第6話 シャドウミラージュ
なにが起こった?
俺にはそれがまったく理解できなかった。
たしかに先ほどまで妖魔は今、俺が向いている方にいたはずだ。
一瞬で背後まで移動したっていうのか?
俺は即座にブーストをかける、だが驚愕に囚われたために反応が一瞬遅れた。
「ちぃ……。」
回避は不可、ならばせめて衝撃を反らす。なんとしても直撃はさけなければならない。
「ぐおっ。」
機体全体から衝撃が走る。
その衝撃に耐えながら、機体の状態をチェックする。
背部ブースター大破
左腕損傷軽微、第一指の動作不可
右脚部損傷軽微
腹部の回路―――
様々な情報がディスプレイに映し出される。
それを読み取り、現在の機体の状態を確認する。
背部のブースターを失ったのは痛い、これで先のような緊急的な急加速が出来なくなってしまった。
だがそれ以外においてはまだ動く、動作においてそれほどの問題は無い。
まだやれる、いや、やらなければならない。
クーガ、お前は彼女と約束したんだろう?君を救うと………ならばその契りを守る為に……俺は負けるわけにはいかない!
思考をまとめあげ状況を確認する。
奴は再び大地に潜ったようだ。
奴は確かに攻撃する前は俺の前方にいた、だが一瞬で後方に回り込んだ。
この速度は通常の妖魔では考えられないことだ。
たとえ泥種とはいえ、土の中を掘り進んでいる。そのため地上での移動速度より遅くなるのが常である。
奴を倒すために解かなければならない、どのようなトリックを用いているのかわからない。
だがこの異常な速度での移動にはなんらかのトリックがあるはずだ。
それを解かなければ、この戦いに勝利することは出来ない。
ならば考えろ、どのようにして奴は移動しているのか?を……。
また奴の音が止まる左前方、その方向に機体を向かせる。
たとえその方向から出ないとしてもその方向を警戒しておくに越したことは無い。
それと同時に周囲にも最新の注意を払う。
後ろから大地が割れる音がする。
「こなくそ!」
妖魔の突撃を回避する、今回は前もって予想していたせいか…回避に専念することでかわす事が出来た。
情報をまとめよう、奴には閃光弾は効かない、地中を移動し無音での超高速移動ができる、泥種の平均からみても巨体の体躯、攻撃は体当たりのみ。
今、わかるのはこれぐらいだろうか……ここからなにかが解き明かせる筈だ。
何だ、何が間違っている。
再び妖魔の突撃また音の方向とは違い、俺の背後を取ってきた。
「くぅ……。」
持久戦になるとこちらが圧倒的に不利だ。
機体も先の攻撃で限界が近い……あとかわせて一度か二度か……。
ならばそれまでに回答を見つけないと……。
なにか、なにか分かることはないのか、この謎を解くことが出来る鍵は…
やらないといけないことがある、あの日、あの時を超えるために……。
だから、だから俺は……
―いかなる時も物事を冷静に見る事こそが重要だ、何かだからありえない、何かだからありえる、そんな下らん考え方はドブにでも捨ててしまえ―
再び、奴の突撃をかわす。
残りのチャンスは一度、次が正真正銘最期のチャンスとなる。
「くくく、ははははは。」
笑ってしまった、それと同時に無性に腹が立った、こんな時に頭に浮かぶのが祖父の言葉などでは無く。
仇であった、あの男の言葉であった事を……。
それほどまでに自分の中ではあの男は大きな存在となっているのだ。
だが、それは答えを示す為のもっとも鍵になる言葉だった。
“ついに我が力の恐怖に気が触れたか、愉快なり、だが楽に死ねると思うな、その体、その機械から引きずり出し死にたいと思っても死ねぬような生地獄を貴様に味合わせてやるからなぁ!”
地下から大きな妖魔の声が沸きあがってくる。
スピーカがONになっていたせいか俺の声が聞こえたらしい。
だがその声と同時に俺はスラッシュゲイルが右手に持っているの刀を鞘に納めた。
居合いの型、今度こそ一撃で奴を仕留める。
冷静に考えてみれば非常に簡単な話だ……そもそも奴が『一体』だという考え自体が間違いだった。
閃光弾が効かなかったわけじゃあない。
その閃光と同時に地下にいたもう一体と入れ替わっていた。
高速移動していたわけじゃない、大きな音をならして移動してかく乱する一体と無音で静かに移動する一体の二体による攻撃を受けていた。
ただそれだけの事だった。
それならばどうするか?
奴は必ず俺の死角を取ってくる。
いや、音で俺が向く向きを調整し、攻撃手が現れる位置を俺にとっての死角にする。
ならば答えは簡単だ、奴が作ろうとしている死角に向かって斬撃をぶち込めばいい。
俺の背後で音が止まる、ならば俺が後ろに向いた場合死角になるのはただ一つ。
大地が割れ奴が俺の目の前に出現する。
“何ぃ、貴様!!”
「トリックの種はもう割れたんだよ。思いのほか苦労したがな……じゃあな。」
それと同時に俺は斬撃を放った。
何が起こったか妖魔には理解出来なかった。
妖魔グラスの半身であり同胞である妖魔グラスの片割れは、あの人間の機械が飛ぶのと同時に二つの肉塊へと変貌を遂げた。
何があったのか理解できない。完全に死角を突いた筈だ。完全に捕らえられるような位置についた筈だ。
理解できない、理解できない、理解できない、理解できない。
なんだこれは、何故、絶対的な上位種である我らが人間ごときに殺される側に回らねばならん。
その思いが妖魔の心中を支配した。
どうすればいい、どうすればいい、逃げる?
心の中を恐怖が支配する。
そうだ今は逃げて体勢を立て直して再び奴らとあいまみえればいい。
それが最善、そうだ、逃げ―――――――
―――――我は何を考えている、我が上位種である我が下位種である人間如きに恐れをなして逃げるだと?ふざけるな!何を考えている……何を考えている!!!!
我は上位種にてこの世を統治する種族の者ぞ、そしていつかはかの方の領域に辿り着く者。
その我が逃げるだとそんなことなど許してはならない。
今、ここで我に恐怖を刻んだ奴をここで殺さなければ我はあの方の領域に辿り着くことなど出来ない。
ゆえにあの人間を殺す、我が力で木っ端微塵に…。
だがあの人間の放った光で我が目は未だにモノを捉えられぬ。
どこかに人間がいればそれを捕食し……いる、いるぞ!
我に贄として捧げられた人間の小娘が!!
匂いを嗅ぐ、あの女の目を喰らった我にはあの小娘の匂いが手に取るようにわかる。
いた、いたぞ、今全速でそこへ行く。あの小娘を喰らったら人間、次は貴様だ、完全復活した我の手にかかれば貴様など敵ではない、ハハハ。
着いた、さあ何処から喰ってやろうか頭か?足か?手か?腸か?いや、一飲みにして口の中で砕くのもいいな、生け贄よ、今こそ我が血肉の一部となるがいい。
そうして妖魔グラスは大地から姿を現した。
だが目の前にいたのはその生け贄に捧げられた小娘だけでは無く――
「悪いな、読めてたんだわ。」
そう言って一緒にいた人間の機械は我の脳天に持っていた剣を振り下ろした。
私は村の誰かに言っても信じてもらえない光景を見ているんだと思う。
私の村を縛っていた鎖が壊れていく光景を見ているのだから。
でも私にはそれを信じることが出来る。
彼はそれをするといったのだか……。
彼の載った機械の背中の鋼板が開いて中から彼が出てきました。
「クーガさん。」
私は泣いているんだと思います、ぐしゃぐしゃな顔で泣いているんだと思います。
でも、私にはそれを止める事が出来ません。
クーガさんは私を見てやったぞと言わんばかりに……
「な、約束は守ったぞ。」
ところでこの約束という言葉にさっきから疑問に思っていたのだけれど、ちょっと突っ込むべきなんでしょうか?
「クーガさん、約束ってなんですか?」
ちょっと驚いたようにクーガさんは私を見て……。
「何をって?君を救うって約束のこと……。」
「私、クーガさんと約束した記憶はありませんよ?」
「え、そうだっけ?」
驚いたよう彼は言う。
私はちょっと笑いそうになる、だってそれは…
「クーガさんが私のお願いも聞かないで勝手に『君を救う』って言ってたんじゃないですか。だから私はクーガさんとそんな約束はしてませんよ。」
この人は自分の中での誓いを約束だといつの間にか脳内で変換してしまっていたのだ。
「あ、あれ?そうだっけ?」
ちょっとおどけて彼が言う。
「そうですよ。でも言いますね……クーガさん、ありがとう。」
「ま、まあ、いいさ、なんだかんだで君を助ける事が出来て良かった。」
ちょっと慌てながらまとめようとする。自分が大きな勘違いをしていたことが恥ずかしくて仕方がないようだ。
なんかこういう変に抜けたところをつい可愛いなどと思ってしまった。
「ですね、助けてもらっちゃいました。」
そうだ、それには違いは無い。
「これから君はどうする。」
クーガさんが聞いてくる。
「とりあえず村に戻って報告ですね、もう村が妖魔の脅威に晒される必要は無いんだと皆に教えてあげないと……。」
「そうか……。」
と何かに気づいたように彼はポケットに手を突っ込んで
「そうだ、これを……。」
クーガさんは持っていた何かを私に投げてきた。
私は慌ててキャッチする、私の掌のなかにあるそれは金色で丸いコインのようなものに見える。
「あんまりこういう事をするのは褒められた事じゃ無いんだが王国に村の防衛の依頼する親書を書いてそのコインを手紙同封しておくといい。きっとすぐさま何体かの鋼機が君の村の防衛に回ってくれる。」
へぇ……と思った後、私は目の前にいる男の人を見た。
そういえばこの人は――
「クーガさん、って一体何者なんです?」
とちょっと疑問に思ったことを口にした。
だっておかしい。普通の人はこんな妖魔と戦えるようなロボットを持っていないだろうし、コイン一つで国に作用できるような権力は持っていないはずだ。
そうするとクーガさんは困ったように
「それは俺の秘密ってことにしておいてくれ、アレだ……君が前に言っていた奴、人は秘密があるほどステータスなんだっけ?」
「それは女の子限定ですよ、だいたいクーガさん、私の秘密は無理矢理暴いたじゃないですか。」
そういうとクーガさんはちょっと落ち込んでしまったみたいだ。
「まあ、いいです、秘密って事で聞かないことにしてあげます。」
そうして息をつく。
「クーガさん、じゃあここでお別れですね。」
「そうだな、俺もいかないといけないとことがあってな、現在、絶賛遅刻中なんだよ。」
「ふふ、じゃあ、速くそこに行かないと。」
「そうだな。」
クーガさんと私は正反対の道を歩き始めた。
クーガさんと私のどんどん距離が開いていく、何か最期に言っておくことは無いだろうか。
ああ、そうだ、これは言っておかないと…。
「クーガさーーーん!」
大声で叫ぶ、彼に聞こえるように大きな声で…。
クーガさんは気づいたようにこっちを見る。
何だろうとこちらを眺めている感じだ。
「女の子の部屋に入ってもなんの疑問も感じないデリカシーには問題があると思いますよ、気をつけてくださいねー!」
クーガさんがずっこける。
そして地面を見て落ち込んでいるようだ。たぶん今まで気づいてなかったのだろう。
それをくすりと笑う。
さて私もそろそろ前に歩かないといけない。
今の私の目の前には色んな可能性が広がっている。
それは私にはもう無いと思っていたものだ。
でも私はにはそれがある、だからこの幸せを噛み締めて生きてみたい。
そう思った。
<了>
【シャドウミラージュ】
量よりも質を選んだ防衛ではなく殲滅を主眼においた部隊。
妖魔から身を守ることに精一杯な王国が王国からよりすぐりの腕を持つ鋼騎士を集め殲滅に向かわせる少数精鋭の特異能力者集団。
その機体の全てはD型とよばれる専用機を扱い、その騎士の能力も強力。
そもそも防衛線において重要なのは質よりも量である。
たとえ、強大な力を持つ個がいても守るべき都市を守れなければ意味が無い。
ならば強大な力を持つ個はどう扱うのがいいのか…。
その結論として作られた高能力の騎士達を集め妖魔殲滅を目的とし、守りではなく攻めをする部隊。
それがシャドウミラージュである。
シャドウミラージュ 古時計屋 @oldclockshop
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