2 Get it on
□
——新カヴァルカ共和国の中枢人物、イリヤ・ホールトンがゲリラ〈赤のダキア〉に誘拐された。
戻ること半日前。
それがチヌークの中で聞いたことの発端だった。
そしてそいつを助け出すのが任務。
レーション片手に立川小枝中佐はそう吐き捨てる。
「カヴァルカがどんな状況かは知ってるでしょう、主席さん」
「知ってる…が、知ってるからこそ謎」
「理由を十文字以内で説明せよ」
「新人で階級なし」
「じゃあ今からあんたは二等准尉ね、そして人は必ず新人期間がある」
「違う!」
叫べば、じゃあ何、と返される。あ、これ話通じないやつと瞬間的に思うが説明するほかないだろ。
中佐と向き合い、呆れるように言葉を吐いた。中佐の表情が楽しげなのは置いといて、だ。
「俺は、二等兵になるために大佐を蹴ってここに来た。なんでもない一般兵になるためにあんたの誘いに乗った。武功をあげるつもりもない、上官になる気も全くない。だから、スラムって言われてるあんたんとこに来た。なのになんで、しょっぱなから二等准尉なんだ、おかしいだろう!そういうの全部いらないんだって!」
中佐は俺を見ていた。えらく、まっすぐ見ていた。
それに気圧される。だから一旦閉じた口を開いた。
かぶせるように中佐の声がしたのはそのすぐ後だった。
「それに、こんなすぐに」
「【新クリミア戦線】は特級戦線と呼ばれる重要戦線の一つ。一触即発の状況はいつも変わらない。旧ロシアが非合法に第十五特区を襲撃、ベルン連邦とシカラハ連合が止めに入らなければ第五次世界大戦も夢じゃなかったわ。そういう土地にこういう私たちみたいのが土を踏んだら…一気に戦局が傾くかもしれない。二次大戦のバルカンね、要は」
「だから、なんだよ」
「死にやすいのよ」
チヌークの中は震動音だけになる。ヒリ、と肌が火傷をしたような痛みを走らせた。
数時間前、沖縄基地のクウェルフ大佐の部屋にいたときと同じ感覚だ。大佐の部隊に入らないかと提案され、その直後にドアを開けてこの人が部屋に入って来たときと、まったく同じだった。
『…大佐、そいつは私がもらうわ』
静かに突き刺さる声でそう言った。射抜く目は俺に向けられていた。
俺はそれに応じたんだ。何故なら目に映し出された女を解説する文字には
『第9連隊、対特軍大隊直轄第4部隊…立川中佐…スラムの、長…』
声に出していた。
ならず者だけを集めた部隊。軍に所属していれば一度は聞く部隊名だった。それこそ、訓練校を一ヶ月前に卒業して、まだ配属が決まっていない新人でも知っているくらい有名だった。
その部隊は俺が死ぬほど入りたくて仕方がない部隊でもある。
だから中佐がその言葉を口にした直後、椅子から立ち上がり叫んでいた。
「『あなたの部隊は死亡率が一番高い戦場に行くと聞きました、行かせてください!』って、言ったのはあなたでしょう。だから手頃な任務を引き受けたのよ。だからあんたはここにいて、
オンボロチヌークでね、と中佐は食べかけのレーションを口に運んだ。
一口でそれを食べ終えると、おもむろに腰のホルダーにあった銃を取り出し俺に向かってに投げた。慌てて受け取れば、第4中隊に支給されているH&KのUSP9だった。
「大佐の部屋を出てすぐに飛んだからね、まだ支給されていなかったでしょう。選別だ、お前が生き延びれば幸いだよ」
□
月が上がっている。
草原を超え中立地帯の山間部に入る。日付が変わるまでにはまだ数時間あるが、それくらいにはもうキャンプに入れるだろう。
私はジープのハンドルを握っていた。
後ろでは銃を抱えたまま達也が寝ている。助手席にはキースが煙草を吹かしていた。横目で後ろを見つつ金髪に声をかけた。
「今日一日共に行動してどうだった」
「…さすがは浅義大雄の息子、とでも言うべきっすかね」
答えは想像していたものとほぼ同じだった。
煙草、と小さくいいダッシュボードの上に目線をやる。めんどくさそうに頷くが、キースはマルボロを咥えさせシガーキスをする。こういう洒落たことが部隊内で一番似合わないというのに、本人の自覚は全く無い。かわいそうに。
キースは紫煙を吐き、ダッシュボードに足を乗せた。中立地帯とはいえ、いつどこで戦闘が起こるかわからないのが戦場で、ここはそれが特にひどい。その状況でここまで気を緩められるのは、ただ単にキースが第4中隊の一員だから、というだけだ。自分の顔面偏差値がわからないこと以外、この男に欠点はない。
夜風に金髪を揺らす。亜熱帯気候の5月はなかなかに暑い。汗を還元し冷却する機能を備えたインナーを着ているとはいえ、その上に戦闘服を着てベルゲンを背負えば意味はない。
後ろを見る。
スラムに先輩後輩などという意識はミジンコ1匹分も存在しないが
…よくもまぁ寝ていられるわ
主席、ならば真面目だろう。真面目ならば先輩、あまつさえ上司を前にここまで堂々と寝ていられないだろう。しかし達也は寝ている。寝顔は銃を抱きかかえず、迷彩とジャングルブーツがなければただのガキだ。
「中佐、こいつどうっすか」
そうね、と。
逡巡して、しかし答えた。
「死亡率を気にするあたり長生きするわよ、こいつ」
思いの外言葉は楽しげに跳ねる。
「ほんとに死にたいならね、率なんて気にしないのよ。どうにかこうにかして死ぬんだ。戦場で死にたいなら尚更そう。無闇矢鱈に突っ込んで勝手に死んでいくわ…」
だけどさ、とキースは否定の言葉を口にする。いつの間にかこいつの煙草はフィルター付近まで燃えていた。すでに満杯の灰皿に無理やり押し込んで新しいものを出した。手にしたジッポーには海軍の旗章が刻まれている。一瞬途切れた白い煙はすぐに立ち上り窓から風に紛れつつ出ていった。
「生きたい奴も気にしないっすよ。何が何でも生き残ってやるって、心底思ってるっすからね」
「…それもそうだ」
ともかく、とハンドルを握り直す。
「私の部隊に来たからには死なせんさ。少なくとも私よりは死なせん」
グッドナイト・シガーキス Good nights cigar kiss 朔 伊織 @touma0813
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