第3話 赤ずきんだった者達


* * *


ERROR:Hero actor is dead, Name Role01, ActID = 000982, reason = 208.

WARNING:Role01 replace actor, ActID = 000982.


INFOMATION:Changed actor of the Role01(ActID = 000982) from Role1E, Act ID = 000990.

INFOMATION:Changed actor of the Role1E(ActID = 000990) from Role01, Act ID = 000982.

Debug:Dead actor Change Role(Role1E), Act ID = 000982, return = 0.


物語を継続します......


* * *



「狼も猟師さんもカオステラーじゃなかったね」

 とエクスが言う。

 主役に近い登場人物かつカオステラーの候補は、もう大分絞れてきた。

「カオステラーになりそうなのは、赤ずきんちゃんのお母さんね」

 レイナが考えを述べた。

 猟師と再婚するにあたって、連れ子の赤ずきんが邪魔になったということは充分に考えられる。

 そこで、おばあちゃんの家までわざわざ狼の出る森を1人で歩かせるのだ。

 しかし物語は、猟師は赤ずきんちゃんを助けてハッピーエンドになる。その後は、夫が娘を女性として扱い始めるのだ。

 ストーリーテラーが物語を決めている以上、決して成功することのない赤ずきんの抹殺。ならば自らがカオステラーとなって狼の『運命の書』を書き換え、思い通りの世界を作る……そう考えたのではないだろうか。

 シェインとタオは、納得したような顔をしている。

 別の『赤ずきん』の想区でも、登場人物達の愛憎のうねりが混沌を生み出していたというのだから、似たような理由によって物語が歪められても、不思議ではない。

「よーし、じゃあ森を抜けて、赤ずきんちゃんの母親に会ってみようじゃねえか」

とタオが言い、家を出ていこうとする。

 その背に赤ずきんが、

「違うよ。赤ずきんの母親は、カオステラーじゃない」

 と言い、部屋に留まらせた。

「2号さんの考えは違うですか?」

 ついさっきまでは赤ずきんも、旧・赤ずきんが殺されたのは母親の企みかもしれないと考えていた。しかし『運命の書』の記述を読んだ限りでは、特に不仲については言及されていない。

 これから赤ずきんは、母と猟師の邪魔をすることなく生きていく。猟師が義理の娘に手を出す性質タチの持ち主であってもだ。

 それに死んだ赤ずきんの身なりは、綺麗だった。もし運命の書に従って嫌々ながら娘を育てていたとすれば、もう少し適当な身だしなみで送り出されていたことだろう。愛情は、あったのだ。

「赤ずきんの母親に悪意はないと思うよ。そしてこの想区には今、赤ずきんが死ぬように物語を書き換えたカオステラーはいないんだよ」

 と赤ずきんは言った。

「カオステラーがいないって?」

「そんな、私は確かにカオステラーの気配を辿って来たのよ」

「また方向音痴が出たんじゃねえのか? 正反対の方向を歩いちまったとか」

「タオ兄、姉御は抜けているところがありますが、カオステラーのいる想区を見逃したことはないですよ」

 エクス達がざわつく。赤ずきんは駄目押しするかのように、さらにもう一言。


「私の話には続きがあるんだよ。カオステラーは、ここにいる」


 赤ずきんは、縛られた状態で座っている狼の前へと、歩いて行く。

 狼が首を横に振る。

「わ、私はカオステラーとやらじゃないぞ」

「ごめんなさい。狼さんじゃなくて、お腹の中なんだよ」

 少しだけ膨らんでいる狼の腹に、視線が集まる。

「もしかして、おばあさんがカオステラーなの?」

「食っちまったのかよ、カオステラーを」

「ええーっ。よくヴィランにならないわね、この狼」

 狼の額に冷や汗が浮かんでいく。正体不明の存在を体内に入れていると分かれば、青ざめるのは当然だ。

「そうと分かれば、さっさと腹を開けてカオステラーを引きずり出しちまおうぜ」

 タオが剣を抜き、狼に向ける。

「わあちょっと待った、切るのはやめてくれっ」

「元から捌かれる運命ですよ? 調律のために協力してください

「そうね。助けに来た猟師の裁きって感じで」

「えっ、レイナのそれはギャグなの?」

「思いついちゃったんだからしょうがないじゃない! さっさとカオステラー出しなさいよ!」

 つい緊張感のないことを口走ってしまった恥ずかしさを隠すように、レイナがタオから剣を奪い取る。そして狼に向かって振り降ろした。


ズバアッ!


「ひいいっ」

 狼が寸前で仰け反り、剣を避けた。体を縛っていた紐が断ち切られてばらりと床に広がる。

「切らなくていいから、吐き出すから! ちょっと待って!」

 立ち上がった狼が慌ててレイナから離れ、腹を押さえながら首を床に向けた。

「オエーッ!!」

 不快な声と共に、狼の口からおばあさんが吐き出される。

「すっ、すごい、まるで人間ポンプですよ」

「随分と器用だなあいつ……手品師にでもなれんじゃねえのか?」

「狼に感心してる場合じゃないわよ。カオステラーが目の前にいるんだから」

 狼に丸飲みにされていたおばあさんには、傷一つない。赤い部分に皆が注目したが、それは怪我による血ではなく、首に巻かれた鮮やかなスカーフだった。

 おばあさんは床に落とされて転がったが、足腰はしっかりとしているようで誰の助けを借りることもなく立ち上がった。髪の毛は白く年齢を感じさせるが、背筋はすっと伸びていて、体幹を揺らすことのない立ち姿は、とても若く見える。

 落ち着いた様子でエクス達を見据え、話しかけてくる。

「やれやれ、私はまだ何もしていないというのに調律の巫女が来てしまうとは。なんという偶然か。それとも、これも運命なのかしらねえ」

 年相応に濁りかけてはいるが、声もまた強い意思を感じさせる、芯のある響き。

「あなたが、カオステラー、なの?」

とレイナが呟く。大抵のカオステラーのように自分勝手に狂っている様子ではなく、品の良ささえ感じさせる雰囲気に、思わず声が出たのだ。

「いかにもわたくしが、あなた方の探していたカオステラーですよ」

狼がひいと情けない声を上げて、おばあさんから離れる。

「姿を現したからには『調律』させてもらうわよ、カオステラー」

「老人と戦うのは気が引けると思っていたが、しっかりとした婆さんで、少しは気が楽になったぜ」

 レイナ、タオ、シェインが身構え、臨戦態勢になる。

「おやおや。私はまだ何もしてないというのに、戦おうというのですか」

 おばあさんは、向けられた殺気をまるで気にしないといったていだ。

 エクスがレイナ達の前に立った。

「少し、話を聞いてみようよ。このお婆さんが、どうしてカオステラーになったのかが、分からないんだ」

「あら優しそうな坊やだこと」

「エクス、あなたのいいところは人の事情に共感しようとするところよ。でも調律することには変わりないのよ。それは……」

「分かってるよ。今までも旅してきたんだから」

 レイナは不満げにエクスの話を聞き入れ、仕方なく腕を下した。

「タオ兄、ヴィランの1体もいませんし、ここは話を聞いてみてもよいのでは」

「そうだな」

 張り詰めていた空気が静まっていく。

「ふふ、戦いになっていたら私に勝ち目はありませんでしたよ。まずそのことを伝えておきます」

 エクス達はますます戸惑う。戦いもせず、逃げも隠れもしない、暴走もしていないカオステラーに。

「狼に丸飲みにされる運命が嫌だったってわけでもなさそうだな」

「さっき食べられてましたし、それに死ぬ運命ではないですからね」

「罠……でもなさそうだね」

 一方で、赤ずきんは大体のことを把握していた。

「おばあちゃんは、赤ずきんのために世界を変えようとしていたんだよ」

 そう赤ずきんが言うと、おばあさんは優し気な微笑みを向ける。

「思っていた通り、物分かりのいい子なのね。私の若いころにそっくり」

 代役がすり替わった『今の』赤ずきんとおばあさんには、血の繋がりは無い。だが、似ているという言葉の意味は、あることを根拠としていた。

「エクスお兄ちゃん、私は『運命の書』を読んで分かったことがあるの。このおばあちゃんは、ずっと昔に、私と同じ役目を持っていた」

「それはもしかして、主役の予備ということ?」

「お頭がこんがらがってきたぞ、分かるように説明してくれ、もっとゆっくりと」

「うーん、つまり赤ずきんのおばあさんは、かつて赤ずきんだったと? しかも代役の方ですか。昔にも、同じことがあったことになるですね」

「そんな。それじゃ赤ずきんが死ぬのは、この想区では正しい運命なんだわ」

 それは、何のために?

 事実が分かったが、代わりに分からないことが増えた。

 この想区のストーリーテラーが作り上げた物語は頑丈だった。もしものことが赤ずきんに起こり、物語が続行不能になった場合に、予備を使って主役を復帰させることになっている。

 それでいて、赤ずきんは『運命の書』に書かれていない死に方をするのだ。

 どうしてわざわざ、そのような段取りになっているのか。

 おばあさんが優しい微笑みを保ったまま、口を開く。

「それはこの想区が、運命が歪められたとしても物語を終わらせられるように作られていたこと自体が原因なのですよ」

 穏やかな口調で、説明が続く。



 ――昔々、エクス達がここに来るよりも、おばあさんが生まれるよりもずっと昔。

 この想区に、カオステラーが発生した。

 そうなった存在は『狼』だった。

 猟師に腹を裂かれ、石を詰め込まれて井戸に沈む。その運命を拒否し、定められた役目から外れたのだ。

 怪物となった狼は森を支配し、赤ずきんを食い殺した。

 狼は猟師の持つ銃弾程度では倒れず、町へ攻め込み、平和に暮らす多くの住民たちの『予定』を大きく乱した。

 これでストーリーテラーの決めた物語がぶちこわしとなり、想区に生きる者達は皆、運命の書に縛られなくなった、かのように、思えた。

 ところがそのカオステラーは、力が少し弱かった。

 森に多くのヴィランが現れ、狼へと襲い掛かった。

 ヴィランという存在は、カオステラーが使役することが可能というだけで、本来はストーリーテラーが用意したものである。その役目は、物語を進めるにあたって、邪魔な者を排除することだ。

 異物であるカオステラーは、ヴィランの軍勢に攻撃され、排除された。

 この赤ずきんの想区は、かつて自力でカオステラーを排除したのである。それくらい、強固に作られていたのだ。

 町や森に住む者達は配置し直され、破損した物語は自律的に修正された。

 だが修復は不完全で、中途半端に歪められた物語の痕跡が残った。

 それが狼に与えられる『運命の書』だ。カオステラーの出現以前と比べると、一部分だけ内容が書き換わっていた。何も知らぬ赤ずきんを森で食い殺すように。

 カオステラーがいなくなった想区で、再び物語が始まる。

 狼は『運命の書』に従って、赤ずきんを食い殺す。

 他の想区であれば、そこで物語は破綻し、混沌となる。続行不能になるか、無理やり町の住民の運命を捻じ曲げて、赤ずきんを急造するか。矛盾が大きくなった段階でヴィランが投入されるため、想区に住む人々を大量に破壊しながら終わる物語が繰り返されていたことだろう。つまりは想区と物語の壊滅である。

 しかしこの想区には、予備の赤ずきんという代役への切り替えフェイルオーバーが存在した。

 狼の『運命の書』が少し壊れた程度ならば、何の問題もなく物語をエンディングまで進行させることが出来たのである。

 赤ずきんはおばあちゃんの家に到着し、狼に丸飲みにされ、猟師に助けられる。それだけの事実を見れば、どこにもおかしな部分はない。

 想区の修復は『完了』したことになっているため、狼の『運命の書』は正しいものとされ、壊れた個所はエラーではなくなった。

 そうして展開の『正しさ』を維持した想区は、赤ずきんの物語を繰り返している。



「これが、この想区の歴史だったのですよ」

 おばあちゃんは話を終えて、ふうと大きく一呼吸した。

「なんてこった、この想区は赤ずきんが死ぬことが運命だったのかよ」

 そう。おばあちゃんの説明の通り、哀れな赤ずきんの死は、誰かが仕組んだわけではない。いつも通りの物語の一部分。

「それじゃあ、赤ずきんのおばあさんがカオステラーになった理由って」

「孫娘が死なないように想区を作り直すことなんだわ」

 エクスが疑問を言い、答えに気付いたレイナが返した。

「それだけじゃないわ。そこの、孫じゃない方の赤ずきんなら分かると思うけれど」

 おばあちゃんが言う。

 これから先に自分がどうなるかを、赤ずきんの『運命の書』で読んて、分かっていた。カオステラーがおばあちゃんだという事実にたどり着けたのも、そのためだ。

 赤ずきんは、猟師に助けられてハッピーエンドを迎えた後、何十年後かには森に1人で住むようになる。

 そして赤ずきんの孫は、次の世代での赤ずきんとなる。

 物語の繰り返しが始まると、おばあちゃんとなった赤ずきんは、孫に手作りの赤い頭巾を渡すのだ。もちろん、狼の『運命の書』が書き換わってからは、赤ずきんの役目を引き継いだ『予備』が、後に赤ずきんのおばあちゃんになる。

「赤ずきんはかわいそうね。誰の『運命の書』にもあの子が死ぬなんて書かれていない。死んだら『無名の少女』になってしまうのだもの。そうして誰にも知られずにいなくなる……。そして、あれは私の孫なのよ」

 おばあさんはそう言って、赤ずきんに目を合わせた。

 赤ずきんの頭に言葉が浮かぶ。

 それで私は何十年後かに、このおばあちゃんのようになる。実の孫は、狼に食い殺される主役だ。

「あなた達はそれでも私を倒して、調律するというの」

 おばあちゃんがレイナに言う。

「この想区を調律すれば、狂った運命も元に戻るはずだからよ」

「はず、ね。レイナさん、あなたは一体、何を調律するというのかしら」

 おばあちゃんの言葉を受けて、レイナが「え」と発する。

「ええと、それは狼の『運命の書』の、赤ずきんを殺すって書かれた場所で……」

「その部分は、私が変えようとしている部分よ。赤ずきんの死は、もはや歪みではなく『正しい部分』として想区に認識されている。狼が赤ずきんを殺しても、ヴィランが現れないでしょう?」

 今この場で想区を調律しても、狼の『運命の書』が修正されることはない。ならそれではと、おばあちゃんが物語を書き換えた後に調律を行えば、書き換えた部分が戻ってしまい、赤ずきんが死ぬ運命は変わらない。

「調律は万能ではないの。カオステラーになった私にはよくわかるわ。それで、レイナさん、あなたはどうするの?」

「わっ、私はカオステラーが物語が歪めるのを、見過ごすわけにはいかないわ」

「私もよ。遥か昔にカオステラーによって歪められた物語を、戻そうとしているの」

 赤ずきんのおばあちゃんは、修正者になるためにカオステラーと化していたのだ。

「このおばあさんは悪いカオステラーじゃなさそうだし、調律せずに想区を立ち去るというのは、どうかな」

 と提案したのはエクス。

 赤ずきんは、レイナが『無理よ』と答えるのだろうなと推定した。

 その予想通り、

「無理よ」

とレイナが力無く答えた。

「そんな、どうして」

 赤ずきんはレイナの代わりに、困惑するエクスへと説明することにした。

「エクスお兄ちゃん達は、この想区に来て、狼さんや猟師さんと関わってしまったからだよ」

 予定にない出会いをして、予定にない行動を取らせてしまった。

 そしてその時に襲い掛かってきたヴィランを、何体か倒している。元々ヴィランは想区に住む生物が変化したものだ。

 つまりエクス達は、既に想区に影響を与えてしまっている。

 それに運命の書に従って、何の疑問も持たずに生きてきた登場人物に『決められた以外の言動をする』ことを体験させてしまった。運命の書に従わない生き方を、吹き込んだも同然なのだ。

「エクスお兄ちゃん達に関った者は皆、カオステラーになりやすくなるの」

 調律は全てを再生する力ではない。死んだ人間を生き返らせることは出来ないし、過ぎてしまった時間を巻き戻すことも出来ない。物語の筋書き、あらすじを修正するだけだ。

 それにも関わらず、想区の人間の記憶から『空白の書』の持ち主のことはしっかりと消えてしまう。台本を元通りにするだけでよいのに、余分なことをしているように思えるのは、何故だろうか。

 その答えは『調律した想区に再びカオステラーが現れることを防ぐため』なのだ。

「だから、想区で誰かに関ったら、後始末として調律しなくちゃいけないんだよ」

 調律の巫女は運命に縛られていないようで、『調律』に縛られている。己が旅するだけで、常に想区を調律して回らなければならないのだ。

「そうか、今までカオステラーの現れた想区だけを旅していて、絶対に調律が必要だから気にしていなかったんだ」

 おばあちゃんが、優しくエクスに語りかける。

「自由な運命にあっても、不運は避けられないようね。あなた達が来なければ、想区を書き直すことが出来たのに」

「考えよう、赤ずきんが死なない運命を作って、想区も調律する方法を」

 エクスが理想的な結末を探すよう、呼びかける。その声は小屋の壁に吸い込まれて、消えていった。

 誰もが黙ったままだ。

 理想を実現する方法があれば、既に誰かが言っている。そんなことは皆考えているのだ。

「運命の歪められた想区は、滅茶苦茶になるわ。だから、私は想区を調律する。そうしなければ、この森や町がヴィランが溢れかえって、みんな滅びてしまうわ」

「調律の巫女、あなたは若すぎる。この想区にある町は過去に一度、滅びているの。それでも混乱が収まれば、新たな物語が始まるの」

「平和に暮らしていて、突然災厄に襲われる人達を、見過ごせないわ」

 修正者と調律者の話は、平行線だ。

「そんな……僕達が来なければ、この想区が滅茶苦茶になることはなかったのか」

 とエクスが愕然とする。

「坊や、落ち込むことはありませんよ。物語を歪ませれば、想区は1度リセットされる。私がカオステラーの力を使えば、住んでいる人間は滅ぼされてしまうのですよ」

 少しだけの変更ならば、自己修復機能によって元に戻されてしまう。

 だから、想区が筋書きを修正しきれない程には、物語を壊さないといけない。エクス達が来なかったとしても、カオステラーはまさしく大きな災厄を生み出したことだろう。

「くっ、自分の望みのために、多くの人を巻き込むなんてさせないわ」

「お嬢、やるんだな?」

「戦いますよ、新入りさん」

 調律の巫女たちは、それでもカオステラーと戦うことを選んだ。

 エクス、タオが前に出る。

めるというのですね、この私を」

 レイナの後ろに立つ赤ずきんの耳に、笛の音のような唸り声が入ってきた。



* * *


cgrcvr actor code Name Wolf

ゲストのテラーによって、運命の書の所有者を想区保護機能に変更します。

cgrcvr actor code Name Hunter

ゲストのテラーによって、運命の書の所有者を想区保護機能に変更します。


Debug:ChangeRecover from actor, ActID = 4881, return = 0.

Debug:ChangeRecover from actor, ActID = 10289, return = 0.


* * *



「ぐる……クルルウ」

「クルルア」

 家の中に狼と猟師の姿は無く、代わりにヴィランがいた。

 おばあちゃんがカオステラーの力を使ったのだ。

「勝ち目が薄いとはいえ、これは私が何年も考えて、やろうとしてきたことなのです。お話を聞いてくれないというのなら、足掻かせてもらいますよ」

「くっ、やるしかないのか」

「後味の悪い話になりそうだが、やるしかねえ」

 エクスとタオもまた、鎧を纏った剣士へと変身する。これまで何体ものカオステラーを倒してきたであろう、強き英雄たちの姿だ。

「やはりあなたはカオステラーね。想区を混沌の世界にすると言うのなら、倒させてもらうわ」

 レイナもまた護符のようなものを構える。

 ――この時に赤ずきんが取った行動は、当然『運命の書』になど書かれていない。自分が為すべきことは何かを、咄嗟に判断していた――



「姉御、後ろです!」

 シェインが叫び、


 がん。


 と鈍い音。悲鳴も上げずに、レイナが昏倒した。膝をついて、床に倒れていく。

 私は、バスケットの中に入っていた葡萄酒の瓶を叩きつけていた。カオステラーに気を取られていたレイナには、完全に不意打ちの形になった。

 シェインが凄まじい形相で睨んでくる。姉御と慕う仲間を傷つけられては当然のことだろう。

 戦士たちは突然のことに、私に剣を向けることが出来ずにいた。私はおばあちゃんの元へと駆ける。ヴィランが私とエクス達の間に割って入り、守られる形になった。

「1人ではどうしようもないって、思っていたのね?」

 私が言い、

「そう、1人ではどうしようもないところだったの」

おばあちゃんが返す。

 この人はこうなることを、大体分かっていて、勝負を仕掛けたのだ。

 なぜなら、お互いに考えが読めてしまうから。血の繋がりはないけれども、同じ運命を持っている。

 このカオステラーの望みには、先ほどの説明だけでは疑問の残る部分があった。

 孫が死ぬ、という運命を変えたいのであれば、どうして赤ずきんが狼に食い殺される前に行動を起こさなかったのだろうか?

 カオステラーの力を使えば、いかようにもできたはずだ。狼の『運命の書』の内容を変えておくとか、赤ずきんを直接守ってしまうとか。

 それは、やらなかったからではなく、出来なかったからだ。

 この想区の、物語を守る力は強い。そしておばあちゃんは、カオステラーとしての力がそれほど強くなかったのだ。

 物語を変更した箇所を、その場限りではなく永久に残す。しかも狙った箇所を。それが難しいことだとしたら、変更を終える前にストーリーテラー側のヴィランに囲まれて、倒されてしまうだろう。

 1人の力では。

 しかし主役級の力を持つ者と、力を合わせたなら?

 ストーリーテラーの筋書きを曲げることが出来るかもしれない。

 つまりあの人は待っていたのだ。赤ずきんの力を持つ、もう1人のカオステラーを。

 考えがそこに至って、分かることがある。

 赤ずきんのおばあちゃんは、なにも自分と孫だけを救おうとしたのではない。

 遥か昔、今はもう亡きカオステラーが現れて以来繰り返されてきた、赤ずきんの死と予備への交代。展開が変わることも文明が発展することもなく、数百年、数千年と物語が繰り返され、何十人もの赤ずきんが、狼に食い殺され続けてきた。

 主役へと交代した予備はやがて赤ずきんの祖母となり、孫を失い続けてきた。

 誰にも知られることのなかった、赤ずきんとおばあちゃんの悲劇のループ。

 そんなことはもう、終わらせる。

 これから先に生まれゆく赤ずきん全てを、死の運命から解放する。

 そして全ての代役が背負うことになる悲しみを、永遠に消し去る。

 あの人は、やろうとしているのだ。たとえ自分や孫が救われなくても、未来の赤ずきんと、その代役のために。

 ならばもう、私がどちらにつくかは明白だ。

 それにしても、調律の巫女の考えは狭かった。自分の故郷が滅ぼされたから、他の場所が滅ぶのを許せないだけなのだろう、と思う。だから、見ず知らずの人達であっても、想区に住む何人もの人間を、助けたかったのだろう。赤ずきんが犠牲になるとしても。

 しかし比べるなら、この先に死に続けるであろう幾千もの赤ずきんを数えてあげるべきだろう。想区に今いる住民の数に対して、繰り返す未来にいる赤ずきんは無限の数だ。それとも『正しく誤った運命』で死んできた者達や、まだ生まれていない者達には、救う価値は無いというのか。

 どちらかを選ぶしかないのなら、それはもはや思想の違いでしかない。ならば私は、この想区に生まれ、この想区を変えようとする者につく。

 霧を越えてやってきただけのお節介な巫女に、調律はさせない。

 私はこれまでの繰り返しの中で赤ずきんと代わり続けてきた、無名の少女……赤ずきんのおばあちゃんの意思を、引き受けコネクトした。

「出ていけ、この想区から……!」

 私は最大火力で魔法を放つ。

 赤ずきんに備わっている火の魔法は、『狼さん御用心ごようじん』というどこかとぼけた名前の魔法だ。それでもカオステラーの力を無理やりねじ込んで撃てば、飛び出す勢いは強烈だ。

 灼熱の突風はエクスお兄ちゃん達を巻き込み、家の中に籠らないほどの勢いで壁をぶち抜いていく。家から何ヤードも離れたところにある木々を、焼くのではなく薙ぎ倒した。

 衝撃で家が半壊する。天井の木材や壁の一部分が、燃えながら床に落ちていく。

「ダブルカオステラー!? ほんと、めんどくさい想区ですね」

 シェインが防壁の魔法で炎を凌いだらしく、吹き飛ばされたものの4人に傷はないようだった。

「行きましょう『赤ずきん』、彼らは強い。けれど私には、ずっとこの森に住み続けてきた、年の功があるのです」

 崩落する家から、私とおばあちゃんは外に出る。

 すぐにでも追いつかれてしまいそうだが、向こうは倒れたままのレイナお姉ちゃんを解放するのが優先らしく、引き離すことが出来た。

 猟師と狼のヴィランも、足止めになっているようだ。

「このまま森の奥まで走ります。ストーリーを書き換えるから、あなたは私を守ってちょうだいね」

 私は頷く。

 おばあちゃんが、棚から取り出すようにして、何もない空間から厚手の本を顕現させた。上質の皮の表紙に、金の刺繍で模様が入っている。

 カオステラーとなった私には分かる。あれは運命の書ではない。この世界そのものだ。

 物語が開かれ、ページからは黒い霧が溢れる。

 おばあちゃんはカオステラーの力で物語が書き換えていくが、想区全体を記した内容はあまりにも膨大で、世界を変えるにはまだまだ時間がかかるようだ。

 背後からは、カオステラーを倒そうとする、調律の巫女一行が迫っていた。

 私は牽制で火球を放ちながら、木々をかき分けて、森の中を走る。



* * *



Error:Serious error, Story processing unable. reason = -666.


ストーリーの不正なブロック破壊を検知しました。

物語の続行を中断します。


INFOMATION:Story progress termination started. code Force. reason = -666.



チャプター破損により物語が異常終了をしたため、想区の初期化を開始します。


StoryReset code *

ActorCleanup code All

kill code 9 all



* * *



 森の中を進むうちに、いつの間にか周囲にはメガドラゴン、メガゴーレム、メガファントムといった大型のヴィランが溢れていて、百鬼夜行の様相を呈していた。

 この想区の異物を排除するべく、エクスお兄ちゃん達に襲い掛かっている。

 そのおかげで、私とおばあちゃんは、逃げ続けることが出来ている。

 しかし、想区が生み出したヴィランは私達の制御下にはない。カオステラーをも攻撃してくるのだ。

「キルウッ!」

 鋭い声と共に、大きな影が立ち塞がる。腕の代わりに鳥の翼を持つ女性型のヴィラン、メガハーピーだ。

 物語を書き換えている最中のおばあちゃんに爪が振り下ろしてくる敵を、火球を当てて追い払う。

「私が相手だよっ!」

 空に飛んで逃げる相手へと火の玉を連続でぶつけ、迎撃する。

 死に際のメガハーピーが消滅する直前に、真空の刃が放ってきた。

 ざざ、と草木を裂く竜巻に巻き込まれる。

「ぐっ……!」

 胴を守ることは出来たが、ふくらはぎや肘を傷つけられてしまう。

「大丈夫かい、赤ずきん」

「この程度、カオステラーならかすり傷だよ。おばあちゃんは物語を書き換えることに集中して」

 そう言いながら、森の中心部へと向かう。

 目の前に出現した燃え盛る狼どもを、それよりも高熱の炎で消滅させる。

 横から突き出される爪を掻い潜ると、背後から矢が飛んできた。当たる寸前で、炎を当てて消滅させる。

「覚悟しなさい、カオステラー!」

 矢はヴィランではなく、接続コネクトで変身したヒーローが放ったものだった。

 『空白の書』の持ち主達はヒーローの力を駆使し、メガヴィランの群れを倒しながら追いついてきたのだ。

 絵本の挿絵に書かれたような剣士や魔法使い達が、周囲を飛び交う蜂型のヴィランを物ともせずに向かってくる。

 2対4、と言いたいところだが、おばあちゃんは想区を書き換えることで精一杯なので、実質1人で戦うことになる。

「おばあちゃんはもっと先に行って、ここは私が足止めする」

 私は走る速度を落とし、近づきつつある敵に振り返った。

 大剣を持った剣士はキング・アーサーに見えるが時代が違う。カオステラーの持つ知識と照らし合わせると、イングランド七王国時代の王エゼルウルフだと分かった。

 更にその後ろ、左右の手に双剣を持つのは剣帝コンモドゥス、治政をする身でありながら剣闘を好み、暗殺者を度々返り討ちにした武闘派だ。

 矢を射たのは羽飾りで髪を覆った少女で、新大陸先住民のシャーマンのようだ。

 他には純白のドレスを纏った聖女のような魔法使いがいる。

 赤ずきんの物語はあくまで、か弱い少女の話である。カオステラーになったとはいえ、戦記物で活躍する一騎当千のヒーローには、到底かなうものではない。

 少しでも有利に戦えるよう、私はトラップを置いていた。

 まずは後列から。

 森を進む最中に仕掛けていた魔法を、炸裂させる。

 褐色の肌をした弓を持つ少女と聖女の足元が爆発し、その周囲を火炎が包み込む。

 相手の身体が宙に舞うのが見えた。

 焼き払われた草木から白い煙が上がり始める。

 少なくとも、魔法による防御が間に合っていない。僅かだとしても、被害と動揺を与えることが出来た。

 だが戦いに特化した剣士達は味方を気にして足を止めることなどせずに、距離を縮めてくる。牽制の小さな火球を放つが、怯んではくれない。

「我は脅威から民を守る者也、だぜっ!」

 エゼルウルフの大剣が、すぐ脇の地面を切断し、地中深くまで入る。

 攻撃の直前に、剣の握りに火球を当てていなければ危なかった。

 刃が地面に食い込んだままになることを期待するが、戦いに熟知したヒーローは軽々と剣を持ち上げて、切りかかってくる。

 私は後ろに跳ね、エゼルウルフもまた追ってくる。

 次の仕掛けは、自分が立っていた場所のすぐ後ろだ。さっき剣を振り下ろされたのと同時に、手元を身体で隠して地面に打ち込んでいた。

 着地寸前の相手の足元を爆破した。私は、

「げぶっ」

 と吐瀉物を吹きかける。どろどろとした燃える水だ。

 一瞬だけ、我ながら怪物じみた攻撃をするな、と思う。カオステラーという怪物そのものではあるけれども。

 エゼルウルフ――おそらく中身はタオ――が火だるまになった。すぐには消えないどろどろとした燃料が、しばらく戦闘能力を奪ってくれるはずだ。

 休む暇もなく殺気を感じて、身体を捻りつつ地面を蹴る。

 剣の輝きだけが辛うじて見えた。

 背中を薄く斬られ、痛みで思わず悲鳴を上げる。

「きゃあっ」

 すぐ近くに、恐ろしく鍛え上げられた肉体の剣帝が立っていた。並大抵の、いや並以上の兵士ですら竦んでしまうほどの凶暴な目つき。カオステラーになったことで私の力が強化されていることを考えたとしても、まともに戦える相手ではない。

 そこで私は睨み返さずに、助けを求めるような視線を向ける。

 凄まじい速度の剣閃が、見えるほどにまで鈍くなる。

 このコンモドゥスの中身はエクスお兄ちゃんだ。

 ありとあらゆる者を斬り伏せるヒーローに接続コネクトしているというのに、私を倒すことにまだ迷いがあるようだ。

 1歩引き、刃を避けようとした。

 胸の少し下を切られ、血が噴き出す。私のやったことは、斬撃の必殺性を打ち消しただけに過ぎなかったようだ。

 だがとどめを刺されなかっただけでも大きい。足を踏ん張り前へ飛び込む。

 コンモドゥスの顎下に向けて、焦点を近距離に絞り切った火炎を打ち上げる。宙に浮いた剣帝が接続コネクト解除し、姿がエクスお兄ちゃんに戻るのが分かった。

 まずは1人、ヒーローがいなくなった。

 残りはどうだろう? 弓使いと聖者を先ほどの爆発で倒せたとは思えない。辺りを確認すると森の湿気が熱量を受けたせいか、煙だけではなく霧のように視界が悪くなっている。

 敵を見つける前に、脇腹に衝撃を受ける。斜め後ろから矢を受けていた。立て続けに、もう1射、肋骨が削れる痛みに耐えきれず、声が喉から漏れる。

 矢の飛んできた方向を一直線に焼き払う。

 ますます空気が白く曇っていく。

 炎で作った道の脇に、聖女が立っていた。

 真上から光が降り注いでくる。魔法攻撃だ、と反射的に障壁で体を覆う。破壊力を持ったいくつもの光の筋が地面が抉る。

 魔法を防ぐために力を消費していき、障壁が維持できなくなりそうになる。

「ぐぶっ」

 おまけに血まで吐いた。足止めもこれまでなのかもしれない。

 そう思ったが、濃霧が立ち込めるまでになっていた森の中で、視界が悪いのは相手も同じだったらしい。聖女は私に魔法を打ち込むことに集中していたせいで、横から現れたワイズ・ソーサラーに気付かなかった。

 魔法使い型のヴィラン、というよりも想区の守護神だ。もちろんカオステラーだろうが空白の書の持ち主だろうが、異物と判断した者に襲い掛かってくる。

 ワイズ・ソーサラーが光を放ち、聖女が慌てて標的を変える。

 障壁を破られる寸前で攻撃から解放された私は、すぐさま走って逃げる。

魔法をぶつけあった両者の力は、ほぼ互角に見えた。

 調律の巫女をいくらかでも止めてくれればと期待していたが、炎を鎮火させたエゼルウルフがワイズ・ソーサラーの背後に回り込んで頭部を両断する。

 魔法攻撃の構えを崩されたワイズ・ソーサラーは、聖女の力に押し負けて光を全身に受けて消滅した。

 想区側ストーリーテラーがほぼ最強の存在を出してきたというのに、空白の書の持ち主達はそれをさらに上回るヒーローを使っている。

 走りながら魔法を撃つだけで、どれほど逃げられるというのだろう。

「あっ」

 足から力が抜けて、草の中に座り込む。

 傷を見てみれば、服が赤黒く染まり、靴の先までが血で汚れていた。

 立とうとして、地面に吸い寄せられるように倒れてしまう。

 霧を背にした聖女が、私に話しかける。

「観念しなさい、カオステラー。貴女の存在は、この想区を破滅に追いやってしまう。望まぬ運命を変えるために、混沌を引き起こすことは許されないわ」

 ヒーローに変身していたのは、レイナお姉ちゃんのようだ。

「お嬢、カオステラーはもう1人いるんだぜ。話をしている余裕はねえぞ」

「分かってるわ」

 無言で攻撃してくれば早いものを、わざわざ話しかけてきたのは、調律の巫女のせめてもの情けなのだろう。私がこうして戦っているのは、過去のカオステラーによって作られた不幸を除こうとした結果なのだから。

「今からあなたを倒すけれど、調律が終われば元通りになるわ」

 そう言ってレイナお姉ちゃんは、魔法を放つ。

 元通りになるからと言って、それがどうしたというのだ。

 既に赤ずきんは死に、私が交代し、おばあちゃんの家に行った。その続きへと、物語が調律される。だとするならば、赤ずきんの『運命の書』を持つ私は予備であることも忘れて生きていくのだろう。そうしておばあちゃんになり、この想区には再び赤ずきんが生まれる。私は『今』と『次』の予備とは違い、孫が死ぬことを知らずに、平穏に過ごすことが出来る。

 でもそれだけだ。

 むしろ運命を変えようとしたおばあちゃんの意思や、カオステラーとなって戦うと決め、こうして今ここにいること、それが全てなかったことになるのが、何故か悲しかった。

 光の攻撃が私に届き、そして、

「女の子にも、容赦がないものね。ひどい傷じゃない」

 という声が聞こえた。

 倒れた私と聖女の間に、おばあちゃんが立ち、魔法の障壁を作り出していた。

 どうして戻ってきたのか。物語を書き換えても、カオステラーが倒されてしまえば調律が開始されてしまう。

 私はおばあちゃんに問いかけようとしたが、呼吸に混じる血でせ、言葉を言えなかった。

「赤ずきんを守るために戻ってきたの? あなたは、そのカオステラーよりも力が弱いはずよ。障壁ごと2人まとめて倒すわ」

 調律の巫女が言う。

「この子は孫じゃないわ。でもこれからの運命をよく知っている。調律の巫女に倒されたときに考えそうなこともよく分かるわ。だから、ここまで頑張ってくれたんですもの。助けたくもなるでしょう」

 そう言っている間にも、障壁を作るおばあちゃんの魔力が減っていくのが分かる。このままでは倒される。

「元々勝ち目がない戦いだったからでしょうか? 降参の代わりに、負けるつもりで赤ずきんを守っているように見えますが」

 聖女の隣にシェインが立って、おばあちゃんカオステラーが戻ってきた理由を考えている。

「今なら貴女達を倒さずに、調律が出来るわ。諦めたなら障壁を解きなさい」

「それは嫌よ。最後まで抗いたいの。でも、私が倒された後は、この子をこれ以上傷つけないでくださる?」

 おばあちゃんは、自分だけが倒されるつもりのようだ。

「私が想区を変えようとしなければ、この子がカオステラーに変わらなくて済んだのですもの」

「分かったわ。ヴィランの数も増えているし、貴女だけを倒させてもらう」

 攻撃魔法の出力が上がる。障壁はすぐにでも破られることだろう。

 私は最後まで、おばあちゃんに付き合うつもりだった。けれども雀の涙ほども、相手を攻撃する力が残っていない。

 せめてもう1発、火炎の魔法を。そう思って顔を上げ、手を伸ばす。

 すると爆炎が広がり、聖女の魔法を押し返した。

 赤ずきんの魔法による炎。

 私ではない『赤ずきん』が、おばあちゃんと並ぶように立っていた。

 『空白の書』の持ち主が接続コネクトした姿だ。

「エクス!? どうして邪魔をするの?」

「これは『赤ずきん』の意思なんだ。この想区だけじゃなくて、この世界に生きた全ての赤ずきんの魂が、僕に接続コネクトしてきたんだよ」

 赤ずきんの声で、エクスお兄ちゃんが言う。

「ヒーローから接続コネクト? そんなことは初めてですよ」

 とシェインが驚く。

 ワイルドの紋章は、すべての意思を受け入れる者の証でもある。だからこそ『赤ずきんの魂』は、エクスに呼びかけたのだろう。

 どうやら赤ずきんという存在は、この想区で繰り返される悲劇を解放する、と決めたらしい。それはもしかすると、祖母が悲しみを持ち続けることになる運命を嫌う、孫の願いでもあるのかもしれない。

「ヒーローが調律を拒むなんて……なら、その『赤ずきん』も倒すわ。今この時にも、想区にヴィランが発生しているの」

「レイナ、それはだめだよ。ヒーローは僕達の道具じゃない、力を貸す者なんだ」

 聖女の攻撃魔法が再び放たれ、赤ずきんの障壁が全てを防ぎきった。

 そして、シェインとタオが周囲の異変に気付いた。

「姉御、さっきから出ているこの霧は、自然現象じゃないです」

「おいこりゃ、沈黙の霧だぞ!」

「なんですって? 早く引き返さないと、想区の外に出てしまうわ!」


 そういえば、おばあちゃんが家を出るときに言っていた。

 この森に長く住み続けている年の功があると。

 それは沈黙の霧の出現する位置や時期だったのだ。

 物語を書き換えた後に『空白の書』の持ち主達を霧に誘い込んで、調律を阻止する計画だったのだろう。


 エクスお兄ちゃん赤ずきんが火炎の壁を作り出し、レイナお姉ちゃん達をぐるりと囲んでしまった。

「あら、そんなことをしては、火を消しているうちに方角が分からなくなって、あの子達は道に迷ってしまうわね」

 おばあちゃんがエクスお兄ちゃんに言う。

「これでいいんだよ。この想区は。そうでしょ? おばあちゃん」

 そう話すエクスお兄ちゃんに接続コネクトした魂には、もしかすると赤ずきん『だった』おばあちゃんの孫も含まれているのかもしれない。

 赤ずきんは笑顔を作り、

「ありがとう、おばあちゃん」

 と言った。

 そして「さようなら」と言うと、仲間達のいる炎に向かって、走っていった。

「まったく、沈黙の霧に飲まれて消えるつもりだったのに、孫に長生きさせてもらうことになるとはねえ」

 おばあちゃんはそう言って『赤ずきん』を見送ると、私の方へと歩いてきた。

 出血がひどく、意識が途絶えそうな私に、おばあちゃんが言う。

「ありがとう。それは貴女にも向けられた言葉よ。私からもお礼を言わせてもらうわ。カオステラーがもう1人いなければ、上手くいかなかった」

 でも貴女が現れることだけは何十年も前から分かっていましたけどね、とおばあちゃんは悪戯いたずらっぽく、乙女のように笑う。

 この想区の物語は、どうやら書き直すことが出来たらしい。

 これから赤ずきんは予備と入れ替わることなく物語を終え、成長し、その孫が赤ずきんとなるのだ。


 怪我のせいで、霧に包まれたかのように意識が朦朧としていく。

「さようなら。同じ運命を持っていた、赤ずきんであって赤ずきんではない者」

 おばあちゃんの言葉を聞いたところで、私の思考は闇に落ちた。

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