第7話 - そうして世界は回る

 ミッション。すっかり怒ってへそを曲げてしまった彼女のご機嫌取りをせよ。


 できるか!できるわけねえだろそれができれば二十五歳で誇り高き童貞守ってねえわクソが!!!!!!!


 何だ、「怒ってる顔も可愛いよ♡」とか言えばいいのか!相手四十超えたおっさんだぞ地獄か!!!!

 いやわかる、わかってる想像はつく、あの手のおっさんもといツンデレ彼女はこちらの出方を見ている。具体的な改善策を求めているのではなく、こちらの誠意を求めている。ただ頭を下げるべきだ。だが何に。

 設計不備を黙っていて申し訳ありませんでした、文句を言わなくてすみません、だめだ炎上する気しかしない。そんなことを言っては火に油だ。ミスが多くてすみません、以後気をつけます。気をつけてなんとかなるならとっくになんとかなっている。


 ことの経緯は簡単だ。俺が確認の確認を忘れていた。というか「動作を確認してください」と送って以降、サーバーがどうだデータベースがどうだ仕様変更の雨あられでそれが頭から消えていたのだ。

 俺の中でその「確認」は「この動きで実装していいですか」というお伺いで、いわば仮縫いの状態でデザインを見てもらうようなものだったのだが、中村さんは俺の言った「確認」を「最終確認」と思っていたらしく、「全然できてないじゃん!!!!」と大激怒の真っ最中である。出張してるから知らないけど。できてるわけねえだろ返事よこさなかったの誰だよ。


 松山さんはおっとり系の巨乳ボブカットお姉さま(暫定)である。ちなみに巨乳だけは事実。間違っても触りたいなどとは思わないが。

「中村さんがすっごく怒っててね、代田くん辞めさせるとか言い始めてて」

 はあ。俺は曖昧に返答する。それ以外の返事ができない。

「フレームワークの機能が全然使われてない! とかもうそりゃご立腹でねえ」

 いやそれ使えない設計したの中村さんなんですけど。PHPフレームワークの機能もJSフレームワークの機能もまるっと潰しておいて何を仰る中村さん。

「一応私の方でも宥めておいたんだけど代田くん、一回中村さんと話した方がいいんじゃない?」

「話って言っても、俺の方からは改善策の提案しかできませんよ。火に油注ぎませんか?」

「注ぐだろうねえ」

 松山さんはのんびりした口調で言う。

「松山さんに間に入っていくわけにはいかないんでしょうか」

「いやほら、中村さんうちで一番年長じゃん? 話しにくくてねー」

「話しにくさについて言うなら俺だって最年少なわけで」

「そこは逆に最年少だからこそってやつで」

 何が逆にだ。

「このまま仕事しにくくなっちゃっても困るじゃない?」

 はあ、と答えながら、いや困らんと心の中だけで反駁する。正直こちらとて二度と一緒に仕事はしたくない。


 喫煙所に出て煙草に火をつける。煙を深く吸い込み、盛大に吐き出す。

「……仕事、辞めよう……」

 俺の吐いた煙は同じく誰かが残業しているのであろうビル群の明かりの中に消えた。

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SE代田くんの日常 豆崎豆太 @qwerty_misp

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