無念

「やつは、計画的に、おれに殺害をおこなわせた」

 奈良崎大地は、女性職員の質問に答えた。

「やつは、はじめから、そうするつもりで、おれとカンナを呼び寄せたんだ……」

 その地下施設の個室は、どこかの物置部屋のように物資が散乱としていた。ただ、ベッドは以前から置かれていて、だれかが使用していた形跡があり、そのベッドの周辺だけは綺麗だった。

 個室自体は、薄暗かったりしなかった。真っ白な蛍光灯が部屋を明るくしていた。壁に巨大モニターらしきものがあり、奈良崎大地はそれが少々、気になる。

 女性職員と、面識がなかった。女性職員はみずからのことを機密結社の人間です、と説明した。とある特務機関の設立にともない、それまで勤めていた美容院の仕事を辞職し、やってきたという。まったく信じがたい話だった。

「それで、早乙女カンナさんは拘束された、ということですか?」

「そうだ……」

「定禅寺イリヤさんがかならず、早乙女カンナさんを助け出そうとするということを計算したうえでの犯行というわけですね」

「おそらく、は」

 おそらく、この女性職員も魔法使いだろう。だが、いったいなんの第一魔法の使い手なのかはわからなかった。質問してきているので、それにかかわる使い手の可能性は高い。

 だが、とにかく奈良崎大地はいま、ひたすらにみずからの非力さに怒りをおぼえていた。どうしてカンナを救い出せなかったのだろう。どうしてやつの手に乗ってしまったのだろう……。

「くそう……」

 頭を、かかえた。

 だが、そうしたところで過去がもどってくるわけでもない。

「しかし、いま、定禅寺イリヤくんには早乙女カンナさんを助けだすだけのちからは残されていないかと思われます」

「そうだろうな」

「はい。彼は、本当の過去を知り、みずからの在るべきそのすがたをたしかめたこととなるか、と思うのです。そうなれば、以前のように明るい彼のすがたはもう、見られないでしょう……」

 ん、それはどういう意味だ?

 と、奈良崎大地は女性職員の言葉にようやく引っかかりをおぼえた。

「彼は、いままで、みずからの意思で動いたことはいちどもなかったらしいです。そういったこどもは、おおいですよね、今時。彼は、普遍的な少年でしたから、その第一魔法の才能を買われ、さまざまな闇組織から勧誘されていたようです。彼自身も、お金のために、生きていくためにさまざまな仕事を受けたようですね。ただし、おそらく奈良崎さんが気にされているでしょう、殺人行為に関しては、いっさいおこなってこなかったようです。データは、じゅうぶんに取れた、とあの方は言っていました」

「なにを、言いたいのかわからないが……」

「彼は」彼女は、それでも奈良崎大地に理解できない言葉を並べたてた。「暁事件をおわらせたときのショックで、記憶をうしないましたが、その能力をうしなうことはありませんでした。いいえ、これはわたしの自論なのですが……。むしろ、それがあの方のねらいだったのではないか、と思うのです。彼に、まわりとの協調性というものを身につけさせるための、策略だったのではないか、と……。そう考えると、おそろしいですよね。まったく、とんでもない方がこの特務機関を設立してしまったような気がして、身震いがするほどです……」

「あの方、とは、いったいだれのことだ……?」

 彼女は答えられなかった。

「それは言えません。もしも奈良崎さんが特務機関への加入をお決めになられたならば、ご説明できるかと思われます」

「そうか……」


 ミラージュは、仙台駅を出てきて、自分たちのもとへとやってきた。

 それは、幽霊武士たちとの戦闘中のことだった。

 奈良崎大地は、カンナとふたりで、幽霊武士たちの始末に取りかかろうとしていた。

 彼女は、たったひとりで事件をおわらせようとしていたので、奈良崎大地はまず早乙女カンナを捜し出したのだった。

 木田佳乃が、カンナを捜し出してくれた。

 あのときから、三日が経過していたらしいが、カンナがそれからどうなってしまったのか奈良崎大地にはまったくわからない。まだ生きていることを祈るばかりである。

 ミラージュは、にゃーにゃーと鳴きながらやってきた。彼は明らかに精神に異常を来たした人間のすることであった。

「あいつが来ないから、こっちから攻めることにしたのだ」

「なんだと……?」

 真夜中の道路上は幻覚世界ということもあり車はいっさい走っていなかった。一般人の気配もまったくなく、生きている人間は自分とカンナとそしてミラージュの三人だけだった。ほかに見られるものは呆然とした顔の幽霊たちである。

「秘宝を、破壊した怨みは強いのだ」

「秘宝……?」

「秘宝は、ママがわたしにくれたたいせつなおもちゃなのだ」

「なにを言ってるんだ」

「頭のネジがはずれてんのよ」

「おまえたちを殺してもらえば、あいつはやってくるという確信がある。だが、けっして悲しくはない。すべて、ママのためだからだ」

 ミラージュが、人差し指を奈良崎大地に突きつけてきた。奈良崎大地は警戒し、おなじように相手へ人差し指を突きつけかえした。

 カンナは、炎刀を取り出した。だが、カンナに生きている人間を斬るだけの精神力はない。彼女は霊体のみとしかまともに戦うことはできないのだ。

 しかし、なにを思ったのか。彼女はミラージュへ駆け出した。

「ぜんぶ、あんたのせいよ……!!」

 カンナは、まるで悲しみを感じているようだった。一瞬のことでなにを悲しんでいるのか考えることすらもできなかったが。

 奈良崎大地にとっての早乙女カンナという少女の存在はまるで娘のような存在だった。彼女と出会ったのはこの街だった。彼女がこの街で幽霊退治をしていることを知り、自分は彼女を日本魔法捜査本部へと誘った。彼女にまともな人生を送ってもらいたかったから、あえて自分たちのチームに誘ったのだ。だが、彼女はそれをことわった。自分は自分の道をゆく、と彼女は言った。理由はいまでもわからないままである。

「くそっ……!!」

 奈良崎大地は、槍を放った。まるで弓矢の矢を引くようにその片腕の上腕部分から光の槍を放つ。槍はミラージュの胸部中央に突き刺さった。血を噴きだし、その場に勢いよく倒れる。

 カンナが、ぴたりと足をとめる。

 カンナの表情が、恐怖に変わる。

 奈良崎大地も、息を飲む。

 ミラージュが、霊体となって復活するかもしれないということをおそらく同時に警戒していた。

 そして、それはまさにその通りとなったのだった。

 ミラージュは、みずからの肉体を抜け出し、魂の存在へと生まれ変わった。

 顔には、黒い仮面を被った。

 ミラージュは、覚醒者となったのだ。

「秘宝があれば良かったんだけど、それがないから。こうするしかなかったんだよ、ママ」

 ミラージュの口調が変わった。まるで赤ちゃん言葉へと。

「あいつは、悪魔なんだ。あいつに勝つには、ぼくも悪魔にならなくちゃいけないんだ」

 そのとき、ミラージュから黒い波動が放たれた。その波動を受け、奈良崎大地は気をうしなった。なにかとても長いときのあいだ、幻覚を見せられていたような気がするが、それらすべてを思い出すことはけっしてできなかった。

 数時間後、目を覚ました。奈良崎大地は、朦朧とする意識のなかで、ミラージュを探した。だが、どこにも見つけ出すことはできなかった。

 それから、カンナのことも探した。けれど、カンナの姿も、どこかへ消えてしまっていた。

 奈良崎大地は、カンナを見失ったことによる無念をかかえながら、ふたたび気をうしなった。


 カンナが人質にされたことをおしえてくれたのは木田佳乃だった。奈良崎大地は地下施設の個室で目を覚まし、三日が経過していることを知った。女性職員の質問を受けたあと、木田佳乃は入れ違いでやってきた。

 彼女は、カンナの行方をおしえてくれた。そして、やはりカンナは捕まってしまったのだという無念に自分は襲われた。どうして自分はカンナを救い出せなかったのだろう。本当に悔しくてしかたがない。

 それと少々、矛盾が生じていた。木田佳乃や女性職員はすでにカンナが人質にされていたことを知っていたように思える。知らなかったのは自分だけだったのかもしれない。さっき話していた女性職員とすこし、話が嚙みあっていなかったのは、そのせいであろう。まあ、それは良いとしよう。自分は、気をうしなっていたのだから。しかたがない話だ。

 そんなことよりも、カンナのことだ。

 カンナが、心配だ。

 彼女はいま、無事だろうか……。

「佐々木サラサは死亡しました」

「そうか……」

「式部さんが始末したそうです」

 あいつも、だいぶ怒っていたからな。

 無理もない。

 コーヘイを殺されたのだから。

 しかし、佐々木サラサの始末で最後となったか。

 ざんねんで、ならない。

 ほんとうならば、殺さずに逮捕できれば良かったのだが。

 いまのわれわれには、魔法使いを逮捕できるほどの拘束力がない。

「奈良崎さん、わたしは特務機関への転属を決めました。この事件をおわらせるためには、それしかありませんでした」

「そうか」

「奈良崎さんは、どうしますか」

「まだ、わからない……」

「そうですね、まだ、知らないことがおおいですもんね……」

 彼女は言った。視線をあげ、力強く奈良崎を見つめてくる。

「わたしたちでは、力不足だったんですよ。今回の事件を通じて、わたしはそれをひどく痛感させられました」

「おれも、おなじだ」

「ですが、わたしたちにしかできないことがまだ、あります」

「そんなこと、あるのか……?」

「はい。わたしたちは、霊能力者ですから。指示を送ることはできるのです」

 彼女はおもむろにテーブル上のリモコンを取ってモニターをつけた。壁の巨大モニターを。

「これは……」

「そうです。現在の戦闘状況を、飛行型ドローンが映し出しています」

「なるほど」

 ドローンは、空中を飛びながら、夜の仙台駅周辺を映し出していた。ドローンは、人間による遠隔操作らしかった。おそらく霊感のある人間による操作なのだろう。幽霊武士たちを的確に捉えているように感じる。

「霊感のない機動隊たちでは、歯が立ちません。そのため、この特務機関が設立されたのです」

「だれが、戦うんだ」

 木田佳乃は、奈良崎大地の質問に答えるために無線でだれかに指示を送った。すると、ドローンが方向を変え、べつの道へと向かった。

 その夜道の先で、幽霊武士たちが戦っているのが見えはじめた。幽霊武士たちを相手にしているのはいったいだれだろう。奈良崎大地はそれに注目した。

 幽霊武士たちが、大勢で駆けていく。まるで白い影を纏ったゾンビたちである。おおきな十字路があり、その中央に幽霊たちのターゲットが存在するようだ。

 幽霊たちの数は、おそらく一〇〇体を越える。各々、鉄パイプなどを所持していたりしており、成人男性以上の腕力を持つその幽霊たちに襲いかかられたら、きっとひとたまりもない。自分では、どうしようもない数だ。しかし、それでも挑もうとしていた。コーヘイのために。カンナもおなじような思いで戦いを挑んだに違いない。

 ドローンが、十字路の真ん中へと近づいていく。

 そして、とうとうその戦っているだれかの姿をカメラは捉えた。


 月明りを浴び、顔にかけた紫のゴーグルが反射し、光った。


 その人物は、顔にゴーグルとヘッドホンをつけていたのだ。


 片手に、黒い影のあつまりのような剣状のものを所持していた。

 魔法で、作り出した武器だ。

 それを、敵が遠距離にいる状態で、振り抜く。

 すると、幽霊は喉元を斬られ、その場に倒れた。

 幽霊は、斬られると、倒れるか、そのまま立ちあがった状態で光となって消滅していった。

 その動作が、高速で、展開された。

 すっ、すっ、すっ、と剣が振られ、幽霊は光に変わって消えていく。

 一秒で、一体、消える計算だった。

 あるいは、コンマ五秒で。

 とにかく、ものすごいスピードで幽霊は消去されていく。

 光が、とめどなく、放たれていく。

 十字路の中心は、つねに白い光で満ちる。

 まるで、地上の星の爆発のように。

 そして、幽霊たちも幽霊たちだ。

 仲間たちが死んでいくのに、ほかのやつらはそれでも突っこんでいく。

「速い……」

 奈良崎大地は、唖然としてしまった。

 そんな魔法使いは、いままで見たことがない。

 何体も襲いかかる霊体をものともせず、ただ淡々とそれらを処理していく。

 木田佳乃が言った。

「イリヤくんです」

「なに……!?」

 まさか、

 あのイリヤに、

 こんなことができるとは……!

 たしかに能力はある。

 だがその性格が問題だ。

 メンタルというものは戦闘において非常に重要なものなのだ。

 イリヤにはそのメンタルがないとばかり思っていた。

 だが、紫のゴーグルをかけた少年がイリヤなのだとすれば、きっとどこかの点をキッカケに生まれ変わったに違いない……。

 戦闘のできる人間へ、と。

「はい。現在、シャルナさんとライラさんというイリヤくんの妹と無線でつながっていまして。そのお二方の指示を受けながら、戦っています」

「なるほど、すると会えたんだな、妹に……」

「そのようですね。佐々木サラサとのやりとりのあと、三人はすぐに、特務機関へと収集されました……」

 それから、まるで木田佳乃はあらためるように奈良崎大地へこう言った。

「奈良崎さん、特務機関への転属をおねがいします。われわれで、イリヤくんたちのサポートをするのです」

「……彼らと、立場が、逆転したというわけだな」

「いいえ、わたしたちがもともと、それを理解してなかっただけです」

 彼女は、苦々しい表情で言った。

「そうか、そうかもしれないな」

 奈良崎大地も、彼女とおなじように苦笑いを浮かべた。


 そして、コーヘイや、カンナのために、みんなが全力でがんばろうとしているのを感じた。

 それはすごくうれしかった。

 だけどすごく悲しかった。

 事件はこれ以上、被害を生むことなく終結してくれるのだろうか?

 わからない。

 なにもわからない。

 すべては、

 そうすべては、

 あの紫のゴーグルをかけたたったひとりの少年にゆだねられているのかもしれない。


 ……がんばれ、イリヤ。

 おれたちが、ついている……!!

 なみだが、こぼれた。


 木田佳乃が「あ」と声を漏らし、すぐにだまった。

「たのむ、イリヤ……」

 木田佳乃が、奈良崎大地の片手を、そっと握りしめてくる。そのあたたかさに、大粒のなみだがこぼれおちる。

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Sense of Unity~ぼくらの概念魔力~ ゆきい @zokubutsu

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