ユーフォが上手くなりたい

「ユーフォが上手くなりてぇ」

「ん?」


 机に突っ伏してたら、急に奏斗とりっちゃんとおとやんが雑談をやめて俺のほうを見たからびっくりしたけど、最近お疲れ気味の俺は目だけで三人を見上げた。


「何を今さら?」

「え?」

「だよねぇ」

「何かと思えば」


 鼻で笑ってぶどうジュースをすする奏斗。りっちゃんは笑顔で、おとやんは真顔でそれぞれ紙パックのジュースをすすりながら会話に戻ろうとする。今さらって、何が?


「俺、さっきなんか言った?」

「あれ? 覚えてないの?」

「え、マジで俺なんか言ってた?」


 きょとん顔のりっちゃんに言われて、顔を上げる。おとやん曰く、最近疲れていつも以上に思考がだだ漏れになってるらしいけど、今度は何を口走ったんだ俺……。変なことじゃないといいけど。


「そこまで疲れてるんだったら帰れば?」

「やだ! 俺は帰らない! それよりさっき俺なんて言った?」

「『ユーフォが上手くなりたい』って言ってたけど」

「……なんだ……そんなことか……」

「そんなことって、お前にとってユーフォってそんなものなの?」

「いや違う。断じて違う。そうじゃなくて、変なこと言ってなくてよかった……って思って」


 やだぁ~とわざとらしく言う奏斗に、俺は断固として否定する。俺にとってユーフォちゃんはそんなもんじゃねぇ。No Euphonium,No Lifeとは俺のことだ。覚えておいてほしい。

 ……まあ、最初から、吹部に入った時からユーフォ一筋だったわけじゃないけどさ。でも、ユーフォに出会ってからはユーフォ一筋よ? 知名度は低いかもしんないけど、ほんといい楽器だよな、ユーフォってさ。


「悪口じゃないけどさ、奏斗とかりっちゃんとかおとやんと一緒にいると、あーユーフォもっと上手くなりてぇな、って思うんだよな。みんなそれぞれ上手いし」

「そうかな? なるみんも上手いと思うけど」

「自分のことは分からんけど、別に下手な部類ではなくないか。お前の目指すところが分からないからなんとも言えん」

「そーそー。下手って言ってるとほんとに下手になるって言うし、その思考よくない」

「それは分かってんだけどさ、だってみんなマジで上手いから……考えちゃう時あんだよ……」


 みんながお世辞じゃなく言ってくれてるのは分かる。でも、奏斗はやっぱドラム叩かせたらマジで天才だと思うし、りっちゃんも鍵盤マジ上手いし、おとやんは隣にいる安心感半端ないし、ふと比べると俺ってそこまでじゃなくね? って深みにはまるっていうかなんていうか。


 でかいため息をついてもう一度机に突っ伏す。あー俺疲れてんだなー。こんなこと考えてずるずる引きずんの俺らしくないなー。疲れてるのは分かってるけど、楽器も吹きたい。一日休むと取り戻すのに三日かかるっていうし。つか、疲れてても部活は別だしな。部活で疲れたんならさすがに休むけど、それ以外で疲れたんならむしろユーフォ吹いて疲れを癒すわ。


「鳴海はなんていうか、頑張ってると思うよ」

「んあ?」


 あと何分あるか知らないけど、午後の練習はじまるまで少し寝ておくかと思って目を閉じたら、奏斗が急に俺を褒めだしたから、目を開けてまた顔は上げずに目だけを奏斗に向ける。急になんだなんだ?


「あくまで俺の主観だけど、鳴海は楽器のポテンシャルを引き出すのはめっちゃすごいと思うし」

「マジで?」

「その楽器の最大限のよさとか強みとか、そういうのを引き出すのは上手いよな~って思ってた」

「……マジかぁ」


 冗談とかで言ってないのは、奏斗の顔を見れば分かる。ぶどうジュースをすすりながらだけど、マジで褒められてるのは分かる。


 えっえっ、でもマジで? 俺ってそうなんだ? えーマジかぁ、そうなのかぁ……。

 褒められて悪い気はしないじゃん? でも急にそんなこと言われたら戸惑いはするじゃん?


「今のユーフォが悪いってわけじゃないけど、サイドアクションも考えてみれば?」

「サイドアクションなぁ……確かにあれはやりやすそうだけど。少なくとも小指はつらないだろうし」


 サイドアクションってのは、ユーフォってピストンが四つあるんだけど、そのうち四番目のピストンが横についてて、左手で操作できるやつのこと。俺が使ってるMyユーフォことふぉにたんはトップアクションっていって、四つピストンが横に並んでるやつで、右手の親指以外の四本の指でそれぞれ押すタイプ。今はほとんどサイドアクションのが主流だな。


「鳴海って中学からずっとサイドアクションじゃないほう使ってるんだっけ」

「そう。だから今のが慣れてるんだよなー」

「まあ、慣れが一番だよな」

「だよな~」


 他の学校と合同で何かする時に、新しいモデルのサイドアクションを見るとうらやましいな~とか思ったりはするけど、やっぱりなんだかんだで慣れ親しんでるふぉにたんが一番手になじんでるんだよな。やっぱユーフォって最高だわ。

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はじまりの音を奏でて~調辺高校吹奏楽部へようこそ~ 紫音うさだ @maple74syrup

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