第2話 受け継がれてきた物語
「私は、誰かを待っている」
彼女は、ティーカップを机に置くとそう言った。でもそれは、この世界においてあまりに異質な言葉。
「誰か、っていうのは?」
そう。この世界の住人の過去と今と未来を示す『運命の書』がある。その中で『誰か』と言うのは、不鮮明すぎる。
「あなたの『運命の書』には?書かれてないの?」
レイナが直球に質問した。僕たちの前例からすると聞きにくい質問だと思うけど、まあだからこそ気にせず聞くのかもしれない。
「私には、『運命の書』が無い。いいえ、正確には、失ってしまった」
「失った……?まさかお菓子にして食べちゃったとか?」
凄く深刻そうな顔して聞いてるけど、すごく間抜けな質問だよ、それ。
「そうね、似たようなモノだと思うわ」
そんなバカな。
「で、味は?」
「なんでそんなに興味津々なのさ!?」
「気にならない!?」
「うんと言えば嘘になるけど!」
「私の『運命の書』はね、あの子たちに食べられてしまったの」
その言葉に、僕たちは固まった。
「ヴィランが、『運命の書』を……?」
「ええ。おかげで、私にはもう未来は読めない。これからどうしていくのか、どうなっていくのか。覚えているのは、誰かと出会うって、ただそれだけ」
空白の僕らが自分を描けるのなら、未来を失った彼女は、どんな行動をとればいいのだろう。
「その誰かを待って、ずっとここに居るの?」
「ええ。それが私に出来る最善、最後にいる位置」
「それじゃあ、僕たちに手伝ってほしい事って……」
「『誰か』は必ずこの森の中にいる。その『誰か』を、ここへ連れてきてほしいの」
それはあまりに無理難題だった。この広く暗い森の中で、ただ一人の『誰か』を見つけて連れてくるなんて、砂漠の中で一粒の砂金を見つけるような話だ。
「特徴とかは?」
「分からない」
「名前は?背丈は?風貌は?声は?髪型は?」
「何も、分からない……」
メープルの重苦しいオーラを感じ取ったかの様に、再び笑い声が木霊した。先刻と同じく、ヴィラン達だろう。またも怯えるメープルの肩を「大丈夫だよ」と軽く叩き、僕たちは家を出る。
「まったく、こんな時に……」
「節操の無いヴィランたちね……!」
お仕置きの時間だ。
僕の意識は、波間をさすらう。
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「そこで俺は言ってやったわけよ、王子様ってのは世界が決めるもんじゃない、自分で選ぶもんだ。ってね」
「ほぇ~、お兄さんかっくいい!」
「だろ、だろ?」
「法螺話で盛り上がるのもいいですけど、ちゃんと目的地に近づけてるんですか?」
「そんなこと言ってもよ、今ある手がかりはグレーテルの言う甘い匂いだけだ。闇雲に歩くよりは目途が立ってる」
「どこ行っちゃったんだろうね、わたしたちの本……」
「そうだね、あれさえあれば、迷う事なんてないのに……」
「起きたら無かったんだって?となると、誰かに盗まれたか、家に置いてきたかだろうな」
「そんなはずないよ。離さないで持ってたもん!ずっと!」
「そうだな、大事なもんだもんな」
「うん、だから無くしたわけない!きっと悪い魔女が取ってっちゃったんだ!」
「魔女……?」
「『花造の魔女』、この森に住んでると言われている魔女です。僕らは、っ……、僕、たちは……?」
「おい、どうした!大丈夫かヘンゼル!」
「お兄ちゃん!お兄ちゃんしっかりして!飴食べる!?」
「いや具合悪い相手にすすめる食べ物じゃねーよ!?……ん?何だお前、そのポケット」
「え?あ、あれ?なんでわたし……」
こんなにお菓子持ってるんだろう
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