第3話 骸の祭壇と黒光の蝶

「ゴッドマザー、何か言いかけてたけど…なんだったんだろう。」

地下に向かっている中、レイナが呟いた。

「シンデレラについて、何か言いかけていましたね。ゴッドマザーがいて、シンデレラのことを語っているとなると…ここはやっぱり、シンデレラの想区なんですかね?」

「そんなわけない!」

僕は感情的に強く反応してしまった。

シンデレラの…僕のいた想区、そんなわけがない。僕がそれをわからない訳がない、と思ったのだ。


「あ…」

シェインはまずいことを言った、と僕を見て思ったのか、開きかけた口を噤んだ。

「ごめん、シェイン…。でも、僕がいままでいたシンデレラの想区とは雰囲気も全然違う。街も城も、なんとなく配置は似ているような気もするけど、根本的な雰囲気が違うと思うんだ。何より僕は…僕たちは、シンデレラを見ていないじゃないか。」

「うーん…」

細い髪をかき上げながら、レイナは何か考えているように見えた。

「地下にシンデレラがいるのかしらね?それか、アナが…いるのかな。ゾンビの姿をしていたのは、カオステラーとなにか関係があるのかしらね…」

レイナがつぶやいていたが、僕の耳にはあまり入ってこなかった。地下へと続く長い階段を下りながら、僕は焦っていた。

ここがもしシンデレラの想区なのであれば、シンデレラは一体どこにいるのだろう…

額から冷汗がつたっているのがわかり、よりいっそう僕の不安は強まった。



僕らは階段を下り、地下室に着いた。

地下室は城の大広間とはまた雰囲気が違っていて、洞窟のような壁に、白みがかった光がぼんやりと宙に浮いている。

教会のような作りのその部屋は、正面を向いた椅子が並べられており、

椅子の先には、祭壇のような場所があり、そこには人が立っていた。


そこに立っていたのは、森であった少女、アナ・ルーベルだった。

「アナ!!」

僕は無意識にアナの名前を呼んでいた。

「君は、さっきの――――」

「っと、そういえば、あなたたちの名前を聞いてなかったわね」

「僕はエクス。隣にいる黒髪の女の子がシェイン、背の高いのがタオだよ。それから、君が森で足を掴んだ少女がレイナ。」

レイナは未だ根に持っているらしく、アナと目を合わせると少しだけ目を背けた。


「よろしく、みんな。」

アナは軽くお辞儀をしてそう言った。森で地面から這い出てきた時より、ずいぶんと雰囲気が違うように見えた。

アナの服装は少し着替えたようだが、なんとなく挙動に気品を感じられた。

「君は、ここで何を―――?」


「私はね、守ってるの。ここで、この人を。」




アナは少し手招きをするような素振りをして、僕らを祭壇まで呼んだ。

祭壇に近付くと、薄ら明かりの下に、一人の男性が横たわっていた。

祭壇が暗いため顔は良く見えないが、整えられた服装を纏って手を胸で組んだ姿勢で横たわるその男性。

近付くと、整ってはいるが普通の人よりも少しだけ白みがかった肌をしており、

また、呼吸をしているような胸の動きはしていなかった。





まるで―――――――――死んでいるように。



「アナ…この人は…」

「あら、死体を見るような目をするのね。でも、あなたは正しいわ。この人、死んでるのだもの。」









「え…」

アナの発言に、僕らは息を呑んだ。

「死んだ人を守る…ですか。とても素敵なことですね。一体、何から彼を守っているのですか?そしてそれは―…あなたがゾンビであることと関係があるのですか?」

シェインがアナに問いかける。こういう時、物怖じをせず質問ができるシェインはすごいと思った。


「わからないわ。なにから…というのは、昔は覚えていたのかもしれないわね。でも、私はこの人を100年間、守らなくてはいけないのよ。そういう約束になってるの。私がその契約をして、肉体はこんな風になるし、記憶もどんどんなくなっていくけど…それでも私がこの人を守りたいと思う気持ちだけは、枯れないのよ。もう、50年になる、わね…」


「50年…!」

その数字よりも、彼女のその意思に、驚いた。体も失い、記憶まで失っていく…そんな状況で自分の意思を貫き続けるというのは、どれほどの覚悟が必要なことなのだろう。僕は彼女のその立ち姿に、恐怖を感じた。

僕の中にある気持ちは、恐怖だけではないような、気もした。それがどんな気持ちであるかはうまく形容が出来ないのだけれど、赤黒く渦巻く、決して良い感情とは言えないものだと思う。敢えて言葉で表すのであれば、嫉妬や羨望のような感情のような、気がした。


「すごいわね、あなた…並外れた覚悟じゃないことはわかったわ、アナ。あ、そういえばあなた、森で最近異変があったと言っていたと思うのだけど、この地区にヴィランが出たのは最近?」

レイナは、もうアナに対して怒ってはなさそうだった。純粋に、アナの思いに敬服しているように見えた。


「ヴィラン…森の化物のことかしら。確かに、あいつらは最近になってから出てきたわね。城に居た私の従者ゾンビたちがいなくなったのと同じタイミングかしら」

従者ゾンビ、という単語が少し引っかかったが、アナの言うことが本当であれば、城の従者たちがカオステラーによってヴィランに変わっている可能性が高い。


「アナちゃん…!その状況、残念だがあなたの従者達はカオステラーによって、ヴィランに変えられた可能性があるな…」

「なんですって…!?そんな…」

アナは鬼気迫る表情で声を上げた。

「大丈夫よ、アナ。カオステラーの所在さえ掴めれば、私が調律でみんなを元に戻して見せるわ。」

「そんなことが出来るのね…レイナ、あなたは凄いわね。森での非礼を詫びるわ。」

「気にしないで。」

レイナはアナの青黒い手に向けて、自分の手を差し出し、握手を求めた。

アナはゾンビである故か、少し躊躇していたが、レイナがアナの手を取り握手をした。


「ん?そういえば、従者、って言ってたけど、アナちゃんはこの城のお姫様なのか?」

タオが思い出したように問いかける。確かに、僕も気になっていた所だ。

「あー…一応ね。こんな姿だけど、お姫様ってことになるわね。私のほかにフェアリー・ゴッドマザーと、ゾンビの従者しかいないからあんまりお姫様って感じはしないんだけどね。」

アナは冷ややかに笑いながらそう言った。


「でも困りましたね、今回はフェアリー・ゴッドマザーがカオステラーでもなかったですし、これ以上手がかりもありませんし…」

いや、手がかりなあらある、と僕は思った。気付くと僕はまた焦り気味にアナに問いかけていた。


「アナ、この想区には、シンデレラという女の子がいるはず…なんだけど、君はなにか知らないか!?」



「シン―デレラ――――…?」

アナはその名前を繰り返し、目を大きく開いてこちらを見つめた。



「あれ…その、名前――…」



アナの挙動はすこしおかしいような気がした。


アナがその表情のまま、首を少し傾けると、アナのポケットが鈍く光った。

「なに!?」

「なんです!?」

光っていたアナのポケットから何かがヒラリと舞い落ちた。


「これは―…蝶!?」

アナのポケットから舞い落ちたのは、不気味に光るアゲハ蝶だった。

「わっ、ずっといたのかな、この子!?今、私の運命の書から、出てきた…よね?」

「運命の書から!?となればこの蝶、重要な手掛かりね!捕まえましょう!」

レイナが早口でそう言った。前から思っていたが、レイナはどうにも子供っぽいというか、時々考えなしに突然こういう発言をするような気がする。

僕らが蝶を捕まえようとすると、蝶はひらりとそれを躱して壁の中に消えた。


「う、うおーっ!最後の希望がーっ!」

タオとレイナが大声を上げると、蝶々が消えた壁のあたりが急に崩れ、僕らは崩れた地面の下へと滑り落ちた。







ドスン。


城の地下室が崩れた先は人工的な滑り台のようになっており、アナを含む僕ら5人は滑り落ちて新しい場所に着たようだ。

祭壇のさらにしたは、壁が崩れて落ちたさきにしては人工的に整えられており、やや苔が生えてはいるものの、整備された奇麗な洞窟のようだった。


「痛ッたた…なんなのよ、もう~」

「なに、ここ…?城に50年以上住んでいるけど、こんな場所知らないわ、私…!」

「うーん、とりあえずアゲハ蝶はどこですかね…」


辺りには何故か足元が見えるくらいの灯りがついており、周りを見渡すことができた。

僕は立ちあがり、泥のついた衣服を払うと、蝶々を探してみた。

今いる場所のちょうど真ん中あたりで、鈍く光って動くものを見つけた。


「あれだ!さっきの、蝶々だ!」

僕が叫ぶと同時に、蝶々の周りからヴィランが這い出てきた。


「げぇ…こんなとこにもこいつら出やがるのかよ…!」

「私も戦うわ、早く、彼のところに戻らないと…」


僕らは空白の書を構えた。





アナの運命の書から舞い出たアゲハ蝶を囲むゾンビたちは、

蝶々の光でより一層不気味に見えた―――――

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