第3話 見えない道
「『運命の書』は、私たちから歴史を奪った」
そう、彼女は切り出した。人の生を描き、死を綴る物語。それはこの世界の住人全員の物語を語っている。なればこそ、自分の手で語り継ぐ者も、書き残す者もそうは居ない。同じ朝を繰り返す人々には、伝承なんて無意味なのだから。
「つまり、あなたたち『お菓子の家の魔女』がどんな人たちと出会い、どんな結末を迎えるのか、それを綴った物語はどこにもないのね」
「そして、それを唯一知れる本、『運命の書』を無くしてしまった。しかも、記憶も一緒に」
「ええ、だから、私には待つことしか出来ない。でもそれも、もう長くは持たない。あの子たちはきっと、世界の歪みを正す存在。私をあるべき姿に戻すための世界の守り手……」
それは違う。あのヴィランはカオステラーの生み出した存在。本来非ざる姿に物語を変える事が目的のあいつらが世界を正すなんてことある訳もない。
「いいえ、むしろ、逆だと思うわ」
僕よりも先に、レイナが否定した。その眼に宿るのは憎悪や嫌悪ではない。まるで何かに希望を見出したかのような瞳だ。
「その『誰か』が近づいてきている。だからヴィランたちが焦ってあなたを消そうとしている。そうは考えられないかしら」
なるほど確かに。未来の見えないメープルにとってこれは持久戦。仕掛けるのなら一番体力の疲弊したゴール手前ということだろう。
「じゃあ、『誰か』はきっと……」
「ええ、きっともうすぐそこよ!」
気休めかもしれない。楽観かもしれない。それでも、その言葉で彼女が少しでも救われるなら、それが最善なのかもしれない。
「それじゃあ、行きましょうか」
「え?どこに」
ふと立ち上がったレイナに、僕は尋ねた。今待っていれば良いと言ったばかりなのにどこへ行こうというのか。帰り道が分かった訳でもない、それ以前に、メープルの事も放っておけない。
「決まってるでしょ?迎えによ。あ、入れ違いになるといけないからメープルさんはお留守番ね」
「なるほどね。まあ待ってるだけってのもなんだし、シェインたちも探したいしね」
残った紅茶を全て飲み干し、カップを食べ尽す。僕は立ち上がって、扉へ向かうレイナの後に続く。
「じゃあ行ってくるわ。吉報を待て!ってね」
ひらひらと手を振り、僕たちはお菓子造りの家を後にした。
「とは言っても、当てはあるの?」
「そんなのないわよ。この辺りのヴィランを倒しながら、くまなく探すのよ」
「またアナタそんな無茶を……」
何はともあれ僕たちは歩き出す。やがてメープルの作った『結界』を出て、再び暗い森の中へと身を投じた。
「ここはジメッとしてて嫌ね。さてと、取りあえず道標にこのクッキーを落として行きましょう」
「いつの間にそんなに……」
僕が呆れ果てていると、レイナはクッキーを小さく砕き、口に放り込んだ。
「食べてどうすんのさ!!」
「間違えちゃった」
ホントにこの食いしん坊は……
「ん!エクフ!」
ん?ああ、やっぱり近くに潜んでいたんだ。
「ヴィラン!」
僕たちは剣を抜いた。闘志高く吠え、立ちはだかる敵へと向かう――――――――
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「甘い匂いってーのはこいつの事か?」
「ううん、ちがうよ!もっとこう、じわ~って感じのにおいだもん!」
「いや分かんねぇよ」
「通訳できないの?お兄さん」
「いや僕にもちょっと……」
「もー!とにかくちがうのー!」
「分かった分かった。それで、そいつはどうしたんだよ?家から持ってきたとかか?」
「う~ん、ちがうと思う」
「言いにくいんですけど、僕たちの家はそんなに裕福な訳じゃありません。こんなに大量のお菓子なんて……」
「それならグレーテルさんは、どこからあれだけのお菓子を持ってきたんでしょうか」
「分かりません……。寝てる間に、何かあったんじゃないかってくらいで……」
「そいつぁいけねぇ。あの菓子に毒でも入ってるかもしれねぇ」
「まさか、そんな……」
「もしくは腐ってるかも」
「確かに……」
「なんにせよ口にはしない方がもう食ってる!?」
「おいひぃよ!」
「おバカさん!吐きなさい、吐き出すんだ!」
「グレーテル!ああ僕の愛しい妹よ!どうして君はバカなんだ!?」
「でも何ともなさそうですよ?」
「え、ああ、そうだな……毒じゃあねぇみたいだな、取りあえず」
「良かった……!グレーテル!変なもの食べたら危ないでしょ!」
「だって~…美味しそうだったから……」
「だってじゃない!」
「うぅ……、おにいちゃん嫌い……」
「ぐはぁっ!!」
「ヘンゼル!ヘンゼル!!しっかりしろ!!」
「僕は……もうだめです……タオさん…どうか、グレーテルを頼みます……」
「ヘンゼル――――――――!!」
「あ、これは確かに美味しいですね」
「でしょでしょ?あ、もしかしたらあっちにもっとあるのかも!」
「あちょっと、グレーテルさん。そんなに急がないでください」
「うっ……、もうダメです。僕は眼中にすら……」
「諦めるな!くっ、お菓子だ、お菓子が妹たちを狂わせるんだ!悪い糖分め!凶悪なカロリーお化けめ!!」
「それでも、わたしたちは止められない、止まれないんだよ!」
「甘味の呪縛に捕らわれるな……ッ!!帰ってこい、グレェェエエエエエテルゥゥゥウウウ!!!!」
「抗えないんだよ……糖には……!」
「シェインまで!?」
「これは戦争なんです。私たちが勝つか、脂肪が勝つか、生き残れるのはどちらしかいないんです」
「いや脂肪もお前の一部だよ!?ハッ、そうか……正しく自分との闘い……!お菓子とは、身に潜む悪魔!!」
「ようやく分かったようですね、タオ兄」
「ああ、俺が間違っていた!この勝負、俺も乗るぜ!!グレーテル、俺にも菓子を!!」
「ん~じゃあこれ、ペロペロキャンディー」
「かみ砕く!」
「わぁ――――――――!!」
「ふ、それだけの覚悟があれば、大丈夫ね……」
「へ、舐めてもらっちゃあ困るぜ」
「ペロペロキャンディーは舐めてもらわなきゃだめですよ!」
「ヘンゼルも食えよ。元気が出るぜ」
「そうだね、貰おうかな……。グレーテル、僕にもくれないか?」
「いいよ~。お兄ちゃんにはこれ、チョコレイト」
「ははは、あれ?俺たち何してたんだっけ?」
「――――――――ッ!!タオ兄、敵です」
「何!?ヴィランか!」
「ええ、それもかなりの数です」
「この音、包囲する気か!!」
「なになに?何の音?何の声」
「まるで歌でも歌ってるみたいな金切り声……!まさか、まさか『花造の魔女』!?」
「残念だが違うな。こいつはヴィラン、物語を、人の人生を弄ぶカオステラーの作り出した敵だ!」
「ちょっと待ってくださいよ!話が見えない……!カオステラーって何なんですか?あなたたちは一体、何者なんですか!?」
「余裕がないから端的に。私たちは秩序を乱すカオステラーを探してたびを続けているのです」
「それが、貴方達の物語……?」
「違うぜ。俺たちにはお話も、設定もない。見てみな。こいつが俺たちの『運命の書』だ」
「……ッ、ふざけないで下さい。これ、何も書いてないじゃないですか!」
「そう、俺たちの本には『何も書いてない』。それでいいのさ」
「いいって……これじゃ、何をすればいいのか、どこに行けばいいのかも、分からないじゃないですか……!」
「タオ兄!後ろ!」
「ラァ!……知らなくていい。知りたくもない。未来が誰かに決められた?まっぴら御免だね。未来は俺が決める!俺がこの手で切り開く!!」
「どうして、あなたたちはそんなにも強いんですか?怖くは無いんですか?僕は怖い……傷つくことも、グレーテルを失う事も……だから!」
「あと少しです!タオ兄、援護します!」
「なにこの人たち!?ぅわぁ〜〜〜ん!おにぃちゃぁぁぁあああん!!ロリコンヘンタイユウカイジャーがやってくるよぉ――――――――!!」
「グレーテルさん!落ち着いて下さい!そんなもの振り回さないでていうかどこに持ってたんですか!」
「かっ、安心しろよクソガキ」
「タオ……さん……?」
「我がテメェを導いてやろう。従え!順じろ!道が見えなければ前を向け!敵が怖ければ剣を振るえ!」
「それでラストです……!」
「どうしても勇気が涌かねぇってんなら……‼︎」
「どうにか倒しきりましたね……グレーテルさん、大丈夫ですか」
「グレーテルを見ろ」
「グレーテルを……?」
「ああ。兄弟って、そんなもんだろ?」
「すん……わたしは、だぃじょぶ……おねえちゃんたち、強いんだね」
「ええ、まあそれなりに鍛えてますからね」
「……うちの妹はあんなだけどよ。それでも、俺は兄貴だからな」
「そう……ですね。僕がいつまでも怖がってちゃ、グレーテルだって守れない。…タオさん、僕、グレーテルを守ります!」
「その意気だ少年よ!」
「ハ――――――――ッ………ィ?」
「――――――――!!なん、だぁ?このいやぁな感じは」
「タオ兄……、あれ、は……」
「ひぁ……、おにぃ、ちゃん……!」
「ヴィラン……?」
「さっきまでと全然違いますけど……、ヴィランって、そんなに種類が居るんですか……?」
「確かにいる……だが、これはあまりにも……!」
人に近すぎる
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