リュシャ・ユグストナ



 リュシャ・ユグストナがテラ王国にやってきたのは7歳の頃だった。


 最果ての魔女。

 そう呼ばれた一族は、地の女神の血を引いていた。


 人ならざるものの声を聞き、人とそれらの橋渡しをする。

 呪われたものがいれば解きに行き、日照りがひどい場所があれば雨乞いをする。数多いる呪い師の中でも、魔女の一族はたいそうな腕利きとしてとても重宝されていたという。


 ーーだからだろうか。


 ある日、隠れ里が襲われた。

 国境の深い山々の中。

 山と共存するように作られた里には火が放たれ、鉄の銃器が女たちを蹂躙した。


 そう。里には女たちしかいなかった。

 魔女の一族の女は、なぜか女しか孕めなかった。血を絶やさないため、そして呪い師としての腕を磨くため、女たちは年頃になると里を出て、流れの呪い師として山々を巡った。

 おかげで魔女の名は大陸中に広まっていたという。


 魔女は、それはそれは重宝されていたけれど、それと同時に畏怖され忌避される対象でもあった。人は、人と違うものを怖がる。強すぎる力も、清すぎる存在も、人の目には恐ろしい。

 神の血を引いているにも関わらず、“魔女”と呼ばれてしまうように。


 リュシャが見た最後の里は、燃え盛る炎に飲み込まれている。

 見知ったものの叫び声が、聞きなれない銃声と共に消えていく。

 唐突に里に踏み込んできた男たちは皆同じ服を着ていた。あの、雨雲のような灰色の服を軍服と呼ぶのだと、リュシャは後になって知った。そしてあの灰色の服を着た男たちは、大国を守る兵士なのだということも。


 燃え盛る里を捨て、リュシャは数人と魔女たちとともに山へ逃げた。

 逃げて逃げて、そしてリュシャはひとりっきりになってしまった。灰色の男たちが、決してリュシャたちを諦めなかったからだ。


 最後の仲間の声がひときわ大きく響き、そして聞こえなくなるのを、リュシャは仲間たちに押し込められた木の洞の中で聞いていた。寒くもないのに体が震え、気を抜くと叫び声をあげてしまいそうだった。

 そして女たちに言いつけられたとおり、リュシャは身じろぎもせず洞の中にとどまり、たっぷりひと晩の間木の洞にしゃがみこんで過ごした。

 夜が明け、今度は一目散に山を登る。


『山を越えると川が見える。その川沿いにある街に魔女がいる。そこにいって、その魔女を探すんだ。お前だけでも、絶対に生き残るんだよ』


 去り際そう言っていなくなった仲間たちの顔を思い起こしながら、リュシャは無我夢中で山の中をかけた。山を越え、川を見つけ、川沿いにある街を探す。

 そしてリュシャは師匠とあった。

 魔女らしい栗色の髪に、思慮深い深緑の目をしたその人は、リュシャの話を聞くとすぐに王宮へ連れて行ってくれた。


『里を……、里を助けてください!』


 取次ぎに現れた少年に縋り付く。

 少年は感情の見えない顔でリュシャを見下ろした。それはほんの一瞬で、すぐに視線はリュシャの後ろに立つ魔女へ向く。


『シズリ先生、申し訳ないのですが我が軍を援軍に送ることはできません』

『それは王の決定か。この国も、魔女の恩恵を受けながら育っただろうに援軍を送ることさえ渋るのか!』

『いえ、王のご決定ではありません。今更援軍を送ったところで無意味ですので、送れないと申しているのです』

『それはどういう』

『昨晩のうちに、魔女の隠れ里と思われる場所は陥落いたしました』

『そんな!!』


 リュシャの口から悲鳴が漏れた。


『だ、だったら、里から逃げてる仲間だけでも助けて!お願い!』


 少年が、冷めた顔でリュシャを見る。


『そもそも、我が国の民でもないお前の一族を、なぜ助けてやらねばならんのだ』

『ステルス!』


 魔女が厳しい声で少年を諌める。


『我が国の軍は、我が国を守る為にある。我が国は、我が国の民を守るためにある。異形の呪い師に一晩の宿は与えても、盾になるなど出来るはずもない』


 少年は諫められたことなど意に介さず、その紫色の目でリュシャを見下ろした。


 あまりに、あまりに冷たい目。

 その目を見てリュシャは生まれて初めて人を恐ろしいと感じた。

 まだ里から出たこともなく、ただ山の中で仲間の魔女たちと戯れていた。

 助けてと言えば、助けてくれた。

 助けてと言われれば、助けにいった。

 

『ステルス!故郷を焼かれて助けを求めに着た女の子に言うセリフがそれかい!?お前では話にならん。謁見室に通しなさい』

『それはできません。王の容態はあまりよろしくない。主治医である先生が一番よくわかっておいでのはず』

『ではお前がすべてを決めるのか!?違うだろう!』

『……里を焼いたのは大国の兵士だと思われます。国境の山では執拗な捜索が行われているようです。恐らくは魔女の生き残りを探しているのでしょう。今更我が国の軍を送ったところで救える命などなにもない』


 シズリは、師匠は、リュシャの肩を抱き、思い切り抱きしめた。


『すまない……!私は無力だ!』

『里、は…………』

『すまない。本当に。でもお前だけでも生き延びてくれてよかった。本当に。本当に良かった』

 

 そうしてリュシャは、テラ王国にやってきたのだった。


 

 


 

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タタリ祓いの契約結婚 ハジメ @hajime07

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