第1話 月明りとゾンビの少女

色鮮やかなネオンの街灯。

一面には怪しく光るジャック・オー・ランタンと、油色のニスが塗られた骸骨。

街の外壁には呪術的な装飾が施されている。

薄い霧がかかる夜空と、湿った地面の先から聞こえるカエルの鳴き声が怪しさを演出している。


僕らが新たに訪れた想区は、ハロウィーン・パーティを思わせるような幻想的な街並みが広がる場所だった。



「この街、すごく綺麗ね。少し怪しげな雰囲気があるけど、魔法の世界に来たような、そんな幻想的な風景だわ。」

そう声を発したレイナのほうを見ると、彼女は子供のように目を輝かせていた。

「…声のトーンが1オクターブくらい上がってますね。はしゃぎたい気持ちが隠せてませんよ、レイナの姉御。ここは童心に帰ってもいいんですよ?」

レイナと相反してシェインは冷静にそう言った。

「べ、、別にはしゃぎたいなんて!!思って…ないんだから…」

「よっしゃ、お嬢!ここは一旦ヴィランのことは忘れて派手にハロウィンパーティとでもしゃれ込むか!?」

シェインに乗っかり、タオがいつものようにレイナをからかう。

「もう皆して!からかうのはやめて!!」

「ぷっ」

首まで真っ赤にしてレイナは声を荒げた。緊張感のないやり取りと幻想的な世界のギャップに、思わず吹き出してしまった。

「エクスまで…全く」

レイナは嘆息し、へそを曲げてしまったようだ。




「お嬢、結局ここは何の想区なんだ?」

「それが…わからないのよね。でも微かに、カオステラーの気配を感じるわ…」

レイナは怪訝そうに言う。辺りをうろうろしていたシェインも不思議そうな表情をして戻ってきた。

「街の人に聞こうと思ったのですが、変ですね、ここ。これだけイルミネーションや装飾がされているのに、人が住んでいる気配がしません。」

確かにシェインが言った通り、明かりのついた家が並ぶ街並みには、不気味なほどに人の気配だけが抜け落ちているように感じた。

「変だね…この街に、なにかあったのかな?」

「カオステラーの影響か?街の人がヴィランに変えられちまったとかか?」

「そうね…とにかくこの街が異常なことには変わりはないわ。気を付けて進まないと…」

皆の顔がさっきより強張ったように見えた。街の異常さを意識しはじめ、これまで幻想的で美しく見えていた景色が不気味なものに見えてきた。辺りに並べられている髑髏や南瓜の装飾は、注意深く見てみると妙なリアルさがあった。4人の感情をあらわしたかのように、あたりの空気が僅かに冷たくなったように感じた。


「さぁ!俺らまで暗くなってちゃ調律なんて出来ねーぜ!俺らタオファミリー、テンションあげて、どんどん進んで行くぞ!」

「もう、そのファミリーってのやめてって言ってるでしょ。」

「そうだね、今は前に進まなきゃ!」

タオがみんなにハッパをかけたことによって、暗くなっていた僕らの目から不安が消えたように感じた。こういう時のタオは本当に頼りになる。進もうとするタオの少し後ろを無言でついていこうとするシェインは、タオに信頼を置いているようだった。




僕らが次の手がかりを探そうと、街を出て森の中に入ろうとしたその時だった。



「ひゃああああああああああああああっっ!!」



突然、レイナが叫んだ。

「レイナ!?」

「あ、足がーっ!!」

そう言ったレイナの足を見ると、青黒くくすんだボロボロの手が地面から出ており、レイナの足を掴んでいた。

「なに!?」

「…これはなんです!?」

「ひぃーっ!は、離れてーっ!」

僕らがレイナを助けようとする前に、パニックになったレイナが暴れてその手を振りほどいた。

青黒い手は地面に引っ込んだかと思うと、その場所から勢いよく二本の手が生えた。


「ヒッ」

レイナは声にならない声を上げた。

「ヴィランか!?」

僕らはヒーローにコネクトできるよう、運命の書を構えた。

モコモコと地面が盛り上がり、二本の手の間から人の頭らしきものが出てきた。

「ヒィィッ」


「あ~っははは!あなたの反応、最ッ高ね!」

そう言いながら地面から這い出てきたのは、一人の少女だった。少女はレイナの反応が思いのほか良かったため、目に涙を浮かべるくらい笑いながら服についた泥を払っていた。


僕らはその状況にあっけを取られ、絶句していた。

ショッキングな登場を決めたその女の子は銀髪のセミロングヘアに、少し汚れた麻のようなワンピースを着ていた。

服装とは相反して、彼女は非常に整った顔をしていたが、彼女の肌は手だけではなく、全身の肌が青黒く、顔や腕に縫合痕がある。そして、所々に血の付いた包帯を巻いていた。


その姿は…わざとらしいまでも、”ゾンビ”そのものだった。

しかしこれまでの感覚からか、彼女はヴィラン…ではない、と思った。


「あ、あ、あなたは…!!??」

レイナはまだパニック状態で、足は震え目は落ち着きがない。


「君は…ゾンビ!?」

言葉を選ぶつもりが、つい、思っていたことが口をついていた。

「直球だね、君。女の子にゾンビなんて言っちゃだめなんだから!まぁ、ゾンビなんだけど。」

「美しいお嬢さん…可愛らしい仮装だね。君は、どうしてここにいるんだい?」

「見境なしですか。」

ナンパぎみのタオの発言にシェインはため息をついた。


「こんな想区じゃ私のことを仮装だと思っても仕方ないわね。一応、正真正銘のゾンビってやつよ。」

「ゾンビの想区…?そんなの、あるのですね。」

「というかごめんね、驚かせて。ちょっと見慣れない人たちが居たから、ちょっと威嚇の意味を込めて、驚かしちゃった。で、次はこっちから質問!あなた達は、なんでここに来たの?」

「わ、わ。私たちは…」

まだ放心状態のレイナを遮ってタオが口を開いた。

「俺たちは、カオステラーを追いかけてこの想区に来たんだ。今は4人で、想区の秩序を乱すカオステラーを探して想区を戻して回っているんだよ。最近、ここで変わったこととかなかったか?」

「最近変わったこと…あるわ。この想区にいた人たちが…」


クルァァァァァァァァッ!



突然、大きな鳴き声が聞こえたと思うと同時に、ヴィランの群れが周りを囲んでいた。


「ッ、ヴィラン!やはり出ましたね。」

「やっぱりここはもう…?」

「こいつら!最近急に出てきたのよ…!」

「仕方ねえ、戦うぞ!ホラお嬢、しっかりしてくれ!」

「ふぇ?・・・・・・・ヴィラン!?行くわよ、みんなっ」


気を持ち直したレイナと僕らは、空白の書を使いヒーローにコネクトし、

周りにいたヴィランたちを一掃した。


「お嬢さん、お怪我はありませんか…?」

「驚いた。あなた達、強いのね。」

「私たち伊達に場数を踏んできたわけじゃないからね。」


「あら、あなたさっきまで私に足を掴まれて腰を抜かしていたのに…」

「う、うるさいわね!」

レイナはまた赤面し地団太を踏んだ。


「それにしても、妙ですね、さっきのヴィラン。姿かたちがいままでとちょっと違いますし、なんかタフじゃありませんでした?」

「そうだな…奴ら、ゾンビみたいな恰好してたよな。さしずめ、ゾンヴィラン、ってとこか…」


「…………なにそれ」

レイナは冷たい目線をタオに向けた。

確かに、さっき戦ったヴィランはまるでゾンビのような姿をしていた。ゾンビのようなヴィラン、ゾンビの少女…あまりいい予感はしない。


「そう、あいつらが最近急に現れたのよ。それに、そのタイミングでここの人たちが急に消えだして…」

「! それはもしかしたら、カオステラーのせいで、ここの人たちがヴィランにされたのかも…」


「え…!?そんな…!?」

ゾンビの少女の青い顔が、一層青ざめた。

「大丈夫だぜ、お嬢さん。ここに居るレイナの姉御はカオステラーによって書き換えられた世界を救う、調律の巫女なんだぜ!」

「あなたが…? ッ!」


「グルルルル…」


また、ヴィランの群れが街の方と森の奥から現れた。

「この方向は…!いけない!」

急に焦り始めたゾンビの少女は、ヴィランが現れた森の奥に進もうとした。

「おいおい、あぶねぇって!」

タオが止めようとしたが、ゾンビの少女は止まらない。

「大丈夫!これでも私、結構戦えるのよ。」

「『リビング・デッド!』」


そういって少女が地面に手をつくと、少女と同じ肌の色の無数の手が地面から飛び出し、森側のヴィランを一掃した。

「すごいですね…」

「ごめんね、私は先に行くから、またどこかで会えたらよろしくっ」

そういって森の奥に進もうとするゾンビの少女。僕は彼女を止めなければいけないような気がした。

「ま、待って!君、名前は!?」


彼女を止めようとしたと思っていたら、僕はなぜか彼女の"名前"を聞いていた。




「私は―――――――――」

彼女は僕と目が合い、一瞬ハッとしたような表情をした。






1秒か2秒。彼女と目を合わせた僕の時間は止まり、辺りから一切の音が消えたような気がした。






「……アナ。アナ・ルーベルよ。」

彼女は少し目を俯けて、名前を言った。

そう言った彼女は、森の奥に走っていった。




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