1 Slow Slippy





 □


『中佐、こちらスティング達也。北100、1kワンケー(=1キロ)先に敵影2、INFインフ(=isn’t finded)、ツァスタバM97とAKだ』


『中佐、こちらハイデガーキース。南西57、0.5k、敵影4。いるのはわかってるけど…見つけちゃいない。ハイドアンドシーク見たり隠れたりだ。ウージーと…M16、うわ、M240持ってる!何するつもりだよ!』


『…スティング、お前スナイピングは得意か』


『えっ、あんまり』


『ならお前が打て。1kくらい自分で対処してもらわんと困る。この機会だ、慣れてしまえ。ハイデガーお前は言うまでもないな』


見的必殺サーチアンドデストロイなんてどっすか?』


『やってもいいが棺桶が喜ぶだけだぞ。まだ早い。いうことを聞いておけ』



 偉く実感がこもった言い方はなぜか余裕を生む。

 笑みがこぼれた。

 しかし声が響くのは脳内だ。物が散らかっている部屋には響かない。


 私はこの古びた二階建ての家の入り口を階段から見張っている。

 階段を登りきったリビングルームの両端、北と南の方角をスティングとハイデガーは窓越しに見ていた。スティングの先には小高い丘があり木があり身を潜めるにはもってこいで、ハイデガーの前には細い道路が通り、その先に三階建ての家があった。その屋上はコンクリの低い壁で囲まれているが半ば朽ちている。故に、頭が時折見える。しかし向こうは一個小隊、対しこちらはスタンドアロン。タイミングをきちんと図らなければ3人とも仲良く地獄へ遠足だ。それはいささか早すぎる。まだ息をしていたかった。

 ハイデガーが少し笑みを漏らしたのが通信越しにわかった。

 きっとこの状況がイマイチよく、わかっていないのだろう。その点スティングが何も動じていないのが、モニターしていてわかっているのだが恐ろしい。


 北欧、特級戦線の一つ【新クリミア戦線】最激戦区に入隊半日目の新人とともに、などというこの状況なのに。




 □


 …てか、これ実戦、なんだよな


 俺は窓の向こうを見て思う。


 …なんで俺ここにいんだよおかしいだろ俺まだこの隊に入って半日だぜなんでこんな超ド級戦線に突っ込まれてスナイピングしてんだよ同期はみんな基地で訓練してるっつーのにつかなんでマジでもう実戦なんだよどんだけ人材不足なんだよ


 ひとしきり毒を吐いて、諦めた。

 ことの始まりは12時間前に戻る、が、本当はもっと前から仕組まれていたんじゃ?と思うくらい手際が良かった。ひとしきり部隊の説明をされ、流れでブリーフィング、そのまま飛行場に連行され戦闘服等を支給され、レーション食ったら寝かされ起きたら元ウクライナと旧ロシアとの国境紛争地域だ、わけわからん。

 その道のプロに誘拐された気分もいいとこだ。

 しかも副隊長中佐の紹介はあれど、隊長の紹介どころか影が全くなかったせいで、俺はいまだにこの部隊の責任者を知らない。しかも選出小隊のみで任務に就くというのも、未だに信じられない。一つの任務に中隊が割り当てられ、その中の小規模作戦毎に小隊を振り分ける、ならまだわかる。しかし今回俺がいるのは完全独立選出小隊だ。つまり他の隊員はのんべんだらりとしているということ。


たった半日で、散々聞いた通りの特殊な部隊だという事を思い知らされた。


 ふ、と詰めた息を吐く。

 見える風景も冷たい空気も、日本のものではない。中欧のものだ。外に出たことのない俺からすれば全てが未知だった。できれば初めては戦闘員ではなく観光客として国を出たかったけど、この職業についた時点で諦めるべきだったと気づく。

 身をよじらせ打ちやすい体勢になる。

 しかしまぁ、と目線の先にいるそいつらを見やり

 …今時AKとか…大書記長は意外とケチ臭いみたいだ

 思う。自分の手の中にあるスナイパーライフルは〈BNMブレインナノマシン〉と常時接続可能の最新のものだ。南米産にしては珍しく作りがいい。予算がちゃんと回ってくる部隊でよかったと心底感謝しつつ中佐を呼んだ。



『そっちはいいのか』

『ええ。ハイデガー!』

『俺はいつでもいいぜ。ただM240の射線はスティングの背中に一直線だ』

『…首かっ切って来れば』

『おうおうおう、物騒な新人だな。ちったぁ先輩いたわれよ…』



 だけど、と〈脳内通信チャット〉に声が漏れる。



『無理やり連れてこられたんだ。ちっとは遊んだって怒られやしないだろうさ。なぁ、中佐?』



 ため息が吐かれた。だけど呆れの色はない。むしろ



『光化学迷彩を使いたくて仕方がないんだろう、どうせ。昨日配備されたばかりだものねぇ』



 確信の声音だ。半ば嘲笑も混じっている。

 スティング、と呼ばれた。



『ハイデガーが向こうを全員やってからだ。それとな、覚えておけ。ゲリラどもは自分こそが絶対的な正義と信じて疑わない。それゆえ一枚岩ではあるが…割れるときは一撃だ。割れて、終わりだ。砂利のように避けられないからな』



 ヤー、と小さくいう。

 中佐の言葉が終わると同時にカチ、と何かを差し込む音がして、つまりそれは光化学迷彩をオンにしたということ。

 床を踏む音が屋上への階段に移動する。向こうの建物まで飛び移るつもりだ。

 第四中隊は体に密着する電糸を使用したインナーを着ている。指先足先まで覆うそれはやはり〈BNM〉と接続し任意の箇所にパルスを走らせることができた。そして〈BNM〉とつながっているということは、学習するということでもある。


 使用者の筋肉、能力、瞬発力、そして目標までの距離

 それらを記憶し、計算し、弾き出す。



『中佐、カウントを』



 200メートル先の屋上にほぼ助走なしでたどり着くには、どのくらいの跳躍力が必要なのか。


 もう一度窓を覗く。

 引き金に指はもう触れていた。

 実戦で初めての発砲はもう少しでできる。

 脇を締めた。

 このライフルにはスコープがない。しかし目にはすぐそこに敵が映っていた。8倍スコープよりも精度がいい。

 目は敵とともにありとあらゆる情報を表示する。距離、武装状態、読唇などなど。文字が並び記号がそこにある。俺がズームインを望めばさらに近づき、アウトを思えば遠ざかる。


 それもこれも、頸の〈演算器オペレカル〉とそれに有線したこのライフル、〈BNM〉が可能にしていた。

 …ったく、技術の進歩ってのは怖いな

 半世紀前にはあり得なかった世界だ。

 脳内に響く声も眼前に広がるネットの世界も、首の機械も。

 あーあ、とまたぼやいた。

 …始まる

 中佐の空気を吸う音がしたからだ。


 5、とカウントが始まる。

 4、と続き

 3、で集中し

 2、で構え

 1、で息を止め



『0』



 た、と。

 飛ぶ音と、そのすぐ後に降りる音がした。

 ナイフで肉を断つ音が道路の向こうから聞こえてきた。

 ものの十数秒でそれは終わり、通信が入る。


 俺は立て続けに2回、引き金を引いた。サプレッサーを通る音がして遠くでは短い声が上がる。



『…ヘッドショット、ダウン』



 視界に敵勢力なしの表示がされ、這いつくばったままの死体が二体映し出された。



『ほんとに初めてかよ、さすが訓練校主席は違うね』



 無視した。

〈演算器〉とライフルからコードを引き抜いて腹回りのサブポケットにしまう。ライフルを一旦肩にかけ、一階と二階の間にいる中佐の元へと走った。いつの間にかハイデガーが背後にいて、



「本当、初めての戦場とは思えないくらい落ち着いてやがんのな」

「ずっと頭ん中は戦場だった、あとは体を慣らすだけだ。それももう半分以上終わってるしな」

「普通は反対だぜ?体を訓練で慣らして、精神を戦場で培う。ま、おかげさまで壊れる奴が量産されんだけど」



 改めて確認した。

 ここは日本じゃない。基地でもない。本物だ。


 サブを手に持つ中佐はよくやった、と小さく言うとすぐさま立ち去るハンドサインを出した。


 俺たちは建物から出ると丘を登り森に入る。すぐに年代物の無人のジープが姿を現して、持ち主はとうに死んでいるから借りることになった。この森を抜けると中立区域に入る。そこに集合するのがあと半日後の予定だった。







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