やがて辿り着くところ
@perfume
1時間49分
「……超能力の発現?」
寝ぼけたまま用意されているご飯をゆっくり食べていると、テレビから興奮気味にそんなことを伝える声が聞こえてきた。
[…発現者は奇妙な夢を見た後に何らかの能力に目覚めたとして、政府は原因究明に努めると共に発現者やその可能性がある人物の情報収集を…]
奇妙な夢? 超能力? これはニュース番組じゃないのか? 困惑しながらチャンネルを変えるが、どうやらどの局もこの話題で持ちきりらしい。
「お兄ちゃんそのニュース今初めて知ったの? それヤバイって。もう夕方だよ」
呆れた声がした方を向くと、妹のちーこが制服姿で浮いていた。
「お、お前なんで浮いて…」
「なんか昨日の夜変な夢を見てさ、朝起きたら浮いてたの。ウケるよね」
「ちょ、ちょっと待って。じゃああれ本当の話なのか? え、でも、それなら連絡とかした方が良いんじゃ?」
テレビでは常に発現者の情報を募るための電話番号が表示されており、繰り返しその重要性が伝えられていた。
「でも、なんかソイッターとかで、名乗り出たら実験材料にされるとか帰ってこれないとかいっぱい書かれてるし」
妹の話を聴きながらすぐにソイッターを開いてみる。今どんな状況なんだこれ。うわあ、超能力の話題一色だな。いや、そりゃそうだろ。だってこれ、人類史上最もアツい状況なんじゃないか。うーむ。
しばらくネットの記事やまとめサイトなんかを読み進めて行くうちに、だんだんと状況が掴めてきた。どうやらちーこの言うようにネット上では名乗り出るべきではない、少なくとも今は静観しておくのがベターだという空気になっているらしい。確かにこんな訳のわからない奴らを政府がただ単に放置しておくはずがない。最悪の場合、拘束されたり実験台にされたり、そういったこともあり得なくはないのか。他にどんな能力があるのかは分からないが、妹の【浮遊】のようなものではなく、他人を直接害せるような能力もあるっぽいし。
「つーか浮くのやめろよ。ところでその奇妙な夢ってどんな夢だったんだ?」
「降りたくても降りられないんだもん。楽しいから良いけどさ。んーとね。なんか光みたいなのが"汝は力を欲するか?"みたいなことを言ってくる夢?」
それ漫画とかゲームに出てくる魔王だろ。そんな力を授かって大丈夫なのかよ。というかその夢なら……
「俺も見た気がするぞ」
「え? お兄ちゃんも発現者なの? 」
「いや、断った」
「そんな人っている?」
だって魔王だと思ったもん。二人称が汝って。そんなやつ魔王か悪魔だけじゃん。
「……はぁ。とりあえず部屋戻るわ。ちーこのことは黙っとくから」
自分がとんでもないチャンスを逃してしまったらしいことを知り、軽い絶望感に苛まれながら部屋で再度ソイッターを開く。詳しくタイムラインを追っていくうちに驚いたのはその発現者の数だった。
「……思ったより多いんだな」
体感では1割程度、俺のフォロワーの中にも数十人単位の発現者がいるらしく、その中には妹のように自分の能力が判明している者、夢は見たが未だ何の能力に目覚めたか分からない人なんかも居た。(余談だが俺のように断った人は一人も居なかった。)
(こんなに発現者が居るなら黙っていたからって罰則があったり捕まったりとかは大丈夫なのか……?)
事実、ソイッターの発現者の中には自分の能力を動画で載せたりしている人も大勢居て、そのほとんどは政府に連絡をしている様子がない。楽しそうにふわふわ浮かんでいた妹のことを考えながら、フォロワーの中にいる発現者の叫びにソイヤしながらタイムラインを遡っていく。
しばらくそうしていると"現在確認済みの超能力一覧"というまとめサイトのリンクを叫んでいるフォロワーを見つけたのでクリックしてみる。そこには有名WhoTuberのTAMAKINに発現した【瞬間移動】や動画で一瞬にして周囲を凍らせたり溶かしたりしている人の【温度操作】といった"神能力"から【モチ肌】や【関節カスタネット】というゴミ能力まで、様々な能力が紹介されていた。
「【関節カスタネット】ってどんな能力だよ…うわ…すっごい軽快な音がするな…お、この【充電】って地味に良いな…"触れている電化製品への電気供給"か…」
様々な能力について調べているうちにいくつかわかってきたことがあった。
一つは結構能力の被りがあるということ。そして同じ能力でも発現した人によって強弱があるということだ。例えば同じ【瞬間移動】でもTAMAKINが動画で移動していたのは精々数百mだった。もちろんそれでも俺たちからすればとんでもない能力なのだが、ソイッターの共鳴で回ってきた叫びの中には、一瞬で南国に移動している外国人の動画があった。
もう一つ、超能力にはアクティブ系の能力とパッシブ系の能力がある。アクティブ系の能力は"任意"で能力を発動するもので、逆にパッシブ系の能力は"常時"発動されるものらしい。
ある意味ハズレのパッシブ系能力が発現した人は辛いな。そういえば【毒気】というパッシブ系能力が発現した男が、身体から毒性の物質を周囲にまき散らしていたところを保護されたというニュースをソイッターで見た気がする。
「……妹が降りられないと言っていたのはパッシブ系能力だったんだな。大丈夫かそれ、色々不便だろ……」
その後も色々なことを調べていると、気が付けば辺りはすっかり明るくなっていた。最近はずっと昼夜逆転の生活を送っているから問題はないが、さすがに少し目が疲れている。
「そろそろ寝るか…」
ソイッターで「夢で"力はいらない"と答えたら何の能力も発現しなくて泣いた」とだけ叫んで、ベッドに入って目を閉じた。
ーーー考え直さぬか?
ふと声に気が付き目を開けて辺りを見回すと、延々と続く夜の一部を切り取ったような空間に一人でいた。目の前には淡い光を放つ"何か"が居た。
「うん? なんだ?」
ーーーお主は本当に力が要らぬのか?
「お前は誰だ? ここは?」
ーーー考え直すのならサービスしてやるぞ。
「サービス? ……これは…奇妙な夢の"続き"…?」
ーーーそうじゃ。ここはお主の夢の中で、妾は、そうじゃのう、お主らの言葉で言えば"神"じゃな。
「神……えっと、じゃあください」
ーーー拍子抜けするほど即答じゃな
いや、だって欲しいだろ。超能力。あれ、でも待って。その時ふとある疑問が頭をよぎった。
「……そもそもおま、えっと、神様はどうして俺にもう一度チャンスをくれるんだ?」
単純な疑問だった。他にも超能力が発現していない人なんて山程いる。俺に断られたなら別の人にあげればいい。わざわざ同じ人の夢に出てきて再度チャンスを与える必要などない。……なにか理由でもなければ。俺に"サービスする"とまで言って固執するその理由はなんだ。意図は? メリットは?
ーーー何もそんなに疑う程の理由などないぞ。ただふとしたことから妾が人間に超能力を発現させることが出来るようになったからというだけじゃ。この理由はお主に言っても理解出来ぬ。妾の個人的な話じゃからのう。
「……心を読めるんだな。じゃあどうして俺でなければならないんだ? メリットがないならこんなことしないだろ」
ーーー夢に出てきてた時点で心を読んでおるに決まっておろう。ふむ。確かにメリットはないがその方が楽しそうじゃろ? ただそれだけじゃ。それにお主じゃなければならない理由もない。ただ妾の提案を断った"たった一人の人間"にムカついたから譲歩してでも取り入ろうとしただけじゃ。
随分と正直な神だな。でも仮にこれが本当ならこれはなかなか悪くない状況なんじゃないか? 話の流れからすると神様直々にサービスされた能力が貰えるらしいし。
「……そのサービスって?」
ーーーふむ。お主の欲しい能力を発現させてやるぞ。過去に干渉するようなものや死者を蘇らせるようなものは妾にも出来ないがのう。
欲しい能力とは破格だな。さすが神だ。懐が広い。こんな機会を貰ったならぜひとも最強の能力を手に入れたいが、どんな能力が良いんだろうか?
神様の言い方によれば過去はダメでも未来なら大丈夫のようだ。それなら【未来予知】は最強の一角になりそうだ。いや、でも考えろ。これは漫画やアニメじゃないんだ。
【未来予知】なんて使う機会が本当にあるか? お金を稼ぐだけなら【透明】や【瞬間移動】で銀行にでも入れば十分だし、他に楽しめる幅も広い気がする。
あるいはよく最強とされる【能力奪取】なんかはどうだろうか。確かに他の能力者から能力を奪える能力は強いだろうが、俺は別に他の能力者と戦うわけではない。ましてやまとめサイトで見る限り、ほとんどの能力は微妙と言っても良いのだ。
仮に【能力奪取】の条件がその能力者に触れることだとするなら、神能力者と呼ばれる人たちを探し出して、わざわざ会いに行くのは現実的ではない。
俺が悩んでいる姿を、おそらく心を読みながら愉しげにしている自称神様を睨み返しながらも、なお考え続ける。
これから先の人生で一番重要なのはなんだ? 俺は"ここは漫画やアニメの世界じゃないんだから能力者同士で戦うことはない"と考えたが、この先本当にそうならないと言い切れるだろうか。
突然超能力に目覚めた数億の人間が現れて、なお今まで通りの世界が続くと考えるのはいささか楽観が過ぎるだろう。世界を変えてしまえるような能力が発現した人間が、世界でたった一人でもそれを望めば簡単に起こり得る未来だ。
そうでなくとも発現者じゃない人間の方が圧倒的に多い。何らかの差別や迫害がこの先起こらないとも限らないのだ。
【未来予知】か【能力奪取】か。
一瞬【不死】という能力も思い付いたがこれはダメだ。パッシブ系能力の【不死】なんて悲劇以外の何物でもない。それはつまり永遠に死ねないのと何も変わらないのだから。
少し思考が錯綜してきたな。別の方向からアプローチすべきなのかもしれない。この先、世界の常識は今のものから著しく乖離していくはずだ。能力者による蹂躙が行われるのか非能力者による迫害が起こるのかは分からないが、今まで通り仲良く助け合うということは難しいのかもしれない。いっそあえてここで能力を貰わないという手についても考える必要があるのかもしれない。能力者と非能力者を判別する方法さえ確立されてしまえば、能力者の側に属することで不利益を被るかもしれないからだ。
だが例えばこういう能力はどうだ?
全知全能
具体的にどんな能力に目覚めるのか想像もつかないが、そこは神様が好意的に解釈してくれるとして【未来予知】と近いことが出来るだろう。もしかすると超能力がどういう原理で発現されるのかも分かるかもしれない。そうすれば自ら新しい能力を発現させることも出来るだろう。
たとえそれらが出来なくとも全知全能があれば応用の幅は無限にあると言っても過言ではない。この先にどんな困難が待ち受けていようとも、必ずそれらを打開できる助けになるだろう。ダメ元で提案してみるか。
「……決まった。俺が欲しい能力はあらゆる事象についての知識だ」
ーーーふむ。すべての知識か。良かろう。ではお主には【森羅万象】という能力を授けようぞ。しかし本当にこれで良いのじゃな? 妾にとっては良い能力とは思えんがのう
「神目線ではそうかもな。だが俺の世界では知識は何よりの力なんだ」
ーーーなら妾は何も言わぬ。では改めてお主に問おう。"汝は力を欲するか?"
「ああ」
突然意識が暗転し、再び俺は眠りに落ちた。夢の中で眠るというのも不思議な話だが、次に目を覚ました時にはちゃんと自分の部屋のベッドに居た。
同時に俺は全てを知っていた。この世界の始まりから終わりまでの起こり得るあらゆることについて。
ゆらゆらとベッドから起き上がると、俺はペン立てから一本のマッキーを取り出した。あらゆる事象の知識を用いることで、俺の肛門はまるでこれまでに何度も受け入れてきたかのようにスムーズにマッキーを包み込む。これが正解だった。手間と効率と、それがもたらす結果を考えるとこれに限る。俺は快楽が最大限になるよう前立腺を執拗に刺激した。(何度もイッた)
やがて辿り着くところ @perfume
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