
「僕は魔法も使えないし、力もあるわけでもない。いつもアヤやニアやパルメに守られてきたんだ。でも、この人は僕しか守れない....」
「その悪魔は守る必要のない存在なのよ!」
将也とパルメが言い争っているのを女は将也の背中越しに見ていた。
(この魔王は何を言っているの....?私を守る....?)
「パルメは人間と魔物のどっちもが幸せに暮らせる世界を作るんじゃないの?」
「そうよ!だからこの悪魔が邪魔なのよ!」
「この子は悪魔なんかじゃない!!!」
いつもとは別人の将也が叫ぶと、アヤやニアの肩が一瞬ビクッとなった。
「この子は普通の女の子だよ。ただ魔法が恐ろしくて、見た目がたまたま言い伝えの悪魔に似ているだけの女の子だ。」
将也はパルメにゆっくりと近づき、パルメの両肩に手を置いた。
(あっ、この感じは....)
ふとパルメは昔、この場所で魔王に説得されたことを思い出した。
「パルメ...君も言い伝え通りの格好で生まれてきたんだ。武神様って呼ばれて周りから必要以上にチヤホヤされたでしょ?パルメが何もしなくても町の人達は君を英雄のように扱ってたはず。その時に君は何か思わなかったの?」
「..........」
パルメは剣を下ろして昔のことを思い出した。
(そうだ...。ウチは昔から色々な人達に特別扱いされてた。だけどみんなが見ていたのはウチじゃなくて武神様という伝説上の戦士だった。もうそんなのには慣れたけど昔は過大評価する周りの態度や目が嫌いだった....)
「彼女は君とは真逆なんだよ。僕の憶測だけど。おそらく彼女はどこにいても悪魔扱いされ、ずっと孤独に生活してたんだ。パルメを見る尊敬と憧れの目ではなく、敵意と軽蔑の目で見られてたんだ。味方も仲間も友達もいないでずっと一人で.....」
「..........」
将也の話を聞いてパルメは言い返す言葉が無く黙ってしまった。
「お前達に....何がわかるのよ....」
女が上半身だけ起こし、小さな声で呟いた。
「私は...生まれてからずっと周りは敵だらけだった....生まれてから今までよ!!」
女は悲しく暗い目を将也に向けた。
「唯一の家族だと思っていた人はただ私を監視していただけだったし、人間達は私の赤い髪を見て、敵意が無くても攻撃してくるし.....どんな山奥、街の外れに行ってもそういう人達ばかりだったわ!」
女の声をその場の全員が静かに聞いていた。
「私はこの世界が嫌いよ!憎くて憎くて仕方ないわ!何が赤髪の悪魔よ!何が....どうして.....。私が何をしたっていうのよ......」
女は大きな涙をこぼし、その場で泣き崩れた。
将也は女に近づき、手を差し伸べた。
「君は悪魔なんかじゃない、普通の女の子だ。君は僕が守るよ。」
女は将也の差し出した手を見た後に将也の顔を見た。
(私に触れようとした人なんて誰もいなかった.....誰も私のことを女の子って言ってくれなかった......それなのにこの男は私のことを守るって言ってくれた...)
「あっ.....あぁ.........」
女は急に将也の懐へ飛び込み、あざと涙でぐしゃぐしゃになった顔を将也の胸に押し当てて子供のように大きな声を上げて泣き始めた。
「なんで....なんでもっと早く来てくれなかったの......」
将也は子どもをあやすように優しく女の頭を撫でた。
「はぁ.....どうやらウチはどの魔王にも勝てないみたいね。ほんと魔王って生き物は我がままで強欲な生き物だよ....」
パルメは大きなため息をつき、剣を腰に掛けた。
「じゃあウチは返るけど、後味が悪いからお城だけ直してあげる。」
そう言ってパルメが手をかざすと、壊れた部分がみるみると元通りになっていった。
「あっ!中庭で魔力吸われた人達がいるからそっちもいいかな?」
「オッケー!じゃあ案内して!」
ニアとパルメは部屋を出て行った。
アヤは将也と赤い髪をした女を少し離れたところから見ていた。
「魔王様はどこまでも甘くて優しいお方ですね....」
将也は優しく女の頭を撫でていた。
「君の名前はなんていうのかな?」
優しい声で聞くと、女は小さな声で答えた。
「ステラ.....」
「そっか。ステラ、これからよろしくね。」
「うん.....」
パルメがステラも含め、怪我した魔物達を治療し、大きな犠牲もなくことが済んだ。このことはパルメが王国に報告し、よりいっそう王国では冒険者の育成に力がかかることになった。
「ちぇっ...もう十分魔力は回復したのにまだ動いちゃダメなのかよ...」
カルテは自分のベッドの上で愚痴を溢しながら本を読んでいた。
するとカルテの寝室のドアをノックする音が聞こえた。
「カルテ、僕だけど入っていいかな?」
「おっ!魔王様!!ちょうど暇してたから入っていいぜ!!」
将也の声を聞いて、カルテは機嫌よく答えた。
「じゃあ入るね。」
将也はゆっくりとドアを開けた。
「よっ!魔王様久しぶりだ...な...?」
カルテは将也の腕にしがみついているステラに気が付いた。
「ちょっとステラ離してって!」
「え~?いいじゃない別に...」
しかもステラは将也にべったりとくっついている。
「なっ!?なんでお前が!!」
カルテが飛び起き、戦闘態勢になった。
その姿を見てステラは将也から離れ、鋭い目つきをした。
「クックック...久しぶりじゃなカルテよ....」
「何しに来たんだ!また殺しにでも来たのか!!」
「そうじゃの...お前を殺すのも悪くないのぉ....」
ステラとカルテが将也の目の前で睨め合っていた。
「はぁ....」
将也はため息を着いて軽くステラの頭をチョップした。
「痛っ!」
「ステラ、何のためにここに来たか忘れたの?」
「うぅ....」
ステラは頭を抑えながら泣きそうな目で将也を見た。
「わかってるわ...」
ステラは大きく深呼吸をしてからカルテの前に一歩出た。
「今までに酷いこと言ったり、酷いことしたりあなたを傷付けることばかりしてごめんなさい。あなたになら殴られても文句は言えないわ...」
ステラは深く頭を下げ、カルテに謝罪した。
「えっ?」
カルテはその姿を見て戸惑った。
「魔王様。これはどういうことなんだ?」
「ん~、簡単に言うとステラは改心して僕たちの仲間になったって感じだよ。」
「そう...なんだ....」
カルテは将也からそう言われて不満そうな顔をした。
「お前ってステラって言うんだな....」
カルテは鋭い目をしてステラに話しかけた。
「お前がわたしや他の人達に今まで何してきたかわかってるのか?」
「うん...」
冷たいカルテの問いかけにステラは頭を下げながら答えた。
「お前が改心したからってお前の罪は消えないだ。そんな簡単には許せることじゃない。」
「.........」
「正直、わたしはお前の顔も見たくないし、見るたびに嫌な気持ちになる。魔王様は仲間として受け入れるって言っているがわたしにはお前のことは仲間とも思えない。」
カルテの言葉がステラに鋭く突き刺さる。
「謝ったって、仮にわたしがお前を殴ったって罪は罪なんだ。もうどうにもならない罪....」
「うん......」
ステラは固く目を瞑ってカルテの言葉を聞いた。
「だけど。罪は消えないけどこれからの行動次第で周りの人を、自分も幸せにすることができるんだ。ステラにはその責任がある。その責任を果たすためならわたしも手伝うぜ。」
カルテはそっとステラの手を握った。
「え.....?」
「一緒に頑張ろうぜ!」
カルテの笑顔を見て、ステラは涙を流し始めた。
「うん....ごめんなさい、ありがとう....」
「本当にお前は赤髪の悪魔だったのか?以前のお前とは別人だぜ!」
カルテが泣いているステラを慰めているようだった。
「仲直りできて良かったよ。」
将也がホッとして言った。
「魔王様、ステラはこれからどうなるんだ?」
「とりあえず城の仕事を中心にしてもらうためにアヤから色々教わる予定だよ。」
「そっか!じゃあステラ頑張れよ!!」
カルテはステラの肩を叩いた。
「うん。わかった。」
ステラも泣き止み、笑顔で返事をした。
「いきなりなんだけどステラ、少し席を外してくれないか?わたしは魔王様と話があるんだ....」
ステラは将也の顔を一回見てから部屋を出ていった。
「話ってなんだい?」
将也が聞くと、カルテは自分のベッドに仰向けになった。
「はぁ.....全く魔王様は優しすぎるぜ。もしあいつがこの城で暴れたらどうするんだよ?」
「ステラはもうそんなことしないと思うよ。」
「そんなのわからないだろ?あいつが暴れたらパルメ以外誰も止められないんだぜ?」
「僕はもうステラを信じているんだ。」
「本当に甘い魔王様だぜ。まあ、魔王様がそう言うならわたしは信じるけどな。」
「カルテこそステラにあれだけ恨みや憎しみとかあったのにこれから大丈夫なの?」
カルテは自分の腕を頭の後ろで組み、天井を見上げた。
「確かに恨みや憎しみはいっぱいある。だけどな、あいつはわたしに似てるんだ。」
「似てる?」
「あぁ、わたしも昔は人間に恐れられていた魔物で何百人、何千人の人間を殺して来たからな。ステラよりも憎まれているかもしれない。」
カルテは自分の右腕を天井に伸ばした。
「さっきステラに言ったこともほとんど自分のことなんだ。だからさ....魔王様に聞いて確かめたいんだ。」
「なんだい?」
カルテは少し間をとってから将也に尋ねた。
「わたし、多くの罪を犯してきたけどみんなと一緒に暮らしたり、笑ったりしていいのかな...」
カルテが言葉を詰まらせながら言った。
将也はそんなカルテを見ながら優しい声で答えた。
「当たり前だよ。もう僕らは家族なんだから。」
「そっか、ありがとう...」
カルテは泣いているようにも見えたが、幸せそうな顔をしていた。
~赤髪の悪魔~ END
浪人中の魔王様!? 南白イズミ @minamishiro-izumi
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