浮遊都市 TOYAMA

柳人人人(やなぎ・ひとみ)

ここが、浮遊都市TOYAMA。

「やっと、着いたぜ……」


 荒涼とした大地を目のまえに、俺は立っている。

 しかしながら、『大地』と呼ぶにはあまりにも抉れており、クレーターのような広大な地形が出来あがっていた。隕石が落ちてきたのかと見間違う形状だ。だが、その原因は明らかだった。

 俺は空を仰ぎみる。


「お天道様が見えりゃしねぇな、へへっ」


 大きな影が邪魔をして、太陽が見当たらなかった。それは、青く広い空に漂う一つの『石』。ものすごく馬鹿デカい、……正確にいえば4,247.61km²に広がる『石』だ。


 その名は、浮遊都市『TOYAMA』。



 思わず、高揚感に喉が鳴った。


「TOYAMA へ行きたいのかのぅ……?」


 声に振りかえると、白い髭を蓄えた仙人のような爺さんが、岩石の上に座っていた。俺は彼からただならぬオーラをすぐに感じ取った。


「俺の名前はヤマト。趣味で冒険者をしている。アンタ何者だ……?」


 腰に携えているヤッパに手をかける。

 TOYAMAここが俺が次に攻略するダンジョンだ。先に攻略されるわけにはいかない。


「ほっほっほっ、最近の若者は血気盛んじゃのぅ。じゃが、儂はただのしがないモノ知り爺さんじゃぞ?」


 その言葉は信用ならなかった。俺の六感がそう告げたからだ。

 だが、喧嘩事を望んでいないのは確かだと悟る。俺の洗練された五感がそう告げたからだ。


「ふん、命だけは勘弁してやろう。代わりに、あの浮かんでいるについて教えてくれ。もしかしなくても、あんた何か知ってんだろう?」


 爺さんの返事を待たずに、俺はさらに言葉を紡ぐ。


「そもそも、アレはどうして浮いているんだ?」


 そうだ、そもそも理由が分からない。都市が浮くなんて、冒険者の浪漫を詰めこんだかのような存在だ。俺のために浮いたのだろうか?

 爺さんは目を細めながら口を開いた。


「そうさなぁ、2020年を超えたあたりじゃったか。TOYAMAがまだ富山だったころじゃ。それまでは、台風が来て周りが暴風警報が出ても富山だけは注意報も出んかった。地震が起きても、周りは震度5などを観測しとるのに富山だけは2や3の震度じゃった。『安心・安全な県』で有名でな、ネタとして『富山だけ浮いてるんじゃね?』と笑っとった。それでいつまでもネタにしておったら、いつの間にかに浮きはじめとったのぅ」

「マジかよ」

「一説には、それを観光地のネタとして実現させようと自治体や政府が関わっているという陰謀論もあるが、現在でもよう分かっとらんのよぉ」


 俺は今一度、仰ぎみる。どんな原理で浮遊しているのか気になって仕方なかった。しかし、それを口にすると収拾がつかなくなりそうで、思わず生唾とともに呑みこんだ。とりあえず『鬼ヤベェ』ってことだけは伝わった。


「ふふっ、こいつぁ冒険者の血が燃えてきやがった。爺さんよ、TOYAMAについて特徴を何か知らないか? 浮いてること以外で」


 爺さんは顔を上向きに、目を眇めた。


「そうさなぁ、山に囲まれていることも特徴じゃのぅ。立山という山がとくに綺麗でのぅ。空気が澄んでる日は空の端に透けて見える。海と山が同時に美しく見れる貴重な県じゃ。絵として映えるからかのぅ、アニメの聖地になることもしばしばじゃ。アニメーション会社もあるしのぅ」

「とにかく絵になる県ってことだな。浮いてるし」


 そうだな、アニメくらいにはなるだろう。浮いてるし。


「それに、海鮮系の食べ物が美味しいと有名じゃのぅ。白エビはここでしか獲れん名産品じゃて」

「なっ海産物が名産品なのか?!」

「そうじゃが?」

「浮いてるのに?!」


 くっ一体どういうことだ! 海と接地していないのに海産物が有名とは、さすがTOYAMA……謎が多すぎる。


「それと、『影の薄い県ランキング』で一位になったことがある」

「浮いてるのに!」


 浮いてるのに影が薄いとは、さすがTOYAMA……謎すぎる……っ!


「そうじゃそうじゃ、まだアレがあったのぉ」

「なにっこれ以上、謎が深まるというのか?!」

「富山の著名人のことじゃ。そう、富山は藤子・F・不二雄と藤子・A・不二雄の出身地でもあるのぅ」

「かの有名な『ドラ○もん』の作者の?!」


 正直、驚きだ。だが……なるほど。バックヤードに『ドラ○もん』がいるなら、この県が浮遊していることにもなぜか説得力がある、……気がする。


「ほぉほぉほぉっ、ずいぶんと興味を持ったようじゃのぅ。あまりここで言うても仕方ないじゃろうて。ここからは自分の目で楽しみなされ」


 爺さんは立ちあがろうとする。

 しかし、俺は行く手を阻む。


「ぬぅ、どうした? まだ情報が足りぬか? 全部口で言うてしまうても楽しくなかろうて」

「ああ、そうだな。だが、最後に質問がある。重要な質問だ」


 一度空を仰ぎ、息を大きく吸う。そして、俺は最初から抱いていた疑問を口にした。


「どうやってあの場所に行けばいいんだ?」


「……………」


「………嘘だろ、おい」


 黙って視線を逸らす爺さんに俺は掴みかかった。


「だ、大丈夫じゃ。TOYAMAには富山きときと空港がある!」

「なんだよ、ちゃんと方法があるんじゃないか。フライトすればいいってことか! テンション上がってきた。中学校の修学旅行以来の感覚だぜ! で、ここから一番近いTOYAMA行き空港はどこだ?」

「羽田空港じゃ」

「……え?」

「ここから283km先の東京じゃ」


 浮遊都市TOYAMAを目のまえにして、苦笑いするしかなかった。


「へ、へへっ、まったく一筋縄じゃ行かないぜ。冒険ってやつは」


 乾いた声が青空に吸い込まれていった......。




 このあと、東京ダンジョンの攻略へと向かうことになるが、それはまた別のお話。








 (彼の冒険は)つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

浮遊都市 TOYAMA 柳人人人(やなぎ・ひとみ) @a_yanagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ