第4話 近く、遠く
僕たちは当てもなく歩き続けた。持ちだしたクッキーは半分が減った。最も、その大半は誰かさんが食べてしまったものだけど。
「誰か―、誰かいませんかー?」
「何言ってるのよエクス。『誰か』がホントに『誰か』なんて名前な訳ないでしょ~」
「いや知ってるよ!?その上で不特定多数に声をかけてるんだよ!!」
「なるほど。それは名案ね」
納得したようにレイナも声を上げ始める。口にモノを入れてるせいでもごもごとしか言えていないけど。
「ま、結局誰かいたところでその『誰か』かどうか分からないんじゃどうしようも無いけどね」
「その時は力づくで連れて行けばいいのよ♪」
「せめて任意同行にしておこうよ……」
でも、方法がそれしかない事もまた事実だ。見た目も名前もわからないんじゃ、直接メープルに見てもらう他ない。
「それに、相手が普通の人間とも限らないわよ」
「?動物とか、ってこと?」
レイナの言葉に含みを感じ嫌な予感を隠しながら尋ねた。そうであって欲しいという願望がその大半だ。
「ヴィラン、もしかしたら、カオステラーかもしれない」
「……ッ!確かに、その可能性もあるね。もしそうだとしたら、メープルさんには悪いけど……」
「もちろんよ。でもね」
レイナは僕の数歩先で足を止め、思わせぶりな瞳で振り返る。
「可能性は、もう一つある」
その時点で、察しがつく。だがそれは考えたくないし、信じたくない。だから僕はまた臆病に希望を込めて「もう一つの、可能性?」なんて返事をしてしまった。
それは
あまりに
「メープルさんが、カオステラーなんじゃないかな」
信じたくなかった。
あの雲の様にふわふわとした、砂糖細工の様なメープルさんが、カオステラーだなんて、それはあまりに……
「彼女は、私たちに嘘をついている」
あんまりだった。
どの一言が嘘なのか、あるいは、全て嘘なのか。
僕たちを誘い出し、期を見てヴィランに襲わせる気だったのだろうか。メープルさんは初めから『誰か』の正体を知っているのか。疑い出せばキリがない。ならばどうするのか。このまま人探しを続けていいのか。その『誰か』を探させるために、僕らを利用しているんじゃ……。いや、まてよ
「気づいた?そう。その『誰か』すら、メープルさんのグルって可能性もあるわ」
カオステラーが一人とは限らない。だとすれば、僕たちはまんまと罠にハメられたという訳だ。
「でも、それでも……!僕は彼女を放っては置けない。どっちにしたって、全部疑ってちゃなにも始まらないじゃないか。それなら……」
「毒を食らわば皿まで。そうね、私たちは乱す事じゃなくて正す事が目的だものね。私たちは正しいと思ったことをしましょう」
「うん。探そう、探して、全部解決しよう!」
「そうね……ん?なにか甘い香りが……」
すんすんと鼻を鳴らすレイナ。いや、どう考えても手に持ってるそれでしょうと思いながら呆れた目で見つめてやった。
「こっちの方から~」
「ちょ、ちょっとレイナ!」
しょうがないから付いていく。どうせ当てもないんだ、なにか手がかりになる様なモノがあればいいけど……
「クッキーだ」
「やっぱり、手に持ってるそれじゃないか」
「違うわよ!ほらここ、クッキーの破片」
「どうしてそんなものの匂いを嗅ぎ取れるの!?」
「え?」
いやそんなさも当然みたいな顔されても!
「とにかく、これはきっと先人の軌跡よ。辿ってみましょう」
よく見れば破片は点々と僕たちを誘う様に道標を作っている。同じことを考えた人がいるのだろうか、なんにせよ、この先にはきっとヒトがいる。だったら、辿らない手はない。
「行ってみよう!」
薄暗い森、僕たちは甘い香りとお菓子の欠片だけを頼りに歩みを進めた。しかし行けども行けども、人どころかヴィランの姿すら見えない。不安は募り、疲労は溜まる。それでも僕たちは歩き続け、そして――――――――
「ここは……」
「……なんで……」
目の前に広がるのは、一面に広がる花畑だった。
「戻って、来ちゃった……?」
僕にも嗅ぎ取れるほどの甘ったるい匂い。見間違えるはずの無いディティールは紛れもなく、『お菓子の家』だった。
「どうしてここに戻ってくるのよ……」
「もう、誰かがここに来たって事?」
「繰り返す歴史、いえ、そんな長時間あんなお菓子が残っているはずないわ」
「となると、やっぱり誰かがここに来たって事?」
「その可能性が高いわね。エクス、注意して、一度家に行くわよ」
「う、うん」
ざわ、と嫌な予感がした。いや、予感なんかじゃない。紛れもなく感じた。
憎悪、憤怒、悲哀嫉妬。それらが混ざり合った視線、殺気。
「なに、この数……」
「これ全部ヴィラン……!?」
ひしめく黒い影。十や二十じゃ収まらない。その全てが、ヴィランだというのか。
「メープルさん!無事!?」
家に声を掛けるが返事はない。もうやられてしまったのだろうか。いや、僕たちが来るまで彼女は一人で戦い続けたんだ。そう簡単にやられるはずはない。
「エクス!一旦家に避難しましょう!」
「その後は!?」
「お菓子でも食べてのんびり考えるわ!」
「そんな悠長な!」
「行くわよ!」
逃げる様に家へ向かい走る。花畑を囲う様に円を組むヴィランはじりじりと迫ってきている。
あと少し……!
伸ばせば届きそうなドアノブが遠い。どこまで行っても逃げていくような錯覚。縋る様に、僕は手を伸ばした。
瞬間。
全てが吹き飛んだ。花弁が舞い、混じる木の葉は黒に近く。サンサンと照っていた太陽は跡形も無く、生い茂る木々に光は遮られていた。
「結界が……解けた……?」
「――――――――ッ!!来るよ!レイナ、気を付けて!」
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「キ、ひ、ヒヒひヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒひひヒヒヒヒひひひひひ」
「な、なんだよこいつ……」
「カオステラー、というよりはヴィランっぽいですね」
「クヒ、ひはははははははははははははははははははは!!おにいちゃん!魔女だ、魔女だよ!」
「ああ、そうだねグレーテル。魔女だ。それも、とびきり甘い匂いの魔女だ」
「ヘンゼル……グレーテル?」
「魔女は殺す!裁判だ!ハントだ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」
「ひひ、おかし、おかし、お菓子可笑し犯しおかしおかしおかしおかし」
「どうしちまったんだ!何だってんだよ!」
「魔女……?このヴィランの事を知っているのでしょうか」
「が……、ぁ、あ……グ、レェ……テル……」
「ヘンゼル、ヘンゼル!しっかしりしろよ!」
「ヘンゼルさん。あなた達の探している人っていうのは『魔女』なんですか?」
「魔、女……!魔女は……敵!」
「……話なんてできる状態じゃない……」
「まずはあいつを追い払う。それでも治らなかったらビンタでもかましてやる!」
「きヒヒヒヒひゃひゃヒャひゃ!!!!」
「来ます、タオ兄!」
「おうよ!」
「―――――――――ッ!?」
「ヘンゼル!」
「消えろ!『お菓子の家の魔女』め!!」
「グレーテルまで!?」
「キぃィィィぃイイいいイアアァああアアアアア!!」
「――――――――!!ッ、一瞬で……!」
「はぁ…、はぁ……!」
「あ、れ……わたし、今……?」
「大丈夫か!ヘンゼル、グレーテル!」
「タオさん……僕たちは、大丈夫で…ぁあ!」
「ぅ……、頭が……!」
「大丈夫かよ。ほら、チョコレート」
「ちょっとタオ兄、そんなもの……」
「あんまあああああああああい!」
「喜んでらっしゃる」
「鳥頭にも程があるでしょう」
「というよりはやっぱり記憶が無いって事なんじゃないか?」
「……二人とも、何のことです?」
「ヘンゼル。さっきの事覚えてるか?」
「さっき……?ええと、人型のヴィランが現れて、それから……っ」
「無意識化の行動、ということですか」
「なあ、さっきお前たちは魔女が敵だっつってたんだ。何か心当たりは?」
「……魔女……ですか」
「わたしたちね、『魔女アレルギー』なの」
「魔女アレルギー?何だそのやけに制限の狭い病状は」
「……僕たちが探しているのは、きっとこの森の魔女です」
「うん、そうだろうね」
「この体質は代々受け継がれて来たものです。『ヘンゼルとグレーテル』の名を継ぐ人たちに、色濃く残る『運命の書』とは別の形の歴史」
「遺伝子に綴られた血の記憶。なんだ、始めっから手がかりはあったじゃねぇか」
「ですがタオ兄」
「殺しの運命か……確かにそれを聞いてこいつらを助けるのはちと気が引けるが……」
「こんな子供たちに誰かを殺めさせるなんて……」
「けどこれは、カオステラーの仕業じゃない。いつもみたいに悪党の所為にはできないぜ」
「それは……そうですけど」
「まっ、だからこそそれは俺たちの決める事じゃねぇ。見届けてやろうぜ、この兄弟の行く末を」
「タオ兄……そうですね、シェインも、この子たちを信じてみます」
「よし!ところでだ、『花造の魔女』と『お菓子の家の魔女』。お前たちが探してるのはどっちなんだ?」
「……その二つは、同じ魔女です。伝承が幾つかに分かれたりしているだけ。噂話に尾ひれがつくようなものです」
「なるほど、確かに魔女がふたり、同じ所になんてのは難しいでしょうね」
「なんで」
「単純なことです。タオ兄とレイナさんが自分がリーダーだと覇権争いするのと同じです」
「リーダーは俺だからよく分かんねぇな。いやすんません、つまるところ、一つの器を二人で取り合っちまう。だから複数人いることはねぇ訳だ」
「そうです。シェインも実物を見たことが無いので確証はないですが、彼女らは魔術に要する素材を日常的に集めているはずです。であれば尚更、密集しているなんてことはありえません」
「なるほどな。まあひとりってんなら探す手間も省けらぁ。んじゃ引き続き、魔女の捜索といきますか」
「ええ、そうですね。それをヘンゼルさんとグレーテルさんが望むのなら」
「どうする?ふたりとも」
「……まだ、僕たちに付き合ってくれるっていうんですか……?」
「あたりまえだろ?ガキ二人森の中に放っておけるかよ」
「すごく、有り難いです。たとえ、誰かと殺し合うのだとしても、僕は前に進みたい。いつまでも迷子だなんて、嫌ですから」
「おにぃちゃん、わたし、おうちに帰りたい……」
「ああ、帰ろう。おつかいを済ませて、お菓子をいっぱい持って、家に帰ろう」
「……ぅん」
「安心しろ、お兄ちゃんが守ってやる。魔女でもヴィランでもどんと来いだ」
「……うん!」
「さて、話は決まりだ。グレーテル、まだ匂いはするか?」
「うん、こっちのほう」
「よし行こうぜ!」
「タオに――――――――!!」
「何だ!?何の光だ!?」
「おはな……ばたけ……」
「鼻に付くような甘い匂い……!まさか!」
「『秘密の花園』……魔女が……ここに―――――!!」
「お、おい、ヘンゼル!」
「タオ兄、行きましょう!」
「おう!」
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