第6話 十一月一日 夕方

 目が覚めた。だが自分は建設中のビルの前に佇んでいた。ここまでどうやって来たのか覚えては居ない。だがこのビル。建設が始まったは良いが、業者が金を持ち逃げしたとかで建設が止まったという話を聞いていたような気がする。

「驚いたよ」

 その声にこちらが驚く。声の方に視線を向けるとそこには見慣れた人物が立っていた。彼の右手側から夕日があたり、彼の頬を橙色に染めていた。そしてその表情は晴れやかでもあった。

「君はどうやって今日を想像したんだ?そしてなぜ俺にあの戦いの記憶が残っている?」

「一度に二つも質問しないでください。…申し訳ないとは思っていますよ」

「すまんな。まずは一つ目君はどうやってあの戦いを終わらせた?」

 仕切りなおして彼が質問する。

「簡単です。とはいえないですね。一度世界を壊してもういちど作りなおしたんですから」

「やっぱりそうか。二万ページを超える本の力は俺の想像を超えていたな」

「大変だったんですよ。下手をすると力を使う前にあいつに消されたかもしれないんですから」

 あの時の言葉は彼の真意であったが同時にハッタリでもあった。あの言葉であの男が一瞬思考を巡らせたおかげで彼は本を使うことが出来た。

「明日、今日を創造したわけか。じゃぁ二つ目、俺の記憶だ」

「それは簡単なことです。あなたは僕の共犯者だからです。この期に及んで見逃せなんて言わないですよね?世界終焉の罪は一緒に背負ってもらいますよ?」

「もちろんだ。年下の君に責任を押し付けた罪、この一生をもって償おう。それにしても…」

 彼はそう言うと周りを見渡す。府城市の街中、この住宅街は昨日と変わらず夕方の営みをしていた。

「どこまでも一緒だな」

「こればっかりは賭けでした」

「ほぉ」

「もし作者が歴史に関与していたなら、この明日はやって来なかった。その時点で作者のカチです。ですが勝負は僕達の勝ちです。人が歩んできた歴史は、よくも悪くも人間たちの手によって紡がれた唯一無二のものだったんですから」

「ロマンチストだな。君は」

「小説家さんに言われたくありません。そういえばあの日、あなたと初めて会った時に書架に昇華されてしまった人はどうしていますか?」

「あいつか。あいつは普通にサラリーマンしてるよ。と思えば今日になって『俺も作家になるぞ』って電話がかかって来た。いつも突然だよ。あいつは」

 突然ではない。それを彼、橘陽介は分かっていた。彼が意図的に記憶を残した人物は一人だけだが、文芸戦争に従事した人すべての記憶に闘争の記憶の断片が残されている。それがデジャヴであり、夢の世界なのだから。

「触発されたんですよ。三十路を前に作家になった友人に」

「やめてくれよ、罪は二つも背負いたくない」

 二人は顔を見合わせて笑い声を上げた。その声はどこまでも響くこと無く、世界の営みに吸収された。

「またウチに来い。原稿整理でも付きあわせてやるよ、共犯者さん」

「バイト代は高いですよ?」

「うっ…」

 彼は少し怖気づいた用に見えた。年下だからといって侮っていたのだろう。

「あ、それと最後に一つ。僕から質問良いですか?」

「ん、なんだ?」

「先生の本名ってなんなんですか?表札も無かったし、結局聞くことが出来なかったんですよ」

 福原雅人と言うのは彼のペンネームで、本名ではない。こうやって友人のような関係になったのだからそれくらいは知っておきたい。

「うーん。ナイショ、俺は作家『福原雅人』だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「うわ、ダサいっすよそれ」

「うるせぇ。此処じゃ誰が聞いてるかわからない。今度俺んちに来た時に教えてやるよ」

 子供のように鼻を掻きながら雅人は言った。

「そうですか、楽しみにしておきます」

「おう、寒いな」

「そうですね。そろそろお開きにしますか」

「おう、またゆっくり話そう」

「はい」

 そうやって二人はお互いに背を向けて歩き始めた。




「…まじかよ」

 雅人は自宅にたどり着いて驚愕した。自分は玄関のプレートに名前を刻印した記憶が無い。そもそもこの名前が元々自分のそれなのかも記憶していないからなんとも言えない。だが間違いなくそこには『立花洋輔』の名前が刻印されていた。

「分かってんじゃねぇかよ」

 そうつぶやくと玄関の扉を開いた。



 未来は分からない。明日は知らないモノ。人は眠りにつくとき、自分の明日を想像する。そして夢の中で今日を反復する。もし、夢の中で現実とかけ離れた異形なものや出来事と出くわしたとしたら、それはもしかするとあなたが現世、または前世来世で経験した文芸戦争の出来事なのかもしれない。だがその夢は必ず終わり。暖かい光と共に朝を迎える。もし出口の見えない夢に出くわしたら思い出して欲しい。

 希望のない夢も、怪物に追われる悪夢も、すべてが明日を想像するための糧であり。その夢が明日の世界を創造するということを。


「あしたのゆめ」完

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