第4話 エピローグ~赤ずきんだった者~

* * *


物語に対する脅威はありません。通常状態に移行します。



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ヴィラン化したActorを元に戻しています......

運命の書を初期化しています......



StoryRestore code all



物語の破壊箇所を修復しています.......


Debug :Story Restore Finished. Line 9823. return = 0.



物語を開始します......





* * *



 目を覚ますと、私は霧に包まれた森の中にいた。

 私は身を起こして辺りを確認する。霧が濃くなったり薄くなったりする度に、遠くに見える木々の形が変わるため、きっと気を失う前とは別な場所にいるのだろう。

 体に付いた傷や、服の汚れは無くなっていた。

『調律が終われば、元通り』

 という巫女の言葉を思い出す。

 もしや想区が調律されたのだろうか? だがそれならば今頃おばあちゃんや猟師とクッキーでも食べているはずだ。

 やはり、この場所は沈黙の霧の中なのだろう。

 待っていれば霧が晴れるのかも分からないし、その時に元の想区にいるのかも分からない。

 歩いたら確実に迷う。

 どうしようかと考えていると、木々の間に人影が見えた。

「やあ、目を覚ましたようだね」

 いかにも魔女といった、紫色の三角帽子と外套を着た少女がやって来る。年は、私よりもちょっと上だ。

「ニシシ、私はファム。お姫……レイナと会ったことは知っているよ? 調律させないって凄いなあ、おかげで悔しがってる可愛い姿を見ることができたよー」

 と馴れ馴れしく話しかけてくる。

 調律の巫女の名前を出したので『空白の書』の持ち主だろう。

 ひとまず私は、いくつかの質問することにした。

「ここはどこで、貴女はどうしてここにいるの?」

「予想していると思うけど、沈黙の霧の中だよ。ここからはどこにでも行けて、どこにでも行けない。ああ、どっかには行くんだけどね」

「つまり霧の中を歩いてどこに行けるかは、よく分からないってこと?」

「正解。まあ方向感覚さえあれば、上手に歩けるんだけどね。で、私は貴女の案内人だよ。起きたときに1人じゃ嫌でしょう。……というのは嘘で、本当はレイナ姫を見守ってただけ。でもキミのことを放っておくわけにもいかなくってさあー」

 要するに、ファムはレイナの後をこっそり付けていたらしい。ついでとはいえ、何が起きたかを教えてくれるのはありがたい。

「私のいた想区はどうなったの?」

 私が帰っていないということは、物語は中断したままなのだろうか。

「いやー、キミはカオステラーになって物語を変えたでしょ、そりゃあもう滅茶苦茶になりましたよ。森とか町とか、滅んじゃったよ」

 つまり帰るべき場所はもう無いというわけだった。

「まあちょっと荒々しい調律みたいなもんだよねえ。前の『物語』の痕跡が無くなった後、ヴィラン化した住民は元に戻って全てを忘れ、『運命の書』に従った生き方を再び続けているよ。赤ずきんも新しく用意されてさあ」

 赤ずきんがいる、ということを聞いて、物語が変わっていないのかと大声を出しそうになる。

「ニヒヒ、慌てなさんな。物語は変わりましたよー。赤ずきんも予備もいないもんだから、ヴィランから戻ったどこかの少女に赤ずきんの『運命の書』が与えられましたとさ。めでたしめでたし」

「じゃあ、おばあちゃんも別な人間に変わったの?」

「あの人はねえ、元の想区に居続けることを選んだよ。今頃カオステラーだったことも忘れて、赤ずきんのおばあちゃんやってるさ」

 おばあちゃんは私を置いて、1人だけ元の場所へと帰っていったらしい。

「どうして、私を連れて行ってくれなかったんだろう……あっ」

「ニシシ」

 ファムがわざとらしく笑う。

 おばあちゃんは、私が決められた台本に従って生きる選択をしないと、分かっていたのだ。なぜなら全く同じ台本を持った人間だから。

 おばあちゃんが「私が若かったらそうするわ」と言う場面を想像してしまう。

「ニシシ、あの人凄いねえ、赤ずきんが死ぬとこだけ変えたんじゃなくて、予備の存在まるごと消しちゃった。まるで本物の魔女みたい」

 魔女の格好をしておきながら、そんなことを言ってくる。

 言われてみれば、狼が赤ずきんを食い殺すという箇所に手を加えるだけにしては、おばあちゃんは大分時間をかけたと思う。

 メガ・ヴィランの攻撃の激しさは、変更の多さを反映しているかのようだった。

 それもそのはずで、ストーリーテラーが用意していた仕掛けの1つを、想区から取り外していたのだ。

 これからあの想区に赤ずきんの予備は現れないし、もちろん赤ずきんがハッピーエンドになった後に裏で処分される少女もいない。

 物語を進める上で、確実性を大きくするためだけの運命を持つ少女は、もういないのだ。自ら死ぬしかない少女をも、あのおばあちゃんは救ってしまった。

 まったく、想区を滅ぼしている意味では完全なる善というわけでもないが、大した老人だと思う。

 では『赤ずきん』の予備、或いは赤ずきんだった私は、今は何なのろう。

 もしやと『運命の書』を取り出して内容を見てみると、赤ずきんの物語どころか、何にも書かれていなかった。

「これは、空白の書……?」

「何にも書かれていない真っ白なページしかないね。これはまさしく『空白の書』そのものだよ」

 いったいどうやって。

 カオステラーの力とは、そこまで万能だったのだろうか。

「『空白の書』なんてカオステラーでも作れないよ。普通は『書き換え』だけで、削除や追記が出来ないのさ。エクス達をヴィランに変えることが出来ないように」

 しかし赤ずきんの『運命の書』は、まったくの白紙と化している。

「これねー、想区が次の物語を始めるために、ヴィランが元に戻るんだけどさ、そのギリギリまでキミはあの想区に居たんだ。ヴィランの運命の書って1回真っ白になって、そのあとすぐに内容が浮かび上がるって順番みたいなんだよねえ」

「その時まで、私がいた場所が想区に繋がっていた、ということ?」

「そうなるねえ。そして運命の書が漂白されたとき、丁度キミを沈黙の霧が完全に包みきった! あのおばあちゃん凄いよお!」

 両手を広げ、天を仰ぐ仕草で、ファムはそう言った。

 おばあちゃんは、年の功があるにせよ森を知りすぎていると思う。ともかくこれも計画のうちだったのだろう。

「これは、おばあちゃんからの贈り物とも、お礼とも言えるんじゃないかな? ようこそ『空白の書』を持つ者達の世界へ」

 ニシシ。とファムが笑い「さあこの後はお好きに生きなされ」と言葉を締めくくると、私に背を向けて霧の先に向かって歩いて行った。



――生き延びてしまったのは、予定調和。

 運命に縛られない生き方をする者と会ったのは、偶然。

 物語を変えたのは、示された道の選択。

 それらと自分の考えを混ざったものが、これからの私の生き方なのだろう。

 決まりごとのない運命はカオスで、不確実だ。

 『空白の書』は、進むべき道を示さない。



 赤ずきんだった者は、薄手の頭巾を外し、スカーフのように首に巻いた。

 もう私は、赤ずきんでも予備でもない。運命を持たぬ――という運命を持つ者だ。


「教えてよ、この生き方を。まだよく知らないんだから」

 抗えぬ力によって自由を与えられた少女は、紫色の魔女を追って、行先の分からぬ霧の中を歩き始めた。





 ――或る赤ずきんの想区の物語。


 おわり

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或る赤ずきんの想区の話 加藤雅利 @k_masatoshi

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