第17話 女神の涙


「おーい!!じっちゃーーん!!!」

カルテは畑で作業をしている老人に大きな声で挨拶をした。

「おぉー!今日も元気そうじゃな!」

老人もカルテに劣らない大きな声で挨拶をした。

「随分育ったな!今回のラトルはいつもより新鮮そうだぜ!!」

「ガッハッハ!そりゃあんたがしっかりと水をやったり、手間暇かけて育てたんじゃ。立派になって当たり前じゃろ!」

老人は豪快に笑いながら答えた。

「じゃあ今日も手伝ってもらうぞ。今日は待ちに待った収穫じゃ!」

「おー!!」

それから2人は畑のラトルを収穫した。


カルテは作業が終わり、老人の家へ行った。

「それにしてもカルテが畑に来はじめてもう40年か~。わしだけヨボヨボになっちまったのう。」

老人は椅子に座りながらコーヒーのような物を飲んでいた。

「じっちゃんは見た目はヨボヨボだけどまだまだ元気そうじゃねぇか!」

カルテも老人の向かい側に座り、ホットミルクを飲んでいた。

「まぁの~。こうやってあんたが毎日手伝ってくれるし。最近じゃ孫もよく遊びに来てくれるんじゃよ。元気にならない方がおかしいの。」

すると、誰かが家の扉をノックした。

「じぃ~じ。あそびにきた。」

来訪者は小さな可愛らしい女の子だった。

「ほら噂をすればアリスじゃよ。」

「おぉ~!久しぶりだな!」

カルテはアリスに近づいてアリスを持ち上げた。

「ほ~ら高い高いだぜ!!」

「キャーーー!!」

カルテがアリスを持ち上げ、振り回すとアリスは嬉しそうに笑った。



「なぁ。アリスの両親は何してんだ?」

カルテはアリスを膝の上に乗せながら椅子に座った。アリスはカルテの長い耳をいじっている。

「この子の親は王国の役人でな、ちょっと忙しくてアリスの面倒が見れないからこうやって孫が1人で家に来るんじゃ。家が近いし、祖父としては嬉しことじゃよ。」

老人は嬉しそうに笑った。

(これが幸せってやつなんだな。)

カルテは暖かな気持ちになった。

「じゃあわたしはもう帰るぜ!また明日な!」

ホットミルクを飲み干し、アリスを床に下した。

「いいかアリス。しっかりじっちゃんの言う事聞くんだぞ?」

「うん!!」

「よし!いい子だぜ!!」

カルテはアリスの頭を撫で、魔王城へ帰った。



次の日の朝。カルテは魔王に呼ばれ魔王の座に向かった。

「わたしになんの用だよ....」

カルテは今の魔王のことが好きではないので、短調な声で魔王に話しかけた。

魔王の座に座っているのは真っ赤な長い髪と瞳、唇をした細身の若い女性であった。

「クックック。お主を呼んだのにはちゃんとした理由があるのじゃ。」

カルテは不気味に笑う魔王を冷たい目で見ていた。

「お主が毎日通っている畑の持ち主の男がおるじゃろ?あの老人じゃ。今日中にあいつを殺して農作物を全部持ってこい。」

「なっ!?」

カルテは思いもよらないことを命令され、たじろいだ。

「魔王城の食料はじっちゃんの育てた野菜など使っているんだ!毎年収穫した分を分けてもらっているからそんなことをしたら食料の確保ができなくなってしまう!」

カルテは魔王を説得しようとした。

「なくなったらまた違う畑を襲えばよいのじゃ。」

しかし、魔王は表情一つ変えず、さも当然のように言った。

「で、でもじっちゃんを殺すことなんか.....」

カルテはその場で俯いた。

「これは魔王の命令じゃ。わかっておるよなぁ~お主も....」

魔王の赤い瞳が一瞬細くなった。

「い、いやだ!!わたしは罪のない人間はもう殺さないって決めたんだ!!」

カルテが大きな声で言った。

「ほぅ....じゃあ今日中に殺せなかったら罰を与えよう。まず、お主の手の指を3本ずつもらおうかのう。計6本じゃ。」

「うっ....」

カルテは自分の指を見た。

(指6本....指6本でじっちゃんが死なないなら.....)

カルテは自分の指を諦めようとした。

「あと、この城の魔物すべての左目をもらうとしよう。」

「えっ?」

カルテの脳裏に家族と思ってきた魔王城の魔物達の顔が浮かんだ。

「そんな!わたしの体なら何されてもいいが家族の体は....」

魔王は立ち上がり、カルテに近づいて耳元で囁いた。

「カルテよ、連帯責任....って言葉知っておるか?」

そう言った魔王の顔を見て、カルテは冷や汗とともに恐怖を感じた。

「わかったならもう下がれ....」



カルテは力なくあの畑に向かった。

(じっちゃんも魔王城のみんなも悪くないのに。魔王はなんてことを....)

カルテは初代魔王が今の魔王に殺された瞬間を思い出した。

(くそっ.....思い出しただけで震えが止まらない.....こんなにも圧倒的な強さとは恐ろしいものなのか.....)

カルテが様々なことを考えているうちに、いつもの畑についてしまった。

「おー!今日も来たのか!!」

老人がカルテに気が付き、大きく手を振っている。

「じっちゃん....」

カルテの小さい声を聞き、老人はいつものカルテとは違うと瞬時に悟った。

「一回家に入るとするかのう。」

カルテは老人の家に入った。



「ほれ。ホットミルクじゃぞ。」

老人は優しい声でカルテにコップを差し出した。

「ありがとう....」

コップを受け取ったが、カルテは口をつけずに固まっていた。

「・・・・・・・・・・・」

暫く無言の時間が続いた。

「どうかしたのか?カルテ?」

「うっ...うっ............うわぁぁぁーー!!」

カルテが大声で泣き始めた。

老人はカルテに駆け寄り、泣き止むまでずっと背中をさすっていた。

「うっ....ごめんな、じっちゃん。実は...ひっく....じっちゃんを....殺さないといけないんだ....」

カルテは涙を流しながら話し始めた。

「わたしは、殺したくない....でも、殺さないと....家族が.....家族が.....」

いつもの態度とは裏腹に、カルテはか弱い少女のようにスンスンと泣き始めた。

「カルテ.....」

老人がカルテの肩に手を置いた。

「わかった。わしのことを殺しなさい。」

カルテは老人の言葉を聞いて、息が詰まり声が出なかった。

「わしは約40年もカルテと畑仕事をしてきた。もうわしの娘同然じゃ。どうせあと10年ちょっとの命。その命を娘の幸せのためなら失ってもかまわんよ。だからわしを殺しなさい。」

老人は詳しい事情は聞かなかったが、カルテが泣いてまで人を殺さなくてはいけないと言っていることにすべてを悟っているようであった。

「じっちゃん.....」

「いいんじゃよ...」

涙で歪んだ顔をするカルテに老人は優しい顔を見せた。

「うん....」

カルテはコップの中のホットミルクを宙に浮かせ、刃物のような形に変えた。

「じっちゃん.....」

ギュッと老人がカルテを抱きしめた。

「カルテ.....」

白い刃物が老人の首元に飛んで行った。

「......っく!」

しかし、白い刃物は寸前で霧状になって消えていき、カルテが老人の腕を振りほどいた。

「じっちゃんのバカっ!何がわたしの幸せだ!!わたしがわたしの好きな人の命を奪ってこれから幸せになれるわけないだろーー!!」

カルテは老人を怒りながら涙を流した。

「カルテ....」

「わたしはどうしたらいいんだあぁぁ~~!!」

またカルテが大声で泣き始めた。

「そうか...ならば仕方ないのぅ....」

老人が立ち上がり、台所から大きな刃物を持って来た。

「カルテすまなかったの。カルテの綺麗な手を汚しそうになってしまって。何、簡単な話じゃよ。わしが自分で死ねばいいんじゃ。」

老人は刃物を自分の首元に持って来た。

「おい...嘘だろ....じっちゃん.....」

「カルテ...これでさよならじゃ....」

老人の手の震えがピタッと止まり、腕に力を込めて自分の首目掛けて刃物を動かした。

「やめろっ!!」

カルテは立ち上がり、老人から刃物を奪った。

「はぁ...はぁ...じっちゃん....やめてくれ、もう耐えられない....わたしにはじっちゃんが必要なんだ。会えなくてもいい、ただ生きてて欲しいんだ....」

カルテは取り上げた刃物を机の上に置いた。

「でもこのままじゃカルテとカルテの家族が...」

「いいんだ。いいこと思いついたから....」

カルテは大きく深呼吸をした。

「わたしが魔王にじっちゃんを殺したって報告する。だからじっちゃんはどこか遠くに逃げてくれ....」

「それでいいのか?」

「あぁ....もしバレてもわたしのせいだけになる。それに今考えると。魔王にとっても従者達の働きは無くてはならないものだ。そんな従者達の目を奪うと魔王自身も困ることになる。だからわたしだけが罰を受ければいいんだ。だから.....」

カルテは今できる最大の笑顔を老人に見せた。

「だからじっちゃんは生きててくれ。」

「カルテ...」


こうしてこの件は解決した。

........と言いたいところだったが、急に魔王の声が聞こえた。

『クックック、やはりそうしようと思ったのか。』

部屋の隅に黒い塊が現れ、中から魔王とニアが出て来た。

「なっ!?」

「カルテ、お主に言ったであろう。今日中に殺せなかったらお前には罰を与えると。でもお主の言った通り、お主ら従者は我の大事な駒じゃ。そんな駒を無下には扱えんのぅ.....」

そう言って魔王は赤い髪を揺らしながらカルテに近づて行った。

「ち、近寄るな!!」

「今からお主に罰を与えるのじゃよ.....」

魔王はポンッとカルテの肩を叩いた。

するとカルテの膝が勝手に曲がり、カルテはその場に倒れ込んだ。

「んぐっ!くそっ!!なんで体が動かないんだよ!!」

「そこでこの男が死ぬのを眺めておるのじゃな。カッカッカ!」

魔王は甲高く笑い、机に置いてあった刃物を握った。

「おい!やめろ!!やめてくれ!!」

カルテが叫んだが魔王はやめそうにない。

カルテは後ろにいるニアの方を向いた。

「ニア!やめさせてくれ!!頼む!お願いだ!!」

しかし、ニアは自分の被っているフードを深く下げ、自分の目を覆い、カルテから目を背けた。しかもニアの頬に一筋の涙が流れて行ったのが見えた。

「お主には恨みはないがここで死んでもらうぞ。」

魔王は刃物を振り上げた。


「君の目は寂しい目をしているのぅ....孤独で怯えている悲しい目じゃ....」

老人がそう言うと、魔王の動きがピタッと止まった。

「君の瞳にもいつか暖かい光が差し込.......」

瞬間、魔王の振り下ろした刃物が老人の首に刺さり、血が噴き出した。

「お前に!お前に私の何がわかるって言うんだーー!!!!」

魔王は何回も老人の首に刃物を刺し、狂ったようにひたすら刃物を振り回した。

「いやぁぁぁぁぁぁ~~~!!!」

カルテは床に這いつくばりながら悲鳴をあげることしかできなかった。

「人間も!魔物も!みんな同じだ!!そうやって!勝手に人のことをわかったように見下す!!」

老人の首が切り落とされても、魔王はひたすらに老人の頭部を刺し続けた。

あまりの惨劇にカルテとニアは顔を伏せ、涙を流しながら目を固く瞑っていた。


「はぁ....はぁ....はぁ....」

魔王は息を切らして刃物を机に戻した。

「ニア、この男の頭を村の井戸の中に放り込め。もう城に帰るぞ。」

「あ...あの....カルテは?」

ニアが怯えながら魔王に聞いた。

「そこの女には罰を与えると言ったであろう。お主が動けるようになるまであと1日はかかる。それまでそこで這いつくばりながら反省でもしておるのだな。」

そう言って魔王とニアは黒い塊の中に消えて行った。



老人の家の中には首から上のない死体と、床で身動きが取れないカルテだけになった。

そこら中に血が飛び散り、家の中は血の生臭い不快な臭いで充満している。

「・・・・・・・・・・」

カルテは死んだような目をして周りを見ていた。

「じっちゃん.....」

カルテは思った。今までに何千何万と人間を殺して来たのに、こんなにも人間の血、人間の死体が自分を苦しめるのかと。

もう自分でも何を思っているのか、何をしているのか、どんな状況になっているのかも理解できなかった。


次の日。

自分が眠っていたのかも、夜が明けたこともわからないまま、カルテは部屋の隅で座り込んでいた。

体は動くようだが動かす気力が無い。

すると、家の扉を誰かがノックしてきた。

「じぃ~じ。あそびにきた。」

部屋に入って来たのはアリスであった。

「アリス....」

アリスは家の中を見て、全く動かなくなった。

するとカルテの体が勝手に動き出した。

何故動き出したかはわからないが、カルテの無意識がアリスにこれ以上この光景を見せてはいけないとそうさせたのであろう。

そっと老人の死体を持ち、カルテは家を出ようとした。

アリスとのすれ違い様、カルテは小さな声で呟いた。

「すまない....わたしのせいだ。もう、お前らの前には現れない....」

カルテは静かに涙を流しながらアリスの元を去った。




「これが15年前の話だぜ。アリス、じっちゃんが死んでしまったのは紛れもなくわたしのせいだ。本当にごめんな。」

カルテがアリスに謝ると、アリスはカルテを強く抱きしめた。

「私こそごめんなさい!理由も聞かないでずっとあなたを恨んでいたわ。あなたも苦しかったのね。」

「アリス....」

将也は2人の姿を微笑ましく眺めていた。

(でも先代だった魔王。赤髪の悪魔はなんて恐ろしい人だったんだろう....)

将也はカルテの話にあった赤髪の悪魔が名前の通り悪魔のような人であるのだろうと思った。


                            ~女神の涙~ END




「討伐完了なのだ~。」

王国より西の森でメロは討伐リストに書いてあった魔物を討伐し終えて、王国に帰ろうとしていた。

森を抜け王国までの帰り道、約20メートルほどしかない石で作られた橋にメロは腰かけ、討伐リストを捲った。

「見た感じだとどれも苦戦しなさそうなのだ~」

すると橋の反対側から全身を覆いつくすような服装をした人間が近づいてきた。

「何を見ておるのだ?」

「ん~?これは討伐リストってやつなのだ~」

顔も見えない人間に話しかけられ、メロはリストから目を離さないまま質問に答えた。

「ほほう...我に見せるのじゃ。」

「そんな命令口調で言われると見せたくなくなるの....」

メロは話している途中でその人間と目が合った。

その人間は燃え上がる炎のような真っ赤な瞳をしていた。しかも不気味に笑っている。

メロはすぐに立ち上がり、人間から距離を取った。

(まさかとは思うけど....この人が赤髪の悪魔なの...?)

メロは焦って距離を取ったせいか、討伐リストを座っていた橋の上に置きっぱなしにした。

「ほう.....さすが第四席ってだけはあるのう。すぐ我から距離を取るとは利口なやつじゃ。」

人間はそう言って討伐リストを手に持ち、ペラペラと捲り始めた。

「お前は赤髪の悪魔なのか~?」

メロは身構えて聞いた。

「そうじゃ。我がこの世の中から悪魔と呼ばれて忌み嫌われている者じゃ。」

パタンとリストを閉じ、赤髪の悪魔はフードを取った。瞳の色同様に真っ赤な髪をしていた。

メロはその姿を見るとすぐに腰に巻いてあるベルトみたいなものから何本もの細い針状の尖ったものを赤髪の悪魔目掛けて投げた。

しかし、すべての針が刺さる前に塵になって消えていった。

「クックック。そんなもの我には通じぬ。」

赤髪の悪魔はゆっくりとメロに近づいてきた。

「これならどうなのだ!!」

今度は服の中から手裏剣のようなものを投げた。しかし、さっきの針同様に当たる寸前で消えていった。

「なっ?どんな魔法使ってるの......」

「今度はこちらの番かのう...」

すると悪魔がしゃがみ込み、橋にそっと手を置いた。

「なんなのだ~....?」

ふわっとメロの体が下がった。

メロの足場の橋だけぽっかりと穴が空き、メロは下の川に落ちた。

「我ともあろうものが失敗じゃったな。カッカッカ!」

メロは必死に泳ぎ、何とか陸に上がれたが悪魔は声高々に笑っている。

「びちょびちょで動きにくいのだ....」

メロは自分の着ていた服を脱いだ。下着のような服装であったが腰や太ももにはさっき投げた針や手裏剣のようなものが収納されているベルトがある。

(やっぱり前に会議で話された通りなのだ。もうこれしかない....)

悪魔がゆっくりとメロに近づいてきた。

メロは大きく息を吸ってから王国の方へ走って行った。

「赤髪の悪魔に出会ったら思いっきり逃げるしかないのだっ!!」

物凄いスピードで走って行ったメロを悪魔は追いかけないで眺めていた。

「やはり逃げられたか....」

悪魔はもう一度討伐リストに目を通した。

「おや?このメモ書きはなんじゃ?」

討伐リストには『新しい魔王。未知な力。』っと書いてある。

「どうやら魔王城では新しい魔王がおるみたいじゃな......」

悪魔は討伐リストを閉じ、大きな声で笑った。

「カッカッカ!また魔王を狩りに行くとするかのう!」

赤髪の悪魔は笑いながら森の中に消えて行った。














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