死神様のお仕事

豆崎豆太

死神様のお仕事

 ハロー俺死神。普段は人の命を取ったりして過ごしています。死神なのでそれがお仕事生業生き様生き甲斐? みたいな?

生まれたとき、っていうか俺らに対して「生まれる」って言い方が正しいのかはよくわかんないけど、そもそも生き甲斐とかも言葉として正しいかはわかんないけど、まあ便宜上それでいいよね、生まれたときからそんな風だったのでたぶんこれからもそう。

 普通の死神は死ぬ予定の人を回収しに行くっていうか、お役所仕事なんかはそうで、予め組まれたスケジュール通りに死んだ人間をあの世にごあんなーい! って感じの仕事をしてるんだけど、俺はそういうルールとかなんとかは嫌いなので割と好き勝手しています。人間っぽく言うとフリーランス? って言うのが近いかな。

 簡単に言うとお役所さん方の担当は「自然死」もしくは「他者による死」。殺人とか事故死とか。俺らの担当は「自殺」。暗黙のルールでだいたいこんな感じになってて、両方ともやることは「魂の回収」なので大差ない。ちなみに予定超えてもなんか生きちゃってる人、このへんはお役所さんの回収ミスだったりもするんだけど、それを取り立てに行くタイプのもいる。怖ーい。ガラ悪ーい。

 俺はやさしい死神だから普段は死にたいって言ってる人をはいはい黄泉はこちらでーすと案内しているだけなんだけど、つい最近ちょっとお気に入りの子だけ殺すのをやめちゃったところ。まあその帰り道に中央線で一人回収したから経理的にはプラマイゼロなんだけど。

 定休日とかなんとかはもちろん無いので俺は好きなときに仕事してそれ以外は井の頭公園あたりにいる。あと渋谷駅とか。

 その日は世に言うキンヨウビとかってやつだったようで、足元ふらっふらのサラリーマンなんかが自分は死んだと主張するような歌を歌いながら歩いていたりした。念のため二回確認したけれど、生きてた。

 俺の仕事は大体、人通りの多いところから始まる。あとは熟練のカンってやつで死にたそうな人を見つけてお仕事スタート。

 ターゲットは居酒屋でハイボールを煽っていた。

「おねーえさん」

 ターゲットが振り返る。二十六歳、女性。学校を出て四年目で、現在はいわゆるオフィスレディ。年齢がわかるのは死神の特殊技能ってやつだけど、どっかの有名な死神と違って名前は見えない。何故か。必要ないから。

「隣座っていい?」

「え、ああ、どうぞ」

 ターゲットは少し不思議そうな顔で俺を眺める。俺の顔は見る人に好感を与えるようにできていて、だから大抵は見る人の好みのタイプに見える。稀に、というかこの前一回だけのっぺらぼうになってしまったけど、今回はそうならずに済んでいるようだ。

「さっきからずーっと溜息ついてるけど、どうかした? やなことでもあった?」

 ターゲットは少し笑って、そう、そうなのと小さく呟いた。お店に入ってそう時間が経ったわけでもないのに、結構酔いが回っているらしい。

「俺でよければ話聞くよー、お姉さん可愛いし」あんま好みじゃないけど。この辺はセールストークってやつ。「あ、自己紹介してなかったよね。俺シブヤってんだー。もしよければハチって呼んで」もちろん嘘だけど。

 俺が笑うとターゲットも少し笑った。

「シブヤだからハチ?」

「そう、忠犬ハチ公」

 曰くターゲットはファーストネームを美穂というらしい。務めている会社の上司と折り合いが悪くて、パワハラもセクハラも受けて、もう限界、みたいな、掻い摘めばそれだけの話を二時間掛けて話した。話が超長い。そしてつまらない。

「どうして私ばっかりこんな目に遭わなきゃならないの」

 美穂ちゃんが言うので俺は少し笑ってしまった。それがどうも、彼女の癇に障ったらしい。

「何笑ってるの」

「ごめん、つい」

「私を馬鹿にしてるの」

「馬鹿にしてる訳じゃないけど」もーいっか。めんどくさくなってきた。「さっきからずーっと、恨み言ばっかり。仕事も嫌いで上司も嫌いで誰もわかってくれない助けてくれない。考えてもみなよ、なんで君が評価されないのか。なんで彼が評価されてるのか。なんで君にはつまんない仕事ばっかり回ってきて、転職もうまくいかなくて、誰にも助けてもらえないのか」

「どうしてそんなこと言われなくちゃならないの」彼女は勢い任せに立ち上がって俺を怒鳴りつけてから、また座って今度は泣き始めた。「私だって私なりに頑張ってるのに」

「だから君なりの結果が出てるじゃん?」

 美穂ちゃんが涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を上げた。目の周り真っ黒。

「愚図で無能で他人を恨んでばかりの君が今望んでるのは、ただ自分にだけ都合のいい世界。でしょ? ちゃんちゃらおかしいや。んなもんあるわけねーだろばーか」

 死神が人間の命を奪うことに、そんなに大きな手続きは必要ない。死神が死を提案して、当人が承諾すれば、それで終わりだ。あとはあれ、オートパイロット? パイロットっておかしいかな、彼女の肉体が自動的に、死んでくれる。彼女の場合は帰り道にある歩道橋から飛び降り、だった。まああんまり関係ない、俺には。


「一命様、ごあんなーいっ!」

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