第7話

「……で、なんだよ龍神堂……?」

「どうもこうも仁、お前……?」

「いつからって……」

「嗚呼いや、言い方を間違えたな? 仁、いつから? お前の性格上、あの三人の前でって事はねぇだろ」


 奥座敷──仁の使う、書斎で龍神堂は柔和にゅうわな顔立ちを少しだけ歪めて仁を睨む。そして詰問する。

 その様子に仁は普段から細く鋭い眼を、更に細めて龍神堂を見る。

 仁は手元の本を軽くめくりながら、龍神堂の言葉に返す。


「…………別に、いつも吐く、って訳じゃねぇよ……最近、増えただけで…………」

「ならなんでもっと早く言わなかった? 薬を調合するのにも、時間は必要なんだぞ、仁」

「知ってるが……」


 仁が言いよどんで黙り込む。仁としては迷惑をかけないつもりだったんだろう。という事ははなから理解出来た。

 まったく……どこまでも自己否定感の酷い子だ、あれから何年も経過しているにも関わらず、自分を傷つける事で自分を保っている。


(……いや。違うか。んだ)


 彼の心の底からの笑いは、たまにしか出ない。それ以外は笑っていたとしても、何処か自嘲的じちょうてきであったり、苦しそうな笑顔だったりだ。

 多分それは、慣れてしまった笑顔だ。虐待を受け、捨てられ、施設でなお苛められた環境下で慣れきってしまった笑顔。


(…………更夜も言ってたな、あの時の夢を視てうなされてる…って。起きた時、本人にはあまり記憶はねぇようだが……)


 龍神堂は目の前で本のページを捲る、仁の薄い肩や華奢きゃしゃ体躯たいくを見つつ、思う。

 恐らく未だに身体には虐待や苛めの痕が色濃く残っているだろう。仁は自分を見てしまう所があるから、痕の事を他人事のように話すと、更夜が苦笑しつつ言っていた。


「…………仁」

「…………………………あ?」

「いや、なんで睨むんだよ怖ぇ奴だな……傷、見せてみ?」

「…………………………チッ」

「おいコラさらっと舌打ちしねぇの、おいさんが傷つくだろーが?」


 嫌そうに顔を歪めて仁が渋々、羽織を脱ぎ、着物の上部分をはだけ、雪のように白い肌を晒す。

 その白い地の肌を埋め尽くさんとするように、醜い傷痕が仁の背中や腕に踊っていた。


「いつ見ても思うが仁、おめぇよくこの傷の深さで平然としてられんな? 普通だったら付けられた時、痛みで泣き叫ぶか失神してるぜ?」

「…………………………痛覚が鈍ってたんだよ、身体がンだろ……」

「へぇ……」


 龍神堂のさらりとした質問に仁が答える。

 ツッと傷痕をゆっくり撫で、深さや形状を再確認する。


「んッ……」


 くすぐったいのか仁がピクリと少し身じろぐ。


「擽ってぇのはもうちょい我慢しろよー? …あ、仁てめぇまた引っ掻いたな、引っ掻いた痕が出来てんじゃねーか」

「…………気づいたら、引っ掻いてんだよ……」


 龍神堂の言葉に仁が気まずいのか、視線を明後日の方向に軽く向けつつ仁が話す。


「んー……明日薬調合したヤツ持ってくるが、一度傷視ながら調合した方が良さそうだな……」

「うへぇ……」

「なんだよ、その反応はヨ? ……ほらもう良いぞ、服着て」

「龍神堂のは内面覗かれてるようで気持ち悪いんだよ……」

「仁の中での俺の立ち位置が垣間見えんなぁ……」


 着物を元に直す仁を見つつ、苦笑を浮かべる。


「仁、龍神堂さん、終わりましたか?」

「おー極夜、終わったぜ」

「…………………………終わったよ」

「失礼します。あの…お茶とお菓子をと」

「あ、出た。極夜の手作り菓子とハーヴティー」

「お前のは、美味しい……よな…」


 極夜の持ってきたお菓子とお茶を摘み、龍忌堂の夜は始まる…──。

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虚空人〜いつわりびと〜 幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕 @Kokurei

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