第5話
僕は、《奴》を尋ねた。
そして問いただした。
《奴》は、この日が来るのを周知していたようだった。
《奴》が右腕をかばいながら話し始めたことは、僕のほぼ推測通りだった。
彼女が「金曜日に話があるから、夜には帰っていてほしい」と念を押しておく。
家に帰ると、彼女がいない。そして《奴》が現れる。
《奴》が「俺は、彼女の彼氏だ」と名乗って小競り合いになる。
そして、準備しておいたロープで絞殺した後、例の公園へ遺棄した、というのだ。
《奴》は「元カレ」ではあるが、一定期間、捜査線上に浮かばないことを認識していた。
そして、「今カレ」の僕が、彼女のアリバイを全面的に証明してくれるだろう。容疑が晴れれば、必要以上の取り調べを受けることもない。
「その上で、俺が消えたら、すべては闇の中、ということだ」
消える?まさか・・・
「ひとつ、勘違いしないように言っておくことがある」
《奴》は、僕の思考を打ち消すように話を勝手に進める。
「俺がお前を彼女に紹介したのは、単にアリバイ工作のために利用するためじゃない。お前ならきっと彼女を幸せにしてくれると思ったからだ。」
「・・・」
「彼女は、お前を見た時、一瞬落胆したかもしれないが、きっとやり直せると思ったに違いない。だから、お前と付き合うようになったんだ」
「・・・」
「去年、相談を持ち掛けられてから、彼女とは会ってないし、電話やメールもしていない。俺から通販のDMのように見せかけた封書で指示を送っていた。返事も手紙だ。彼女は不安そうだったが半面、お前との生活が楽しいと手紙によこすようになって、ホッとした」
「・・・」
「そういうことだから、後は頼む。彼女を幸せにしてやってほしい」
そう言い残して、《奴》は僕の前から消えた。
※ ※ ※
気が抜けてしまった。
大切な友人も、彼女も、どちらも失ってしまった気がした。
彼女は《奴》を信頼し、《奴》は彼女を守ろうとした。
彼氏になったつもりの僕だけが、蚊帳の外で騒いでいるようにも思えた。
僕の足は、イブの夜、二人で食事をしたレストランに向かっていた。
あの時の二人の笑い声を、他人事のように聞いている気がした。
レストランの間取りは、おぼろげながら覚えている。
僕は、レストラン脇の路地に入った。路地はレストラン、そしてビルの脇を抜け、交通量の少なめな車道に出た。引き返す。レストランとビルの間には垣根が植えられていた。レストランに、小さなサッシ窓。高さは2mくらいだろうか。室内からなら、もう少し低いはずだ。人の出入りはできそうもないが、腕くらいは出せそうだ。位置的に、トイレだと思われる。
僕の頭に、引っかかっていたものが少しずつ明確な形となっていった。
「おかしい」
《奴》は、「自分がやった」と言った。
それは嘘だ。なぜなら、あのとき彼の右手は骨折で動けなかったはずだ。しかも、ひと悶着があれば、逆にひとたまりもないだろう。
とはいえ、彼女にもここを抜け出し、旦那を殺すなんてことは無理だ。
しかし・・・
《奴》は自分がやったといった。そこまでして守りたいもの・・・
もし二人が申し合わせた共犯だったら。
《奴》がここまで旦那を連れてくる。
不意を衝いて・・・例えば、彼女が、もう少しでお金の算段ができそうとか、お金の話でも持ち掛けたのかもしれない。油断した旦那の首に《奴》が紐を巻き付け、彼女が窓からそのを引っ張れば。
ぐったりした旦那を、酔っぱらいを介抱しているように見せかける。バイクは無理でも、車なら運転も移動もできそうだ。車はあちら側に置いてあったのかもしれない。
こうすれば、できなくもない。
メールや電話をしなかったのは、そこから足がつくのを恐れたからかもしれない。二人が計画を練るのに直接会ったりしなかったのは、嘘ではなかったかもしれない。
高校3年生。気持ちのすれ違いで別れた二人。元に戻れないと気付いていた二人。それでも、奥底では愛し合っていたんだな、と僕はそう思う。
しかし、これは憶測でしかない。
本当に、事件は僕の想像をはるかに超えた次元で行われていたのかもしれない。
ただひとつ、言えることがある。
僕は彼女を愛している。
そして、《奴》の言葉を借りるなら、彼女も僕を愛してくれているのだろう。
ならば。。
旦那が亡くなり、時間が経過すれば、正式に彼女を迎えられる。
旦那の親も、毎週末、無心にやってくる息子には、ほとhと愛層が尽きていたに違いない。
ならばならば、僕のやるべきことは決まっている。
僕は彼女を守る。そして、それが奴との約束だ。
僕は今まで通り、《何も知らないんだ》。
(了)
一枚の写真 なる@ @sunrise0724
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