真夜中の淡水魚

三文士

雨に歌うよ

夜中にジャズを聴いていると、別の世界に生きている様な心地になる。別の何処か。痛みも苦しみも悩みもないお洒落でドラマみたいな世界。90年代のハリウッドの映画みたいな世界に生きている気がしてくる。


その後に喉の渇きを覚え、その後に尿意がやってきて「嗚呼、違う。ちゃんと此処に生きてる」と思い出す。


土砂降りの雨の中でジャズの音が掻き消されても、向かいのビルでは煌々と灯りが点いている。そこでも誰かが別の人生を生きている。それがなんだかやるせない。どうしてあの背の高いビルに私は住んでいないのだろう。どうして高級オーディオプレイヤーではなく、アナログレコードプレイヤーでもなく、安いスマートフォンから音楽を流して聴いているのだろう。


それでも音楽は美しい。単一で美しい。朝一番の景色と同じくらい。出掛ける前の「いってきます」くらい。喧嘩した後のアナタの泣き顔くらい。その後に笑った顔くらい、大好きな音楽はいつだって変わらずに美しい。


明日の朝になったら今夜の気持ちは消えている。そしてまた、いつかの夜まで忘れている。愛おしいよ。本当に。自分の脳ミソが信じられないから、こうやって誰か記憶を頼りにして残しておく。


そうしていつか思い出すんだ。今夜のやるせなさと美しさを。


菓子パンとお茶の毎日に埋もれながら、赤ワインと音楽が大好きでい続ける。コーヒーとスナックを買い込みながら、イタリア料理を勉強する。そうして老いがやってきたら、日向ぼっこしてアナタに感謝する。世界を変えてくれてありがとう。と。世界を美しくしてくれてありがとう。と。


音楽が止まるまで、今夜はずっと起きていよう。

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真夜中の淡水魚 三文士 @mibumi

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