第3話

 ゾンビになったとはいえ、生前の習慣を忘れないのか、読んでいるとは思えない様子で背表紙を見つめる死体や、本棚から本を引きずり落としているゾンビだっている。というか、落としたら戻せよ。と思わなくもないけど、あくまで生きていた頃の行動を擬似的に繰り返しているだけなのだ。

 でも、そういう行動を取るということは脳の一部が活動しているのかもしれない。そうでなければ体が動くって言うプロセス自体が不可能だしな。

 そう思いながらも読書好きであった俺は(マンガとラノベ限定)うまくコントロールできない手と指先を使って本棚に入っていた一冊を手に・・・とろうとした。

 ガタンと音を鳴らして床に落ちる書籍。

「あーうー」

 そうだよな。俺だってゾンビなんだ。複雑な動きなんかできるはずも無い。他のゾンビのような貴重な本を床に落として終わるだけ。

 なんか、すごい悲しい気持ちになった。

 読めるかどうかすらわからないけど、それでもなんら知的欲求を満たせないなんて拷問でしかない。しかも、二十四時間態勢で覚醒中だ。

 せめて、本くらいは・・・と思っていたが諦めた方がよさそうだ。

 そう思って、図書館を出ようとした矢先のことでした。

 振り返った俺の視界に映ったのは、横顔だけは素敵な司書さんが、器用に指先を使って書類物らしき何かを整理している姿だった。

「あーうー?」

 もちろん生前の行為を利のままリピートしているだけなんだろう。そして、ぎこちない動作でありつつも複数の紙をレターケースのようなものに収めては、また取り出すというゾンビにとっては当たり前の行為を繰り返していた。


 これだ!


 思わずそう思ってしまった。

 どんな生物だって使わない機能は衰え退化していく。ちなみに豆知識だが、身体を守るための殻をつかわな過ぎて体内に内蔵してしまった体がむき出しの貝類なんかもいるらしい。あめふらしだかなんだとか。

 話は逸れたがそうなのだ。

 試していないのにいきなり絶望する必要なんかなかったのだ。もし、ここで俺が諦めて思考を放棄してしまっていたら、それこそ、考える力をなくして、周りにいるようなただの生きる屍になっていたかもしれない。

 そう、考えることを蜂起するのはイコール死だ。

 諦めることはいつだってできる。だけど、俺には24時間、365日も考えることと試すことができるのだ。

 何てことだ!

 なんでそんなことも気付かなかったんだろう!

 早速実験だ。

 何かを求めるように前に突き出したままの両腕。もちろん気分で下におろしたりすることもできるが、意識しない限り何かにぶつかりそうにならない限り姿勢はデフォルトだ。

 それを何の理由もなく動かしてみる。

 両腕よ下りろ!

 脳から手に指令が走る。

 だけど、その動きはどこまでも緩慢だ。

 しかし、俺はゾンビになってから、初めて自分の体の動きを意識的に行動させた。先ほどのようななんとなく本をとろう・・・ではなく、動かそうとして動かした。

 うん、人間時代に比べればびっくりするくらいの緩慢さだ。

 だけど、動かせたのだ。なら、操作だって可能だろう。だって、あの横顔が素敵な司書さんも、紙をめくるという高等技を使っているのだ。ならば、俺にできないはずがない!

「あーうー」

 良し、絶望しか感じていなかったゾンビライフだけど、なんか目標ができたぞ!

 まずは自分の体をコントロール! それができるようになれば本は読めるし(この世界の文字が読めるかは謎だが)行動の幅が広がるはずだ。なんせ、今ではノロノロとゾンビのような動きしかできないからね。まあ、ゾンビだから仕方ないんだけど。

 そういや、全力で走るゾンビがいた映画もあったけどそれはそれだと思うことにしよう。

 まあいい、俺は俺のペースで始めるとしますか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゾンビに自我が生まれました @touyafubuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ