めがねっ娘短編アラカルト
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御神《みかみ》深古音《みこね》は見込みある巫女
Gwuuuuuuuuuuuuuuuu……
俺の所属する
その発生源は、一人の小柄な女子。
机の上にタオルを敷いて、その上に組んだ手に頭を横向きに乗せて眠っている。
この大音声は、小さな体のどこからそんな音が出るのかという彼女の高いびきなのである。
そんな彼女の顔の造作は悪くないのだが、口の周りにはだらしなく涎が垂れ、タオルを濡らしまくっているので何かと台無しだった。
キーンコーンカーンコーン
そうして、始業のチャイムが鳴るや、
「眼鏡眼鏡……」
言いながら手探りで頭の前に置いていた眼鏡を手に取るとゆるゆると上体を起こして授業の準備を始める。
セミロングの髪が寝癖でボサボサになっているのも気にせず、授業だけは真面目に聞いて、休み時間が来るとまた眠る。
そんな、隙あらば豪快に寝込んでいるのがクラスメートの
ちゃんとしてれば結構可愛いと男女ともに噂にはなっているのだが、いかんせん休み時間毎に見せ付けられるだらしない姿から、一年B組の残念眼鏡二号と呼ばれている。
そう、二号だ。
奴は二号に過ぎない。
そして、二号がいるからには、一号が居るのは必然。
それは誰だ!
誰だ!
――俺だ!
そう、一年B組の残念眼鏡一号とは、この俺、
自分で言うのもなんだが、すらりとした長身で無駄な肉もなく、見てくれには自信がある。入学当初は何度も女子に呼び出されたものだ。
だが、俺は常に誠意を持って答えていた。
俺には嫁がいる、と。
それも、沢山。
厚みという不純物に侵されていない、2次元という世界に!
だから、2次元とまでは贅沢は言わないから、せめて2.5次元になってから出直せと言う。
そう宣言すると、決まって何か名状しがたいモノを目にしたような表情で女子は去っていった。
だが、そんなことを繰り返すのも面倒だからして、俺はすぐに行動で示した。
制服のシャツの下には交代で愛する嫁の姿。
羽川翼(グレる前)に栗山未来に増山翔子に
更には、筆箱、シャーペン、消しゴム、体操着、更には通学の自転車のホイールにも嫁の姿。
凡そ学校指定のレッテルが貼られていない物には嫁の姿があると言っても過言ではない。お陰で、自作のアイロンプリントやらステッカー制作技能のレベルは青天井である。
そうして自分を解放して開放したことで得られた成果が、『残念眼鏡一号』の称号である。
まだまだ道半ばの俺には過ぎた称号と思っているのだが、折角呼んでくれるのだから有り難く拝命している。
そんな俺にとって、残念眼鏡二号と呼ばれる御神は気になる存在であった。
俺と同列に扱われるなど、なんと業腹か。
だから俺は、決して御神を残念眼鏡とは呼ばない。
また、業腹に感じているのは向こうも同じようだった。
「オタクは敵だっ」
普段眠そうな彼女が、俺とセットで扱われる度に鋭く口にする言葉がそれだった。
そんな決して交わらないであろう残念眼鏡同士の関係も半年近くが過ぎた頃。
十月一日。
一〇〇一。
奇しくも、俺と彼女の称号に絡む眼鏡の日に、その場面に出会した。
俺はバイトをしている。
場所は、
ここが徒歩圏内にあるのが、俺の人格形成に多大な影響を与えたのは間違いないであろう。
そんな地区に居を構える、仕事帰りのお姉様方もターゲットに、深夜まで営業している執事喫茶が職場だった。。
久路は音読みすれば『きゅうじ』である。
つまり、『給仕』。
だからこそ『執事』というのは天職だとさえ思っている。
何人ものお嬢様、時に旦那様を迎え、日々を過ごす。
この空間は、きっと3次元から浮き世の憂さという厚みを少し軽減した2.5次元とも言える空間だと思う。
とても居心地がいい。
だからだろう。ついつい仕事に熱中して長居をしてしまうこともしばしばだった。
今日も気が付けば、二十二時ギリギリまで仕事をした挙げ句、一時間ほどお得意さんや他の店員と話し込んで店を出たのが二十三時頃になってしまった。
流石に、この時間帯は深夜営業のラーメン屋や居酒屋ぐらいしか開いていない。
繁華街方面に出ればまだまだ賑やかだが、俺の家のある東側はそういった店もなく、入り組んだ路地などもある暗く静かな町並みが続く。
確かに物騒な道のりではあるが、慣れた道。俺は最短距離になるように人気の無い道を歩く。
が、とある角にさしかかったところで、今日は不思議といつもの道を行く気にならなかった。
そちらへ行ってはいけないような漠然とした不安。
違和感。
あれ、もしかしてこれって、よくある人払いの結界の効果?
最短距離と思われる道の入り口に立ち、ふと、そんなことを思った。
どう考えても、さっきから感じている違和感は、人払いの結界に近付いた人が感じると数多のエンタメ作品で描かれていた感覚に近いと思われる。
そう、気付いた途端。
「ならばこそ、行くのが漢というものだ!」
違和感反転した。2次元の現象が3次元で起きているような、これぞ2.5次元という歓喜が心を満たす。
俺は、立ち止まった足を踏み出し、行ってはいけないという漠然とした不安を無視して足を踏み出す。道の入り口で抵抗を感じた様な気がしたが、グワーっと勢いで進むとガキッと何かをへし折るような感触と共に抵抗はなくなったので、遠慮無く突き進む。
と。
――我が前方に
――我が右斜め後ろ
――我が左斜め後ろ
――我が三方に鳥居異界への門開きたり
――天空に太陽輝きたり
――カケマクモカシコキイザナギノ……
美しい声で詠唱が聞こえてきた。
内容は神道だが、組み立てがラファエルとかミカエルが出てくる定番の西洋のカバラ系の術式だ。なんだかツッコミ所しか感じない詠唱と言えよう。
しかし、それはまた、この先に2.5次元的な事件があるという予感、いや、確信を俺に抱かせる。
気付かれない様に警戒しつつも早足になるのを止められない。
声の方向へと、どんどん近づいていく。
そして見た。
何もない空中に向かって玉串を振り回し、お札を投げ、祝詞(?)を唱える白衣に緋袴の巫女の姿を。
眼鏡を掛けた、眼鏡を掛けた(大切なことなので2回言いました)、巫女の姿を。
こんな時に限って、髪はしっかりと梳かされている、姿を。
眠気など全くないように、凜と振る舞う、姿を。
――うん、どう見てもこれ、御神だ。
だが、彼女の見詰める先には何も無い。
何も見えない。
彼女は中空に向かって騒いでいるようにしか見えない。
中二病をこじらせ過ぎて、遂に見えないモノが見えるようになった風情だな。
「中二病をこじらせ過ぎて、遂に見えないモノが見えるようになった風情だな」
思ったら口に出していた。
だが、言ってしまって気付く。
ヤバイ。
こういうのは、この声が聞こえて相手が驚いて隙が出来て何か致命的なことが起きるフラグっぽい展開だ。それが元で、何かしら契約をさせられて代理戦争させられたり云々。
だが、それは杞憂だった。
「……これは2.5次元じゃない。3次元のリアルよ。邪魔しないで」
帰ってきたのは、そんなクールな声。
そして、続いたのは、
――暁よりも明るきモノ
――血の流れよりも温かきモノ
――高天原におわします
――金色なりし太陽神
そんな、さっきよりひどい七五調の祝詞(?)。
「祓い給へ浄め給へ!」
最後に、神道らしい一喝とともに玉串を激しく左右に振るう。
ギャギャギャギャギャ……
森の中で一斉に野鳥が鳴き声を上げたような。
素人が適当に弦楽器を引っ掻いたような。
とにかく不快な音が響き。
シャーン
最後に、清涼な鈴の音のような鳴り響き、深いな音を包み込み消える。
残ったのは、静寂。
俺は、その意味を考える。
見えていなかった。
だが、音は聞こえた。
つまり、これは、2.5次元的な事件の予感……
「だから、リアルだと言ってるの」
俺の考えを読んだかのように、クールな表情で御神が言う。
「……ああ、どうやら何かがいたのは確かなようだな」
認めるしかないだろう。
「しかし、冷静だな」
「ええ。人払いの結界を突き破られるなんて初めてだけど、それによって侵入した異物が何かも同時に解ってたから。どうせバレるんだから、気持ちを切り替えて冷静に仕事をするまでよ」
「仕事……さっきみたいに何か見えない敵と戦うのがか?」
「ええ、そうよ」
なるほど。御神はあんな幽霊みたいなのと戦っているのか……はっ!
「すると、お前はゴーストスイーパー御神なのか!」
字が違うのが惜しいが、これは大変美味しい偶然だ。2.5次元的だ。
「あの作品の巫女はバイトの方だと思うけど……それと、さっきのはゴーストというか、悪いモノ、穢れとかそういったものだから。『魔物』の方が近いわ」
俺は、その言葉にガッカリする。
「だったら、なんでお前は妖子じゃないんだよ! いや、さっきから天照が何度も出てるからこの際よう子の『よう』は『妖怪』の『妖』じゃなくて太陽の『陽』でもいいから!」
魔物ハンターなら、妖子。
それはゆずれない。
「言うと思ったけど、別にチャイナ服でもないし服がビリビリになってハニーフラッシュな変身で巫女服になった訳じゃないわよ」
「そうか、それは……本当に残念だ」
俺は、ガックリと項垂れてしまう。
が、端と気付く。
「って、待て! お前、さては隠れオタクだな!」
そう。
さっきから、何気にこちらのネタに応じるだけではなく向こうからネタさえ振ってきている。しかも、両親から受け継いだ自宅に所蔵されているアーカイブから得た、相当昔の作品のネタだ。
いくらなんでも、これで一般人を気取るのは無理があろう。
「違う。オタクは敵よっ!」
しかし、帰ってきたのはいつもの言葉。
「流石にそれは無理があるだろう? だったら、何故そんなに詳しいんだ?」
「敵を知るのが兵法の基礎だからよ」
「なるほど、確かに理屈は通りそうだが……なら、何故そこまでしてオタクを敵視するんだ?」
これは、ずっと気になっていたことでもある。
別に、俺と同列に扱われるのを嫌うのはお互い様だからいい。
だが、俺個人ではなくオタク全般に掛かる彼女の敵意はどこから来るのか?
「……さっきのヤツらよ」
「さっきのって、穢れだとかなんだとか言う?」
「そうよ……」
そこで言葉を切ると、思いっきり息を吸い混んで何気に豊かな胸を更に膨らませ、
「この辺りが昔ながらの家電の街からいつの間にかオタクの楽園になってしまってそういう人達が集まってきたお陰で彼ら彼女らの妄執が渦巻いてそれが触媒となってこの辺に年々悪いモノがわだかまる様になったのよ!」
余程溜まっていたのか、一息で言い切る。
だが、そこで終わらず、まだまだ彼女の吐露は続く。
「それを祓う方の身にもなって! 仕事が増えまくって毎夜毎夜寝不足続き! お陰で休み時間毎に寝ないと体が持たないのよ? そのせいであんたみたいなのと同列に扱われて、面白くないにも程がある!」
さっきまでのクールさはどこへやら。
熱を込めて語られたのは、オタクへの怨嗟。
それと共に気付く。
なるほど。
いつも寝てるのにはそんな理由があったのか。
「……まぁ、俺たちの崇高な想いがお前の仕事を増やしていることは解るが、それは仕方ないだろう? もう、こういう街になってしまったんだから」
「ええ、それは諦めてるわ。でもね、言いたくもなるわ……わたしがもしも祓わず、その悪いモノを放置したらどうなると思う?」
「それは……病気や事故が起こるとか、そういう悪いことが起こる、のか?」
余りに漠然としているのでなんとなくのイメージで答える。
「そうね。それで間違ってないけど、いい? ここでの悪いモノはオタクの妄念に引き寄せられてるの。だからね、この悪いモノが人に付くと……ゲームやアニメやライトノベルの見立てで悪いことをするのよ? もっと解り易いところで言えば、年齢制限のあるゲームなんかの真似をした性犯罪が多発するでしょうね。そうしたら、マスコミが飛びついてオタクバッシング一直線でしょうね」
「な、なんだってぇ!」
怖い。
これは、怖い。
地味に酷いな、この穢れ。
「地味に酷いな、とか思ってるかも知れないけど、酷いのはあんたを始めとするオタクたちの妄念だからね」
そして、溜息一つを挟んで、続ける。
「それにね、オタク知識に引き寄せられたやつらは、普通のお祓いでは祓えないの」
「どうしてだ?」
「オタクって興味あることにだけ一直線でしょう? だから、今一正攻法が通じないのよ。だから、相手の土俵で戦う必要があるの。要するに、普通の祝詞ではなく、さっきみたいなパロディを交えた祝詞が必要なのよ。その方が相手が食いつくから、効果が飛躍的に上がるの」
「え? あのツッコミどころ満載の祝詞にそんな意味があったのか?」
「ええ。わたしは至って真面目に唱えてるわよ。選ばれた巫女としてね」
どこか誇らしげに言う。
「それは結構なことだが……でも、なんで一介の女子高生のお前が選ばれたんだ?」
そう、そんな重要な役割を女子高生が担うなんて、2次元的な展開だ。それが起これば2.5次元。そんな事態の理由が気になる。
「わたしはね、とある能力から見込みがあるって言われたのよ」
「巫女さんだけに?」
「茶化さないで。巫女であるのは前提として、わたしはね、所謂『完全記憶能力』を持ってるの。読んだ本は忘れない」
「それがどう、この仕事に結びつくんだ?」
「この街の穢れを祓うには膨大なオタク知識が必須だからよ。わたしにはそれを仕入れ維持する能力がある。いわば、十万三千冊のマンガ図書館ね」
うわぁ、言っちゃったけど『マンガ図書館』だと大分滑稽だな。というか、さっきの『とある能力』って何気に掛かってる?
「だから、無数のマンガやライトノベルを読み有名ゲームをクリアし週に六十程のアニメをチェックして、日々の努力の積み重ねで好きでもない大量のオタク知識を仕入れているのよ」
確かに、それは敵を知る努力かもしれないが、大して俺たちとやってること変わらないんじゃ?
「そのお陰で、寝不足続きなのよ」
「って、寝不足の理由そっちかよ! ほとんどオタク達と同じ理由じゃないか!」
てっきり、戦いに明け暮れているからかと思っていたぞ。
「あんた達は趣味でしょうけど、あたしのこれは仕事よ?」
「まぁ、そうかもしれんが……」
何か釈然としない。
とは言え、ここまで話を聞いてしまうと、一つだけ。
どうしても、彼女に言っておかないといけない言葉があることに気付く。
オタクであると自負するからこそ。
ある意味、この街の象徴的な趣味を持つモノとして言わねばならない言葉が。
俺は居住まいを正すと互いの眼鏡のレンズがしっかりと向き合うように、小柄な彼女との身長差分を跪いて埋める。そういう姿勢は執事喫茶のバイトで身についているので、自然体で。
「な、何?」
いきなり目線を合わせた俺に怪訝な目を向けるが、俺はその目を真っ直ぐに見詰め返し、
「ありがとう」
心からの礼を述べ、頭を垂れる。
「へ?」
基本、クールな彼女が豆が鳩鉄砲を食らったとトンチンカンな表現をしてしまいそうな感じで、驚嘆の表情を示す。
「確かに、オタクはお前の敵かも知れない。だが、そうしてお前が戦って悪いモノを祓ってくれているから、オタクが必要以上に肩身の狭い想いをしなくて済んでいるんだろう? なら、オタクを代表して、この俺が礼を言ってやろうというのだ! フゥーハッハッハ」
格好を付けようとしたが、何故か照れくさくなって俺はついつい茶化してしまった。だが、この感謝の気持ちは嘘じゃない。
というか、悪いモノがもたらす未来は本気で怖い。怖すぎる。
そんな俺の内心に気付いてか気付かないでか、元のクールな表情に戻ると、
「ここは秋葉じゃないんだけど……」
そんなツッコミで前置き、
「それはそれとして」
表情を緩め、
「どういたしまして」
柔らかい笑みと共に、頭を下げたのだった。
俺の瞳に、初めて見るクラスメートの笑みが焼き付いた。
3次元にも関わらずこの俺の胸を奮わせるのは、現実離れした事態が次元を下げ、2.5次元を顕現させているからに違いない。
その後、もう時間が遅いので送っていこうとする俺の提案は残念ながら却下され、俺たちはその場で解散となった。
Gwuuuuuuuuuuuuuuuu……
今日も、教室には高いびきが響く。
だが、その音が、俺には心地よく聞こえた。
それは、彼女がオタクを敵視しながらも結果的にオタクを守っている証だから。
俺にはあの夜の邂逅以来ずっと思っていることがある。
御神深古音は見込みがある巫女だ。
2.5次元的存在となれる見込みが。
あんな中二病的な所業を繰り返しているのだ。
それも、オタク知識満載で。
なら、少しの切っ掛けさえあれば、後はなし崩しだろう。
こっちの世界に引き込める。
俺は、想像する。
彼女がオタク趣味に溺れ、共に語り合う日々を。
それは、とても素敵なことに思えた。
……もしかして、俺は、恋しているのか?
どこか、他人事のように、思う。
正直、解らない。
でも、少なくとも。
俺が恋する見込みはある。
とにかく、だ。
御神深古音は見込みがある巫女なのである。
色んな意味で。
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