独白
綾部 響
珍しくも無い
珍しくも無い、こんな事は。
今日も何処かで、誰かが筆を置く。
そんな事は珍しい事じゃないんだ。誰かが筆を置いて、誰かが筆を持つ。それはまるで入れ替わる様に。そんな繰り返しが行われてるんだ。私の知らない所で。
今日もある作家様が筆を置かれた。どうしようもない理由だったのだろう。
納得済みだろうか。
未練など無いのだろうか。
晴れ晴れとした気持だったのだろうか。
心残りがあるのだろうか。
後ろ髪を引かれているのだろうか。
心が張り裂ける程の決断だったのだろうか。
当事者ではない私には、到底解り様も無い。解る訳が無い。
掛ける言葉も無い。そんな無責任な事は出来ない。
ただ頑張れと。自分も頑張るからと。
なんてチープで在り来たりな言葉だろう。毎日文字を繰っている“自称作家”にあるまじき思考の貧困さだ。
勿論色々と“言葉”は浮かんだ。
しかしどれもこれも“飾り立てた”“もっともらしい”“如何にも”な言葉ばかりだ。
最後に投げ掛ける言葉でさえ、少しでも見栄えの良い言葉を探している自分に嫌気がさす。
私はその方を殆ど知らない。
以前見た、良いと思った作品にレビューした切っ掛けでフォローしていた、ただそれだけの人だった。
その方にも多数の作品があった。しかし私の琴線に触れるタイトルでは無かった。
私が読む読まないを決めるのは多分にインスピレーションなので、それは仕方が無い。しかしその方の作品に付いているレビューは私より遥かに多く、きっと私よりも遥かに素晴らしい作家様だったのだろう。
そんな方が、私よりも先に筆を置いた。
だがそんな人はこの世にごまんといる。別に珍しい事では無い。
ついでに言えば、私だって「明日は我が身」だ。決して他人事では無い。
一銭の得にもならない投稿サイトへ自作を掲載する為に書き続けている。勿論各出版社の大賞に応募はしているが未だ鳴かず飛ばず。こんな生活が永遠に続く訳が無い。いつか筆を置かなければならない時が来る筈だ。出来ればそうならない未来を掴み取りたいが。
だから然程親しくない方が筆を置いた所で、私には僅かな痛痒も感じない筈だ。
しかしその方が最後に残した「言葉」が、何故だか無性に私の心を打った。
丁寧で、穏やかで、明け透けな文面には、一切の他意が無い様に感じられた。
だから最初は、自身も十分に納得済みなのだと錯覚した。
だが内容には所々に苦渋の決断が見て取れる。それが私の思考を狂わせた。
だからその文面が心に響いたのかもしれない。
また戻って来て下さい等、
いつかまた小説を書ければいいですね等、
僅かずつでも執筆は続けて下さい等、
到底言える訳は無い。そんな事は十分に考えての結論だっただろう事は容易に理解出来る。それでも“筆を置く”とおっしゃっているのだから、その方が考える限りでは当面執筆の目途が立たないのだろう。当たり前の話だがそのまま執筆を再開しないケースも多々ある。
そんな決断をした方に、安易で幼稚な言葉など投げ掛けられよう筈がない。
だから私は決断した。
またどこかで会いましょう、と心の中で呟いた。
その方と面識など無い。
しかし再会出来る筈だと私は考えている。
私の作品が世に出れば、ひょっとすればその方の目に留まる可能性がある。
私がPNを変えなければ、ひょっとすれば私の名前を憶えていてくれるかもしれない。
もしその時、その作品を手に取って貰えたなら。
その時晴れて「再会」を果たしたと私は考えた。
私は未だ鳴かず飛ばずの無名であり、当然デビューする予定など無い。
しかし諦めてはいない。まだ諦めてはいない。
まだ大丈夫。まだ頑張れる。
そしていつか、そう遠くない未来に夢を掴み取りたいと本気で考えている。
だから待っててと。
また会いましょうと。
面識も無く親しくも無い方に、私は勝手にそう約束した。
独白 綾部 響 @Kyousan
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