とある数日間の二人

ナツキ

第1話

 この物語はノーネームとその仲間たちがアジ・ダハーカを倒した後の物語。

 アンダーウッドに顕現したアジ・ダカーハを倒した後、ノーネームリーダー。ジン・ラッセルとメイド兼ジンの護衛役であるペスト。二人はノーネームを抜け出し、殿下率いる元魔王連盟であるウロボロスのメンバーと共に行動をしていた。

「ちょっとジン! ノーネームを抜けて本当に鈴達に付いて行くつもりなの!?」

黒のノースリーブに白色のワンピースには一面の斑模様。紫がかったショートヘアーの髪にはワンピースと同じ黒色のリボンが両端に二つ結ばれている。見た目は十二歳程度で今だ顔や体には幼げな雰囲気を残す少女。

少女は紫髪に結ばれている黒いリボンをゆらゆらと揺らしながら前を歩く少年ジン・ラッセルに静止の声をかける。

「ペスト、その話はノーネームを抜ける前にちゃんと話しておいたろう?」

 ジンは進む足を止めペストへと振り返る。

「そうだけど……。あんなに思いれのあったノーネームをそんな簡単に捨てられるの!?」

 一瞬暗い表情を見せたかと思ったら、すぐに顔色を変え今度は怒っている様な表情をするペスト。

「簡単ではないけれど……。それに別に僕はあそこに二度と戻らないと言っている訳じゃないよ。今はペストの、黒死病の運命を変えることが僕にとっての最重要なことなんだよ」

 真剣な眼差しでペストから視線をずらさずまっすぐに話すジン。ジンのまっすぐな視線に何か言葉を発しようにも何も言えないペスト。ペストが黙り込むとジンは立て続けに言葉を紡ぐ。

「それに、今のノーネームには黒ウサギだけじゃなくて十六夜さんや飛鳥さん、耀さんもいる。彼らがいればノーネームはしばらく安心だろう。それに煌焔の都の牢屋でも伝えただろう、たとえノーネームを抜けて僕一人だけでもペストを手伝うって」

 ジンの言葉にあの月夜の日を思い出すペスト。鉄格子が嵌められた小さな窓からは僅かな光しか射さず、夜になれば温かさなど無く冷たい地面から体に伝わる寒さは死を思い出させたあの夜のこと。それはペストの中にもハッキリと覚えていた、あの日にペストはジンと正式に隷属でなく主従の関係を結んだのだ。

「ジンは本当にそれで良かったの?」

「お願いだよペスト、そろそろ君もノーネームを離れることを納得してくれなきゃ」

 僅かな沈黙が流れ始め、その沈黙を破るようにペストが深く息を吐いた。

「はぁー。分かったわよ。アンタって見た目の割に結構頑固よね。いえ頑固というよりこれと決めたら迷わない。少し前まではリーダーとは思えない程頼りなかったのに」

 ペストの言葉に頬を掻きつつ「あはは、十六夜さんの影響かもしれないなぁ」と小さく微笑んだ。ちょうどその時、ジンの後ろから明るい声音で二人を呼ぶ声がする。

「ちょっとお二人さん。いい加減立ち話を終わらせてくれないかなぁ、グーお爺様も待ってくれてるんだよ」

 声の主は彩里鈴。彼女はウロボロスのメンバーで殿下の部下。肩まで伸びている黒髪にノースリーブの服装。いかにも活発で元気そうな少女の雰囲気を出していた。そんな彼女だがとても優秀なゲームメイカーでもあり、殿下を支える要の一人でもある。

「ごめん鈴、今行くよ」

 返事を返すと再び歩き始めるジン。ペストもジンに付いて行くように後ろから一定の距離を保って歩く。

「もう遅いよ二人とも。何か話があるなら歩きながらにしてくれる」

「あはは、ごめんよもう立ち止まらない様にするよ。さ、行こう」

 鈴にそう言うとジンは一番先頭を歩いているグライアの横に行きこれからの行き先や目的を相談する。最後尾を歩いていたペストの横に鈴がやってくると。

「そんなにジン君がノーネームを抜けるのが許せない? それがたとえペストちゃん自身のためだとしても?」

 鈴の不意な質問にペストは「さっきの話、聞いてたのね」と小さく呟いた。その小さな呟きすら鈴は聞き逃す事をせず笑顔で「うん」と頷く。

「別に許せないなんて思ってないわよ」

 ペストは澄ました表情で答えるも、鈴はペストの顔を見ながらニヤニヤとした顔をしている。その顔を見て反射的に一歩距離を置くペスト。

「そんなに警戒しなくても何もしないよー。これからは一応ペストちゃんやジン君とは同士なんだから」

「一応……ね」

「そんな事よりさっきの話の続き! 別にジン君がノーネームを離れるのが許せない訳じゃないのなら、なんでさっきはあんなにジン君に突っかかってたの?」

「別に突っかかってなんていないわよ」

「嘘。ペストちゃんはジン君に怒ってるんでしょう。誰にも何も告げずにあんなに大切だった仲間たちとの居場所を簡単に出て行くジン君に。ペストちゃんは案外仲間想いだからねー」

「そんなんじゃないわよ。ただ私はこの選択は本当にジンのためになるのか心配なだけ」

「へ~。まさかペストちゃんの口から心配なんて言葉聞けると思わなかったよ」

「仕方ないでしょ、ジンは何の力もないくせに無茶するんだもの。今ジンを守れるのは契約を交わした私だけ。もう、あいつらは傍にいないのよ」

 ペストの中には確かな信念があった。自分のせいでやっかいな事に首を突っ込んでいるジンを何があっても守ると。それが従者として契約した自分の役目だと。

「ふーん、それじゃジン君の護衛はペストちゃんに任せるね。私もグーお爺様もやらなきゃいけない事があるから」

「そんな事あんたに言われなくても分かってるわよ。むしろこっちに気を回す余裕が今のあなたにあるのかしら?」

「大丈夫だよ。ちゃんと周りの気配には気を配ってるから。今の所追っての気配はないよ」

 鈴の言葉を信じきれないペストは自身でも敵意を向けられていないかを探ってみるけれど鈴の言う通りこれといって何の気配も感じない。

「ね? 誰もいないでしょ」

「そうみたいね」

 鈴の問いかけに小さく冷めた声で返事をするペスト。

「ペストちゃんはもうちょっと私の言葉を信用してくれてもいいんじゃないのかな」

「そうね。あなたがもう少し本音を話してくれたら信用出来るかもだけれどね」

「あはは、ペストちゃんてば厳しいー」

「あたりまえでしょ。だいたいあなたの事は」

 ペストがそこまで話した所でその言葉をかき消すように数メートル先から突然轟音が鳴り響いた。

「何!?」

 急な出来事に身構えるペスト。鈴はその横で先程の音が何によるもので誰が出した音なのかを分析する。

「音の方角はジン君とグーお爺様が向かっている方面。恐らくギフトを使った音だとは思うけど一体誰がギフトを? グーお爺様?」

 今の一瞬の音で周りの状況を確認しようと頭を張り巡らせる鈴。

「鈴、何を一人でぶつぶついっているの!? さっさと音がした場所に向かうわよ!」

 立ち止まっている鈴に叫び音のした方へ向かおうとするペスト、その直後二人の上空に二つの影が音のした場所から飛んでくる。一つは子供ぐらいの小さな影。もう一つは大きく明らかに人のものではない影。二つの影がペストたちの真上から落ちてくる。

「ジン!」

 ペストは飛び上がり降ってくるジンを空中で受け止める。

「ありがとうペスト。危うく地面に垂直落下するところだったよ」

 ペストの腕に抱えられつつお礼を述べるジン。

もう一方のグライアは誰も受け止めることが出来ないためか、空中からそのまま地面へと叩きつけられる。地面から凄まじい砂埃が巻き上がり。

「あいつめがっ!」

「グーお爺様大丈夫?」

「おお鈴か。ワシは大丈夫だ」

「何があったの? さっきグーお爺様が飛んで来た方角から凄い音が響いたけど」

 グライアの無事を確認するとすぐさま音の説明を求める鈴。

「マクスウェルの仕業だ」

「マクスウェル!?」

 グライアから口にされた名前に今まで笑顔から表情を変えなかった鈴の顔が戸惑いと焦りへと変わっていく。

 マクスウェルの魔王。物理学と熱力学の思考実験から生まれたマクスウェルの悪魔。箱庭の世界では第四桁の魔王にして数少ない境界を操作出来る力を持つ魔王である。

「でもマクスウェルはノーネームが倒したはずじゃ」

「その筈なんだがな、突如ワシらの前に現れ襲って来た。恐らくなかなか我らを捕らえられず連盟が送ってきた刺客だとは思うが」

「死んだはずの魔王が刺客そんなことあるわけが。でもどうしよう。私たちじゃあれは止められない。私のアキレス・ハイも空間跳躍の前じゃ意味はなさないし」

 さっきまで敵の気配すら感じなかったというのに今は一転して窮地に陥る四人。

「仕方がない。私とグーお爺様で時間を稼ぐから、その隙にジン君とペストちゃんは二人で逃げて」

「そんな! 協力すると言ったんですから僕らだけ逃げる訳には」

 鈴の指示に異を唱えるジン。

「甘えたこと言わないで。私たちでもあれは追い返せない時間を稼ぐだけで精一杯なの、そんな相手と戦ってる最中にジン君に居てもらっても足手まといでしかないの」

 鈴の正論に何も言い返せないジン。唇を悔しそうに噛みしめジンは。

「すみませんっ……!」

 体を反転させ、ジンの持てる限りの速さでその場から走り去る。

「ペストちゃんも早くこの場から離れて。マクスウェルがここに来たら逃げるのは不可能だよ。その前にジン君を追って」

「っ! あんたたち死ぬんじゃないわよ!」

 乱暴な言い方ながらもペストなりに鈴とグライアを気遣う言葉を残し、黒死の黒い風を纏いジンを追う。

「普通信用してない相手にそんな言葉言わないと思うんだけどなぁ」

 ペストが翔けて行った方向を見ながら可憐な微笑みを見せる鈴。

「ペストは彼と出会って変わったな」

 鈴と同じようにペストたちが去って行った方向を見てグライアはそんな言葉を零す。

「違うなぁ」

「何?」

 グライアは自分の言葉を即座に否定され、機嫌を損ねたのか声が少し威圧的になる 

「ペストちゃんは何も変わってないよ。昔から仲間を大切にする子だったよ。その証拠に今でもグリムグリモワール・ハーメルンの指輪を身に着けているからね。持っていたって何の意味もないのに」

 少しだけ素直な言葉を言えるようになったペストの姿を思い出して「ははは」と鈴は小さく笑う。いつもあんなに素直だったらいいのにと。

 鈴が微笑みを消すと同時に二人の後ろから肌がひりつく程冷たい風が吹く。何とか凌ぎ切れるか鈴とグライアの命がけの時間稼ぎが始まった。

 鈴たちからかなり離れた距離になってもただひたすらに何も考えずがむしゃらに走り続ける。ペストはジンに追いつくと片腕を引いてジンを静止させる。

「ジン一度止まって!」

「放してくれペスト僕がこんな所で立ち止まっていたらマクスウェルが気付いて鈴達の行為が無駄になってしまうかも!」

「落ち着きなさいジン!」

 やたらと周りに反響する二人の言葉。先程までいた場所ではいくら叫んだとしてもここまで声が反響することはない。その違和感からようやくジンは自分がどこまで遠くに走って来たのかを知る。

「ここは?」

 まったく見当のつかない場所を見渡して頭を傾げるジン。

「ここはさっきまでいた獣道じゃないわ。そのさらに奥にある深い森の中よ」

 ペストの説明で声が響いてしまうのはそのためかと理解したジンは、冷静になった頭で自分がどれだけ鈴たちから離れたのかを悟る。

「僕は長い間走ってたみたいだね」

「そうね。いくら呼び止めても止まらないぐらい無我夢中で走ってたわね」

 ペストはやれやれと肩を竦めて頭を左右に振る。ペストの態度に頼りなく笑うジンは。

「迷惑をかけてごめんよペスト。とにかくすぐにこの森を抜ける方法を探そう。鈴たちが心配だ」

 おそらく自分が走って来たであろう方角に目を向けこれからの行動を考え始めるジン。そんなジンを横目にペストは鈴との会話を思い出す。

「ペストちゃんはジン君に怒ってるんでしょう。ペストちゃんは意外と仲間思いだからねー」

「そんなんじゃないわよ。ただこの選択が本当にジンのためになるのか心配なだけ」

鈴たちがいない今の状況ならジンが何を考えているのか分かるかもしれない。ペストはジンを正面に見据える。

「ジン。少し聞きたいことがあるの」

「ん、なんだい?」

「ジンは何故ノーネームを抜けることにしたの?」

「またその話か。だからペスト、それは黒死病の運命を変えるためじゃないか」

「ジンはそう言うけど黒死病は太陽の運行が深く関わった問題。太陽の動きを変えるなんてそんな簡単なことじゃないわ! 私を救うなんてほぼ不可能なことよ!」

 初めは静かに語るペストだったが気持ちが昂ぶり次第に声が荒々しくなっていく。

 言いたい事を勢いのまますべて吐き出したのかしばらく肩で息をする程疲弊するペスト。徐々に息が整ってくるのを見計らってジンは話を続ける。

「確かに黒死病は太陽の動きが関わっているのだから、きっと容易にはいかない。でも、だからって諦める訳にもいかないだろ?」

「でも、それは私がやらなきゃいけない事でジンがやることじゃ」

「何を言っているんだいペスト。僕らはすでに隷属ではなく契約を結んだじゃないか、あの時の約束を僕はちゃんと最後まで守りとおすよ」

「ジン……」

 何の迷いもないジンの力強い瞳にペストはジンの想いの強さを知る。彼にはもう何を言っても聞きはしないだろう。自分がやらなければいけないと決めたら途中で背を向けることをしない、それがジンだ。例え敵と戦う力がなくてもやれることをやる、これはノーネームの戦いの日々でジンが学んだ一つの戦い方だった。

「それじゃ、そろそろ進もうか。いつまでもここにはいられない」

「けど進むってこの森の奥に?」

「もちろん。この森をよく知らない以上奥に進むのは危険かもしれないけど、来た道を戻ってもマクスウェルと遭遇してしまうかもしれないからね。だったら多少は危険でも生き延びれる可能性が高い方へ進むべきだ」

「そうね。鈴たちがいない今の状態であいつに出会ったらお終いだものね」

「どうやら鈴たちも無事みたいだしね」

 一番最初に逃げたジンが何故鈴たちが無事か知っているのか不思議に思い首を傾げるペスト。

「今更何を言っているんだよ」

 ペストの言葉に苦笑しながら指にはめた指輪を見せる。

「僕の精霊使役は互いの考えていることが分かるだろ」

「そういえばそうね。本人の意思関係なく意思疎通しちゃうのだったわね」

「そうそう。だから僕ら互いに隠し事は出来ないからね。だからちゃんと知ってるよペストが逃げた後あの二人が逃げるのをペストが確認していてくれたおかげでね」

 ようやく歩みを進める二人。

 森の中は鬱蒼としており光は殆ど差さない暗がりが続いていた。幸いな事は木々の間から辛うじて届く日の光のおかげで昼か夜かの判別がつくことだ。もしこれで昼夜の判別がつかないようなら、知らぬ間に夜行性で危険な獣人と出くわして襲われるかもしれない。この箱庭ではどんな種族がいたとしても不思議ではないのだから。

「そろそろ日が暮れるわ」

 上を見上げてジンに告げるペスト。ジンも同じように天を仰ぐ。

「仕方ない。今日はこの辺りで野宿にしよう。ペスト悪いけれど火が点けれるだけの枝を持って来てくれるかい」

「わかったわ」

 ここは大きな森の中。そう遠くない場所のあちこちに枝はいくつも落ちていた。小さな体で持てるだけ枝を持つペスト。

「今思えば私ギフトカード持ってないんだからジンが枝集めすれば良かったんじゃない」

胴体が見えなくなる程の量の枝を抱えながら側にいるはずのないジンに語りかけるペスト。

「悪いけど僕もギフトカードは持っていないよ。僕は皆さんのサポートがメインだったから、特に恩恵があるわけでもないし」

 ペストの頭に直接語りかけているかのようにジンの声が頭に反響する。

「精霊使役はジンの恩恵なんじゃないの?」

「これは僕のというより一族の物だし。それに指輪がそうであって僕自身に精霊使役の恩恵があるわけじゃないからね」

「ふーん。そうなの」

 自分から話を振ったくせに特に興味もなさそうな気のない返事をしたあと、もうすぐ戻ると伝えて会話を終えた。

 ペストが集めた枝に乾いた葉を被せ火を起こす。ジンとペストは小さいながらも消えてしまいそうにない炎を黙って見つめていたが耳を澄まさなければ聞こえなさそうな声でペストは話始めた。

「ねぇ、ジンは何で私を助けようとしてくれるの?」

「そうだなぁ。僕自身が黒死病に興味があるから。あとは仲間が困ってるから、かな」

 最後は照れ臭そうに声を縮めるジン。

「仲間ね。もともとは魔王でしかも一度はジンたち全員を殺そうとした私なのに仲間というのね」

「そうだよ。例え出会いが悪くても同じコミニティに属したなら仲間だろう」

「ほんとにジンは甘いのね。いや、強くて優しいのかもしれないわね」

「まさかペストからそんな言葉を聞けるなんて、思ってもみなかったよ」

 ジンの驚く反応が鈴と被っていて今朝のことを思い出す。

「鈴にも同じ反応されたわ。私としては褒めるときはちゃんと褒めているんだし心外なのだけれど」

「ああ、ちゃんと君が周りを見ていてくれてるって知っているよ。それよりいい加減寝よう。明日は朝が早いよ」

 ブカブカなローブで体を包み込むように小さく丸くなって眠るジン。五分も立たないうちに静かな寝息が聞こえてきて、その寝息を背にペストも静かに眠るのだった。


 時間も分からないまま朝を迎えた二人。隙間から零れる陽光の明るさからしてまだ、九時十時といったところだろう。

 丸くなっていたせいで若干の痛みを感じながら背筋を伸ばすジン。真横でまだペストが寝ているのを見つけると体を揺すって起こす。

 半開きの目をこすりながらジンを見据え。「なに?」と尋ねる。

「そろそろ出発するよ」

「出発って結局どこへ行くのよ」

「とにかくこの森を抜けよう。まずはそれからだ、森の出口を探しつつどうやって鈴たちとも合流するかも考えないと」

 とりあえずは向かって来た方向と反対に進んでみる事に。およそ一時間ぐらい経った頃不審な気配が二人に近づいてきていた。

「ジン止まって」

「どうしたんだいペスト」

「誰かに付けれられてる」

 背後から感じる不審な気配に気づいたペストはジンを止めて周りを警戒しはじめる

「この森に住む住人か何かかな」

「そんなもんじゃないわ。明らかに私たちだけに敵意が向けられているもの。森の住人が警戒しているなんて優しいものじゃないもの」

「もしかして連盟からの追って」

「その可能性が高いわね。助かった事があるとすれば相手がマクスェルではないということね。気配だけでいうなら何とか私一人でも相手に出来そうだけど、ジンを守りつつとなると」

「僕の事は気にしないで、逃げ回ることぐらいなら出来るから」

「そう? それじゃ精々捕まらないようにしてよ」

 そう言ってペストが臨戦態勢に入ると同時に木の陰に隠れていた刺客が襲い掛かって来る。向かって来るのは男二人の人間。

「ジン離れて!」

 向かってくる敵に黒い黒死の風を纏って正面から突貫して行くペスト。魔王だった頃程の力はないものの神霊が人間相手にそうそう負ける事はない。ましてや今はギフトゲームをしている訳でもないため勝利条件も敗北条件も互いにありはしない。どちらかが引くしか決着の方法は無いのだ。

「はぁ!」

 風に乗った勢いのまま相手にスライディングしながら足払いをかけに行くも寸前の所で避けられ、逆に腕を取られ思い切り投げ飛ばされる。

 人間の腕力で飛ばされたとは考えられない程の速度で飛んでいくペスト。遠心力を殺せないまま木に衝突すると嗚咽を漏らす。

「っ! なんていう腕力と身体能力! ただの人間って訳ではないわけね」

 ペストが飛ばされた隙にジンに狙いを定める二人組。

 今度は先ほど向かっていった速度の倍の速さで相手に突っ込んでいくペスト。直進する速さを保ったまま相手の腕に掴みかかり黒い風を利用して空中に浮かび上がるとそのまま地面に叩きつける。次に狙うはジンを追う男。

「いい加減に!」

 またしても一直線に飛んでいくペスト。

「しなさいよ!」

 相手の脇腹に肘を打ち込み一瞬よろけた隙をついて、みぞおちに拳を何発か当てる。相手が膝を折ると自分がやられた時と同じように相手の腕を掴み遠くへ投げ飛ばす。

「ジン大丈夫!」

「うん、僕は何とか。それよりペストこそ平気なの、さっき投げ飛ばされてたみたいだけど」

「あの程度なら余裕よ。それより早く逃げて、あいつらまだ続ける気みたいだから」

 ペストの言うとおりヨレヨレと立ち上がりこちらを睨み付けてくる二人組。

「普通の人間だったらあれで五臓六腑潰れているはずなんだけど」

「相手は魔王連盟の刺客。何か細工があるのかも」

「細工ねぇ」

「ふざけるなぁ!」

 二人が話していると突然叫び声を上げる刺客の男。

「魔王の落ちこぼれ風情が我々の邪魔をするな! 我々の目的はただ一つそいつが持つ精霊使役のみだ! 貴様なぞに用はない!」

「随分な言われようね。確かに魔王から落ちたうえに神霊でもなくなったけれど一応ある程度の神格保持者と同等の力は持っているのだけど」

「貴様程度に神霊の加護を授かった我々に勝てるものか!」

「そう。なら本気で相手をしてあげる。けど今度は手加減できないから」

 そう言うとペストの周りから黒い風が力強く吹き付ける。力の無いジンでも分かる程にペストの霊格が肥大化していく。

「っ!?」

 ペストの霊格が急激に増幅していくと思わず後ろずさる刺客二人。額からは生温い汗が垂れ流れ刺客に緊張が走る。今のペストの力なら相手の腕一本を折ることなんて容易いだろう。力技が得意でないペストですらそれだけの威圧を放てるのだ、神霊にもよるがわずかに神格を預かった程度の弱い生き物では勝つことなど不可能に近い。

「それで? どうするの、この黒い風に貴方たち程度の力で対抗出来る? ジンを狙うのは諦めて尻尾巻いて逃げた方がいいんじゃない」

 余裕の笑みを浮かべて撤退させることを促すペスト。

「分かった。今日はお前に慈悲に感謝して帰るとしよう。だが忘れるな我々は決してジン・ラッセルの捕獲を諦めた訳ではない」

 捨て台詞を残して森の陰に消える刺客。彼らの気配が完全になくなると、ペストを中心に吹いていた黒い風が止む。

「ハァハァ、何とかなったみたいね」

 深く息を吐いてから、後ろで項垂れているジンに声をかける。

「ごめんペスト。また君にだけ無茶させてしまったね」

「ジンに戦う力なんてないでしょーが。あんたの分も私が戦っているだけよ」

 だから謝ることなんてするなとペストは言う。けれどジンの顔が晴れることはない。

「だけど、奴らの狙いは僕だった……。僕が囮になって刺客を少しでも引き付けられていられたら」

「駄目よっ!」

 ジンの考えに思わず声を大きくして拒絶するペスト。慌てることはおろか大声を出すことすらめずらしい彼女が何をそんなに怒っているのかジンには理解しかねた。

「だって、そしたらペストはもっと怪我せずに済んだかもしれないじゃないか! それに、追い払うのにこんなに苦労することもなかったはずだ! 霊格を肥大させて余裕を見せていたけど本当はもう限界だったんだろう」

 先ほどの戦いで明らかにペストが無茶している事がジンには分かっていた。本来のペストなら先ほどの刺客程度なら苦労する事なく追い返せていただろう。だが無茶しなければいけない程今のペストは力が衰えていた。

「っ! そ、そんな訳ないでしょう! あれは張ったりなんかじゃないわよ。本当に余裕だったわよあんな奴ら」

 ジンの指摘を真っ向から否定するペスト。

 ペストの態度にジンはため息を吐くと。

「はぁ、分かった。仮にさっきのペストの挑発は張ったりじゃないとして。でも、だからって一人で戦おうとすることはないんじゃないかな」

「あのね! あんたが死んでも捕まっても私にとって良いことは何一つないの。ていうか主人であるジンじゃなくて、所詮は契約で縛られている私が逃げたって意味ないわよ。だからそんな危険なマネはしちゃだめよ。絶対に!」

 ジンの顔と後数センチでぶつかるという所まで顔を近づけ言い聞かせるペスト。さすがにこんなに迫られてはジンも黙って素直に首を縦に振るしかない。

「分かればいいのよ。お人良しのジンは戦うなんて不向きなんだから大人しくしててよ」

話はこれでお終いとでも言う風に周りを見渡すペスト。

「だからってペストが無茶していい理由にはならないのに……!」

 顔を俯かせながら小さく言葉を零しながらジンは両手を握りしめた。

「それにしても。あいつらのせいでだいぶ時間がとられたわ。もうすぐ日も落ちるようだし、今日は無理に進むのは止めて野宿の準備した方がいいわ」

 下げていた頭を上げ、ペストと同じようにジンも辺りを見渡すと刺客と遭遇する前はまだ木々の間から光が射し込んでいたが今はすでに夕焼け空へと変わってしまっていた。

「そうだね刺客との戦闘でペストも疲弊しているだろうしこの辺りで今日は休もう。できれば今日中には森を抜けたかったんだけど」

「仕方ないわ。焦って無暗やたらに知らない場所を歩き続けた方が危険だもの」

 結局この日は特に進展もないまま二人は眠りに就いた。

 翌日。昨日よりも早く目を覚ました二人は再び刺客と会わないうちに出発した。

「昨日の遅れを取り戻さないと。いい加減鈴たちとも連絡をとらないといけないし」

「あの二人なら大丈夫でしょう。それよりも自分の心配しなさいよね。むしろ危険なのは刺客に狙われてる私たちでしょう」

 どのくらい歩いただろうか。暗かった森は徐々に明りに包まれ出口が近いことが伺えた。

「これだけ光が森に届くなら出口も近いはずだ」

「やっとこの薄暗い森を抜けられるわ。さすがに暗い場所が嫌いじゃない私でも、当分暗い場所はいいわ」

 日も傾き始めたところだ森を出る頃には丁度夜ぐらいになっているだろう。歩き続けて気力が下がっていた二人だが出口が近いことにもうひと踏ん張りだと歩く足を速める。そんな時二人の隙間に鋭いナイフが高速で飛んできた。

「何!?」

「うわっ!」

 咄嗟にジンのフードを掴とって一歩後ろに下がるペスト。急にフードを鷲掴みされたジンはペストが一歩後ろに跳んだ際の着地際に思いきり腰を打ち付ける。

「昨日よりも不自然なくらい霊格が高まってるけど同じやつらよ。ジンはどこかに隠れて!」

 ジンを庇うように立つとすぐさま臨戦態勢に入るペスト。

「そ、そんなの駄目だよペスト! また一人で戦う気だろう! 僕は主として君に昨日みたいな無茶をさせる訳にはいかない!」

「まだそんな事を言ってるの! ジンが居たって足手まといにしかならないの! だから早くこの場から離れて隠れてて!」

「だけど!」

「いいから! 早く言う通りにして!」

「ねぇペスト」

 冷静になって声のトーンを下げながらジンはペストに問いかける。

「君にとって僕はそんなに頼りないかな。戦うこと以外でも力にはなれない」

「ええ。頼りないし、力になんてなれない。特にギフトゲームでも何でもない今回のような戦いに関しては」

思いがけないジンの質問に一瞬目を見開くペストだったが、迷うことなく自身も落ち着いた声音ではっきりと答えた。 

「っ!」

 自分に何の力がない事はジンにだって分かっている。けれど、力がないからと言って言われるがまま自分だけ逃げ続けていいのかとずっと考えていた。ノーネームに所属していた時はどうしていたか、前線で戦うことが出来なくても知恵を使ってみんなと一緒に魔王を乗り越えてきた。

だから今回も自分が頭を使って、ペストが刺客の相手をすればいいじゃないかそうずっと思っていた。でもペストの考えは違った……。

確かにそうだ。ペストの言葉通り今回はギフトゲームなんかじゃない、解かなければならない伝承や伝説もなければ、殺しご法度なんてルールもない。

「分かった」

 ジンは改めて自分の無力さを噛みしめるとペストの指示のまま近場の木々に隠れる。

 ジンが木に隠れるのを確認すると

「ようやく逃げてくれたわね、まったく」

そう言いながら正面を向くペスト。

「ねぇ、あんたたちもそう思わない。けどあんたたちのしつこさよりはマシね」

「お前に用はないと言ったはずだ。ジン・ラッセルを渡せ。さっき声がしたからな、まだ近くにいるんだろう」

「お断りよ。わざわざ守ってる主人を渡す奴がどこにいるってのよ」

「そうか。じゃあお前には消えてもらおう。ジン・ラッセルはその後でゆっくり探せばいい」

「また返り討ちに遭いたいのね」

 今度は最初から死の黒き風を纏い、風を利用して一瞬にして相手に肉薄するペスト。手に溜めていた気圧を一気に敵の腹に放つ。圧縮された大気は大きな爆風を起こし何本もの木々を倒しながら吹き飛ぶ。力を思いっきりぶつけたのだ、さすがにすぐには立ち上がることはないと判断して、佇んでいるもう一人の刺客に視線を向けるペスト。

 そんな予想とは裏腹に吹き飛ばされた刺客は自らの上に倒れた木々を押しのけて立ち上がる。ペストの全力を受けたというのに激しい損傷も見当たらない。刺客はほぼ無傷だった。

「これはちょっとマズイかも」

苦笑いを浮かべつつも、すでに額からは嫌な汗が滲み出ていた。

「ジン、ここは任せて出口に向かって逃げなさい!」

 このままではジンを守りきれないと判断したペストはジンに逃げるよう促す。

「でも!」

「いいから! ジンがいると気になって集中出来ないから!」

 突っ込んで来たもう一人の刺客と組合いながらジンに叫ぶペスト。

「早く!」

 ペストの叫びに唇を噛みしめて走り出すジン。ジンが走って行くのを確認すると「やっと行ったわね」と小さく呟く。しかしペストが組み合っている間に吹き飛ばされた刺客が横を駆け抜ける。

「行かせない!」

 掴みかかって来ている相手の腹を打ち上げさらに後頭部にひじ打ちを繰り出す。ペストの攻撃に体を地面に這いつくばらせる刺客。倒れるのも確認することなく先を走る刺客を追いかけるペスト。風を纏っている分若干素早いペストは刺客に追いつくと後ろから首にしがみつく。

「ジンは追わせないわよ」

「貴様もしつこいな。今の貴様では俺に勝てないと分かんないのか」

「悪いけど、私の目的は勝つことじゃなくてジンを守るために時間を稼ぐか、追い返すかだけよ」

「主人にとっては殊勝な従者だな。だが、無意味な努力だ」

 首にまとわりつくペストの腕を簡単に解くとそのまま腕を取り背負い投げをしてペストを地面に叩きつける。

「がはっ!」

 口から血を吐き出して地面に倒れるペスト。

「この程度なんだよ貴様は」

 ペストを見下げて告げる刺客。

「ハァ、こんな奴に負けるなんてね」

そのまま体を踏みつけされそうになり瞳を閉じるペスト。その時刺客から鈍い声が上がる。

「んあぁ」

 刺客が正面を向くと小石を抱えたジンが刺客を睨みつけていた。

「ペストから離れろ!」

「逃げなさいジン! そんな小石なんかで勝てる奴なんていないわよ!」

「へー、度胸だけはあるみたいだな。まぁ蛮勇というより無謀なことだが」

 一歩一歩ジンに近づいていく刺客。ペストを助けようと自分に気をそらしたはいいが恐怖で体の動かすことの出来ないジン。

「間に合って!」

 ペストは最後の力を振り絞って風を纏いジンの所まで飛んでいくとジンを抱えて再び飛翔する。長い間ジンを抱えて飛ぶことが出来ないと判断したペストは明い出口よりも暗く身の隠しやすい森の奥へ飛んでいく。

「ふん。まだ飛ぶだけの力は残ってたか」

 森の奥へ飛び去るペストとジンを見上げた後ペストにやられた仲間を回収しに向かう。

 一方、森の奥地に逃げ込んだペストとジンは木の陰に隠れて体を休めていた。

「なんで戻って来たの」

 口から流れ出る血を拭い鋭い目付きでジンを見つめるペスト。

「逃げろという指示を聞かなかったのは僕が悪い、それは認めるよ。でも何もペスト一人で戦うことはないだろ僕にだって何かやれることがあるはずだ!」

「やれること? 精々小石を投げることじゃないの」

 ゴホゴホと咳込みながらも皮肉を浴びせるペスト。何か出来ることがあるなんて言いながら先ほどのジンは相手を目の前にしてただ怯えているだけだった。そんな彼に一体何が出来るというのか。ペストは深い溜息を吐いた。

「私は言ったはずよ、今回はギフトゲームなんかじゃないって。とにかく、次こそは約束守りなさいよ。またあいつらに遭遇したとしても戦うのは私に任せてジンは逃げなさい」

 ペストの言葉を聞いて何も言い返せないジン。もっと頼ってくれと言った所で先ほどの怯えるジンの姿を見ていたペストが頼るはずがない。知恵でしか戦うことの出来ない悔しい気持ちを言葉にせず、ただ強く拳を握りこむことで耐えるジン。

「それと勘違いしないでジン。今のジンは確かに頼りないわ。だけど、ノーネームで何度もの死線を乗り越えるうち、すごく成長したと思うわ。将来は貴重な戦力になりえる。だから今は人に頼りなさい」

「ペスト……」

 思いもしない言葉に開いた口が閉じないジン。

「ジンの成長は面白いわ。私は期待してるの。だから今は頼りなくたって構わないわ。そう言った意味で私はさっき頼りないと言ったつもりよ」

「そっか。僕はどうやら勘違いをしていたみたいだ」

 どこかホッとした表情で柔らかい微笑みを浮かべるジン。

「勘違い? 何を?」

「僕はノーネームで少しはみんなと一緒に戦えるよう成長したと思ってた。でもさっきペストから頼りないと言われてショックだった。結局自分は何も変われていないんじゃないのか、昔のように守られ、敵に怯えているだけなんじゃないのかなって」

 戦うことの出来なさそうな自分の小さく細い両腕を見ながら自分の気持ちを吐露するジン。そんな自分の両腕を握り込むと。

「でも違った。ペストはちゃんと僕を見ていた。僕はただ焦ってただけなんだと思う。けど今はペストの気持ちも、自分の焦りも分かった。だから今度は平気。次は僕なりのやり方でペストを助けるよ」

 さっきまで悔しさや戦えないことの辛さから悲しそうな顔をしていたジンだが、今は笑顔でペストに手を差し伸べている。

 どうやらペストとの会話でジンは少し調子に乗ったらしい。こうなってはいくら言ってもジンは言うことを聞かないだろう。諦めの溜息と共にペストはジンの手を取る。

 冷たい風が森を駆け巡る。どうやら日も落ちてきたようだ。ペストの傷を癒すことも兼ねてそのまま木の陰で一夜を過ごした。

「うーん。どうやら朝みたいね。鈴たちと別れて四日目ね。そろそろ鈴から連絡でもきそうなものだけど」

 朝の日差しを浴びながら空を見上げるペスト。横で何かモゾモゾと動く気配を感じて横を見るとジンはペストに寄り添うように寝ていた。

「なんでこんな近くで寝てるの」

 ジンの呑気な寝顔に呆れた表情をするもどこか穏やかな雰囲気を醸し出す。

「う、んー」

 ペストがジンを見ていると目を擦りながら目を覚ますジン。

「あっ、おはようペスト。どうやら怪我はだいぶ治ったみただね」

「ええ、おかげさまで。さ、さっさと森を抜けましょ。どうせまたあいつらもくるだろうから」

「そうだね」

 起きて早々にその場を後にする二人だったが、森の出口の近くである昨日と同じ場所まで来ると、ペストの予想通り刺客二人が待ち構えていた。

「よう。どうやら俺の憶測通りここに現れたか」

「昨日振りね。続きをやるなら付き合うわよ」

「へー。昨日と雰囲気が変わったな。なんかあったか」

「あんたに教えることなんてないわよ」

「ふん。だろうな。まぁ戦えば分かることだ、お前は手を出すなよ」

 もう一人の刺客を後ろに下げると一人で戦うつもりの刺客。

「一人でやろうなんてずいぶんな自信ね。まぁいいわ、さっさと終わらせるから!」

 一喝すると共に初日の戦い以上の霊格を見せるペスト。

「これって」

 ペストが自分から溢れ出る想像以上の霊格に驚いていると、ジンがペストの横に並び。

「言っただろ、僕なりにペストを助けるって。僕の精霊使役の力を使って最大限にペストの力を引き出す!」

「なるほどね。これならあんなの余裕ね」

 一昨日とも昨日ともくらべものにもならない高い霊格を解放すると黒い風だけで周りの木々を吹き飛ばす。風力を利用して刺客に突貫し瞬く間に相手の顎を打ち上げる、それだけで相手の体は空中に浮かび上がり、背中を蹴り飛ばし追撃を加える。落下していく刺客をさらに追いかけて頭を掴むと地面に顔をたたきつける。

「ガハッ!」

 刺客は血反吐を吐いて地面にひれ伏す。

「あれ、もう終わり? あんなに強気だった割にあっさりしすぎなんじゃないの」

 這いつくばる刺客に嘲笑を浮かべるペスト。

「糞が! 少し強くなったくらいでいきがってんじゃねーよ!!」

 刺客の体はどう見たって最初の一撃で満身創痍だが、それでもペストに掴みかかろうと腕を上げるが、その腕がペストを掴む事なく空を切る。すでにペストは刺客の上空へと浮かび上がり。

「腕を振り上げるしか出来ない程弱ってるならさっと、気絶でもしてなさいよ!」

刺客の背中めがけて急降下するペスト。体が真っ二つになるのではないかと錯覚する程の衝撃が背中に伝わる。あまりの衝撃と蓄積されたダメージで刺客が気を失うと。

「やっぱり雑魚だったわね」

 凄まじいペストの力に腰を抜かしているもう一人に「ねー。そう思わない」と尋ねるペスト。刺客は逃げようと走り出すが。

「無駄」

 その一言と共にペストの手から黒い風の突風が刺客を襲う。その一撃で相手は沈む。

「はい、終わり。そろそろ鈴から合流の連絡もくるでしょう。この森をさっさと抜けましょうか」

「そうだねいい加減この森からは抜け出したいな」

 やれやれと疲れた表所のジンにペストは微笑むと風を纏って飛び立つ。その後、鈴の推測で森付近を探していた鈴たちと合流することが出来たのだった。


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とある数日間の二人 ナツキ @akasiki

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