最終話 双子と魔女
眩い光はすぐに失せ、少しばかりの名残の残る花園に、彼女は君臨していた。
「お嬢!エクス!」
「タオ!?それにシェインも!」
「ああよかった、無事だったんですね」
「現在進行形でピンチだけどね!」
僕は剣を振り回しながら再会を喜んだ。けどそれも一瞬だ。すぐにヴィランは襲ってくるし、二人は子供を連れていた。もうなにがなにやらだ。
「その子たちは?」
「森で迷子になってた双子だ。困ってたんで助けた。んで、あの女の人は?知り合いか?」
「まあね。僕たちが迷ってた所を家に招き入れてくれたんだ。それで、困ってたから手を貸してる」
「そうか、それでなんでヴィランまみれに?」
「多分、カオステラーの仕業だ。彼女が物語を進めることを誰かがジャマしてる」
「話がかみ合うな。じゃあ彼女が『お菓子の家の魔女』って事か」
「お菓子の家の事をどうして?」
「双子の探しものだ。『お菓子の家の魔女』を倒すんだとさ」
「じゃあもしかして…メープルさんが探してるのも……」
「ええ、おそらくそこの二人でしょうね」
「そのせい……!?」
ヴィランを斬りつつ、視線を少しだけメープルさんへと向ける。まるで修羅の様な形相でヴィランを蹴散らす彼女は何かを拒絶するかの様でもあった。
「ヘンゼル、グレーテル!あいつで間違いないのか?」
「うん……!間違い、無い……!」
「よし、抑えろよ……、暴走してる場合じゃねぇ」
「魔女だよ、おに、ぃちゃん……殺さなきゃ、殺さなきゃ!」
「グレーテル!抑えて!まだ、まだ駄目だ!」
「全くだ。ケリつけるのもいいが、まぞはこのヴィラン達を片づける!」
ダン、と地面を蹴った。タオの身体は高々と舞い上がり、一際大きなヴィランの頭上から槍を振り下ろす。
「オラァ!」
「新入りさん、あの人、多分このままではやられてしまいます。此処は大丈夫ですから、行ってください」
「でも……」
「援護が必要かしら?」
「……ッ!やってやるさ!」
そこまで言われちゃ僕だって引き下がれない。巨を穿つ勇気を求めヒーローを呼び出した。
「オオォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオ!!」
やってやる、やってやるさ!
僕は一歩二歩を強く蹴り、阻む敵を次々になぎ倒す。
「メープルさん!!」
標的は眼前。その影に隠れた表情が文字通り顔を見せようかという頃――――
「――――――――!!」
振るわれた腕が、頬を掠めた。何とか膝を折り回避できたものの、直撃していればタダでは済まなかっただろう。
「キ、エロ……!」
「正気に戻ってよ!」
薙ぎ払われる腕、振り下ろされる足は触れた場所をお菓子へと変えていく。
バキバキと草のビスケットが砕け、メープルさんはそれを僕めがけ蹴り飛ばしてきた。すべては弾ききれず、いくつか傷を受けたが、幸いにして身体がお菓子に変わってしまうことはなかった。
だが、その一瞬の安心が命取りだったのだ。メープルさんの足が顔のすぐ近くに迫っていると気づいた頃にはもう遅い、避けることなど叶わないだろう。
「――――――――」
「ギッ!」
しかし、メープルさんの足は第三者からの攻撃によって遮られた。
「やっぱりいるじゃないですか、援護」
一瞬だけ振り返ると、シェインがしたり顔でこっちを見ていた。視線でお礼を言うと僕は再びメープルさんと向かい合う。
「どう……して……?」
「メープル…さん……?」
その言葉は先ほどまでとは違う。感情の暴走というよりは、押し殺していた心が隙間から漏れてしまっているかの様。
「どうして……邪魔をするの……!」
「……なにを、言っているの……?邪魔なんかしてない、現に、こうやって双子とも……」
「それが邪魔だって言っているのよ!!」
「ッ!あなたは……双子を探していたんでしょう?会うために、物語を進めるために!」
その言葉に、眩暈でもしたのかメープルさんはぐらりと頭をゆすり、手を当てて支えた。
「そう……探していた。でもそれは、物語を進めるためなんかじゃない。その逆、物語を、終わらせるために!」
そうだ、タオが言っていた。双子はメープルさんを倒す、と。彼女が争いを好む性格には思えない。ならば、会うためでなく、遠ざけるために探していたとでもいうのか?
「でも、それじゃ何も解決しない。先延ばしにしているだけだ!」
いつか争う運命なら、それはもう、抗えない事実。どう足掻こうとも、運命には逆らえないのだから。
「あなたには分からない……!私がどれほど苦しんでいるのか、私がどれだけ悲しんでいるのか!!」
それはそうだ。決められた定めを嘆くことは僕らに許されていない。分かるよ、だなんて無責任なこと言えっこない。
ただ、それでも――――――――!!
「殺される運命から逃れようと思うのは、いけないことなの!?」
それでも、僕は正しい事をしたかったのだ。
だというのに、この運命は、あまりに残酷すぎる。
「私の本に堂々と書いてあったわ……森の中、お菓子の城にて双子と会う。そしてその後、双子の手によって殺される。ってね」
かける言葉なんて、あるはずがない。
物語を進めれば、メープルさんが死ぬ。物語を止めれば、カオステラーの思うつぼ。正解なんてありはしない。
「エクス君は、私に死んでほしい?」
「そんなことある訳ないだろう!」
誰かに死んでほしいだなんて、ある訳がない。そこしかゴールがないなんて、そんなのは嘘だ。
「綺麗事は何も救えないわ。この未来には二択しか無い。私が死ぬか、あの双子が死ぬか」
それが、この想区の物語。
ヘンゼルとグレーテルの物語。
そして、お菓子の家の魔女にまつわる逸話。
「メープルさん……記憶が、戻ってたんですか?」
「いえ、最初から全て覚えていたのよ。忘れるものですか、忘れられるわけないでしょう」
「嘘を、ついてたんだね」
「悪いとは思わないわ。私だって、死にたくないもの」
「でも……殺さなくたっていいじゃないか……!」
そうだ。カオステラーの力を使うなら、誰も死なない物語に変えてしまえばいい。
「それは出来ない」
「どうして?双子に何か恨みでもあるの?」
それは考えたくない事だった。どうしても僕は彼女が私怨で殺意を抱いているようには思えない。
「……この物語は、死によって幕を閉じる。だから、誰かが死ななくてはならない」
「そんな物語、もう無いじゃないか……!」
『運命の書』は既に失われている。だというなら、この世界にはもう敷かれたレールなんてないのだ。
「そんなはずない!だったらなんで私は!何度も、何度も何度も何度も何度も!!殺され続けたっていうの!!」
それが決定打だった。思い返せば違和感はあったのだ。その正体は『何も手掛かりがない』という事。確かに、『運命の書』に頼り書籍や遺物を残すものはそう多くない。だとしても、何もない、という事もまた奇異なのだ。
だが、今その疑問が解消された。
「メープルさん……あなたは……!」
「私何度も殺された!何度も殺した!教えてよ!この話はいつ終わるの!?この物語は、何をしたら終わるのよ!!」
本当に、魔女なのだ。何百、何千の時を生き、その全てを双子との殺し合いに使ってきた。だからだろう、彼女はもう――――――――
「もう、終わりにしよう」
壊れているのだ。
「終わらせてよ、出来るのなら。もし終えることが出来るのなら、私はもう、死んだって良い」
その言葉に、僕は拳を固めた。意志を固く、可能性を瞳に刻んで、メープルさんを睨みつけた。
「やっぱり、メープルさんは嘘つきだ。死にたくない、だから殺すなんて言う人が、全てを終わらせるために自ら身を投げ出すなんて出来っこない」
「なにが……言いたいの?」
「あなたは死にたくも、殺したくもないんだ。だから僕もそこを目指す。もう誰一人だって、殺させはしない!」
剣を手に、僕は彼を呼ぶ。どんな逆境にだって立ち向かい打ち勝ってきた英雄の名を身に刻む。
「エクス、援護するわ!」
背後から聞こえたレイナの声に安心感を覚え、僕は口元を緩ませた。
「まずは、メープルさんに取り憑いたカオステラーをブチ消す!」
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「ヘンゼル、グレーテル!大丈夫か!?」
「僕たちは大丈夫です!それより、皆さんは魔女を!」
「出来るかよ!お前らを置いてそんな……」
「そうですね。カオステラーを野放しにする訳にはいきませんから」
「――――――――!!」
「……は?おいシェイン、何を言って……!」
「気づいていないとでも思ったんですか?上手く隠しているようですが、ヴィランの動きがおかしい。あなた方を避ける様な、あなた達を守る様な動きをしている」
「……それで、僕たちをどうするの?」
「ヘンゼル……テメェ、本当に……!」
「ええ、そうですよ。申し訳ありませんが、利用させていただきました。あなた方なら魔女を始末できると踏んだもので。ですが、まさか魔女の方にも仲間がいたなんて予想外ですよ」
「どうして、こんなことを!」
「死にたくないからに決まっているでしょう?」
「死ぬ?魔女かテメェか、どっちかが死ぬまで戦うバトルロワイヤルだってのか?」
「似たようなもんです。この物語は、僕らか、彼女の死によって締めくくられる」
「それを避けるためにカオステラーの力を使ったって訳か」
「そうです。物分かりが良くて助かります。では、もうあなた方はいらないので死んでください」
「ヘンゼルッ!!」
「あなたは言った。グレーテルを守れと。だから僕は、この手を汚そうとも守り切る。誰かが死のうと構わない。グレーテルさえいてくれれば、それでいい!」
「馬鹿野郎が!自分の為に人を殺すなんざ、それこそお前たちが憎む『魔女』と同じだろ!」
「ボクが、魔女と同じ……はは、嫌な冗談は止めてください。虫唾が走る」
「何度でも言うさ。妹ってのはな、いっつも兄貴の背中見てんだよ!テメェが道踏み外したら、グレーテルはどうなる!」
「言ったでしょう!誰がどうなったって構わない!僕がどうなったって構わない!グレーテルが笑顔でいてくれれば、それでいい!」
「今!グレーテルが笑顔なのかよ!!」
「――――――――!!」
「ヘンゼルさん。あなたはカオステラーに喰われ過ぎた。もはや魔女を殺すことしか頭にないんでしょう?」
「そんな……ワケ……」
「おにぃちゃぁん……」
「グレーテル……違う、僕は……魔女を……違う!グレーテルを守る……!!」
「そうだ!殺して、殺されて。そんな泥沼の物語終わらせちまえ!幸いにして今のテメェにはその条件がそろってる!」
「タオ兄、それは……」
「いいや、違うさ。あの力はいらねぇ。だからヘンゼル、いや、カオステラー!」
「グ……レェ……マ、ジョ……!!」
「テメェを斬り払う!!」
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ザリザリと地面に剣を刺し、吹き飛ばされた体を止めた。
「メープルさん……帰ってきてよ……!」
「また、美味しいお菓子を食べましょう……!私は食べるのは好きだけど、食べられるのは好きじゃないわよ!」
「だれだってそうさ……!」
振るえる足に鞭を打ち、立ち上がる。気力を引き絞り、再び権を握る。
「うぉぉおおおおお!!」
「タオ……!?」
追い詰められたのか、高く跳躍したタオがエクスの背後に着地した。
「すいません。ちょっと強いです、この人」
シェインも思わず弱音を吐いていた。それほどまでに強敵、しかも、メープルさんもいる。このままじゃジリ貧か……。
「ようやく見つけたよ、魔女。毎度毎度上手く隠れるね」
「あなたと出会うのは……三度目かしら。またお菓子をたどってきたの?」
「ああ。また美味しいお菓子を食べさせてほしいな」
「構わないわよ。材料は言えないけど」
お菓子を辿った……?三度目?僕たちが来る前から、二人はこうして争い合っていたのか。
「メープルさんは、やっぱり嘘つきだ。分からないだなんて言って」
「嘘じゃないわ。記憶は確かに失っていたもの。まあ、二度目だったからすぐに思い出したけど」
そうか、そういうことか。
「メープルさん、やっぱり、あなたは双子を殺したいだなんて思っていない」
「何を根拠に?」
「本当に殺す気なら、お菓子に毒でも入れればいい。お菓子なんて渡さずに、一回目で不意を突いて殺せばいい。それでもそうしなかったのは、『もしかして』と思ったからだ」
「何が……言いたいの……?」
メープルさんは頭痛を抑える様に頭に手を置く。それはきっと、メープルさんとカオステラーが戦っている証。
「同じことだぜ、ヘンゼル。テメェこそ、殺す気なんて初めから無いんだろ?」
「そんな訳……」
「じゃあなんで三度目なんてものがある。本当に殺し合っていたのなら、一度目、二度目で終わるはずだ。そこで終わらなかったのはどちらかに願望があったから。もしかしたら」
もしかしたら
「誰も死ななくていい未来が、あるんじゃないかって」
そう、思えたのだから。
「もう殺し合わなくていい。物語はお終いだ。歴史も、遺伝も、どうだっていいのさ」
「もうその力はいらない」
何の抵抗もなく、メープルさんは僕の手を受け入れた。
カオステラーの力が怨念の様にメープルの中から消えていくのを感じる。きっと背後では、同じくヘンゼルからも消えているのだろう。それでいい。それが本来この世界のあるべき姿だ。
「私は、取り返しのつかないことを続けてきた……」
「うん」
「子供たちを殺した。殺そうとした」
「うん」
「こんな私に、生きる資格なんて無い……!」
「そうかもしれない。僕はしたことがないから、あなたの気持ちはわからない」
それは事実だ。
「それでも」
だけど、それでも。
「あなたは、生きていてもいいんだ」
そう、言いたかった。
「いいのかな……。こんな私が、こんな風に生きていても……」
「いいよ。誰も許さなくたっていい。自分がいいと思えば、それだけでいいんだ。罪悪感を覚えているなら償えばいい。もし、耐えられなくなったらその時はその時だ。でも、今は、この一瞬は、生きたいと思っている。人が生きている理由なんて、それで十分じゃないか」
意味のない生も、意味のない死もこの世に在りはしない。なら、意味もなく生まれてくる人間だっていないんだ。この世界では、それが如実に表れている。主人公だって、ヒロインだって、街に立っているモブだってそうだ。誰もがやるべき事柄を持ち、それを果たしている。
それは、僕だってそうだ。
「全部白紙に戻った。それだけでいいじゃないか」
そっと、その肩を抱きしめた。無力な僕には、それが出来る精いっぱいだ。
苦しい思いをして、楽しいことに出会って、悲しいことを乗り越えて、人はその地点に立つ。ゴールなんてないかもしれない。どこまで続いているか分からないこの道は、絶望を背負って登るにはキツ過ぎる坂道だ。
だからせめて、希望を送ろう。
「ここが書き出しだ」
そっと送り出す。その先には、同様にタオから送り出される双子の姿があった。向かい合う彼らの眼には、何が見えているのだろう。それは、第三者からは分からない。だから、本人たちが始めなければならない事だ。
僕たちが出来るのはここまでだ。
「さあ、始めよう。新しい物語を」
お菓子の家の魔女と、儚くも強く生きる双子。
彼らは一歩を踏み出す。
何一つ先の見えない暗闇で、光の灯る長い道のりを目指して。
おしまい
おかしの魔女と、おかしな双子 敵月 陽人 @tekiduki
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