俺だけが知っている

湖城マコト

狙われた村

 高校からの帰り道。部活が長引いて帰りが遅くなっていた俺は、少しでも早く帰りたくて、普段は通らない林道沿いの道を自転車で進んでいた。

 草木を掻き分けるような音が林の方から聞こえ、俺は音のする方へと顔を向ける。

 林道の方で人影が動いている。その姿には見覚えがあり、近くの民家で一人暮らしをしているお婆さんであることが分かった。

 足腰は丈夫なお婆さんだったし、夜の散歩なのかなとその時は思ったけど、何故わざわざ林道の方へ行くのかという疑問が浮かんだ。

 ちょっとした好奇心から、俺はお婆さんの後を付けることにした。探偵ごっこのような気分だったのかもしれない。


 俺はお婆さんの後を追って林道を進んだ。この先には無人の古い神社がある。

 神社の境内に入って行くお婆さんの様子を、俺は林の影から覗く。

 古い神社だし、お婆さん達の世代にはこの時間帯にお参りに来ることに何かしらの意味があるのかもしれないと、そんな想像しながら俺は観察を続ける。

 すると、驚くことに他にも数人の村人がこの神社の境内に集まって来た。

 人数は10人。

 それほど大きくはない村だし、見覚えのある顔ばかりだ。


「ちょっと、お父さん。離してよ」


 その中に、隣町の高校に通っている女友達――有希ゆきの姿があった。他の村人たちは自らの意志でこの神社にやってきたようだが、彼女だけは父親に無理やり連れてこられたような様子だった。

 問いかけに父親は答えず。他の村人たちが有希を取り囲む。


「つぎはこのこだね」


 有希の正面に立つ婆さんが、有希の頭を両手で押さえつけ固定。有希は短い悲鳴を上げて抵抗しようとするが、彼女の父親を始めとした他の村人たちに体を押さえつけられ身動きが取れないでいる。


(一体何が起こっている?)


 俺は混乱していた。どう見ても穏やかな状況ではない。


「な、何をするの?」


 有希に顔を近づけた婆さんが大口を開けたかと思うと、次の瞬間、

 婆さんの口からスライムのような物体が飛び出し、有希の口内へと侵入していった。


「ぐっ! あああぁぁぁ……」


 スライム状の物体はまるで意志を持つかのようにうねうねと動きながら有希の体の中へと無理やり侵入。呼吸もままらなくなった有希は必死にもがくが、次第に動かなくなり力無くその場に倒れ込んだ。


「これであんたも、わたしたちのなかまいりだ」


 婆さんが言い終えると同時に倒れていた有希の目が開き、何事も無かったかのように立ち上がった。

 そして、有希が口を開くと、


(……何だよ、あれ!)


 婆さん同様に有希の口からもスライム状の物体が覗き、生き物のようにうねっている。

 それに呼応するかのように、他の村人の口内からも同様にスライム状の物体が現れた。この場にいる全ての村人が同じ状態のようだ。


「もっと、なかまをふやさないと」


 死んだような目のまま、有希が無感情に言った。


「そうだ、わたしたちのなかまをふやすのだ」


 やはり無感情に、有希の父が言った。


(何だこれ、何だこれ、何だこれ!)


 俺は気づかれないように息を殺し、急いで林道を下って自転車まで戻った。

 必死に自転車を漕ぎながら、俺はとにかくその場から離れようとする。


「みんな、あのスライムみたいのに憑りつかれちまったのか?」


 スライムのような生物が侵入した後の有希は明らかにいつもの有希とは違った。まるで体を乗っ取られてしまったかのように。

 あのスライムのような奴の正体は何だ? 宇宙生物? それとも妖怪や化け物の類? ひょっとしたら生物兵器? 

 様々な考えが頭を過るが、その正体など今は大して問題じゃない。問題なのはあの謎の生物が村人の体に寄生し、仲間を増やしていっているという点だ。

 あのまま奴らが仲間を増やし続けたら、こんな小さな村なんてすぐに奴らで埋め尽くされてしまう。

 どうにかしなくてはいけない。


「帰ってこれた……」


 夢中で自転車を漕ぎ、家の前まで辿り着いた。

 さっき見たことを両親に相談してみようか? 俺一人でどうにか出来るものとも思えない。だけど、どう説明する?

 スライムみたいな化け物が婆さんの口から飛び出し有希の体を乗っ取ったと、そう伝えるのか? そんなことを言ったて信じてもらえるはずがない。

 警察だって同じだ。ただの悪戯だと思われてそれで終わり。


 結局大人に相談することはせず、この日は寝ることにした。

 明日になったら、俺が一番を信頼を寄せるあいつに相談してみることにしよう。




紘子ひろこ、落ち着いて聞いてくれ」

「どうしたの?」


 幼馴染で同級生でもある紘子を屋上に呼び出し、俺はそう切り出した。

 俺自身も半分はパニックみたいなものなので、説明には大分時間がかかってしまったが、紘子は嫌な顔一つせずに俺の話に聞き入ってくれた。

 紘子は俺がくだらない冗談を言うようなタイプではないと知っているし、同時に聡明でもある。きっと、俺と一緒に奴らへの対策を考えてくれるはずだ。


「紘子は信じてくれるだろう?」

「もちろんだよ」


 誰かに相談出来たことで俺の肩の荷も少し下りる。一人で抱え込むには、昨日の出来事はショッキング過ぎた。


「何か決定的な証拠があれば、大人達も動いてくれるはずだよな?」


 危険かもしれないが、あの境内を調べたり、有希に接触することが出来れば、何か状況が進展するかもしれない。このまま指を咥えて見ていたら村全体が危険だ。


「それは、どうかしら」


 俺に背を向け、紘子はフェンスに手をかけ景色を眺めている。


「紘子?」


 何となく嫌な予感がした。紘子の言葉には感情がこもってないような気がしたのである。


「どうしたんだい?」

「おい、紘子……まさかお前」


 ゆっくりと振り返る紘子の口からは、あのスライム状の生物が滴っていた。


「そんな、紘子まで」


 俺は絶望した。有希に続き、幼馴染の紘子まで……


「わたしだけじゃないよ?」

「えっ?」

「このむらのひと、みんなわたしたちのなかまになった。あとは、きみだけ」


 紘子を乗っ取った寄生生物きせいせいぶつが、残酷な真実を告げた。


 ああ、もう遅かったんだ。


 もう全てが終わりなのだということを、この村で

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