第2話 魔女の城


――――不思議な、感覚だった。


僕は、あの少女――アナ・ルーベルに会ったことがあるのたろうか?

アナと目が合った瞬間、"コネクト"に似た感覚――を、覚えた。


もちろん、そこで僕が導きの栞を使ったなどということはない。

ただ、アナの肌色からは想像が出来ないほどの透き通るような瞳を見た瞬間、

僅かに僕の空白の書が反応したような気がした。



「…おい!」

「………坊主!しっかりしろ!」



タオの声が僕の意識に直接届いたような感覚を感じた。


「新入りさん、目の前の敵に集中しましょう」


少しの間、僕は気が抜けたようになっていたみたいだ。

皆の声が耳に届き、今置かれている状況に意識が向いた。

アナは森の奥に進んでしまい、今僕らは大量のゾン・ヴィランに囲まれている。


「みんな、ごめん!先頭に集中するよ!」

「こいつら、手ごわいわね!地面からたくさん出てくるし…!」


「びぃぃぃぃぃっ!!」


レイナが大声を出した。

またゾンビに足を掴まれている。普段はあまり注目していなかったけど、

レイナの足はゾンビがこぞって掴みに来るほど魅力的な形をしているのかもしれない。


「この…気持ち悪いのよぉぉっ!!」


ヒーローにコネクトしたレイナの大きな魔法が、衝撃と共にゾン・ヴィランを焼き払った。

辺りから、ヴィラン達の気配は消えた。



「はー…はー…やっと、片付いたのね…!」

レイナは思ったよりも大きな力を使ったらしく、肩で息をしている。


「こいつら…生き返ったりしないわよね…」

確かに、ゾンビのような姿をしてるだけに、急に息を吹き返しても不思議ではない。

一気に生き返られたりしたら、僕らの体力も流石に持たないだろう。

というか、レイナの精神が持たない。

「それにしてもお嬢の足はゾンビに大人気だな。」

僕が思っていたことをタオが半笑いで口にした。

「冗談じゃなわよ、まったくもう。こっちの身が持たないわ。」

「掴みやすい形なんだろうな!」

勢いよく吹き出しながらタオが全く遠慮の無いジョークを飛ばした。


「何よそれ!私の足が太いってこと!?」

レイナとタオの、いつものやり取りが始まった。

ヴィランに襲われたばっかりだというのに、本当にこんな気の抜けた雰囲気になるのは、この4人の良いところな気がする。


「…二人とも、いつまで漫才やってるんですか。早くアナさんを追いかけますよ。」

シェインの辛辣な発言により、僕らはアナの進んだ森の奥へ足を進めた。






森の中には、足元に道しるべのようなネオンの光が続いており、

まだここが誰かに使われている道であることが分かった。


草を分けた痕があり、道の小石のいくつかは星のように、僅かに光っていた。

進んだ先に街か、なにか人が住む場所があるのだろう。この道の装飾も誰かがやったのであれば、

相当暇か、良い趣味をお持ちのようだ。



「そういえばエクス、さっきはどうかしたの?少し、ぼうっとしていたようだけど…」

「ああ、もう大丈夫だよ。でも何か、不思議な感じがしたんだ。アナの名前を聞いたとき、空白の書が反応したような気がして…」


「空白の書が…?」

レイナは怪訝そうな顔をしている。この世界に詳しいレイナでも、よく分からないようだ。


「わかったぞ、それは”恋”だ、少年!」

「えぇっ!恋!!?」

予想していなかったタオの発言に情けない声を出してしまった。


「意外ね…エクス、ああいう娘が好きなの?」

「人種を超えた恋…!ロマンチックですね…私は応援しますよ、エクスさん」

レイナとシェインがタオの発言に乗ってきてしまった。これでは収集がつかない。

ファンタジックな雰囲気もあいまって、女子二人が今にも恋バナを始めたそうな顔をしている。


「そ、そんなんじゃないよ!ほら、この想区の…異変となにか関係があるんじゃないかなあ?」

我ながら下手糞なはぐらかしだ、と思った。こういう時の反応の悪さは、自分がモブであることを思い出させて、せつない。


「なーんだ、つまらない…」

レイナは発言の通り、残念そうな表情だった。人が恋をしていなくて残念と言われると、ちょっと残念だ。

「ま、恋愛相談はいつでもこの姉さんに任せなさい。新入りさん。」

「君は僕より年下でしょ…」


そんなやり取りをしていると、道が少し明るくなり、森を抜けた。


森を抜けると、僕らの前には大きな城が建っていた。

城の周りには小さめの堀があり、夜空に怪しく佇む月が映っている。

所々古くなってはいるが、ステンドグラスの窓、重厚な城門。

ゴシック建築の教会を思わせる、レトロな魅力が漂う城だった。


「ここ…よね。アナが進んだ先って…」

「ああ、ここで合ってる。アナはここに居る!」

「……なんでわかるんです?新人君。」

「え?」

なぜ自分が今の発言をしたのか自分でも分からなかった。

なんとなく――――

なんとなく、でも確実に、アナはここに居ると、わかった。想区の力か、空白の書の力か、

それともカオステラーの影響か。理由は全く分からなかったけど、それでも怖いくらいの確信を持っていた。


「ごめん、わからないけど、彼女がここにいることが何故かわかるんだ。」

「うーん…?何かがきっかけで、坊主の空白の書とあの娘の運命の書が繋がった…とかか…?」

「うんうん、恋する男子の妄想力は凄いですね。自動GPSですか。その力が変態の手に渡ったら大変ですね。」

シェインから唐突の攻撃を受けた気がする。

「えぇっ!エクス、ダメよ、ストーカーになっちゃ!」

「いや、違うったら!」

レイナのやや天然っぽい反応に辟易しつつ、僕らは城へと足を進めた。





「誰も…いないのかしら?」

レイナがそう言うように、城の中は今までの森や街と同じように、ひんやりとした空気感があった。

息を吸うと、鼻から入ってくる空気に湿度を感じる。城の中は真っ暗ではないが、ぼんやりとピンクや青のライトがついていた。


「良い趣味してやがるな、まったく」


僕らは慎重に足を進めると、大広間のような場所に出た。

大広間に入ると、僕らは何者かと鉢合わせた。


「そこにいるのは誰――!?」

そうレイナが言うとその人物は顔を上げた。



その瞬間、僕ら4人は同じように、声を出さずに驚いた。


僕らが見たその人物は、以前にも会ったことのある人物であった。





―――フェアリー・ゴッドマザー。




かつて、シンデレラの想区で、カオステラーとしてその世界の波長を狂わせていた人物だ。

前回戦った相手であるだけに、僕ら4人は身構えた。


「フェアリー・ゴッドマザー!なぜここに!?」

「カオステラー…!?あの時調律したはずなのに…!」


「ちょっと待って、あなた達はいきなり城に入ってくるなり何を言っているの?私のことを知っているようだけど…私はあなた達のことを知らないわ。」

フェアリー・ゴッドマザーが落ち着き払った声で言った。攻撃態勢に入ろうとした僕らを前に、場数を踏んだ魔女の風格を感じた。

その凛とした姿に、カオステラーの気配は感じなかった。


「…カオステラーじゃ、ない…?」

「シンデレラの想区に居たフェアリー・ゴッドマザーとは別人物なのか?」

僕らは混乱してそう言った。確かにフェアリー・ゴッドマザーがここにいるということであれば、ここはシンデレラの想区ということになるのであるだろうか。だとしたら…

僕は混乱と不安を織り交ぜながら、ゴッドマザーに尋ねた。


「突然お邪魔してすみません、ゴッドマザー。僕たち、想区の調和を乱す、カオステラーを追いかけてここまで来ました。ここがどこなのか、教えて頂けませんか?ゴッドマザーがいるということは、ここはシンデレラの想区…なんですか?」


「!あなたたち…!なんでその名前を…!?」


僕らが攻撃をしようとしても動じなかったゴッドマザーが、目を見開き驚いた表情を見せた。


「シンデレラを…知っているのね。あの娘は…」

ゴッドマザーが何かを言いかけたその時だった。



ガシャン、と大きな音で何かが割れる音が聞こえた。

窓が割れ、複数のヴィランが入ってきた。


「この化け物たち、こんなところまで!」

ヴィランはゴッドマザーに襲い掛かろうとした。


「危ない!!」

僕らはゴッドマザーを守り、栞の力を使ってヴィラン達を退けた。


「…ありがとう、あなた達。おかげで助かったわ。」

ゴッドマザーはヴィランの襲撃で疲れたようで、近くにあった木製の椅子に腰掛けた。


「地下に…」

「地下に行くといいわ。この先に、地下へと続く道があるから…そこであなた達が探している子が見つかるはずよ。」



そう言ったゴッドマザーは、その場で消えてしまった。

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