第7話 世界の半分

 こうして、俺は世界の半分に責任を持つこととなった。

 しかし、設計者アーキテクトというのはなかなかに骨が折れる仕事であると、すぐに判明した。

 俺は戯れに、虎ほどに大きいネズミを作って、ネズミのように小さい虎を追い回させたのだが、ネズミはすぐにバテて、皆餓死してしまった。

 また、夜空をうんと明るくしようと、月を思い切り地球に寄せてみたのだが、海流が強くなりすぎ、魚類が繁栄しない。

 慰みに女の子を作ろうと思ったが、どれもありきたりでつまらない美人になってしまったので、適当に男を作ってつがいにしておいた。


 思い通りにならない世界に嫌気がさした。そもそも、世界全体を繁栄させる義理など、どこにもないのだ。

 ついに俺は、自室でワインとチーズを食らいながら引きこもっているのが最も賢明であるという結論に達した。

 ワインに関しては、色んな製法を試したので、部屋の中に300種類ほど保管されている。その時の気分に合わせて、酸味や、苦味や、フルーツの味の強さなど、自分なりのチョイスを試した。うまく合致したときには世界全体が豊穣に実る心持ちがしたし、まるで見当違いだった時には、世界全てが虫や獣に食い荒らされてしまえばよい、というような気になった。


 そんなある日、俺は茂手木に会いに行った。進捗状況を共有する、という意味もあったし、これからの世界の経営方針についても話がしたかった。

 例の趣味の悪い城に訪問すると、入った瞬間から甘い香りが漂ってくる。

 そして、茂手木の部屋に入ると、若い女が大勢かしずき、奉仕し、恥ずかしげもなく嬌態を晒している。

「おい、茂手木」

「よう」

 相変わらずの返事だった。

「お前、なにやってるんだ?」

「何って、見ればわかるだろ? 楽しく過ごしているのさ」

「そうじゃなくて、外の世界はどうするんだ? 飢えだの、災害だの、俺たちもうちょっとうまく調節しないといけないんじゃないか?」

 俺も自室でワインを呑んだくれていただけなので、実はあまり言える立場ではないのだが。

「そんなこと知ったこっちゃないね。今が楽しいかどうか以上に大事なことなんて、どこにあるんだ?」

「お前そんな奴じゃなかっただろ……ちょっと待て、この女たち、みな俺が作ったやつじゃないか!」

「ああ、そうだな。お前の才能を見込んだことはある。お前は学生の頃から不思議と可愛い女友達が多かったからな。きっと頭にいい設計書があるだろうと思ったのさ」

 なんだと? 俺はじゃあ、女の設計図の持ち主、なんていうつまらない役割で呼ばれたのか?

 俺はお土産に持ってきたワインボトルを乱暴に置いて、部屋から退出した。


 この世界は終わりだ。

 全てを終わりに、いや、もう一度始めようと思った。

 俺が願ったことは、世界を無に戻すこと。すべてを収束させること。

 世界を点に。

 0次元。

 全ての色彩を剥ぎ取り、具象から形を奪い、空間を握りつぶすのだ。

 木々や城や動物、そして星までもが渾然一体となり、さらに融解していく。

 すべてが一点に向かった収束運動であった。


 …

 ……

 そうして、世界は無となった。

 深淵よりも深く、暗闇よりも暗く、何もない世界がただ広がっていた。

 いや、広がった世界が点に丸め込まれていた。

 これが、世界の終わりで、世界の始まりだ。

 俺が、唯一の創始者となった。


 しばし感慨を味わったのち、仕事をする気を起こした。

 そうだな、手始めには…「光」でも創ってみようか。

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心の中に逃げ込んでしまった俺の盟友を助けに行こうぜ、夏。 とかふな @tokafuna

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