続短編
星に確かにキミがいたし、キミもいた。
ㅤ“幸せ”って何だろう。望んだものが手に入ること? ㅤあたたかな命を授かること? ㅤ明確な答えは、辞書が知っている。ワタシは宇宙のはしっこで、幸せがどういうものか、少しだけわかった気がする。
ㅤおはよう。こんにちは。こんばんは。申し遅れました、マァちゃんです。さてさて今回のお話は、ワタシが手紙配達人になってからのショートストーリーです。手紙配達人というのは、差出人の依頼を受けて、宇宙の星から星へ手紙を届けるという。まぁ、言葉通りの職業ですね。
ㅤこの日もワタシは依頼を受けて、仕事で使う赤い宇宙船を走らせていたところなのですが。
ㅤたまたま通りかかった、氷に覆われた小さな星。そこに、自らが着る宇宙服に野球帽を乗せた怪しい人が、手とお尻を氷面につけてどこか遠くの方を見つめているようでした。
ㅤ見なかったことにして、通り過ぎようかとも一瞬思いましたが、ワタシはその人物に、思い当たる節があったのです。
「イバルくん!?」
ㅤイバルくんとは、宇宙船免許を取得するための教習所で出会いました。いつも野球帽を被っている男の子で、威張った態度が鼻につくのですが、しっかり話してみたら気持ちが通じるような、憎めない人です。
「どうしてそんなところにいるの」
ㅤこのときワタシは宇宙船の中から、イバルくんに話しかけています。宇宙船全体をマイクにして無線で飛ばすようなモードがあるのです。
ㅤしかし、イバルくんの返事が聞こえないどころか。身振り手振りもなく、明らかに元気がないので。ワタシも簡単に着ることができる宇宙服を着て、イバルくんのいる星へ降り立って直接声をかけます。ちなみに船内では、空気も重力もあるので、制服の水色シャツと黒ズボンで過ごしていました。
「久しぶりだね、イバルくん。三年ぶりくらいかな」
「……ああ」
ㅤああって。それだけ? ㅤもしかしてワタシのこと忘れちゃったのかな。そりゃ、教習所で一緒に過ごしただけで、特別親友というわけでもないけど。
ㅤそれでも忘れられちゃったんだとしたら、寂しい。だからワタシはそんな気持ちが真っ直ぐ伝わるように、疑問をぶつけたり、自己紹介したりしてみる。
「ワタシ、マァちゃん。ねぇ、覚えてる?」
「……ああ」
「こんなところで何してるの」
「……何もしてない」
「旅はさ、終わったの?」
「……終わった」
「宇宙でヘルメットの上に帽子被るなんて、何か凄いね」
「……」
ㅤダメだ。話にならない。ここまで元気のないイバルくんを見るのは初めてだ。自分の調子で会話を進めようとしても、上手くいかない。
ㅤだけど、このまま放っておくわけには。何がどうしてこうなったのか気になる。すると、沈黙に気を遣ったのか、イバルくんの方からワタシに声をかける。
「マァちゃんはどうだ。元気にしてたか」
「う、うん。元気だよ」
「オレはダメだ」
「どうしたの」
「旅をしても、何も見つけられなかった」
ㅤイバルくんも、旅に出た。宇宙で何かを探す旅。物心ついたときにはすでに親や親戚がいなかったというイバルくん。だけどイバルくんは、その親や親戚を探すための旅に出たんじゃなくて、ただ何かを「探す」ことをしたいんだって、いつか教習所で言ってた。だからそれについて聞いてみる。
「でも、何かを探すって旅は、できたんじゃない?」
「人は、欲張りな生き物だ。探すだけじゃ、足りなくなった。何か答えが欲しくなった」
ㅤそう言いながら相変わらず、どこか遠い方を見つめたままのイバルくん。横でワタシが見下ろしていても、目線が合わない。
「答えって何? ㅤ家族とかってこと?」
「さあ? ㅤとりあえず宇宙に出て最初に着いたのはこの星だった。人っ子一人いない寂しい星」
ㅤここからイバルくんは、自分語りモードに突入する。
「その後色んな星を巡ったさ。でも人があたたかく暮らしてる星ほど切なくなったり。金目当てのやつとは意味なくケンカしたり」
ㅤワタシも通った星を、イバルくんも通ったのかな。
「だけど結局最初に戻った。この氷以外何もない星にいるのが、一番落ち着く。マァちゃんの旅はどうだったんだ」
ㅤエ、ワタシ? ㅤワタシは一応、星の人っていう、いるんだかいないんだかの目標へ向かう旅だったけど。とりあえず、会えたことは会えたし。やりたいことも見つかったし。
ㅤ良い旅は良い旅だったけど。それを言葉で伝えるのは難しい。
「なんて言うか、ワタシの場合、見つけたいものは見つけたし、やりたいこともわかったし。だけどそれによって落ち込んだ部分もあれば、うーん」
ㅤやっぱり上手くまとめられない。イバルくんに対して妙に気を遣っている部分もある。だけど、素直に言葉にしようとするほど、難しい。とりあえずあるのが、今を生きているという事実だけだ。
「えっと、ワタシね、今手紙を配達する仕事をしてるの。これは旅に出たから見つけられたことなんだ。だからイバルくんもきっと、きっと……」
ㅤこの先の言葉が浮かばない! ㅤ安易なことは言えない。そんなふうに喉の奥で言葉を詰まらせていたら、またしてもイバルくんの方から。
「ありがとう、マァちゃん」
と、見事なまでに優しい言葉で話を締められてしまった。そしてワタシがここを通ったのは、手紙の依頼主さんの元へ向かう途中だったことを思い出した。
「あの、ワタシ、行かなくちゃ。イバルくんはまだここにいるの?」
「ああ、たぶん」
「そっか。じゃあ、ね」
ㅤこのままイバルくんをここに残しておいていいのか。だけど、他にどこへ行けと言えばいいのか。一応ワタシたちには、故郷の星がある。ただ旅に出たイバルくんは何も見つけられないまま、心はこの広い宇宙を漂ってる。
ㅤなんとかしたい。なんとかしてあげたい。けど、仕事がある。
ㅤもうちょっと待っててね、なんて気持ちで氷の星をそっと離れる。ワタシに何ができるかなんて、何も思いついていないのに。
ㅤそして訪れたのは水の星。ここには自由を求める人が集う。確かワタシが宇宙へ旅に出て、一番最初にたどり着いたのはこの星だ。
ㅤあのとき、星の人を探すため、偶然出会った人に話を聞いたけど。文通とかに興味がある人はこの星にいないって言われた。
ㅤそれなのに依頼があったのは驚いたな。そして、水中に降りたこの宇宙船に近づいてきたのは、例の、前に偶然出会ったその人だった。
「おっ、やっぱりお前さんかい。実はお前さんに会ってから手紙に興味を持ったんだよ」
ㅤ久しぶりに会うなり、いきなりそう話しかけられた。事情がよくわからないけど、嬉しくて船内で頭を下げた。下げたときにはもう、次の言葉が泳いで来てた。
「手紙っつっても、水中で書くのは難しいだろ。だからそん中で代わりに書いてくれねぇか」
ㅤその人は笑うでも怒るでも、照れるでもなく。ただひたすら言葉の泡を吐き出していく。
「では何とお書きすればよろしいでしょうか」
「『いつもありがとう。お前はやっぱりいい奴だ。』ってな。ほら、行ってこい」
ㅤスキューバダイビングのような格好をした水の星の人は、そう言って宇宙船を手で押そうとして、急かされるけど、まだ手紙にするには足りない項目がある。
「差出人の名前、住所と、送り先もお願いします。それとお代……」
「差出人の名前?ㅤそんなの適当でいいよ。送り先は……」
ㅤこんなやりとりをして、ワタシはイバルくんのいる氷の星を目指した。
「ハイ、イバルくん」
「なんだコレ」
「手紙。読んでください」
「マァちゃんから?」
「違うよ、差出人のとこ読んで」
「あ、ほんとだ」
ㅤ白い封筒を渡した。裏を返すと、「水の星の人」と書いてある。イバルくんが封筒から便せんを取り出すと、そこには大きめの文字で、ワタシの心も込めた短い言葉。
「なんだ、これだけ? ㅤというかオレ、この人のこと知らないんだけど」
「知らない人に渡したかったんだって」
「なんだよ、それ」
「自由と孤独は似ているって聞いたことない? ㅤそんな思いを抱いてる人が、死ぬ前に、知らない人へ手紙を出したくなったってこと」
ㅤなんとなく、それらしいことを説明してみた。ワタシだって、驚いた。知らない人に手紙を出そうとするなんて。ね。
ㅤ送り先は、お前さんが渡したい相手に。それが水の星の人の言葉。ワタシの場合、この手紙を送りたい相手はたくさんいる。
ㅤお父さん、お母さん、オババ。ミヤちゃんに、星の人。だけど正直言えば、イバルくんが一番“知らない人”に近いのだ。だからこそ、差出人の気持ちも、ワタシの気持ちも素直に乗せられる。
「『いつも』とか、『やっぱり』とか。知らない相手に書く言葉じゃないよな」
「だからいいんじゃない? ㅤワタシだって、イバルくんとは教習所で会った程度の仲だけど、元気出してほしいとかは思うよ」
「……あぁ、そうなの」
ㅤ気づけばワタシはイバルくんの隣で、イバルくんと同じように座って、遠くの方を見てた。それに、何だか少し照れた。
「星に帰ろうか」
ㅤイバルくんはすっと立ち上がり、座るワタシに手を伸ばす。自然と目線が合う。
「答えはもう出たの?」
「出た」
ㅤイバルくんの左手を左手で掴んで、立ち上がる。手を離す。
「マァちゃんに会えた」
ㅤイバルくんは耳の近くでそう言って、自分の宇宙船へと走り出す。そしたら帽子が浮き上がる。
「あれ、なんでオレ、ヘルメットの上に帽子かぶせてんだ」
ㅤそれはワタシが聞いたけど、何も答えてくれなかった。
「よっしゃ、星まで競争するぜ! ㅤ安全第一でな!」
ㅤもはや、調子に乗ってるイバルくん。でも、いつものこんなキミがスキ。やっぱりキミは、これでいい。
「行こうぜ、マァちゃん」
ㅤ幸せは、めぐりあわせ。ワタシが答えを聞いた辞書には、こう書いてあった。知らない人から届いた手紙。知らない人へ、届けたい手紙。今もワタシの知らないところで、優しい気持ちが生まれて、運ばれていく。運んでいく。
「アッ、ワタシ、まだ仕事あった!」
ㅤおババと星の人は、元気に仲良くしています。
星に確かにキミがいる 浅倉 茉白 @asakura_mashiro
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