第92話 エルフとハバネロ肉まん殺人事件③


 そして監視カメラの検証が始まった。

 なんだか気が遠くなるような時間が経ったような……。


 いやいや、そんなはずないよね。

 まさか映像の時間を合わせるだけで一年以上も経ってるはずないよ。


「ていうかあー。なんで映像の時間合わせるだけでこんなに手間取ってるんですかあー」


 サキュバスちゃん、それ以上はいけない。

 人には抗いがたい大きな力が存在するんだ。

 

「まあまあ。エルフちゃんも悪気があったわけじゃないんだし」


「そういう問題じゃないですよおー。まったく、これだからエルフは蛮族なんですよねえー」


 エルフちゃんがぐぬぬぬってなってる。


「と、とにかく準備はできたんよ!」


 スイッチ、オン。


 みんなで映像を覗き込んだ。


 店内の俯瞰図だ。


 まずレジの中。

 エルフちゃん。

 オークくん。


 カップ麺コーナーの品だし。

 サキュバスちゃん。


 ドリンクコーナーの品だし。

 姫騎士ちゃん。


 ぼくは事務所で仕事をしていた。


「ハバネロ肉まんは?」


 スチーマーの中を拡大。

 まだ被疑者の生存を確認。


 相変わらず、これを食べたいと思う人の神経を疑う赤さだね。


「問題は、ここからなんよ」


 二倍速。

 時間が早まった。


 のんびりした時間帯から、忙しくなっていく。

 お客さんが肉まんのスチーマーを見たぞ。


 注文。

 オークくんがスチーマーを開けた。


「ま、まさか……?」


 エルフちゃんがどやった。


「ちっちっち。わつそんくん。焦りは禁物なんよ」


 肉まん一つでここまで大事にしている子の発言とは思えないね。

 でも、その言葉の通り、オークくんは何事もなく肉まんを販売した。


「やはり、問題ないではないか」


 姫騎士ちゃんも、さすがに面倒くさそうだ。


「あっ」


 映像の中。

 裏で作業をしていた姫騎士ちゃんが戻ってきた。


 オークくんがレジを交代して、事務所のほうに入ってくる。

 確かこのとき、ぼくと来週のシフトについて話し合ってたんだよね。


「せんぱぁーい。肉まん買ってますよぉー」


 ほんとだ。

 姫騎士ちゃんがスチーマーを開けた。


「ああ!」


 そこで事件が発生した。

 エルフちゃんの使っていたレンジで、お弁当が破裂した。

 またお醤油パックを入れたままだったんだ。


 その拍子に、姫騎士ちゃんが肉まんを間違えた。

 うっかりハバネロ肉まんを取り出したんだけど、それを慌てて戻した。


 慌てていたせいで、肉まんが横向きに転がってしまった。


「こ、これって……」


 まさか姫騎士ちゃんが?

 すべてを思い出したのか、その横顔は蒼白だった。


「わ、わたしは、まさか……」


「あ、ちょっと待って」


 そこで終わらなかった。

 レジの外にいたサキュバスちゃんが戻ってきた。


 ダメになったものと同じお弁当を持ってきて、お会計を再開する。

 その間、エルフちゃんたちはレンジを掃除……おや?


 お客さんがコロッケを追加注文した。

 エルフちゃんが、慌ててホットスナックのケースから取り出した。


 そして、転んだ。


 なぜ転んだのか。

 さっきレンジを拭いていたタオルを、うっかり床に落としていたんだ。


 空を飛ぶコロッケ。

 それはサキュバスちゃんに命中……しなかった。


 ハアッとため息をついて、さっと回避。

 さすが踊れるアイドルって感じの身のこなしだね。


 でも、そのせいでトングがハバネロ肉まんに突き刺さった!


 サキュバスちゃんは気づかない。

 なぜなら、エルフちゃんに文句を言うのに忙しかったからね。


 そのあと、注文された普通の肉まんを袋に入れたんだ。


 一番下の段にあるハバネロ肉まんは、そのまま忘れ去られてしまった。


「…………」


 なんとも言えない空気だった。

 サキュバスちゃんが「てへっ☆」と舌を出した。


「えーっと。まあ、そういうこともありますよねぇー」


 姫騎士ちゃんが、それに同調した。


「まあ、事故だからな。しょうがないだろう」


「あ、弁償どうしますぅー?」


「肉まん一個を二人で分けるのも気が進まないな。ここは、わたしが任されよう」


「ありありーっす」


 ぼくは姫騎士ちゃんから、120円を預かった。

 これを店長に渡せば、事件は解決……。


「解決してないんよ――――!!」


 エルフちゃんが叫んだ。

 その目には、大粒の涙が浮かんでいた。


「トシオは、それでいいの!? こんな横暴が許されて、ハバネロ肉まんが可哀想と思わんの!?」


「え、エルフちゃん……」


 彼女の気持ちは、痛いほどよくわかる。

 でも、どうしようもないんだ。


 罰しても、ハバネロ肉まんは戻ってこない。

 なら、ぼくらは前を向いて生きていくしかないんだ。


「エルフちゃん。いまだけは我慢してほしい」


「嫌なん! うち、ハバネロ肉まんの敵を討つって約束したんやもん!」


「お願いだ。この場は引いてくれ」


「トシオ。見損なったんよ。そんな人やないって信じとったのに!」


 エルフちゃん。

 話を聞いてくれ。

 この場だけは、どうしても引いて……。


「ていうかぁー。そもそも、わたしたちが責められるのってお門違いじゃないですかぁー?」


 あっ。


 サキュバスちゃんの言葉に、ドキッとする。

 続く言葉は、予想通りのものだった。


「そもそもエルフっ子がお弁当やっちゃったりタオル落とさなければ、ハバネロ肉まんをダメにすることもなかったわけですよねぇー?」


「同感だな。そう考えれば、わたしたちが弁償するのもおかしな話だ」


 場が静まり返った。


「と、トシオ……」


「あー。うん、まあ、さっきの映像を見る限り、そういうことなんだけど……」


 あっ。

 エルフちゃんが逃げ……。


「ウッス。トシオさん。お客さんが今年のお花見について聞きたいと……」


 ぼっすん。


 オークくんの巨体に、跳ね返った。

 逃げ場はなくなった。


「エルフどの~?」


「エルフっ子ちゃ~ん?」


 怖い顔で迫る女性陣。

 追い詰められるエルフちゃん。


「あ、あわ、あわわわ……」


 その目が、ぼくに助けを求め……。


「姫騎士ちゃんたちが実行犯なら、エルフちゃんは幇助罪だね」


「あうんっ!?」


 こうして我が家族マート最大の完全犯罪は、探偵が犯人という最悪のケースで幕を降りたのだった。

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店長!エルフちゃんがまたクレーム出してます! @nana777

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