おかしの魔女と、おかしな双子

敵月 陽人

第1話 迷いの森とお菓子の家

「あの子たち以外のお客さんなんて、いつぶりかしら」

そんな言葉を聞きつつ、僕は辺りを見渡す。欠ける事の無いビスケットの壁。溶ける事を忘れたチョコレートの屋根。宝石の様な飴玉製のシャンデリアがキラキラと部屋を照らす中、僕たちは綿菓子のソファーに腰掛けていた。

「すみません、メープルさん。急に押しかけちゃって……」

差し出されたクッキーのティーカップには飴色の紅茶が心地のいい香りを立てている。

「いえいえ、私も退屈していたところですから。招いたのも私ですし」

メープルさんは小瓶を手に取り、スプーンを使ってそれをザリザリと削り、紅茶に混ぜていた。

「それは?」

隣に座るレイナが尋ねる。僕も気になっていたところだ。まあ、お菓子というからには―――――。

「お砂糖ですよ。甘党なんです、私」

「でしょうね……」

じゃあ私も、とレイナは小瓶を手に取ると、それをゴリゴリと削り紅茶に注いでいく。

「あっ」

空気の漏れる様な軽い音がして隣を見ると、レイナが小瓶を割ってしまっていた。

「あらあら、レイナさんも甘いのがお好きなんですね」

ガラス製じゃないのは幸いだったけど、代わりに紅茶は悲惨なことになっている。

「あ、あははは、そうなんですよー」

と言ったは良いもののレイナは一口飲んで固まってしまった。まあレイナなら飲みきれるだろうと放っておき、僕は本題を切り出すことにする。

「それで、さっきの事なんですけど……」

コト、とティーカップを置き、メープルは真剣なまなざしで僕を刺した。

「ええ。あの子たちの事で、お二人の力をお借りしたいんです」




時は少し遡る。森で迷いシェインとタオと離れ離れになってしまった僕らは、レイナの言うとおりに森の中を進んでいた。

「ホントにこっちであってるの!?」

森は深くなるばかり。月明りのほとんどを遮ってしまう程に木の葉は分厚く重なり、視界には宵闇が広がるばかりだった。

「ええ。こっちの方から何か匂ってくるの……暗いから、足元気を付けてわぁ!」

こっちのセリフだよ、と言おうとした矢先、レイナは案の定というかお約束というか、盛大にコケてしまった。

「だ、大丈夫!?」

草むらの先まで飛び込んでしまったレイナを追い草根を掻き顔に張り付いた葉をどけた。

「!?」

次の瞬間、僕は思わず固まってしまった。転んで地に伏せているレイナの事も既に蚊帳の外で、その光景に釘づけだった。

「お菓子の、家……?」

開けた場所に出た。周りからは一切見えなかったのに、その草原は、光に覆われていた。日光を遮る草木も無く、円形に切り取られた蒼穹が頭上に広がっていた。

「いたたたたた……」

「レイナ、見て、これ……」

レイナに手を差し出し、引き上げる。レイナは眼前に広がる光景に感動したのか、その頬に水滴を流した。

いや、それだけではない。

「レイナ、よだれ凄いよ」

そのアゴは、べとべとになっていた。

「っ!出てない、出てないセーフ!」

「アウトだよ」

「と、取りあえず、あのお家に行ってみましょ。カオステラーの事、何か知ってるかも」

うん、そうしてみようか。

「食べる気だね?」

「食べないわよ!」

出す声を間違えてしまった。まあいいか。僕たちは念のためと用心しつつ、その家に近づく。

「すいませーん」

ドアをノックする。コウモリを象ったドアノッカーは、ドーナツで出来ていた。音が鳴らない。

はあとため息を吐いてドアを直接ノックするが、結局返事はない。どうしたものかと頭を抱えていると、僕に変わってレイナが前に出る。

「誰か居ませんかー?」

ドアをノックしては指を舐め、ノックしては指を舐め。ノックしては「それが目的なの!?」

「ふえぇえ!?」

まるで気づかれて無いとでも思っているのか。その驚き様はこっちが驚くほどだ。

「ナ、ナンノコトカナー……でも、これだけ呼んでも出てこないなんて、留守かしら?」

と、ドアノブをレイナがひねると、あっさりと開いてしまった。本当に誰もいないのだろうか。薄暗い室内が醸し出す不気味な雰囲気に気おされつつ、中を覗き込んだ。

「あえおいあいえ」

ん?レイナの様子がおかしかったので視線を向けると、ぺろぺろとドアノブを口に含んでいた。

「なにしてるのさー!」

「え?いや、取れちゃったからもったいないと思って……」

「そういう問題じゃなーい!ていうか取っちゃったのぉ!?」

「こんの……」

僕らの声に混ざって、聞き覚えの無い声が混ざり込んできた。頭上から響いた声に悪寒が走り、咄嗟に僕はレイナを抱え、室内へ飛び込んだ。

「クソガキ共がぁぁぁあああ!!」

ズガン、と飛影は床を穿ち、砂塵が舞う。甘ったるいにおいから、舞っているのは砂糖だな。なんて呑気なことを考えてしまった。

「なに?カオステラー!?」

「待って、様子がおかしいよ」

ゆらりと立ち上がる影は人の形をしていた。そのシルエットから女性とだけ読み取れる。

「我が身を食らう愚鈍で粗雑な餓鬼共め……今日こそ、全て喰らいつくしてやる!」

ダン、と床を蹴り、砂糖の陣風を掻き分け、女性は僕たちへむかって突進してきた。

「カオステラーじゃない!彼女は人間だ!」

「じゃあどうするの!?」

その問いに、お手上げと言わんばかりに僕は両手を上げ、可能な限り大きな声で言い放つ。

「降参します!!」

ぴたり、突き出されたフルーツナイフは僕の眼前で止まり、それ以上動くことはなかった。

「違う……?あなたは、誰?」

「僕はエクス。こっちはレイナ。少なくとも、あなたの敵ではありません」

薄皮を裂いた包丁に臆する心を見せないように、僕は精いっぱいの笑顔でそう言った。

「エクス……この人、やあいんやぁあい?」

「この状況で飴食べ続ける君の方がどうかと思うけどね……」

その時、一陣の風が吹いた。

「キ、キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

脳を掻き毟る様な、金切り音に似た笑い声が風と共に響き渡る。

「?何の声……?」

「あ、ああぁぁ……来る、来る来る!あの子たちがまた……!」

包丁を持ったまま、女性はドアの外へと飛び出していった。それに続くように僕たちも外へ出る。だが、女性の言う『あの子』の姿は見えもしない。辺りを囲う森に身を潜めているのか、笑い声だけが不気味に木霊していた。

「もういやだ……やめて、止めてよ……!」

女性は耳をふさぎ、大きな帽子で顔を隠すと、その場に座り込んでしまった。

「大丈夫ですか!?」

僕は笑い声の騒音に苛まれながらも、女性に手を伸ばす。

「お願い…」

そのか細い声は、今にも消えてしまいそうで。僕はなんだか放っておけなかった。またレイナにおせっかいだと言われるかもしれないけど、困っている人を放っておくなんて、僕には出来そうもないみたいだ。

「何でも言ってみて。少しでも、力になれるかもしれない」

「お願い!私を、助けて!!」

その声を聞き届け、僕は剣を構える。敵はどこから来るか分からない。気を抜かないよう、全身に緊張を持ち、汗ばむ手で強く剣を握る。

「レイナ、気を付けて!敵は一人じゃない!」

後ろでレイナが構えた。僕は呼び声高くかの英傑の名を口にし、その魂を身に宿す。

「……ヴィラン!」

「行くぜ嬢ちゃん!足引くんじゃねぇぞ!!」

そのヴィランは、双子の子供に近い造形をしていた。



**************************************



「タオ兄、ここはどこですか」

「俺に聞くなよ、右も左も同じ景色ばっかじゃねーか。こんな所迷子になるなってのが無理難題だぜ」

「無責任なことを言わないでください。この道を選んだのはタオ兄ですよ?」

「あんな道標みたいに光る石ころが落ちてたら辿ってみるだろフツ―」

「レイナさん達とも合流しなければなりませんし、カオステラーもいるならこのまま迷ってる場合じゃないですよ。光る石はもう見当たりませんし、なにか印を付けつつ取りあえず進んでみましょう」

「それもそうだな」

「あっ、タオ兄、あそこになにか……」

「ん?おい、ありゃ人じゃねーか!?」

「―――っ、タオ兄、気を付けてください!罠かもしれません!」

「おい、大丈夫か!目を覚ませ!おい、少女A!」

「Aって何ですかAって」

「この後Bが出てきたら呼び方困るだろうが」

「そんな何人も倒れてちゃたまりませ……あっ、あそこにも」

「少女Bか!?」

「いえ、こちらは男の子です」

「目を覚ませ少年A――――――――――――!!」


「と、いうわけで。どうする?こいつ等」

「見たところカオステラーにもヴィランにも見えません。つまりこの想区の住人かもしれませんし、目を覚ましたら道案内を頼んでみましょう」

「そりゃ名案だ。そうと決まれば話は早い。起きろ、寝たら死ぬぞ少年A!!」

「もう寝てますから。下手に動かさないで下さい。どうして倒れてたかも分かってないんですから」

「そ、そうか。けどよ。このまま目を覚ますのを待っててもしょうがねぇだろ?」

「それはそうかも知れませんが……」

「う、うぅ……」

「お、気づいたみたいだな」

「ん……、あ、あれ?ここは……?」

「お目覚めか?」

「えと、お兄さんたちダレ?」

「なに?記憶がねぇのか!?俺たち、あんなに激しい夜を過ごしたっていうのに……!!」

「うぇええ!?」

「タオ兄、遊ばないでください。私たちは旅の者です。迷ってしまったので、もし森を抜ける道を知っているなら、教えてほしいのですが」

「森……、ここ、もしかして『迷い森』?」

「『迷い森』?」

「うん。みんな知ってるよ。ここに入ったら、もう出られない……」

「なぁにぃ!?じゃあどうすんだよ!何かねぇのか!」

「タオ兄、子供に当たらいでください」

「これも全部カオステラーの仕業だな!そうに違いねぇ!!」

「お兄ちゃん……!お兄ちゃん起きてよ!」

「おいおいあんま揺さぶんなよ?」

「どの口が……?」

「う、うぅうん……」

「お、起きた」

「お兄ちゃん!変な人たちに捕まっちゃった!!」

「ぅおい!」

「……っ、寄るな変態!グレーテルには指一本触れさせないぞ!」

「勘違いが勘違いを呼ぶぜ!」

「私たち、迷ってしまったの。この森の出口、知らない?」

「で、出口もなにも、一体、ここはどこですか?」

「多分『迷い森』だよ。お兄ちゃん」

「『迷い森』……?そうか、じゃあついに……」

「どうかしたのか?」

「ううん。僕たちの本に書いてあったんだ……。森に入って、それから……、誰かと会って……、それから……!」

「お、おい、大丈夫かよ!」

「すいません、これ以上、思い出せなくて」

「本は?」

「……本が、無い……!?」

「こいつぁ参ったな……」

「誰かに会うってことは、この森には人がいるってことじゃない?そこまでの道は分からないの?」

「はい、すいません……どうしてもこれ以上は……」

「どうしたもんかね」

「ねえ、なんか甘いするぅ」

「え?……そうかな?」

「うん、するよ!こっちの方!」

「ここにいてもしょうがねぇ、嬢ちゃんについて行ってみようぜ」

「もう、しょうがない兄さんですね……」




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