第4話 記憶の旅

ヴィラン達を倒した僕たちは、黒い蝶を取り囲むように陣取った。



「いいわね?5人がかりなら捕まえられるわ、せーので行くわよ…」


「せー…のっ!」

「えいっ!」

「よっ」

「おらッ!」

「…えい」

「ほっ!」


蝶々は5人の手をすり抜け、その場に悠々と舞っている。



「ちょっとー…捕まらないじゃない!」

レイナは手を腰にあて、不満を述べる。



「それに、シェイン、ちょっと気合が足りないんじゃない!?」

「はぁ、そうですかね。レイナの姉御のその年甲斐のない気合の入れ方を見習わなくてはならないですね。」

「一言多い!」


「でもコイツどうすりゃいいんだ…?」

「私の運命の書から出てきたのなら、私の運命の書に戻るかな?」

アナは運命の書を広げた。アナの運命の書は、アゲハと同じように鈍く黒い光を放っている。



その時、僕は自分の空白の書に得体の知れない"違和感"を感じた。

気になって空白の書を出してみると、僕の空白の書もアナと同じ色の光を放っていた。



自分の本を見た瞬間、僕の中には嫌な気持ちが駆け巡った。アナから舞い出たアゲハ蝶を見て、少なからず良い印象を持たなかったからだ。

どす黒い闇をみるような、気味の悪い感覚があった。それと同じ光が自分の本から出ているとなると、まるで自分自身がカオステラーになってしまったかような、不快な気持ちになった。



「エクス、それ…!」

僕の広げた空白の書の鈍い光がやや強まり、光に惹かれる虫のように、黒いアゲハが僕の空白の書のもとに舞った。本の近くに来ると、アゲハは本の栞のように折りたたまれ、本の中に挟まった。

その瞬間、目を開けられないほどの光が空白の書から溢れ出て、視界が真っ暗になった。









次に目を開けたとき、僕は妙な浮遊感があった。


自分の体が半透明になり、宇宙空間のような無重力間の中、さっきまでいた場所とは別のところにいるような感覚がある。

まるで夢の中のような、不安定な感覚があるが、ちゃんと痛覚はあるようだ。



空に浮いているような感覚があり、少し浮いたところから、何かを見ているような気がした。


よく意識を集中させると、僕はさっきまでいた城の中で浮いているようだった。

城の中の雰囲気は、さっきまでとは打って変わって明るかった。

まさに荘厳な城のあるべき姿、というような雰囲気で、さきほどまでの不気味な城同じ空間だった。



大広間までそのまま移動してみると、想像もしていなかった光景が飛び込んできた。




大広間には――――――顔を忘れるはずもない――――――シンデレラが、いた。




「…!!シンデレラッ!!!」


今の今までシンデレラの所在がわからなかった僕は、その姿を見た瞬間、僕は持てる限りの大声を上げていた。



―……しかし、僕の力一杯の声は、シンデレラには届かなかった。

それどころか、シンデレラの周りにいる衛兵にも、僕の声も姿も届いていないようだった。


「これは―――…?」

「エクス!」

聞きなれた声がした。声のもとへ目をやると、僕と同じように半透明で宙に浮いたレイナ、タオ、シェイン3人がいた。



「みんな!これは、いったい…?」

「ここの皆にあなたの―――、私たちの声は届かないわ!」

「ここは…この想区の、記憶の中よ!」









「記憶の…中…?」

唐突なレイナの発言に戸惑った。それでも、声の届かない姿、さっきまでとは雰囲気の違う城…レイナの発言には明言しがたい根拠があるような気がした。


「さっきの黒い蝶は、『追憶の栞』だったのよ!運命の書の中に記憶を刻み、それを紡ぐ栞…もっとも、私も話で聞いただけだから確かではないのだけど…」

「ここがシンデレラの記憶なんだったら、今の、ここにいる彼女は…」

シンデレラを見ると、だれかを腕に抱きかかえて泣いているようだった。


シンデレラは、ガラスの靴を届けた王子を抱きかかえて泣いていた。王女に抱かれた王子の腕は、力なくうなだれていた。

「王子には呪いの相が見えますね。恐らく、あれはもう…」

「呪い…?」


王子の顔の少し上には、顔が三つある邪悪な靄のようなものが見えた。

「見えた…!なんだ、あれ…」

「顔が三つあるわね、もしかすると、だれか王子に恨みを持つ3人が、呪いをかけたんじゃないかしら…」


3人…僕はハッとした。この想区で3人と言えば、シンデレラを虐めていた3姉妹で間違いない。僕は3姉妹に対する怒りが沸々とわいてきた。



「間違いない。シンデレラの家にいた、あの3姉妹だ…!」

「くそっ!よくもこんな陰湿なマネを…!」

僕は居ても立ってもいられずシンデレラと王子のもとへ行こうとした。



「ま、待って、エクス!」

レイナが叫ぶ前か後かわからないが、急に僕らの周りを緑がかった靄が包んだ。

「な、なんだこれ!?」


靄が開けると、さっきまで見ていた場面とは変わった景色が広がっていた。

城は先ほどよりもずっとどんよりとした雰囲気となっており、泣き崩れるシンデレラの前には、フェアリー・ゴッドマザーが立っていた。

緑色の靄を契機に、記憶の中のシーンが入れ替わったようだった。


「記憶の中じゃ…シンデレラを救えないのか…!?」

僕は拳を強く握りしめ、自分の無力さを呪った。



「エクス、二人が何かしゃべっているわ!」

シンデレラとフェアリー・ゴッドマザーの方へ目を向けた。



「ゴッドマザー、私…本当は私が…呪いを受けるべきだった…だけど、彼は私の代わりに呪いを受けてしまったわ…」

「シンデレラ、自分を責めるのはおよし。3人は逆殺の呪いをかけたから、もうあなたに被害が及ぶことがないのよ。彼が残したあなたの命を、精一杯生きるのよ。」

「マザー!!やっぱり、ダメみたい。私は…彼をもとに、戻したい!!」


「・・・・・・・・」

嘆願するシンデレラを、マザーは苦虫を噛み潰したように黙って見つめている。僕は、この場にいなかった自分を嘆いた。


「マザー…あるんでしょう、方法が…!」

「あなたが苦しむことになるわ…」

「それでもいい!!彼が…彼が、それでもとに戻るのなら!!」


ゴッドマザーは嘆息して答えた。

「………100年よ。この魔法には、100年の歳月がかかるわ。その間、魔法にかけられている彼を、あなたは守り続けなければならない…それには、あなたを変わり果てた姿にする必要があるわ。」

「何年でも、平気…!」

「命を扱うのは重い呪文…あなたは姿が変わっていくと同時に、あなた中にある記憶を失っていく。王子が生き返ったとき、あなたは王子を覚えていないかもしれない。しかも、その時あなたは変わり果てたー…ゾンビの姿をしているわ。それでも…」

「私の姿も、私の記憶も問題ないわ。だって、私の願いは王子と再会することじゃなくて、王子を元の無事な姿に戻すことだもの。覚悟は出来ているわ。私の意思は変わらないわ…」

「わかった。私はあなたの100年を、責任持って見守るわ…」



そういってマザーはシンデレラに魔法をかけ、シンデレラをゾンビの姿に変えた。

魔法にかけられたシンデレラの姿は、僕らが出会ったアナの姿そのものだった。








またも緑の靄が僕らを包んだ。僕が今見た記憶のショックが強く、僕は放心状態にあった。



「アナは…シンデレラだったわけ!?」

「しかも呪い…いや、魔法をかけたのはフェアリー・ゴッドマザーだったのか…いや、シンデレラの強い意志で決めたこと…。魔法をかけたのはシンデレラ自身…?」

「ゾンビ化にカオステラーは関係ないのですかね?最初の3人の呪いは、もしかするとカオステラーのしわざ…?」

「でもあの瞬間にヴィランは…ちょっとエクス、大丈夫?」



僕はレイナに話しかけられ、ハッとした。


「あ…ごめん、ちょっとこんがらがってて・・・」

「無理もないわ。あなたがいた想区が、こんなことになっているだなんて…」

レイナはそっと僕の背中に手をまわし、僕を慰めた。

シンデレラが自らの意思でゾンビの魔法を受け入れたこと、アナがシンデレラだったこと…。色んな事実が渦巻いて、僕も僕自身の気持ちの整理がついていない。




「なんで僕は、アナがシンデレラだって、気付けなかったんだ…?」


いくらゾンビになったからといって、今まで過ごした想区で、シンデレラが変わった姿なら気付いても良いはずだ。少し落ち着いてくると、疑問に思えることがまだあると思った。

「そういえばそうね…もしかしたら、シンデレラ…いや、アナの記憶を失っていくというのが、関係しているのかも?」

「確かに。坊主の空白の書と、アナの魔法が繋がっているのかもしれないな。実際、今も坊主の空白の書に挟まった追憶の栞と共鳴して、俺らはここに来れてるわけだしな。」


3人は僕の本に共鳴することで、僕と同じ光景を見られているようだった。

話しているうちに緑の靄があけ、次の光景が見えてきた。


城は、完全に今の不気味な雰囲気を醸しており、城には複数のゾンビが城のイルミネーションを施していた。どのゾンビたちも楽しそうに鼻歌を歌って意気揚々だ。


「城の従者もゾンビになったのね。なんという忠誠心…!恐れ入るわ。」

「このイルミネーションは長く生きるゾンビたちの、ささやかな趣味なのかもしれないな。」

少なくとも、アナは100年の孤独を過ごしているわけではなくて安心した。



「あ、あれ!」

レイナが叫んだ先を見ると、ゾンビたちが呻きながらのたうち回り、みるみるうちにヴィランへと姿を変えた。

「ここよ!このタイミングで、カオステラーが出現したみたいね!」


「どこだっ!?カオステラー!!」


僕はアナの邪魔をするカオステラー見つけようと、躍起になって辺りを見回した。

ヴィラン化するゾンビの上に、やや掠れた黒い靄のようなものを見つけた。


「アレだ!!」

僕が指をさしたその先をよく見ると、記憶の中で見た3つの顔の悪魔が浮かび上がった。三つ首の悪魔は姿を変え、女型の禍々しい姿になった。


「そんな…3姉妹の呪いがまだ…!?」

「記憶…!アナの運命の書に忍んで、3姉妹の死後も作動するようになっていた強い呪いのようね…!!」



3つ首の悪魔は王子のいる地下に進もうとしている。

「くっ、止めなきゃ!!」

僕は悪魔を止めようと攻撃を試みたが、この記憶の中で干渉はできないようで、悪魔に攻撃することが出来ない。


「どうしたらいいんだ!?」

「これが記憶のなかってんなら、この悪魔は俺らが来る以前に王子を襲ってたのか!?」

「いや、この呪いは実体よ…!このまま地下に降りられたら、記憶が書き換えられてしまう!そうなったら、アナの願いは叶えられないわ!」



僕は必死に悪魔に剣を振った。僕の力じゃ悪魔に届かない。ここまで自分の無力を嘆いたのは初めてだ。


「くっ・・・そーーーー!!」



ドゴッ!!!



大きな音が足元から聞こえてきた。同時に悪魔の叫び声が聞こえた。

アナの、ゾンビの手が無数に生え、悪魔を攻撃していた。



「あなたもしつこいわね…!ま、私だって、あきらめの悪さだったら負けないわよ!だって、ゾンビなんだからね!!」



「アナ!」

僕はアナの無事な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。


「エクス!私の記憶の中に入ったのね。なんだか・・・気恥ずかしいわね。プライベートを覗かれた気分だわ。」

「ええっ!そ、そんなつもりじゃ…」


この局面でそんなことを言われるとは思っていなかったので、また僕は情けない声を上げてしまった。


「エクス、私を”使って”!あなたの空白の書の力と私の力があれば、この悪魔を倒せるわ!」

アナが悪魔の攻撃を避けながら提案した。

僕は戸惑いながらも、その芯の強い声に同調した。

「うん、いくよ、アナ!」




アナの体が光、栞の形になって僕の本の間に挟まった。

アナの強い意志が、僕の全身を光となって駆け巡ったような気がした。

こんなに誰かと強く“コネクト”したのは初めてだ。

僕の力が、アナの力になる。こんなに嬉しいことはないな、と意識を少しずつアナに預けながらそう思った。


「「行くぞ、3つ首の化け物っ!半世紀の呪いに、決着をつけてやる。」」



僕とアナの手から伸びた黒い光を帯びた大きな剣が、悪魔の体を引き裂いた。




「オオ…オオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」





アナの記憶の中で、三つ首の悪魔は大きな悲鳴と共に浄化していった。



アナとのコネクトが解けるのを感じながら、僕の意識も光に中に薄れていった。






次に目が覚めると、僕はまた城の中にいた。今度は実体があるようで、僕の体を通して向こうの壁が見えたりはしなかった。

目を覚ました僕の周りには、レイナ、タオ、シェインの3人と、フェアリー・ゴットマザー。




そして――――――――……ゾンビの姿の、アナがいた。




「やっぱり、カオステラーを倒しても、アナはそのままなんだね。」

フェアリー・ゴッドマザーが神妙な顔で口を開いた。

「カオステラーを倒して元に戻るのは、カオステラーによって書き換えられた者たちだけ…。アナは私の魔法で、“自らの意思で”ゾンビになった。言わば、自らの手で、運命の書を書き換えたのよ。物語の登場人物が強い意志をもって変えた事実は、決して書き換わることは出来ないわ。」

アナをゾンビにした自責の念があるのか、ゴッドマザーの口調は強く、その声は震えていた。



「私の調律でも元に戻せるのは、ヴィランに変えられた人たちだけよ…無力だわ…」

レイナは下唇を噛んでそう言った。僕は記憶の中で見た呪いの瞬間にそばに居られなかったことを、恥じた。呪った。責めた。その時の僕は、さぞ、情けない顔をしていたことだろう。


僕の背中を強く叩いてアナは言う。

「なに、神妙な面持ちしてるのよ!エクス!こんなんでもさ、私は今を生きてる!そして、私は私の使命を全うして見せるわ!その瞬間には、私は笑顔でいたいの!過去の呪いなんて、私は乗り越えたわ。過去の名前も思い出も、もうわからないけど…今の私は、ゾンビの姫アナ・ルーベルよ!王子を守る、使命を持つ者!」





彼女の驚くほどの前向きさに、その立ち姿に、目が眩むほど圧倒されてしまった。これだけのことを言い切るシンデレラ―…いや、アナの前で、後ろ向きな態度なんて、取っていられやしない。



「ありがとう、アナ。って、なんで僕が励まされてるんだろ。」

「ゾンビのお嬢ちゃんに生きてる前向きさを説かれちゃおしまいだぜオイ!」

タオが額をたたいて笑っていた。

「シンデレラさん、こんなキャラでしたっけ…?歳月は人を変えるんですねえ」








アナは縫合痕のある口を開き、とびきりの笑顔を見せた。

「最後にあなたたちをおもてなししなきゃいけないわね。知ってた?ゾンビって、踊るのよ!」

「え?それってどういう…」

アナが指をならすと、城の地面や窓のいたるところから従者ゾンビが勢いよく飛び出してきた。


「いやぁぁぁぁぁぁっ」

レイナの悲鳴と共に、盛大なダンス・パーティが幕を開けた。

















The Zombie Princess ~The other side story of Cinderella~


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追憶のゾンビ・プリンセス 町屋優作 @yusaku_machiya

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