第13話

「さて、始めましょう」

「はい……」

ライトピンクのエプロンを着た彼女はをトマトを指でころころと転がせた。

午後7時。本に没頭していた僕はあと5分を2回ほど繰り返した挙句、遂に取り上げられ今に至る。

「かぷちーのみたいなものを先に作りましょう。さっきスマホで調べてみたわ、簡単そうね」

「うん、カプレーゼだね。調べたのに名前を覚えるのは簡単じゃないのかな」

料理名分からないのにこの人一体どうやって検索したわけ。マジ不思議。

2人並んでも全然余裕のあるキッチンには、僕が予め材料を置いておき、器具も揃えておいた。

「カプレーゼって作るって言えるのか分からないくらい簡単だけど、お洒落っぽくすれば女子受けするよね。簡単なのに女子受けするとかカプレーゼ素晴らしい」

「なんだかムカつくけれどその通りね…しかも彼女たちのことだからSNSで映えれば良いのではないかしら…」

こめかみに手のひらをあて呆れる佐倉さん。楽で喜ばれればそれで良いのです。ていうかまずそこから始めないと佐倉さんできなそうだし。

「ざっくり言うと切ったトマトとモッツァレラチーズ、アボカドを円を描くように並べていって、真ん中にスモークサーモンで薔薇を作るみたいな構図になるから」

ふぅん、と佐倉さんは興味無さそうな声を上げているが、実際は楽しみなのだろう。さっきから並べられた材料をじっくり見ては休まずトマトを指で転がしている。

とりあえず僕が最初にどのように切るかを見せ、彼女にも材料を切ってもらう。トマトを切らせていると僕に聞こえるか聞こえないかの声で「……切れた」とどこか嬉しそうに微笑んでいて、僕も頬が緩んでしまう。……いかん、ギャップ萌えに弱いな僕。

彼女がゆっくり、且つとても慎重に、僕からすれば何年経ったら終わるんだというペースでモッツァレラチーズとアボカドを切り終える。後は並べて最後にスモークサーモンの薔薇づくりに取り掛かるだけだった─のだが。

「こんなものかしら」

ドヤ顔で振り返る佐倉さんの手元にはもはや薔薇とは程遠い、得体の知れないサーモンたちの残骸。

「佐倉さん、あの……薔薇です。ラフレシア作れとは言ってません」

「は?ラフレシア?」

にこ、と微笑みながら腕を掴んでくる。待ってこの感じもう獲物を狙うそれだから。

「最初だから難しいよね!分かるー!」

あはは……と半ば強制的な空笑いをさせられ結局僕が教え直すことになりました。


何とか無事にカプレーゼを盛り終えた後、鶏もも肉を煮込んで作ったロールチキンを作り、僕らはようやく料理を作り終える。

「……疲れた」

「あなた本当に体力ないわね」

「主に佐倉さんのせいなんですけど」

鶏もも肉を切らせればヌメヌメしてて触りたくないと言い、煮込んでいる時は暑いと言い…わがままにも程がある。そんなこと言ってたら料理出来ないし生きていけないぞ。

「一応、カプレーゼとロールチキンは今みたいな感じで作れば良いんだよ」

ふぅん、と呟く。佐倉さんはテーブルに皿に盛った料理を運ぶと、ふと気づいたようにこう告げる。

「けれど、主食はどうするの?ご飯、炊いていないのだけれど」

「…………」

「……ねぇ、どうするの?」

…完全に忘れてた。教えることを考え過ぎて麺系も何も買っていない。

「いや、あのー…」

「ねぇねぇ、どうするのかしら?」

佐倉さんがにたにたと邪悪な笑みを浮かべ寄ってくる。くっ……ムカつく。こいつ分かっててやってるよね…!



結局佐倉さんの持っていたカップラーメンを頂くことになり、食器洗い諸々を手伝った僕が家に帰れるのは10時近くになった。

その日は共働きだという彼女の親に会うことは無く、当然ながら僕が帰った後彼女は一人きりだった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女王と僕の高校生活。 桜之 玲 @Aoin8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ